お正月特典 お正月!
みなさま、あけましておめでとうございます。
どうぞ本年もよろしくお願いします。
地球さんがレベルアップして初めての年末年始は、世界中で大きな話題を生んでいた。
このタイミングで大型イベントが来るのか!?
話の焦点はそれであったが、結論を言えば、ノーマルの地球さんイベントは起こったものの、世界同時になにかがあるようなことはなかった。
1月1日が年の始まりと決めたのは人間で、なんならそこが一年の始まりとしていない地域の人たちだっているのだし。
とはいえ、それは地球さんの都合であり、人間さん的にはハッピーニューイヤーなのである。
風見町もさすがに本日は青空修行道場をお休みして、その代わりに河川敷でお正月のイベントをしていた。
例年なら寝正月をする人も元気に外に出ており、いつにも増して賑やかだ。
「メリスさん、手を叩いちゃダメですわよ!?」
「わかってるデスワよ! ぺったん! ぺったん!」
「にゃふしゅ! にゃふしゅ!」
晴れ着を着たささら、ルル、メリス。
紐を使って袖をまとめたメリスが杵でお餅を搗き、やはり袖をまとめたルルが、猫みたいな素早い手つきでお餅をくるんとさせる。
「わぁ、ルルお姉さまもメリスお姉さまも上手!」
「いい匂い!」
「んふふぅ! にゃふしゅ! 待ってるデスよー、にゃふしゅ!」
「ぺったん、ぺったん!」
子供たちの声援に応えつつ、2人は息ぴったりの高速餅つきを繰り広げる。
晴れ着でそんなことをしているわけで、ささらやおばちゃんたちはハラハラだ。
そんなささらに、幼女が問うた。
「ささらお姉さまたちは、ダンジョンに行かないんですか?」
「ワタクシたちは夜からですわね。お昼は時間がありますから、たくさん遊べますわよ」
「わーい! ささらお姉さましゅきー!」
ささらは、だきゅーっと腰に抱きついてくる幼女の頭をよしよしと撫でてあげる。
年末年始の冒険者協会は特別営業で、冒険者だけの特別デイになっている。レベル教育者もこの時期に受講されても困るので、レベル教育はなしだ。
とはいえ、冒険者協会の人も休みたいので、入場者は各日300組限定となっての営業となっている。
命子たちは夜から、風見ダンジョンで一泊二日のダンジョン初めをするつもりだった。
「おーい、子供たち! こっちも準備できたぞー!」
「「「やりたーい!」」」
ほかの臼に蒸かした餅が入り、子供たちが集まっていく。
青空修行道場の規模が大きすぎるため、餅つきも一か所だけではないのだ。ほかにも、お餅の味付けに、お汁粉や雑煮汁などを作っているところもある。
資金は潤沢。風見町はハイパーバブリーであった。
お餅関連のエリアでは、ほかにも部長たちが活躍していた。
おばちゃんと一緒に料理を作る子もいれば、杵を使う子供たちを後ろから補助していたりと大変に働きものである。
「「紫蓮お姉さま、あけましておめでとうございます!」」
「うむ、おめでとう。今年もよろしく、あーちゃん、なっちゃん」
パイプ机のカウンターでお店を開いているのは紫蓮だ。
年下弁慶の紫蓮は、やってきた幼女2人に対応する。
「どのハンコがいい?」
「うーんっと、あたし、これ!」
「あたしはこれ!」
「うむ」
紫蓮は偉そうに頷き、自分で作った消しゴムハンコを色紙にぺったんとする。
片方はレベル1000くらいありそうな強そうなトラ。
謹賀新年も修羅味が強い劇画調。
もう片方は、みー、とか鳴きそうな可愛いトラ。
ポップな文体で『あけおめにゃん!』と野性味は捨てた様子。
2人はわーいと色紙を空にかざして喜んだ。
次にやってきたのは、馬飼野とツバサ、レンという組み合わせ。
「紫蓮ちゃん、あけましておめでとう」
「あ、あけましておめでとうございます」
馬飼野たちに新年の挨拶をされて、人見知りな紫蓮は借りてきた猫のように礼儀正しくなった。
「新年のスタンプが貰えるの?」
「う、うん。我が作ったやつ。好きなのをひとつ捺す」
「私たちも貰って大丈夫?」
「うん」
色紙は大量にあるので、消しゴムハンコが壊れない限りは作製できる。
ツバサとレンは、可愛らしいトラのハンコを選んだ。
そして、馬飼野はというと。
紫蓮が作ったハンコは5種類。
その中の1つに、ルルをモデルにしたアニメ調のトラ娘のハンコがあった。猫なのだがトラである。
馬飼野は正直、その萌えハンコがスーパー欲しかった。
萌え好きの血が騒いでいる。
だが、女の子たちの手前、萌えに走るのは……っ!
「馬飼野君はこれで」
「むっ? う、うむ。わかりました」
ツバサが馬飼野の意を汲んで、萌え萌えハンコを選んでくれた。
べ、別に興味ないけどね、みたいな顔を必死で作る馬飼野だが、ペッタンと捺されたハンコの味のある萌え捺印を見て、嬉しさのあまりニヤつきが止まらない。
「ありがとうね、紫蓮ちゃん」
「うん。今年も良い年でありますように」
馬飼野たちが去っても一息つけず、まだまだお客さんはやってくる。
ルル似の萌えトラは大好評だった。
「わぁー、老師すっげぇ!」
「ほっほっほっ」
少し離れた場所で子供から尊敬の眼差しを向けられているのは、サーベル老師。
紋付き袴でほかの大人たちに挨拶に来た老師だったが、なにかやってほしいと子供たちにせがまれて、大道芸を披露しているのだ。
サーベル老師は武術家であると同時に、大道芸の達人でもあるのだ。
そこらへんに落ちていた木の棒を左手に持ち、その棒の先端でコマを回す。
その状態のまま、右手一本でお手玉を始めるではないか。
さらにはそこからパントマイムを交え、観客を夢中にさせる。
河川敷に広がる青空修行道場は、そんなふうに正月からどこも盛況だった。
さて、そんなお祭りの席の中に、風よけの陣幕が張られた場所があった。
その中には畳と赤い敷物が敷かれており、その上で命子は正座してプルプルしていた。
命子の隣では光子もちょこんと正座して真似っこしている。
そんな命子に、萌々子が言った。
「さっ、お姉ちゃん。どうぞ」
命子の眼下には白くて長い書初め用紙と、筆や硯。
そう、ここは書初めの席なのである。
以前、ふとした拍子に正月の話になり、命子は正月に書初めをしていると言ったのだ。
それを覚えていたクララが、命子と一緒に書初めをするために、この席を用意してくれたのである。ありがたいことだ。
命子が書初めをしているのが本当なら。
そう、命子は見栄を張ったのである!
書初めをしているのは、いま命子の隣でニコニコしている萌々子なのだ。
そんな萌々子の言葉に続いて、クララやお習字上手系女子たちがキラキラした瞳で命子を見つめる。
そんな目で見つめられては、命子の返事は「う、うむ」以外にあるまい。
だが、すぐに再び口を開いた。
「か、書初めはするけどねー。私、そんなに上手じゃないんだ。そこはごめんね?」
口から出たのは予防線である。
自慢じゃないが、習字で上手と言われたことはない。
「大丈夫です。命子お姉さまといろいろなことがしたいんです!」
「眩しい……っ!」
予防線を引いたので、いざ今年初めての、さらにいえば小学6年生以来のお習字。
命子は慣れない手つきで硯をシュッシュッ。光子もシュッシュッと真似を始めた。
命子は、正直、この行為の意味をよくわかっていない。墨汁があるし、それでいいのでは、と常々思っている。なんなのん、硯って。
命子の手つきを見て、その場の大体の人が、あっ、素人だな、と思った。筆を持てば、それは確信に変わる。
命子は書初め用紙を見つめ、空間把握能力を発揮して文字のバランスを計算した。
そうして、いよいよ筆先を紙に下ろす。
筆を動かす命子は、ボスと戦っている時と同じくらい集中していた。
ここで、育て上げた命子株を暴落させるわけにはいかない。
ゴクリと喉を鳴らしたのは誰だったか。
これが英雄と謳われるお姉さまが作り出す緊張感……っ!
だけど、字は丸い!
最後に名前を書き、命子の書初めは終わった。
「お姉ちゃん、それは?」
萌々子は、命子が書き上げた字を見て問うた。
全てが終わったので、どうにでもなれゲージがマックスになっている命子は、字が丸いくせに、偉い書道家のように腕を組んだ。
「天・地・創・造」
命子は自分が書き上げた字を、劇画調な口ぶりで声に出した。
「天地創造。それはどういう意味でしょうか?」
「いや、特に意味はないかな。カッコイイ言葉だから……って、ふぇえええ!? みっちゃん!」
「あっ!」
慌てる命子と萌々子。
光子が手に墨汁をつけて、ぺったんと命子の書初めに手形をつけた。
「あーあー。ごめんね。お姉ちゃん」
「……いや。これこそが書というものなんだろう」
「お姉ちゃん。適当言って、いまピンチになってるんだよね?」
「シッ!」
意味深なことを言って株上げを図ろうとした命子だが、それを即座に萌々子に見破られ、勢いに任せることにした。
「これぞ、天地創造なり!」
ビシッと命子は光子の手形を指差した。
そこそこ長い付き合いになるクララたちも、あ、これは適当に言ってるな、と見破った。
見破られた気配を感じた命子は、冷や汗をかいた。
「ふ、ふぅー……うん。まあ、なにはともあれ。みんな、あれだよ。改めまして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
命子は正座のまま綺麗な姿勢でお辞儀をした。
クララたちもそれを言われたら返さなければならない。
「命子お姉さま、今年もよろしくお願いします!」
「「「今年もよろしくお願いします!」」」
元気にご挨拶されて、命子はニコパと笑った。
こうして、ファンタジーになった世界で新しい1年が始まるのだった。
読んでくださりありがとうございます。