クリスマス特別編 午後
メリクリメリクリ!
ラバースーツにしか見えないピッチピチのお姉さんを3人作り上げた命子たちは、仮宿舎のプレハブをあとにする。
しかし、本日の命子たちは忙しい。
次にやってきたのは、部長のお家。
部長のお家は結構大きな一軒家だ。
今の風見町ではボロアパートに住むのでさえ相当に難しいが、以前は大きな家を持つのが比較的容易だったのだ。
隣の市に大きな工場地帯があるため、そういうところに勤める人が家を建てるパターンがよくあり、命子や部長の家もまさにそれだった。
命子はインターホンのボタンに人差し指を近づけて、シュッとボタンの横を押した。そして、萌々子の頭に乗っている光子を見てニヤリとした。
「っっっ!」
光子は、まるで映画のラストシーンを見ているかのように前のめりになった。押すの、押さないの!?
その期待に応えるように、指をもう一度ボタンに近づけて……が、押さない!
「っっっ!」
光子は腕をぶんぶん振って大興奮。
「お姉ちゃん。光子が変なこと覚えるからやめて」
一方、光子の飼い主である萌々子は呆れた顔でそう言った。
はーい、と命子はしょんぼりしながら、インターホンを押……さないっ!
チラッと光子を見ると、その下の萌々子の額にビキビキと青筋が立っているので、命子はビビッてインターホンを押した。
受話器の前で待ち構えていたような速さで、インターホンから声がした。
『ズンビシュ、ズンビシュ、ズンビシュ、ズンビシュ!』
いきなり始まったボイスパーカッションに、命子はビックリ仰天して、ぴょんとジャンプ。
しかし、そこは適応能力二重丸の命子。着地とほぼ同時に、すかさず口に拳を置いて呼応する。
「じゅわ、じゅわ、じゅわ、じゅわ、トルルルン、ドゥッ、じゅわ、じゅわ!」
これに黙っていられないのはネコネコ進化をしたルルだ。
「うーにゃー、うーにゃー、うーにゃー、うーにゃー、うーにゃー!」
命子とルルはインターホンの前で顔を突き合わせ、熱唱する。
ご近所さんを気にして顔を赤くする萌々子の頭の上で、光子がわたわたと腕を動かし、なにかを学ぶ。
寒空の下、ささらたちは、インターホンと命子とルルによる決して上手くないメロディーを1分くらい聞かされた。
「そういうのは予行練習してるんですの?」
ささらが尋ねた。
「うーん、生まれ持っての音楽センスかな。いつもは抑え込んでるんだけどさ、今日はほら、クリスマスイブだから。私の中で暴れまわっちゃってるんだよね。ジングルジングルッつって。はーあ、多才でめんぼくねぇ」
「聞かされた我らに謝って?」
紫蓮が酷いことを言ってきたので、命子はサッと口の前に拳を近づけ、ルルが猫ハンドを構える。命子はこうすればボイスパーカッションになると信じていた。
すると、命子のゴミのような演奏が始まる前に玄関のドアが開いた。
「メリクリ!」
現れた部長が、開口一番で言う。
「メリクリメリクリ!」「メリクリデス!」「部長さん、メリークリスマスですわ」「メリクリデスワよ!」「「こ、こにちは」」
各々が挨拶する。高校生組と小中学生組で、部長との距離感がわかる。
「今日は付き合わせちゃってすみません」
さっそく出発すると、命子が謝った。
「別にいいわよ。学校関連でクリスマスパーティ開くと、規模が大きくなり過ぎちゃうし。デートする予定の子とかも可哀そうだしね」
学校関連でパーティを開くと、デートする子は他の子に合わせて参加を選択するかもしれない。
デートなどは気兼ねなくやってほしいと考えている部長は、クリスマスパーティなどは企画しなかった。
「例年より恋人ができた人、増えました?」
「うーん、少し増えたんじゃないかな? 出会いがなかった子も青空修行道場とか冒険とかで男友達ができたりしてるからね。恋が好きな子は新時代になっても大して変わらないかな」
「なるほど。コミュニティがプラスされたのは大きいですね」
「まあ、あのコミュニティは大きすぎるんだけどね」
青空修行道場は子供から大人まで参加しており、当然そこには多くの出会いが生まれていた。
「そういえば、さっき副部長がデートしてましたよ」
「あー、年下の彼氏君ね」
「名前は諸田君というそうです。モモちゃんが全部吐きました」
「ごめんね、諸田君」
萌々子は空を見上げて、絶賛デート中であろう諸田君に謝った。
先ほどと同じように諸田君談義に花を咲かせつつ、途中で萌々子と別れた。萌々子は先に河川敷に行くのだ。
そうして着いたのは、風見町文化会館の小会議室。
「じゃあさっそく着替えようぜ」
小会議室に入ると、端にあるダンボールを開き、そこに入っている服に着替えた。
出来上がったのは、6人のスカートサンタさん。
可愛らしい命子、紫蓮サンタ。ドヤァ。
大人っぽいささら、メリス、部長サンタ。シャラン。
金髪碧眼色白スレンダーにゃん娘ルルサンタ。分身シュババ。
1人だけ異次元がいる。
「属性山盛りすぎじゃない?」
命子が言うと、ルルは無意味に分身して、ネコミミをピコピコ動かしながらニャンのポーズ。
「「そういうメーコも角が生えてるデスよ? トナカイサンタデス?」」
2人のルルにステレオで言われた命子はハッとしながら、ポンと手を打った。
この角はそうやって活かせば良かったのだ。
しかし、トナカイ衣装は買ってないので、手遅れである。
「よし、じゃあ袋を持って出発!」
命子の号令で、それぞれがまん丸に膨らんだ白い布袋を背負う。
「まあまあ、可愛らしいわね! 頑張ってね!」
そう言ってくれたのは、文化会館の職員のおばちゃんだ。
命子たちは、笑って挨拶をして出発した。
外に出た命子は、真剣な顔で言った。
「ここからはできる限り人に会っちゃダメだよ」
「ニャウ。ビックリさせるデス」
「ううん、違うよルル。もしサンタいない派に見つかったら大変なことになっちゃうからだよ」
「サンタ狩りに遭う」
ニコニコして言うルルに、命子と紫蓮が以前クリスマスの話になった時に話したネタを言い始めた。(※注205話目 クリスマス特別編)
すると、ルルがぷくぅーと頬を膨らませた。
「また言ってるデス! もーっ、メーコとシレンは薄汚れてるデス!」
「ぐふすぅ、薄汚れてる……っ!」
ルルの言い草に、部長が吹いた。
「見るデス、メーコたちの嘘のせいでシャーラとメリスが命がけの目をし始めたデス!」
見れば、ささらとメリスは、魔物と戦っている時のようなギンッとした目つきで周囲を警戒していた。この荷物は絶対に取られてなるものかと。
「ごめんごめんって。冗談だよ」
「ルルさん、ごめんね」
「ニャウ。わかればいいんデス」
2人の謝罪に、ルルは得意げにネコミミをピコピコした。
「じゃあ気を取り直して。ここからは、ルルとメリスが頼りだよ。人に見つからないように行こう」
「「ニャウ!」」
そうして、6人によるスニーキングミッションが始まった。
ルルとメリスが前を走り、シュババと曲がり角を確認する。
ピッピッと指を動かして、前方が安全だと命子たちに知らせる。それを確認して、命子たちもササッと走った。
ところで、これは二車線道路にある歩道で行なわれていることである。つまり、車を運転している人たちは、女子たちの陽気すぎる姿を目撃していた。
徐行する車の運転手と目が合ったささらが、ほんのり顔を赤らめる。
「め、命子さん、車の人に見られてますわ!」
「盲点! 仕方ない、ルル、ルートDで行くよ!」
「ルル、知らない作戦が出てきたデスワよ!」
「あれは適当って意味デス!」
命子の無茶ぶりに応えて、ルルとメリスが裏道へ入っていく。
そんなことをしながら移動して、河川敷の中ほどにある階段に辿り着いた。
ここを越えれば、すぐに青空修行道場だ。
「こちらM。付近に人はいないか。どうぞ」
「こちらNデス。たくさんいるデス。どうぞデス」
「おのれ、ここまでか……!」
「うふふふ」
命子とルルの会話を聞いて、ささらが楽しげに笑う。
まるで通信機で話しているような口ぶりだが、命子とルルは2メートルと離れていない。
さて、ルルが言うように、人はたくさんいた。
もう子供たちは冬休みに入っているし、暇なご隠居も多い。なので、青空修行道場に通う道はどこも大抵は人が歩いていた。
「もうバレないのは無理だな」
「そうですわね。でも、わたくしたちは本物のサンタさんではないですし、ここまで来たらバレてもいいと思いますわ」
ささらのその発言に、部長が目をまん丸に見開き、次いでワクワクした素振りを見せる。完全に命子や紫蓮と同じ思考だ。
逆にルルは勝ち誇った顔で命子を見た。
そういうわけで、命子たちは隠れている場所から堂々と出ていった。
「おう、命子嬢ちゃん。今日はずいぶんご機嫌な格好じゃねえか」
すぐに知り合いのお爺ちゃんに捕捉された。
「そうだよ。今日はクリスマスイブだからね」
「おー、そういやそうだったな。なんかやんのか?」
ワクワクした顔をするのは暇ゆえか。すっかり風見町の住人はイベント好きになってしまった。
「いやぁ、子供たちにちょっとね。おっきなことはしないよ」
「子供たちが楽しむのはいいことだ。ありがとうな」
「ううん、私たちも楽しいしね」
そうしてお爺ちゃんも連れて階段を上ると、冬の青空の下に河川敷が広がった。
土手の上に赤い衣装の命子たちが登場し、小学生たちがすぐに騒ぎ出す。
それに気づいた各道場の師匠たちは、一旦休憩にした。
「命子お姉さまー!」
元気な声を上げて、クララたち女子小学生がわらわらと河川敷側の階段の下に集まった。
命子たちもその階段の真ん中ほどまで降りると、みんなでテンション高めに声を揃えた。
「「「メリークリスマス!」」」
お姉さまたちのハイテンションに、小学生たちはほけーっとした。
しかし、それもつかの間、すぐに嬉しそうな顔で笑った。
「メリークリスマスです! お姉さま!」
お返事してくれた子供たちに微笑み、命子が言う。
「今日はみんなにささやかだけどプレゼントを持ってきました! 小学生まで集まってください!」
「「「わーい!」」」
すぐに6人の前に列ができた。
命子の列の先頭はオオバコ幼女だ。
「いつも遊んでくれてありがとう! メリークリスマス!」
「ふぉおおお。ありがとう、お姉ちゃん!」
オオバコ幼女はプレゼントを貰って、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
その手に持っているプレゼントは、お菓子の袋詰めセットだ。
女子小学生はオオバコ幼女のように、命子たちへキャッキャと接するが、男子小学生はそうはいかない。
いつものジャージや和装ではないお姉さんたちのサンタ姿に、ドキドキのもじもじである。
普通だと、ここまで年の離れたお姉さんと交流する少年時代はあまり送らない。せいぜい友達のお姉ちゃんと知り合うくらいだろう。
しかし、青空修行道場という特異なコミュニティがこの法則を壊してしまった。
それにより、子供が同じ時間を過ごす同年齢に恋をしやすい、という法則もまた崩れ始めていた。それは例えば、今日目撃した副部長と諸田君のように。
まあ、あくまで年が離れた人に恋する確率が増えただけであり、それが成就するかはわからないのだが。
「……べ、別にお菓子のプレゼントなんていらねえし」
だから、こういう男子も当然いる。
本当は、紫蓮姉ちゃんから貰いたいのに!
これでは諸田君が抜きん出るのも無理はない。
「おっ、クララちゃん。メリークリスマス!」
小さな子たちに先を譲っていたようで、終わりの頃にクララがやってきた。
「ありがとうございます。命子お姉さま」
お菓子が入った袋を抱きしめて、クララが笑う。
命子は目を細めて微笑んだ。
「いいんだよ。この前、素敵な誕生日会を開いてくれたからね。そのお礼だよ」
そう、命子は10月にクララたちから誕生をお祝いしてもらった。
それがとても嬉しくて、今回はそのお礼も兼ねていた。
クララは覚えてくれていたことに感激して、笑みを深めた。
「命子お姉さま、あとでみんなで写真撮りたいです。ダメですか?」
上目遣いでお願いされては、嫌とは言えない。
というか、むしろ写真は特に嫌いではないのでウェルカムだ。
ちなみに、萌々子と光子はお姉ちゃんから貰わずに、ささらから貰っていた。少し天邪鬼だった。
お菓子を配り終え、みんなと写真を撮ったりしたサンタ命子たち。
青空修行道場には風見女学園の生徒も来ているので、貴重なサンタコスの部長との写真は白熱した。
こうして、命子たちの1日サンタさんは大変喜ばれて終わるのだった。
読んでくださりありがとうございます!