9章閑話 武具フェス 4
本日もよろしくお願いします。
「もっきゅんプリンはもっきゅもきゅー。もっきゅんプリンでもっきゅっきゅー」
「「「カワイッ!」」」「「にゃーっ!」」「まあ!」
テーブルの上に乗ったお子様ランチに、スプーンとフォークを持ったカリーナが謎のダンスをする。畳んだ両腕を弾むように左右し、いまのテンションを表現していた。
それを見た命子たちが一斉に萌えた。さらに、今のが聞こえたのか周りの人たちも、咳き込むようにして萌えている。
ちなみに、『もっきゅんプリン』は昔からある有名なプリンで、お子様ランチなどにセットで入っていることがよくある。3個で200円程度の値段なのに、1個300円するようなプリンよりも好きという人は割と多い。
「なにそれ、カリーナちゃんのオリジナルソング?」
「ううん。キャルメお姉ちゃんにしこまれた」
「お、おうふ。やんなぁ、キャルメちゃん」
カリーナの暴露を聞いて、命子たちは気まずくなった。
キャルメたちは日本に縁もなく来たため、みんなを気に入ってもらえるように、キャルメはあの手この手を仲間たちに仕込んだのだ。
子供の可愛さを前面に出したやり方ではあるが、キャルメが苦労人なことはもう知っているので、決して馬鹿にできるものではなかった。
「ほら、チョコシェイクも飲みな」
「チュー。うんまー」
命子は自分のチョコシェイクを飲ませてあげた。
さて、フードコートだが、紫蓮の読み通り、買った装備の第二展覧会場のようになっていた。
この時間にフードコートに来ているような人は、基本的に良い装備を買えた人ばかりだ。まさに勝利の一服といった様相である。
このイベントは見て回るだけでも楽しいので、フードコートは来場者数に反してそこまで混んでいなかった。もう少しすれば一休み勢が増えてくる感じであろう。
紫蓮は抽選に恵まれた戦士たちの装備を、ふむふむと興味深く眺める。
そして、その視線を感じて顔を向けられると、自然な感じですぃーっと視線を外し、チーズバーガーをもむもむとする。ピクルスがとても美味しい。
ほとぼりが冷めるとまたチラッと見て、それに気づかれて……のループ。
そんなふうにお昼ご飯を食べていると、ふいに館内放送が流れた。
『東京都よりお越しのカリーナさんが迷子になっております。性別は女の子、年齢は8歳。小麦色の肌をしており、髪は赤茶色のセミロング。この放送が聞こえていない可能性がございますので、該当する少女を見かけた方は、緑色の腕章がついているスタッフにお知らせください。また大変に強い少女なので、保護のためお声をかける場合は注意してください』
命子はハンバーガーをもむもむゴックンしながら、ピシッと真っすぐに手をあげた。
その手をゆっくりと下げて、カリーナをズビシと指さした。
「発見しました!」
カリーナはこめかみのあたりにダブルピースをくっつけて、首をこてんと傾げてテヘペロした。
「カワイッ! それはどこで覚えてきたの?」
「メリスお姉ちゃんがフォーチューブでやってた」
萌々子の問いかけにカリーナがそう答えた。
全員がメリスを見ると、メリスも同じポーズをする。昨日生えたネコミミをピコピコとさせてパワーアップ。
それらの所作に興味をそそられたのか、光子がメリスの頭の上に乗っかって、練習を始める。
「これはたまちゃんに習ったデスワよ。ニッポンの女の子は小学生の時に授業で習うって言ってたデスワよ」
「ははっ、懐かしいね。小学校6年生の道徳の時間に習うんだよ。『私とおばあちゃんの7つのテヘペロ』って物語を通じてね」
命子は懐かしそうな顔を見せ、チョコシェイクをチューッとした。
と、その時、命子のスマホが鳴った。
キャルメからだった。
カリーナは先ほどまでルルに肩車してもらっていたので、目撃者はいくらでもいたらしい。
命子がキャルメと通話し始めると、ささらがへにょんとした眉毛で言った。
「ワタクシ、みなさんと小学校の頃に受けていた授業が違いますわ。道徳だから学校ごとに違うのでしょうか? 紫蓮さんと萌々子さんはどうですの?」
「「……っ」」
紫蓮と萌々子は、机に拳を置いて歯を食いしばりながら俯いた。
「ゴホン。ささらさん。羊谷命子はギリギリありそうなところを攻めてくる」
「なんかお姉ちゃんがすみません」
紫蓮と萌々子の言葉にささらは首を傾げ、少し間を空けてハッとして顔を赤らめた。
通話を終えた命子は、顔を赤らめるささらに向かって、こめかみダブルピース首傾げテヘペロをバチコンとお見舞いした。
「ささらもやろうぜ!」
「むーっ!」
頬をぷくぅっとさせて拗ねるささらだが、命子が肩を弾ませて誘ってくるので、なんだかんだやってみる。
恥ずかしさのあまり中途半端に指が立ったダブルピースをする、キリリ系赤面美少女ができあがった。
「カリーナ!」
しばらくすると、キャルメが仲間たちと共にフードコートにやってきた。
昨日マナ進化したことで、キャルメの髪は赤と白とのグラデーションカラーになっており、それがなかなか似合っていた。
ほかにカシムや数人がマナ進化しており、魅力的になっている。
キャルメは、走るわけにはいかないので歩いているが、それをじれったく思っていそうな早歩きである。
実は、終末の鐘事件の地球さんTVは、いつもよりも配信が遅れた。まだこの時点では配信されておらず、この日の夜にアップされることになる。
これは、数年前の過去の映像が流れる動画において、今後もアップされるまで時間がかかることになる。
なんにせよ、それが来客の平穏に繋がった。もし、キャルメ回の地球さんTVを見ていたら、キャルメの姿を見て泣く人がある程度いたはずだから。
とはいえ、DRAGONの全てを掻っ攫った有名人が一堂に会しているので、フードコートは戦利品自慢大会を中断して、ざわついている。
「申し訳ありません、みなさん。カリーナを保護してくださって、ありがとうございました」
「ううん。大丈夫だよ」
「すみません。少し目を離したらいなくなってしまって」
「まあ、このくらいの歳の子にはこの会場はキツイよ。楽しいし、迷路みたいだし」
「このくらいの歳じゃないメーコも迷子になったデスからね」
「私の心は永遠の8歳だからね」
「それヤバいデス」
「たしかに。ちょっと間違えたわ」
命子とルルのやり取りに少し微笑み、キャルメは言う。
「これからはもっと注意します。ところで、もしかしてカリーナが食べているご飯は……」
キャルメは申し訳なさそうにへにょんと眉毛を下げた。
一方のカリーナはデザートのプリンをもきゅもきゅ。口を開いた人の顔に忙しなく視線を向けつつ、話の流れを見守っている。
「私たちのおごりだけど、私たちだけで食べるわけにもいかないからね。別にいいよ」
キャルメは、「そういうわけには」という言葉を飲み込んで、お礼を言った。
「ありがとうございます。カリーナ、お礼は言った?」
「うん!」
カリーナの返事に、キャルメは苦笑いをした。
一方で、カリーナと年齢が近い子たちは、羨ましそうにカリーナを見つめる。
カリーナはその視線に気づいて、女の子にプリンをあーんしてあげた。
「お腹が空いた子がいるみたいだよ。買い物が済んでるなら、一緒にご飯食べない?」
「大変に光栄なんですが、ちょっとこのあとに用事を受けてしまいまして」
「そうなの?」
「はい。先ほど迷子の捜索をお願いした際に、運営の方から一曲踊ってくれないかとお願いされまして」
「へー。みんなで?」
「はい。ビックリサイトの隣に大きな公園があるんですが、そこでやります」
「あー、冒険者のファッションショーをしてるところね」
「はい、そこです。カリーナ、君はどうする?」
キャルメはカリーナに問うた。
「みんなと踊る」
「ご飯食べたばかりで大丈夫? 無理ならいいんだよ」
「やっ。みんなと踊る」
そう言って、ひしっと抱きついてくるカリーナの頭を、キャルメは目を細めて撫でた。
マンガの祭典などではコスプレを披露するエリアの一つになっている防災公園。
武具フェスでは、そこに円形のステージがいくつか組まれて、それぞれのステージでファッションショーが行なわれていた。
DRAGONは完全に冒険ガチ勢の舞台になっていたが、このファッションショーでは武力がなくとも参加できる。
また、コスプレイベントのように両者間の同意で撮影する形式ではなく、ステージを用意して、そこに立つモデルを撮影する形式を取っていた。
これは、冒険者協会も武具フェスの運営に絡んでいるからである。トラブルが起こると批判が冒険者協会に来るので、それを嫌ったのだ。
キャルメたちはいくつかあるステージの中で、一番大きなもので踊るようだった。
その準備をするキャルメたちと一旦別れ、命子たちも観客となった。
「いやぁ、部長たちがいて良かったです」
命子は、先に来ていた部長に言う。
部長たちが取っていた場所にお邪魔させてもらったのだ。
部長はスマホを高速で操作しながら言った。
「風女の子も参加してるからね。っと、言ってるそばから!」
ステージに上がってきたのは風見女学園の女の子たち。
全員がダンジョン防具の上に白銀色の戦乙女の鎧を纏い、ステージの中央でビシッとポージング。
ちなみに、武器だけは本物ではなく厚紙で作られたレプリカとなっているのだが、塗装が上手く、本物と見間違えるほどの出来栄えになっている。
ステージを取り巻くカメラマンたちが、夢中でシャッターを切りまくる。
部長と一緒にいた広報部隊の女の子も、バズーカみたいな一眼レフカメラで激写しまくっている。
「凄い人気ですね」
「あの子たちはアイドル路線だからね。魅せ方も上手いわ」
そう語る部長も、スマホでえいえいやっている。バズーカの隣では見るからに素人っぽい。
風見女学園の子たちは中央でポーズを取ったのち、3人ずつに分かれてステージの端まで移動してまたポーズ。
さらに、緩やかなスピードではあるが武術の型も披露している。
——私は遠慮なく動く。奇跡の一瞬を切り抜いてみせろ。
DRAGONでもそうだったが、冒険者の動きは、いわばカメラマンへの挑戦状。カメラマンたちは大粒の汗をかきながらシャッターを切っている。
脳内で切り取れた一枚は最高のものだが、いざ確認してブレていたらどうしようと、この場の誰しもが不安と戦っていた。
もちろん、カメラマンだけが楽しんでいるわけではない。
一般人も、DRAGONとはまた違ったショーを楽しんだ。
緊張と盛況が混じり合った5分ほどの撮影タイムは終わり、次の組になった。
どうやら風見女学園の子たちは、また別のステージで撮影をやるようだ。
命子は朧気ながらシステムを理解した。
「あっ、あの防具は樹海ダンジョンの森の魔法使いモデルだ。隣のは深緑の剣士!」
次の人たちの装備を見て、命子が知識を披露した。
「命子さんはよく知ってますわね」
「まあね。カタログ集めは趣味だからね」
感心するささらに、命子は胸を張って得意げだ。
命子は、各ダンジョンの地図とカタログを集めて眺めるのが好きだった。
買う時は自分用のほかに必ず5冊ずつ購入し、風見町にある2つの小学校、中学校、風見女学園、図書館に寄贈していた。
命子の莫大な資産の使い道のひとつだったりする。
ちなみに、命子たちが持つ無限鳥居の春バージョンのカタログも実はすでに出版されており、すんごい売れている。
「あれはねぇ、雪花のアットゥシと孤高のタカモデル。北海道のダンジョンのだよ」
褒められて嬉しかった命子は、続くモデルの衣装の名前もみんなに教えてあげる。
命子はたしかに詳しかった。
何組かのモデルの撮影が終わり、いよいよキャルメたちの番になった。
「キャルメちゃんたちは、公演とかするようになるのかしら?」
部長が命子に尋ねた。
そのあたりのことは命子も知らない。
「どうですかね。たぶんしないように感じますけど」
「踊りの安売りはするべきじゃないし、無理させないようにね」
「あー、なるほど。そういう心配ですか。キャルメちゃんは賢い子だし、たぶん大丈夫だと思いますよ」
カリーナにもっきゅんプリンの踊りを仕込むくらいだ。世渡りは、ある程度上手い方だろうと命子には感じられた。
でも、一応はささらママにも話しておこうと思う。困った時はささらママという脳みそになりつつある命子であった。
今まで鳴っていた音楽が停まり、代わりにステージに上がったキャルメ団の男の子たちが演奏を始める。
男の子の前で長い布を持って跪くキャルメたちが、音楽に合わせて踊り始める。
女の子が操る長い布が光を反射して、本来の色と太陽の色を空中に描く。
キャルメたちは華奢な女の子だが、長い布に空気を纏わせることで、繊細でありながらダイナミックな構図を生み出し、それが写真写りをとても良くさせていた。
命子たちは昨夜のDRAGONの閉会式でも見たが、改めて見ても素晴らしいと感じた。
初めて見るカメラマンたちは思わずファインダーから目を離し、肉眼でその姿に見惚れるが、慌てて自分の武器を思い出してシャッターを切る、という光景がそこかしこで見られた。
「いい顔で笑ってる」
中央で踊るキャルメ。
赤と白の髪が踊りに合わせて混じり合うさまを見て、命子はキャルメの人生の深さを想わずにはいられない。
踊りを終えると、キャルメたちは喝采に包まれた。
日本人に迎え入れられたいと願って、もっきゅんプリンの踊りなどをカリーナたちに仕込んだキャルメだが、その願いはきっと受け入れられたことだろう。
こうして、第1回目の武具フェスは多くの人に感動と楽しさを与えて、成功するのだった。
読んでくださりありがとうございます。
明日を本年最後の投稿とさせていただきます。