2-13 猫妖精の万屋
本日もよろしくお願いします。
敵は厄介だが引き返すわけにはいかない。
昼を回り、夜の訪れまで5時間を切った。
ダンジョンに対して無知なのは世間だけではなく、命子たちもだ。
セーフティゾーンを探すために、5時間が多いのか少ないのか、全く分からないのである。
出てくる敵は、相変わらず杵ウサギと市松人形だ。
単体の時もあれば、2体の時もある。
さらに、単体かと思えばもう1体が背後から来ることもあった。
とはいえ、背後から来られた場合のほうが対処が楽であった。
ゲームのようにターン制ではないので、どちらかの敵へダッシュして3人で倒した後に、もう1体を相手すれば良いだけなのだから。
とにかく、足並みが揃った同時エンカウントが厄介だった。
とくに、市松・市松のコンビはヤバい。
今もまたそのコンビが近づいてきていた。
命子はすぐさま水弾を用意し、ルルが水芸で気を逸らした瞬間に射出。
水弾がヒットしてノックバックした市松に、命子がそのまま魔導書アタックと杵柄ソードで対応する。
市松は、攻撃さえ喰らわせれば、ノックバックしてくれる。
この弱点に気づき、とにかく攻撃の連打を止めない。
一方、ルルはすぐに新たな水芸で市松Bを驚かし、そこをささらに任せて命子の応援に向かう。
ルルが乱入したことで、命子はすぐに役割を切り替える。
水弾を用意し、2人が戦う市松のノックバックコンボが終わりそうになった時に射出する。
2体がほぼ同時に光になって消える。
その様子に、3人はホッと息を吐いた。
命子は出現させていた水弾を解除した。
こうすると、魔力消費が無くて済むのだ。
「やっぱり刃物持ってると怖いね」
「懐に入られないように必死ですわ」
対応できなくはないけれど、とにかくプレッシャーが酷い。
市松は手も武器も短いけれど、自爆特攻よろしく突っ込んでくるので、追い込まれているのはこっちのような錯覚を受けるのである。
今回落ちたのは、帯とカタナの破片だ。
カタナの破片をささらのサーベルに合成強化する。
魔力消費が激しいので、3層に入ってから【合成強化】の回数は減っていた。
とはいえ、ささらのサーベルの強化は必須なので、余裕ができたら最優先で強化している。
そんな風にして、命子たちは山を降っていく。
降りもやはり意地の悪いダンジョンで、降るのが目的なのに、わざわざ登ってから降るルートがあったりして、命子たちの疲労はどんどん蓄積されていった。
山頂からさらに3時間ほど探索を続ける。
宝箱は特に見つからず、レアドロップもない。
自分たちがどこに向かっているのかは、察しはついていた。
このまま降りると、朱色の欄干を持つ木橋につくはずなのだ。
隣の山へと向かうための橋で、降り路でその存在が見えていた。
敵を倒し、地図を埋めていく。
山のこちら側は日照時間が短く、この時間になると『山は陽は落ちるのが早い』を体現したように薄暗くなってきた。
そうして、ようやっと橋に辿り着く。
山と山の間に広がる雲海に架かる100メートルくらいの大きな橋だ。
命子たちは一つ目の山を頂上まで登って、山の反対側に降りた形になる。
橋の両端にはとりわけ大きな朱色の鳥居があり、そのそばには見事な桜の木が立っていた。
橋のそばには小川が流れ着いており、川の水が雲海の中に消えていく。
雲の下がどうなっているのか気になるところだが、そういうのは自分たちでない誰かに任せたほうがいい。藪を突いて蛇が出るならぬ、雲を突いて龍でも飛び出してきたらたまったものじゃない。
橋の横には、山を回り込むような道があり、まずはそっちを確認することに。
小川に架かる小さな橋を渡った先には、待望のセーフティゾーンがあった。
しかし、前回のセーフティゾーンとは仕様が全く違った。
まず、外観からして俗っぽかった。
『武器防具あり〼』『妖精のお宿』『名物・桜団子』等、ノボリが立っていたのだ。
3人はちょっとワクワクしながら入ってみる。
「いらっしゃいませニャン!」
お店っぽかったので覚悟はしていたが、やはりそこには知的生命体が居た。
それは喋る猫であった。
猫の身長は1メートルくらいで、昔の茶道家みたいな着物を着ている。
そんな猫さんが、入口を入るとすぐにあるカウンターの奥に座っていた。
杵ウサギを散々ぶっ殺して回っただけあり、命子は、すわ、新手か! と少しだけ修羅った。
一方で、ピュア勢は猫が歓迎の言葉を言っていることに目を輝かせる。命子が先頭で入ってなかったら、突撃していたかもしれない。
そんな友人たちのピュアさ加減に、命子は、別に修羅ってないけど? とばかりに下手くそな笑顔を作った。
「ようこそニャン! お前たちはこのダンジョンでお客さん第一号ニャン! ニャニャニャン!」
一番という言葉に、命子はむふーっと嬉しくなった。
一番は良いことだ。スポーツ関連で一番という順位が付いたことのない命子は、一番に憧れがあった。
「えっと、ここはセーフティゾーンですか?」
「ここは万屋ニャ。お金を払うと泊まることもできるニャン」
「えっとお金ですか? 地上のお金でいいんですか?」
「地上のお金は使えないニャ。こういうのニャン」
そう言って見せてきたのは、先ほど命子たちが宝箱から発見した謎のコインだった。
「これはダンジョンで使えるお金ニャ。これ一枚で500ギニーニャン」
命子たちはこのコインを合計で25枚持っている。
12500ギニーである。
「ふむふむ。ギニーっていう単位なのね。一泊いくらですか?」
「1泊というより1回ニャ。お前たちは12時間のみ利用可能ニャ。パーティのお部屋は1人500ギニー、3人で1500ギニーニャン。雑魚寝部屋は3人で600ギニーニャ。お金を持ってねえヤツは外で野宿ニャ!」
詳しく聞くと、どうやらセーフティゾーンの仕様はそのままらしい。ただお金が必要になるだけ。
12時間のカウントは敷地内にいる時のみ減少するのも同じだ。
極論を言えば、1日1時間だけお泊りするスタイルを続けることもできる。だから、1泊ではなく1回なのだろう。
また、いくらお金を払っても12時間以上の滞在はできない。
さらに、外で野宿する場合も、一応セーフティゾーン内ではあるようなので、制限時間は減少していく。
もちろん、泊まらない選択肢はない。
命子たちは、リュックサックを下ろして、中から財布を取り出し、1枚ずつコインを支払う。
パーティ用のお部屋と雑魚寝部屋は、結構違うようだったので、せっかくなので良いお部屋にした。
「毎度ありニャン! お部屋は2階のカツオブシの部屋ニャ。ニャーのお勧めのお部屋ニャ!」
なんか魚臭そうな部屋の名前だな、と命子は思った。
ルルは中腰になり、カウンターに顎をのっけて猫さんをニコニコ見つめる。そんなルルの後ろで、触りたそうにもじもじするささら。
2人がそんなだし、命子はしばらくお話ししていくことにした。
「ところで猫さん、この先はどうなってるんですか?」
「それは教えられない情報ニャン」
「そっかぁ。じゃあ猫さんは何者ですか?」
「ニャーはお店妖精ニャン。ニャーたちは、いろんなダンジョンでお店を開いているニャ」
どうやらこの猫の一人称は『ニャー』らしい。
命子は教授から、こんな存在がいるとは聞いていない。
つまり、他のダンジョンではまだ発見されていないか、教授が口を噤んでいるのだろう。
そもそも、命子が知るダンジョンの様式だと、宿の必要性があまりないようにも思えた。
命子が知る限り、自衛隊はロリッ娘迷宮を8層まで踏破したらしいが、その全ての階層に帰還用のゲートがあるらしいのだ。さらに、一度行った階層には次からワープして行けるようになる。
こんな仕様なので、泊まる必要性があまりないのである。その階層の地図を描いて帰還して、別の部隊に渡せば、24時間体制の攻略だって可能なわけだし。
「他のダンジョンでは、妖精さんはまだ見つかってないんですか?」
「ニャニャン。このダンジョンの近くにあるダンジョンが昨日から繁盛し始めたみたいニャ。お泊りもろくにしないで物ばっかり買う情緒がねえ奴らだって、あっちの店主が嘆いてるニャン。その他のダンジョンはまだニャン」
どうやら、昨日のうちに自衛隊は妖精の店を発見していたらしい。タッチの差だ。
やりおるな、と命子は、自分を可愛がってくれた屈強なオッチャンたちに想いを馳せて、うんうんした。
泊まらないのは、やはり命子の予想通り、その必要性が薄いからだろう。
「それじゃあ、ここって帰還ゲートはありますか?」
「ないニャ。ここは特殊なダンジョンだから、最後まで行く必要があるニャ」
「マジか……じゃあ、最後にボスはいますか?」
「それは教えられない情報ニャ」
「ぬう……じゃあ、私でも帰れます?」
「ギリギリの球を投げてくる奴ニャン。ニャーン……装備を整えて、正しい選択をすれば帰れるニャン」
「正しい選択っていうのはなんですか?」
「ここまで勿体ぶってんだから言うはずねえニャ!」
命子は、そりゃそうだ、と頷いた。
「ごめんなさい。情報ありがとうございます」
ちょっと怒られちゃったので、命子はここらへんで一先ず質問を切ることにした。
また数時間後に聞きにこよう、などと思う。
「それで、万屋って話だけど、お買い物もできるんですよね?」
外のノボリには『武器防具あり〼』と書かれていたし、さっきの会話からしても、お買い物が可能だとは予想がつくけれど、なにせ商品がどこにも見当たらないので、聞いてみる。
「もちろんニャ。ここは宿も売店もやってる万屋ニャ!」
「どんな物が売ってるんですか?」
「にゃーっと、人間用のは……これニャ!」
猫妖精は冊子を渡してきた。人間用と言うからには、動物用もあるのかもしれない。
表紙には、桜舞い散る中に佇む無限鳥居の風景が描かれていた。タイトルは『無限鳥居のダンジョン・お品書き・春号』である。
どうやら、このダンジョンは『無限鳥居のダンジョン』と言うらしかった。
冊子はたくさんあるらしく、1人1冊貸してくれた。
ただし、外に持っていくのは不可。
3人はパラパラとめくってみる。
「まあ、素敵ですわ」
ささらの見るパンフレットを覗き込むと、ページの中央で袴衣装を着たマネキンが立っていた。
「メーコメーコ、ニンジャデース!」
ルルもそんなことを言って、パンフレットを命子に見せてきた。
そこには、忍んでないくノ一衣装を着たマネキンの姿があった。
命子もパンフレットを見ていく。
どうやら、このダンジョンは和装がメインらしかった。
春号とタイトルに入っているだけあって、春っぽい柄の和装である。
「なんか強そうな和装ばっかりだけど、ダンジョンってみんなこんななんですか?」
「各ダンジョンで扱っている商品が異なるニャ」
「ちなみに、ここの武器や防具って強いんですか?」
「全部初級ランクニャ。その魔導書や剣とかと同じランクだニャ。強そうってお前は言うけれど、わざわざ弱そうな見た目にする意味がないニャ」
「ま、まあそうですね」
布の服でも、染色技術が高ければ艶やかな服にもなるだろう。
中世ヨーロッパ風な異世界でもないのだから、地球にあるダンジョンの初級装備は、普通に強そうに見えるらしい。
「正確な強さは教えられないニャ。自分たちで検証するニャン」
「相対的な基準で良いから教えてくれませんか?」
「それなら教えてやるニャ、明らかだしニャ」
それによると。
『地上産の装備』<<<<『妖精店の武具』<『スキルを持った者がしっかりと作った武具』
となるらしい。
地上産の武具と妖精店の武具には、初級の時点で圧倒的な差があるのだそうだ。
なんか割といろいろ教えてくれるな、と命子は思った。
「ちなみに、物を売れたりは?」
地上にある普通のお店ではまず訊かない質問だが、ここはダンジョン。RPGみたいに買い取りもして貰えるかもしれない。
何より、いい加減ドロップでリュックがパンパンだ。
「できるニャ。何を売りたいのかニャン?」
その言葉に命子はホッと息を吐き、リュックから色々と取り出していく。
「魔石は、こっちは1個20ギニーで、こっちは30ギニーニャ」
杵ウサギの魔石は20ギニーで、市松人形は30ギニーらしい。
命子たちはこれを全部売った。
杵ウサギの魔石は154個あり、3080ギニー。
市松人形の魔石は55個あり、1650ギニー。
計4730ギニー。
杵ウサギの毛皮や人形用の帯や着物は、魔石と同じかそれ以上の値が付くようだが、売らずに残しておいた。
泊まれる以上は、夜に合成大会が開幕されるのだ。
「妖精カードは作るかニャン? 作るのに50ギニー掛かるけど、初めてのお客さんだし、無料にしてやるニャン」
「妖精カード?」
「そうニャ。ダンジョンのお金を入れておけるカードニャン。他にもお買い物するとポイントが貯まるニャン。物入れを使う人間にはあまり意味がないものだけど、あって損はないニャ」
ダンジョンのお金・ギニーは、硬貨だ。
今はそれほどでもないが、もしかしたらこの先たくさん手に入ってジャラつくかもしれない。特に、猫妖精の言うように動物には必要なものなんだろう。
「じゃあ作ります。2人もいいよね?」
「もちろんですわ」
「ニャウ!」
というわけで、妖精カードを作ってもらった。
カードを作るのに、謎の液体を飲めと言われて臆した命子だが、ピュア勢が一息に飲んでしまったので、命子もえいやと飲んでみた。鰹節の出汁の味がした。
「それで『妖精カードよ出ろニャー』と念じれば手のひらから出てくるニャン!」
「「「妖精カードよ出ろニャー」」」
「ニャーはいらないニャン」
なんという罠。
しかし、手のひらからはちゃんとカードが出てきた。命子たちの身体は猫妖精に改造された。
どうやら、ここにお金を当てれば入金されるらしい。
命子たちはゲットした硬貨を等分して、妖精カードに入れた。
宝箱で手に入れた12500ギニー。
魔石を売った4730ギニー。
そこから計1500ギニー減り、15730ギニー。等分すると、一人頭5240ギニーとなった。端数は命子が貰った。
「パンフレットはお部屋に持っていっていいですか?」
「もちろんニャ。むしろそういうものニャ」
お部屋で選んで、ここで買いたい物を出してもらうシステムらしい。
ふと、命子はルルとささらが見る冊子に書かれた数字が目に入った。存外、防具の値段が高い。
しまった、良いお部屋を取る余裕なんてなかった。
命子はそう思って、恥を忍んで猫妖精に言う。
「あ、あの、すみませんけど、お部屋を雑魚寝部屋にすることはできますか?」
「無理ニャ。ニャーは一番いいお部屋にお泊りさせたって、アイツに自慢するニャ。アイツのお店はまだ雑魚寝部屋しか使われてないみたいだからニャ。クソウケるニャ!」
「そ、そんな理由で!? ね、猫さん、お願いします、生きるか死ぬかの瀬戸際なんです」
「大丈夫、だーいじょうぶニャ! お前らならいけるニャ。それに良いお部屋だとご飯と温泉もつくニャ。雑魚寝部屋はお布団すらないニャ。ほら、もう考えるまでもないニャン?」
「ぬぅ……っ!」
温泉とお布団は確かに魅力であった。
命子的には、食べ物は別にである。
これ以上変更を求めても、心証が悪くなりそうだし、命子は折れた。
失敗したなぁと思う気持ちをリセットして、純粋にお部屋を楽しむ方向にシフトチェンジだ。
「それじゃあ、お部屋に行こうか?」
そう言った命子に、ルルとささらが、お話終わった? みたいな顔を向ける。
お話の邪魔をしなかった2人はこの時を待っていたのだ。
「ね、猫さん。モフッていいデスか?」
命子は、しまったと思った。
これが正しい女子の反応であろう。それに引き換え自分はどうだ。
猫が喋ってるメッチャファンタジー、くらいにしか思わなかった。
「当店はそういうサービスはしてないニャ」
しかし、猫妖精からすげなく断られる。
しゅん、とするルル。
猫妖精は、カウンターの端っこに引っかけられたルルの手の上に、ポムっと手を置いた。
これがツンデレである。
「あ、あの、ワタクシも……」
ルルの隣にちょんと座り、ささらもカウンターの端に手を引っかける。
ポムッ。
2人が顔を見合わせて、ニコーッとした。
「わ、私もお願いします!」
ポムッ。
それは、硬すぎず、されど柔らかすぎない、魅惑の感触。
命子も思わずにぱぁした。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ・評価・感想、大変嬉しく思っています。
また誤字報告も助かります。人物名を間違えた指摘は、猛省すべき点です、ありがとうございます!
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せっかく感想を書いていただいているので早く返したいのですが、仕事もあるので、ご容赦ください。