10-1 入学式
本日もよろしくお願いします。
4月の第一火曜日。
風見町にあるマンション青嵐の一室では、紫蓮が朝も早くから姿見の前でポーズを取っていた。
背中を向けてみたり、リボンタイの位置を直したり、髪の毛を整えたりしていたのが、次第にエスカレートして躍動感溢れるポーズに変わっていく。
カカトを揃えて斜に構え、背筋をやや反らすことで上がった顔に右手を添える。その右手から赤く光る右目がこんにちは。
だが、注目すべきはそこではなく、本日着ている服だ。
どこかアニメにでも出てきそうなデザインの制服——そう、風見女学園の制服なのである!
「我、いけてる」
これには思わず紫蓮もナルシストのようなことを口走ってしまう。
ところが、独り言だったその呟きに同意する者が現れた。
「うん、とっても素敵ー」
「ぴゃあぁあああ!?」
紫蓮ママがいつの間にか部屋の中にいたのである。
紫蓮は悲鳴を上げ、真っ赤な顔で紫蓮ママの背中を押して部屋から追い出した。
そんなオープニングとともに、新しい生活が始まろうとしていた。
風見女学園の教室のひとつで、窓の外を眺めている少女が1人。
腕組みをして髪を風で靡かせる姿は、できる女成分を凝縮したような威風堂々としたものである——と少女は脳内で妄想している。
「ふっ、どいつもこいつも初々しいものよのう」
眼下に広がる校庭の端にあるタイルの道では、新入生たちが親と共にぞろぞろとやってきている。
少女は先輩だけが扱えるという特殊な風をビュオンビュオンと放出して、ニヤリとした。
「にゃっふっふっ、今年は何人生き残るか見物デス」
少女の隣に、スッと長身の少女が現れた。
金髪碧眼にネコミミネコシッポと、ただものではない雰囲気。
ちなみに、毎年数人は辞める子がいるが去年は一人もいなかった。
「活きが良いのが来るといいデスワよ」
机に座り、長い足を組んだ銀髪少女が言った。
スカートからこぼれた太ももはクロスされたことでモッチモチだ。
「で、ですわ!」
そして、一番できる女っぽい顔立ちの少女があたふたして言った。
ごっこ遊びに混ざりたい、その一心で無理をしている。
「あっ、紫蓮ちゃんだ!」
ポンと顔を元に戻した命子が、校門から入ってくる紫蓮を発見した。
「ホントデス! んふふぅ、凄く目立ってるデス」
「シレン!? どれどれデスワよ!?」
「あそこあそこ!」
後ろで座っていたメリスが命子の頭の上に顔を乗っけて、身を乗り出す。
みんなの視線の遥か先で、大注目される紫蓮は眠たげな目を真っすぐ向けて歩いていた。
「ぷーっ、『我、なにも気にしてませんけど?』みたいな顔してる!」
「ひ、他人事じゃないですわ」
命子たちが1年生の頃の風見女学園は、みんな、命子たちに慣れていたので特に問題なかったが、これからは新入生が命子たちに慣れるまで時間がかかる。
ささらはこれから自分たちも注目されるかもしれないので、紫蓮と同様に一大事だった。
そんな有様のささらにやれやれとしたルルが背後に回り、長い腕を前に回してささらの手首を取る。そうして、元気なアクションの動作で操り始めた。
ささらの緊張ゲージが楽しい成分に変わっていく。
メリスも負けじと命子を操り、日本の英雄少女たちはキスミアっ娘の傀儡になり果てるのだった。
2人1組でキャッキャしていると、また目立つ子が現れた。
「あっ、みんな見て見て。今度はキャルメちゃんだ! はっ、気づかれた!」
「やりおるデス!」
「キャルメが制服着てるデスワよ!」
「にゃんとですわ! ふふふっ、にゃんとですわ! ふふふふっ!」
傀儡ささらが緊張と楽しさでバグっているが、とにかくキャルメが来た。
多くの人が親と一緒に来ているのに対して、キャルメは保護者として自衛官のお姉さんがついていた。命子たちのような特異な人につく担当官だ。
キャルメは命子たちの存在に即座に気づき、グラウンドに頭を下げる野球部のごとく深々と頭を下げた。
そんなキャルメだが、紫蓮と同様にかなり目立っていた。
「ふっふっふっ、まったく楽しみなものよ」
満開の桜の中を歩く新入生たちを見下ろし、傀儡命子はニヤリと笑って締めくくった。メリスが頑張って腕組みもさせてくれている。
ちなみに、四天王みたいなことを言っていたこの4人は、お片付け係で登校しているだけだ。
卒業式と違って、入学式の代表は生徒会なのである。
「それじゃあ紫蓮ちゃん、あとでねー」
「う、うむ。あとで」
受付を終えた紫蓮は、一先ず両親と別れ、心細さを道連れに、発表されたクラスへ行く。
「紫蓮さん!」
すぐに声をかけてくれたのはキャルメだった。
「ぴゃ。あ、こにちは」
ビクンとして振り返った紫蓮は、心細さを足元に置き、すかさず借りてきた猫の着ぐるみを被った。
紫蓮はキャルメと特別仲良しというわけではない。みんなと一緒だとお喋りできる感じだ。しかも、そのお喋りのスタイルだって命子を通じたりして話す間接的なものだった。
しかし、キャルメは人当たりがいいので、本日もグイグイ来た。
「紫蓮さんと同じクラスで良かったです!」
「う、うん。我も」
これは社交辞令ではなく、本当のことだった。
まったく慣れない人ばかりよりも、多少なりとも知っている人がいた方が心強い。
「練度が高い人が多いですね」
「うん。みんな頑張ってる」
可愛い子が多いねぇー、とか言わないあたり、紫蓮とキャルメも相当ファンタジー脳が進んでいる。
今や世界一有名な高校にまでなった風見女学園。
そこに集まる生徒は、やはりどこか違った。
ぶっちゃけ、2年や3年よりも偏差値が高い子もいるし、武術練度が高い子もいる。
地球さんがレベルアップする前に入学していた3年生と入学が確定していた2年生は、もともとは高校エンジョイ勢なのだ……っ!
優秀な子たちがやってきて、いま、先輩としての威厳が試される時が来たのである。
紫蓮とキャルメが歩いていると、やはり目立つ。
視線を感じながらも、別に気にしてませんけど? みたいなポーカーフェイスで歩く紫蓮は、キャルメに尋ねた。
「キャルメ団の他の子は入学しない?」
「はい。僕だけですね。カシムたちは男の子ですし、高校生になる女の子は2人いますがまだ言葉が万全ではないですから」
「あっ、そっか」
紫蓮はキャルメを基準にして考えていたが、キャルメは数か月で日本語をマスターしてしまうような天才だ。
ほかの子もかなり頑張ってはいるものの、強者どもが集まった風見女学園の入学基準には満たなかったのだろう。
「大丈夫です。みんな、良さそうな学校に行けましたから」
「それなら良かった」
そんなことを話しているうちに自分のクラスに到着した。
すると、教室が一気にざわついた。
別に気にしてませんけどー、みたいな顔を維持しつつ、紫蓮はギクシャクしながら自分の席に座った。
紫蓮は有鴨さんなので、出席番号が1番だった。このクラスに青木さんや相田さんはいないのだ。
すると、トントンと後ろの席から背中を叩かれた。
「ぴゃ」
ビクンとしてから、紫蓮は振り返った。
「有鴨さんだよなー? あたし、犬田環奈。よろしくなー!」
それは八重歯が似合う元気っ子だった。
プレイボールから第一球目で陽キャ強襲。
紫蓮はゴクリと喉を湿らせた。
「うん。よろしくお願いします」
すると、これを好機と見た隣の席とその後ろからも自己紹介が飛んできた。
紫蓮は内心でぴゃわぴゃわしつつ、「うん。よろしくお願いします」と繰り返す。
紫蓮を介して、周りの子同士でもファーストコンタクトし始める。
一応話しかけられた手前、前を向くこともできず、紫蓮は椅子に横座りして黙ってお話を聞いた。コミュ障である紫蓮の奥義、影の型である。発動すると発言率をグッと下げられる。
「有鴨さんはもうマナ進化してるんだろー? すっげぇよなー。どんな感じなんー?」
ところが、犬田は八重歯をペカーッとちらつかせた無邪気な顔でグイグイ来る。紫蓮の人生で、影の型はいつの間にか使用不可にされていた。
紫蓮もこの歳になるまでに、新しい環境に身を置くことを何度か経験した。直近では中学校への転入、少し前では命子との出会いは話しかけるのにとても勇気を使った。
だから、友達になる第一歩を踏み出す勇気というものを理解している。
グイグイくる犬田は一見すれば慣れているように見えるけど、物凄く勇気を振り絞っているかもしれない。
陽キャならざる紫蓮には陽キャの心はわからないけれど、わからないからと言って、陽キャが初対面になんのプレッシャーも感じないと決めつけるのはダメだと思った。
だから、紫蓮も頑張って応えることにした。
Q.『マナ進化するとどんな感じなんー?』
A.「目が光る」
そう答えた紫蓮はペカーッと目を光らせた。
マナ進化してどうなるのかという質問に対しての受け答えとしてはどうなのか疑問だが、これがウケた。
「すっげぇ! 有鴨さんかっけぇー!」
「「凄いです!」」
周囲の3人だけでなく、その背後の席から身を乗り出して見ていた子たちも、目が光る現象にキャッキャした。
それは周りの子同士でお話しするきっかけに変わっていく。
この学校へ通う子だ。
ファンタジー化した世界を楽しみつくしたいという気持ちは非常に強く、目を光らせられたら堪らない。
一方、紫蓮の2つ隣には、キャルメが座っていた。
ちなみに、ラクートは苗字がない文化で、『キャルメ』がモロに出席番号に影響している。苗字がないのが最近不便になってきており、苗字を新規で得る手続きをしてもらっていたりする。
キャルメも周りの子から話しかけられているが、外国人なので少し探り探りの様子だったのだが、紫蓮が目を光らせたことで話の流れが変わった。キャルメちゃんのペカーッも見てみたい。
「キャルメさんも天眼というのを使えるんですよね? あっ、初対面なのに大切なことを聞いちゃってすみません!」
隣の子が聞いてきた。
とってつけたような遠慮だが、これも戦術。
「大丈夫ですよ。僕の天眼はこんな感じです」
キャルメは目を一度閉じ、スッと開いた。
そこには真っ青な瞳が光り輝いていた。
「「「ふおぉおおお……!」」」
中二病率が多いのか、手をブンブン振るって興奮した。
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【天眼】
魔力視・マナ視をバランスよく見通す万能タイプ。
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「もし良かったら、みなさんの魔力がどのように使われているか教えましょうか?」
キャルメはニコリと笑って提案した。
キャルメも命子が持っている人体図が描かれた紙を持っているのだ。その人体図を通じて魔力がどのように使われているか意識して使うと、ジョブスキルのスキル化が少しだけ早くなる。
これは命子が青空修行道場のみんなに手伝ってもらって、立証していた。
周りの少女たちは顔を見合わせて、すぐにキラキラした目をキャルメに向けた。
「「「ぜひ!」」」
キャルメは人心を掌握する術を心得ていた。
そんなふうに、2人の新生活の滑り出しは好調と言えた。
さて、風見女学園は、今年から一つの取り組みを始めていた。
それが冒険科・魔法生産科の導入である。
農業科や工業科のように、普通教科のほかに冒険や魔法生産にまつわることを学んでいく学科である。
これらは、今年から学校設定教科として採用できるようになり、高校数を限定して全国的に導入されることになった。高校数が限定なのは、単純に教師の数が揃わないためである。
メインとなるのは、最低でも毎日1時限分は必ずある『武術/生産』の時間だ。多い曜日だと2時限分ある。
また、普通学科も一部の授業が『武術/生産』に変更されたりしている。
ほかに、ダンジョンの歩き方や魔物知識を学ぶ授業もあるが、そもそも学問としてまだ産声をあげたばかりの分野なため、座学についてはそこまで多くのことは期待できない。
その代わりに、座学では適時、新情報を共有し、分析する時間になると考えられている。
冒険・魔法生産科で特筆すべきは、学期ごとに課題研究をする点だ。グループでも個人でも、その両方でもいい。
新世界はまさにブルーオーシャンが広がっている状態なので、研究をするということを高校生の時点で身に着けさせようという試みであった。
面白い点で言えば、クラスごとに行なわれる宿営の練習合宿だろう。
実のところ、これは修行部が新米冒険者のために行なっていたのだが、これを学校が正式に行なうことになった。
最後に、日本の全ての学校で4月と12月に一つの講習が行なわれることになった。
それは確定申告のやり方である。
4月には『冒険者や魔法生産者やるなら確定申告があるからな!』と脅され、今からやるべきことを教わり、12月には春から集めていた経費となるレシートなどをまとめ、申告用紙に実際に記入していく練習をする。もちろん、1月から経費で落とすレシートを集めている子はその分も。
これらはあくまで練習で、残りは自分でやってもいいし、税理士に頼んでもいい。さすがに学校が生徒の収入を知ってしまうのは問題だから、練習までなのだ。
なぜ、こんなことをするかと言えば、昨年の学生冒険者の申告漏れが凄まじい件数になったからだ。なので、中学以上の全ての学校で確定申告のやり方を教えることになったのである。
とまあ、こんなふうに地球さんがレベルアップして2年目の風見女学園は始まるのだった。
入学式がすっかり終わり、講堂では多くの2、3年生がわちゃわちゃとお片付けをしていた。そんな中には、命子たちの姿もあった。
椅子をせっせと運ぶ命子の下へ、一人の人物がやってきた。
「こんにちは、命子さ……こほん、羊谷さん」
「ほえ?」
声を掛けられた命子はそちらに顔を向けると、パッと顔を明るくした。
「あっ、滝沢さん!」
そう、それは命子たちがお世話になっている自衛官のお姉さんだった。
いや、元自衛官というべきか。といっても、別に自衛隊を辞職したわけではない。
「ハッ、違いますね。滝沢先生ですね」
「そうですよー。これからは先生なんですからねー? うふふ」
そう、滝沢は今年度から風見女学園の特務教師として派遣されるのだ。
教える科目は『冒険』と『武術』だ。
今のところ、冒険科と魔法生産科を教えられる人材は、市井にいない。学生よりも遥かに強い人は、先行している自衛隊に偏っているのだ。
なので、この学科を設立した学校には、教員免許を持っている自衛官が送られることになったのである。風見女学園の冒険科の場合は、それが滝沢だった。
もちろん、この人事には政府上層部の意思が働いている。
滝沢は一度ヘマをしたが、龍宮で活躍し、今では『天武人』にマナ進化までした一流の戦士だ。本来なら精鋭部隊に選抜されてもおかしくない人物なのだから。
「滝沢先生、入学式に出席したんですよね?」
命子が先生呼びすると、滝沢は唇をムニムニして顔をほんのり赤らめる。凄く嬉しいらしい。
「はい。しましたよー」
「紫蓮ちゃんはどうでした?」
「緊張してて、すんごく可愛かったです!」
ふんすぅとして言う滝沢。
もしかしたら政府はとんでもない人物を女子高に放ってしまったかもしれない。
ちなみに、滝沢も緊張していたが、紫蓮ほどではない。
「別に気にしてませんけど~? って感じでした?」
「それですー!」
どうやら本日の紫蓮は、ずっとそんな感じで過ごしていたらしい。
「タキザワどのデース!」
「わわっ! もう、ルルさん! 私は滝沢先生なんですよー、うふふふ!」
ふいにルルが滝沢におんぶした。肩越しに顔を前に出すほどフレンドリーなおんぶだ。必然、ほっぺも背中もむっにゅむにゅ。先生に対してなんたる所業。
さらに、命子たちが懐く人物の登場に、本日お手伝いに来ている女子高生たちが興味を抱いてわらわらと集まってくる。
滝沢はマナ進化しているので、そこに集まっているのは、できる綺麗なお姉さんを見る瞳だ。
キャッキャキャッキャの洪水とやたら多いボディタッチ、これが女子高の洗礼!
あっちを向いても女子高生。
こっちを向いても女子高生。
むしろポカポカ背負ってるのも女子高生。
滝沢の脳内から厳しかった自衛隊時代にギュッギュと締められたネジがボロボロと落ちていく。
こうして、紫蓮やキャルメと同じく、滝沢の楽しいお仕事生活も始まるのだった。
その日、国が用意してくれたマンションに帰った滝沢は、明日への英気を養うためにマッサージスーツを使ってから、ぐっすりと眠るのだった。幸せ!
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【命子の冒険手帳】
『天武人』
軽装武術を重点的に修めた者がマナ進化しやすい。
重装武術の場合、『地武人』に。
ただし、小龍人になることを拒否する心を持っていない場合、日本人だとほぼ間違いなく小龍人になる。
世間では、小龍人など神獣のマナ因子を開花させたマナ進化のほうが強いと考えられているが、経過観察が必要。
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