9章閑話 武具フェス 3
本日もよろしくお願いします。
「常闇の魔導工房、完売となりました! ありがとうございました!」
ささらママの宣言に合わせて、紫蓮を筆頭に全員でお辞儀をする。
周囲から拍手が起こった。あったけぇ空間である。
商品数が少ない店もあるので最初の完売店というわけではないが、それでも開始から1時間15分とかなり早い。職人の最終微調整がなく、ただ売るだけなら、おそらく半分程度の時間で終わっていただろう。
完売の札を置いたカウンターの奥で、紫蓮がパイプ椅子にもたれて疲弊していた。
「紫蓮パイセン、お疲さんっす!」
「うむ。本日のダイジェストは、千切っては投げ、千切っては投げする我の雄姿」
「フゥー、内弁慶無双」
舎弟ムーブの命子からパックのアップルジュースを貰い、紫蓮は一息吐く。
そんな紫蓮や命子を含む全体に、ささらママが言う。
「それでは各家のみなさんは撤収準備をお願いします。命子さんたちや職人の方々は、これより自由行動とします」
命子たちだけでなく、職人にも、今回のイベントは大変刺激になる。なので、彼らも自由行動だ。
あとの売上集計や店の撤収準備は、命子たちの親が受け持った。
「ただし、13時のアナウンスがあるまで我々は商品を購入できませんので、気をつけてください。また、腕の腕章も外さないようにお願いします。レストランやコンビニ等はこの制限に関係ありませんので利用可能です」
完売しても、販売者サイドは13時まで他店の商品を購入できない。
販売者サイドの腕や手首には立場を示す赤い腕章があるので、これを外して購入者を装うのもルール違反となる。
ただ、こういうことをする人はあまりいないと考えられていた。
なぜなら、販売者サイドはすでに生産職と繋がりがある、あるいは生産職本人だからだ。他店で購入しなくても、材料さえあれば作ってもらえるのである。
プレミアがつきそうな商品も中にはあるが、それを手に入れるために早い時間に並ぶと嫌でも目立つため、バレる可能性が高い。
カルマ云々もあるかもしれないが、こういった理由もあって、マナーは割と守られると考えられている。
「それではひとまず、みなさん、お疲れさまでした!」
「「「お疲れさまでした!」」」
ささらママがそう締めくくり、全員が晴れやかな顔で唱和した。
自由時間となった命子たちは、さっそく会場に繰り出した。
メンバーは命子、ささら、ルル、紫蓮、メリス、それに萌々子と光子だ。
時代を彩る5人衆+1人と1カワ(※マニア界隈での精霊の単位)が歩く姿は大変に目立つ。
ただ、人が多すぎるので、人混みが割れるようなことはない。すれ違った際に、ふわわっ、となるくらいで、そういう人もすぐに人の流れの中に消えていく。
命子たちは、ひとまず風見屋さんに向かった。
「おっ、やっとるね!」
何様ムーブで2時間前のリテイクをする命子。
今度はわきが甘そうな2年生の先輩にトライ。列整理をしている子だ。
「あれ、みんな。なになに、もう終わったの!?」
狙い通りに相手をしてくれて、命子はニコパとした。
一方、英雄と日常的に接し慣れている様子の女子高生を見て、列に並んでいる人たちはすげぇとなっている。
「まあね。風見屋さんほど商品数がないし」
風見屋さんは学校で生産をやりたい子が武具を作りまくったので、今回のイベントでもトップクラスの在庫数を誇っていた。
同じ大型生産クランの認定を受けた店同士でも、常闇の魔導工房とは生産スピードに差があった。常闇の魔導工房は優秀な職人が多いが、さすがに学校規模には勝てん。
仕事の邪魔をするのも悪いので、少し離れたところから見学する。
「「「ありがとうございました!」」」
「「「いらっしゃいませー!」」」
風見屋さんで働く子たちはみんな、忙しくも楽しげだ。
「売り切れも多いデスワよ!」
「んふふぅ、いっぱい売れてるデス!」
「これは学校の猫たちのニャムチュッチュが三ツ星グルメ味になるデスワよ」
「引き返せない味デス」
列の途中には数か所にメニュー一覧が置かれており、完売状況が一目でわかるようになっていた。ルルたちがそれを見て、じゅるりとする。
命子も見てみれば、防具類の売り切れが目立つ。
「防具類の人気が凄いね」
「防具は一般の方も買えるからですわ。武器類だと所持免許が必要ですし、購入者の絶対数が少ないんですわ」
「あー、なるほど。それはそうだね」
冒険者でなくても参加できるので、ささらの言うことは正解だった。
なお、武器を買った場合は仮証明をその場で発行してもらい、2週間以内に本登録の手続きをしなければならない。
「ところで、紫蓮ちゃんは、次に武具フェスが開催されたとしたらどっちに所属するの?」
「むっ!」
紫蓮は4月から風見女学園に入学するのだが、なにも考えていなかったようで、返答に窮した。
先輩たちは楽しげに働いているけれど、陰キャな自分があそこに混ざれるか心配なのだ。
「まあ、その時になったら決めればいいよ」
「う、うむ、そうする」
とりあえずこの件は脇に置き、命子たちはみんなへ手で軽く挨拶してから、その場を離れた。
さて、盛況なのは命子に関わる店だけではない。
現代では宣伝方法も豊富なので、初開催でありながら注目されている店舗も多かった。
「おー、かっけぇ! 紫蓮ちゃん、あそこは?」
「あそこは『聖剣物語』さん。最強の剣を目指して活動してる。F級のボスレシピを作れる腕のいい職人が多い」
「まあ! 紫蓮さん、素敵な盾がたくさん売っていますわ!」
「あそこは『神壁堂』さん。最強の盾を目指して活動してる。盾職の人が大注目してる店」
「両者がぶつかり合う日も近いか……」
この2店舗もまた人気店なので、ボス素材を使った目玉商品はそうそうに売れてしまい、命子たちの目に留まることはなかった。きっと見ればさらにテンションが上がっただろう。
「シレン、あそこはいろいろ売ってるデスワよ!」
「むむっ、ケモミミもあるデス!」
今度はメリスとルルがとあるお店を見て、ネコミミをぴょこぴょこ動かしまくる。なわばり争いである。
「あそこは『魔王城購買部』さん。コスプレ調の装備をたくさん作ってる」
「ダンボールアーマー系?」
「も、ある。ダンボールアーマーは防御力こそそこまでじゃないけど、自由度が高いから、アニメの防具を再現する時によく使われる」
キャッキャする仲間たちの質問に、そうやって紫蓮がすらすらと答えていく。
そんな紫蓮だが【魔眼】を発動することで、真の出来栄えを見通すことができた。
見られていることに気づいた職人たちはドキドキだ。
見た目は完璧な自信はあるが、ファンタジー的な側面でどうなのかは、彼らには鑑定に頼るしか方法がないのだから。
命子も紫蓮の真似をして【龍眼】を光らせるが、防具の内部に魔力回路ができている程度のことしかわからず、それがどのような効果を発揮しているのか、いまいちわからなかった。
とはいえ、2人がピカーと目を光らせるのはお客さんからすれば興奮ものである。
特に冒険者ではない一般人に対しては、これが普通の買い物ではなくファンタジーな買い物なのだと強く実感させる効果を与えていた。
そんなふうにして各店舗を見学していると、ささらが言った。
「やっぱり金属系の武具は高いですわね」
紫蓮が作った封縛鉄鎖もそうだが、金属系の武具はどれも非常に高い。
命子たちが頷く中、紫蓮が答える。
「セリの売値で販売価格を決めるから、どうしても高くなる」
「いまは飛空艇の製作のためにどんどん買っていきますものね」
「うん」
飛空艇を作るために全世界的にダンジョン産の金属は高騰しているが、いまのところ下がる気配はなかった。
原価というものがあるわけで、使った材料費がセリの落札額を下回ることはあまりない。
これは自分でダンジョンに潜って取ってきた物を使っている場合でも同じである。そうしなければ普通にセリに出したほうが効率良く儲けられるので、セリの落札額を採取してきた素材に反映するのは当然だろう。
ほとんどの店舗がセリのデータを見て値段を決めるので、値付けのタイミングはいつでもいい。値段の修正も可。
唯一、当日に周りの様子を見て価格を吊り上げるのはルール違反になっているが、値下げする分にはこの瞬間でも構わない。
常闇の魔導工房の場合は、15日前のセリの値段を参照して価格を決めているので、中には物凄くお買い得な商品もあった。
この『15日前』というのは優先入場券の抽選応募が始まる前日であり、このタイミングで自分の店のホームページに出品物と値段の告知を出した店は多かったようだ。そういう店にはお買い得商品が多く、客が集まっていた。
「初めてのイベントだから、みんな手探り」
紫蓮は楽しげにそう締めくくった。
紫蓮は、MRSの大人たちと、どのタイミングで値段を告知するか作戦を立てた。『15日前』というのは当たりで、MRSやほかの大きな店舗は、本日の相場を作ったと言っていいだろう。ちょっと偉くなった気分だ。
そんな話を聞く命子は、ほぇーっとした。
紫蓮ちゃんが、なんか大人っぽい。
命子はその時の価格決め会議の時も、ほぇーっとしながらポテチをもむもむしていた。
封縛鉄鎖が200万円と聞いて、強気だな、とビビったものだが、紫蓮は正しかったのだ。
武具フェスと銘打っているが、売っているのは武具だけではなかった。
【生産魔法】が使われた魔法生産物全般が売られており、変わったところだと、ダンジョンでたまに発見されるオモチャの類を扱っている店もある。
オモチャに関しては普通に科学でも再現できるものが多いが、『魔力を消費する』という特性は子供の魔力を鍛えるのに便利で、けっこう購入者がいる。
「あっ、リュック屋さんだ!」
「わぁ、お姉ちゃん、ポーチも売ってるよ」
命子たちが発見したのは、魔物素材の荷物入れを扱った専門店だった。
【アイテムボックス】は入れ物が破損すると拡張した空間が元に戻って、結果的に破裂することもあるので、頑丈な魔物素材のリュックは人気があった。
お客さんたちの狙いのメインにはならないが、足を止めて背負わせてもらっている人が多く、いまも冒険者がそのまま購入を決めていた。
「なるほど。目の付け所がいい」
紫蓮が職人の目で唸った。いや、眠たげな目ではあるのだが。
実際に命子たちが現在使っているリュックや普段使いのポシェットも、常闇の魔導工房製だ。かつては教授経由で自衛隊の生産者に作ってもらったし、【アイテムボックス】を得た人が丈夫なリュックを求めるのは確定していると見てよい。
「あっ、紫蓮ちゃん。あそこだよ。ほらほらあそこ!」
命子はそう言って指さして、紫蓮に教えてあげる。
まるで自分が案内したような口ぶりだが、実際にはサークルマップを見た他のメンバーが導いていた。いや、もちろん命子もマップを見ればたどり着ける。ダンジョンプロなので!
さて、そこは先ほど命子が発見した雨水蒼の人形屋『カラーズ』。
「う、うむ」
その店を見て、紫蓮はもじもじした。
雨水蒼という女性は、Vチューバーの水飴青というキャラで物作りの配信を行なっているのだが、紫蓮はちょくちょくその配信を見て、コメントを残していた。
そういう関係なので、リアルで対面はしたことがないのだ。
だから、紫蓮はもじもじなのである。
そんな蒼の店だが、その前には偶然にも命子たちと知り合いの幼女がいた。
お日様色の肌をした幼女、カリーナであった。
カリーナはお人形を見て、ふぉおおおと目を輝かせ、店主である蒼はそんなカリーナにニコニコと微笑みかけていた。
カリーナを発見して、命子もまた目を輝かせた。
人見知りを全開にしてもじもじする紫蓮を放置して、命子はすぐさまカリーナの背後を取った。
「捕獲!」
「ふぁ。おのれなにもの!」
命子はカリーナのわき腹をガッと掴み、持ち上げた。
ビチビチと体をうねらせるカリーナ。
命子の頭の上では光子が己の体を変形させて作った釣竿を持ち、釣り人ゴッコをしている。
しなる竿! いったいどこで学んだのか。土曜の夕方か。
カリーナは、ラクートにいた際にはキャルメたちとE級ダンジョンに潜っていたので、その身体能力は地味に高い。目の前で目をまん丸にしている蒼よりも遥かに高いだろう。
だから命子を以てしても、なかなか捕まえておくのは大変だ。
「おっ。なんだなんだ、このお人形動くぞ!」
「はっ、その声はしとさま!」
背後からの声にビチビチを止めたカリーナ。わき腹を掴まれた体勢のままプラーンとするので、命子は抱っこに切り替えた。
「あれぇ! お人形だと思ったらカリーナちゃんじゃん!」
「来ちゃった」
「来られちゃった! と見せかけて私たちが来たんだがな」
命子に抱っこされて、カリーナは嬉しそうに笑った。
「こんにちは。雨水さん。カリーナちゃんがご迷惑をおかけして、すみません」
命子はそう言って謝った。
蒼は手をパタパタと振った。
「迷惑だなんてそんな。とても楽しそうに見てくれて嬉しかったです!」
「それなら良かったです。あっ、雨水さん、あそこでもじもじしてる紫蓮ちゃんがお友達になりたいみたいなんで連れてきました」
「ふぇえ!?」
命子は離れた場所にいる紫蓮を紹介した。
すると、蒼も顔を赤くしてもじもじし始めた。
人見知りと人見知りの戦いがいま始まろうとしていた。
陽キャの権化であるルルが紫蓮の背中を押して蒼の前に連れていき、二人は対面した。
「あ、有鴨紫蓮ですけど。よろしくお願いします」
「う、ううう、雨水蒼でござ、ございます。は、はじめましてでございます!」
人見知り同士が交流を始めたのを見た命子は、うむと頷き、カリーナに意識を戻した。
「カリーナちゃん、お人形買うの?」
「2千円しかない」
「ほう、キャルメちゃんからお小遣い貰ったか!」
「うん」
「でも、全然足りないけどね」
「せちがらい」
蒼のお店の魔法人形は、クオリティの高さに反して安い。
おそらくは製作費をあまり乗せていないのだろう。
だが、それでも2千円で買えるはずはない。
しかし、ここで命子がお金を出すのはこのイベントのルールに抵触するし、キャルメたちとの関係としてもよろしくない。
カリーナは可愛いが我慢なのである。
「カリーナさんは1人で来たんですの?」
ささらが周りを見回して、心配そうに言う。
カリーナは首を傾げて、言った。
「みんな迷子になった」
「おいおい、マジかよ。カリーナちゃんも私と一緒で苦労してんね?」
「ほんそれ」
お互いの苦労を確認し合う命子だが、萌々子がじぃーっと見てくるので、カリーナを盾にして、その視線から逃れた。
命子は、とにかく保護した旨をキャルメに連絡してあげようと考えた。
カリーナを下ろし、命子はスマホでキャルメに電話を掛ける。ところが、会場中で通信が行なわれているからか、繋がらない。
「じゃあ、しばらく一緒にいようか。キャルメ団はいっぱいいるからすぐに見つけてくれるでしょ」
「それな」
「だな!」
というわけで、カリーナと一緒に見て回ることにした。
命子たちの方針が決まると、紫蓮たちの方も話を切り上げる様子。
先ほどまでもじもじしていた紫蓮は【魔眼】を発動して魔法人形の造りを見ていたのだが、その人形を置いた。
「うーむ、見事です」
「きょ、恐縮でございます!」
そんなやりとりを2、3して、2人はルインを交換して別れた。
「紫蓮ちゃん、楽しかった?」
「うん。楽しかった」
商売の邪魔になるので短い間の会話だったが、紫蓮は満足げだ。
「人形って売れるの?」
「ちょっと我にも人形の売れ行きはわからないけど、3体売れたって。1体は凄く早く売れたみたい」
「へぇ、人形使いも面白そうだしね」
「うん」
このイベントにおいて、優先入場券持ちが商品を買ってくれるのは、かなり嬉しい。
優先入場券持ちは注目店に行っちゃうので、蒼やさきほどのカバン屋さんのようなメインになり得ない物を売っている店だと、嬉しさも一入だろう。なにせ、貴重な優先権を使って、ぜひ買いたいと思ってもらえているわけなのだから。
特に魔法人形はジョブ的にマニアックな道具なので、この時間帯で3体は大健闘と言えた。
見学を再開した一行。
現在は、目立つように背の高いルルがカリーナを肩車している。
ネコミミが目の前でピコピコ動いて、カリーナは楽しそうだ。
この時間になると、注目されていない店舗にもお客さんが多くやってきていた。
お客さんたちの狙いはまず注目店舗へ向き、そこで買い物を済ませた人たちが次に向かうのは掘り出し物の購入というわけだ。行列ができる店に二度並ぶのが、在庫数の問題で現実的ではないというのもあるだろう。
もちろん、最初から注目店舗で買うのを諦めている層もやってきている。
そんな様子を見学しつつ会場を回っているのだが、キャルメ団はなかなか発見できず。
命子は、腕を組み難しい顔をした。
「うーん、なかなかキャルメ団の子と会わないね。そろそろキャルメちゃんが迷子になったこと、係の人に放送してもらおうか?」
「やばたにえん」
「極悪非道デス」
不穏な計画を口にする命子に、ドン引きするカリーナとルル。
と、ルルの耳がピクピクと動いた。肩車してあげているカリーナのお腹が、くきゅーっと鳴ったのだ。
「メーコ、フードコートがあるから、そこで休憩するのはどうデス?」
「ふむ、たしかにもうお昼か。紫蓮ちゃん、どう?」
肩車してあげているルルが、そう提案する。
今日の主役は紫蓮なので、命子はそちらに意見を渡した。
紫蓮は眠たげな目を少し上に向けて、考えた。
武具を見て回りたいのはやまやまなのだが、紫蓮たちの見学は軽く会場を混乱させていた。人の流れも凄くなってきたし、思ったよりもゆっくりと見られないのだ。
さらに、紫蓮は一つの経験則を持っていた。
マンガの祭典では、人の流れがないフロアの隅や休憩エリアで、買った物を自慢したり確認する人が多いのである。
つまり、武具フェスでも同じ現象が起こる公算がある。
「我もひとまずフードコートに行って一休みする」
「じゃあ決まりだね」
というわけで、みんなでフードコートへ行くことになった。
読んでくださりありがとうございます!
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