9章閑話 武具フェス 2
本日もよろしくお願いします。
今年の春から中学生になる少年が一人、電車に揺られて東京の町を行く。
お年玉や家のお手伝いで必死に貯めた15万円と祖父母に頼み込んで借りた5万円の、計20万円を握り締め、向かう先は本日の日本で最も熱い場所、東京ビックリサイトである。
所持している金額は未だ小学生の身としては過去最高額。ドッキドキである。
しかし、そのドキドキもビックリサイトに近づくにつれて、別のドキドキで上書きされていく。
「ふわぁ……」
少年の目はキラッキラに輝いていた。
その瞳が映しているのは、電車に乗り込んでくる冒険者たちの姿である。
彼らの服装はダンジョンで手に入れた布製の軽装が多いのだが、それはどこかコスプレチックだ。
しかし、似合わないかと言われるとそんなことはない。ベテラン社会人がスーツを着こなすがごとく、彼らはコスプレチックな服を支配下におき、着こなしていた。その姿がなんともカッコイイのだ。
「わぁ!」
少年は目を輝かせながら、とある夫婦の冒険者を見た。
その人物は電車内でもかなり目立っており、少年のすぐ近くで噂している人たちの声が耳に入ってくる。
「おい、見ろ。幻想甲賀衆の雷堂さんだぞ」
「え? う、うぉー、本物じゃん。かっけぇ」
「奥さんめっちゃ美人だな」
「マナ進化して妖魔人になったんだよな。マジでかっけぇわ」
「つり革に掴まらないあたり、やっぱり日常的に修行してんだな」
少年は噂話する人たちへ顔を向けて、うんうん、と頷く。他者が見たら、まるで誰かの弟と誤解するような近さだ。
噂されている雷堂さんは、カタンカタンと揺れる電車の中で腕を組んで立っている。ほかの電車とすれ違った風圧でドカンと揺れても、その体幹は一切ブレない。これも日々修行なりと言わんばかりの風情。
雷堂さんの服装は闇夜のような忍び装束を着ており、奥さんはくのいち装束に陣羽織。まさに日本人がイメージする通りの隠密を目的とした忍び装束なのだが、お天道様の下にあっては極彩色のTシャツよりも目立っている。
さらに昨日マナ進化したことで、夫の雷堂さんは妖しげな魅力をバンバン振りまいていた。
「ママ、ママ、ママー! にんじゃしゃんがいぅお!」
「まあまあまあ! あの人は無音の雷・雷堂さんよ!」
「ふぉおおお、む、む、むぉーんのいかぅてぃ」
「無音の雷よ」
「むぉーんのいかぅてぃ!」
だから、そんなふうに幼女でも簡単に発見できちゃう。
しかし、ダサいかカッコイイかを比べれば、ふぉおおとする幼女の瞳が代弁しているように、圧倒的にカッコイイが勝つ。
だが、満員電車は人の上に人を作らず。
東京ビックリサイトに近づくにつれて、無音の雷という二つ名を持つ雷堂さんも、ほかの人たちと同様に満員電車の洗礼を受けることになる。目を輝かせていた少年だって同じだ。みんなまとめてむぎゅーである。幼女は座席に座っているのでセーフ!
下車する駅に不安を覚えていた少年だったが、その心配はドアが開くと解消される。多くの人がその駅で降りたからだ。
少年はその人の波に乗って電車を降り、やはり人の波に乗って目的地へ到着した。
「ふわぁ!」
満員電車で若干精神的ダメージを負った少年だったが、その光景を見た瞳がまたキラキラ粒子を宿した。
とにかく人が多い。
一般人もいれば、自分のような小学生くらいの子供もいる。
そんな中でも一目でわかるのは、やはりコスプレチックな衣装を着た冒険者たち。
「わっ、さすらいの剣士モデルだ。カッコイイ!」
大学生くらいのお兄さんの服を見ては、興奮し。
「あれは命子ちゃんモデルの冬バージョン! すげぇ、無限鳥居クリアしたんだ。超可愛い」
高校生のお姉さんを見ては、その可愛さにドキドキし。
「むむぅ、雪花のアットゥシ! 北海道からも来てるのか。それにしてもなんて綺麗なんだろう」
アイヌの民族衣装を着た女性を見ては、その戦闘スタイルを想像し。
少年も長い待ち時間ともなれば現代っ子らしくスマホを弄るのだが、本日はそんな暇もなく、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
そんな少年の独り言の声は割と大きく、それも本人の近くでコメントを残していくものだから、冒険者たちはみんな良い気持ちになっていく。特にお姉さん方は、目をキラキラさせたショタに褒められてドヤ顔もマッハである。
あっという間に時間は過ぎ、多くの冒険者をウォッチングしていた少年は、今度はみんなから注目されていた。
少年は当選率30倍と言われる抽選に当選しており、優先入場券を持っていた。その番号はなんと、常闇の魔導工房や風見屋さんがある西館の1番。
朝も早くから並んでいる抽選漏れの人もひっくるめて、全ての人の先頭にいるのである。
「なあ、君。君はなに狙いなんだい?」
やはり幸運にもナンバー2を引き当てたお兄さんが、尋ねてきた。
2番ならほぼなんでも買えちゃうので、お兄さんの顔には余裕がある。単純に、1番を引き当てたラッキーボーイがなにを買うのか気になったのだ。
たぶん、年齢的に予算もそこまで多くないと思うが、親次第では割と高額な武具も買えるかもしれない。
「僕は雨水蒼さんが作るカラーズです!」
惑わず胸を張った少年から飛んできたその答えに、お兄さんは一瞬キョトンとした。
全然知らないアイテムだったのだ。
「カラーズ?」
武具フェス運営が事前に発刊した雑誌を見ると、それは自分の目当てとまったく被らない系統の商品だった。
というか、お兄さんの予想では、一般入場でも普通に買えるレベルの商品だ。なにせ、不遇なジョブと言われる『人形士』用のアイテムなのだから。
だが、なにが正しいのかわからないのがジョブだ。
ニコニコとしながら欲しい物を教えてくれた少年を見ては、やめておけと言うのも余計なお世話なので、言葉を飲み込む。
「なるほどなぁ、良いのがあるといいな」
「はい、お兄さんも良いのが買えるといいですね!」
「だな!」
のちに、多くの名職人を生み出すことになる武具フェス。
その記念すべき第1回目の、それも初めて売れた商品は、当時ほぼ無名に等しかった人形職人・雨水蒼の作った魔法人形『カラーズ・シリアルナンバー1・青紫 187000円税込み』だったと記録されることになる。
入場口から列を作って入ってきたお客さんたちが、目当ての店舗へ向けて早歩きで向かっていく。
誰もが決して走らない。冒険者のスペックでそれをやると、甚大な迷惑に繋がりかねないからだ。下手をすれば人が死ぬ。
ここ『常闇の魔導工房』にも、さっそく多くのお客さんがやってきた。
「「「いらっしゃいませー!」」」
さっそくスタッフ総出でお出迎え。
建物内部の様子を知らなかったお客さんサイドは、良い装備を買ってやるという緊張した表情をしていたのに、入場した順番にテーマパークにやってきたような顔に変わっていく。
こんなところに好んで来るわけで、展示されている武器や防具の数々にワクワクが止まらないのだ。
「常闇の魔導工房の列はここデース! ボールペンはこっちに返すデスよー!」
「次はお主ぃー、2番のカウンターデスワよーっ!」
ルルとメリスがカウンター直前での案内をしており、そのネコミミとネコシッポの愛らしさによって、お客さんの脳内から物欲を一瞬失わせている。
ちなみに、2番カウンターには命子ママがロリ顔を引っ提げてお座りしている。
「「いらっしゃいませー!」」
「おひとり様、2点までの購入となってまーす!」
「ペンをお持ちでない方はおっしゃってくださいですわー!」
命子とささらは、並んだ人から順番に購入用紙とボールペンを配っていく。
さらに、気合を入れた紫蓮が描いたイラストのポストカードも、並んでくれた人限定で無料配布されている。プチキャラ調の命子たち5人のイラストだ。
「ふわっ、命子ちゃん!?」
「ささらさま!? あ、ありがとうございます!」
「ふぉおおお、ポスカ!? えっ、紫蓮ちゃんが描いたの!?」
命子たちから手ずから購入用紙やポストカードを貰って、テンションを上げる人も多い。
この4人の格好は和服をメインにしているが、本日はその上から宣伝目的で『風見アーマー』を装着していた。
一方、本日の主役である紫蓮は大忙しだ。
「きつくないですか?」
「は、はい、大丈夫です!」
「【合成強化】が万全でない状態ではそこまで強くないから、それまでは特に気をつけてください」
「はい、わかりました!」
紫蓮は、そんな説明をしつつ風見アーマーを微調整している。
職人さんのまとめ役は紫蓮パパなのだが、そんな彼らと一緒に購入者の装備の最後の微調整をする係なのだ。お客さんが大勢いるので、正確さももちろんだが素早い作業も重要であった。
さて、配られた購入用紙だが、商品の種類はそこまで多くはない。
全てハンドメイドなので、工程がバラバラの武具を大量に用意するのが難しいため、種類を絞って数を多めに作れるようにしていた。
だが、どれもが現時点でかなりの高品質な装備と言える。
基本的に、防具はMとLサイズがあり、紐などで微調整ができる仕様となっている。こういう即売会なので、個別に望み通りのサイズを提供するのは難しかった。
事前に、装備の胸囲、肩幅、腰回りなどなど、サイズが事細かに告知されているので、お客さんもそれは承知している。
ダンジョン装備のようなサイズ自動調整機能が付与できればいいのだが、残念ながらまだその段階には至っていなかった。
「『封縛鉄鎖』が完売しました! 封縛鉄鎖は完売でーす!」
開始から5分で、目玉商品の一つが売り切れた。
封縛鉄鎖。
紫蓮がロマンと技術を込めて作り上げた金属製の鎖だ。
200万円という高額にも拘らず、速攻で売り切れたのは出品数が4本しかないからだ。
ささらママから連絡が来て、そのアナウンスをした命子は、紫蓮の作った武器が売れてとても嬉しかった。
一方でアナウンスを聞いた一部の冒険者から、絶望の声が上がっている。金額が金額なので、まさかこんなに早くなくなるとは思ってなかったのだ。
封縛鉄鎖のレシピは公開されており、その影響でほかに2店舗から出品されている。今から一か八かでそちらに並ぶか、金を持っている冒険者たちは決断を迫られた。
そちらも『風見屋さん』で3本と『EOL』で5本だけの出品数で、その2店舗も行列ができると予測されている店だ。うーむ、悩ましい。
出品数が多く、それでいて飛ぶように売れているのは、本日の命子たちも装着している『風見アーマー』だ。
風見ダンジョンに出没する魔物『ダンボールさん』が落とす『魔物ダンボール』をメインにして作られた鎧なのだが、内部構造に改良を重ね、マックス強化まで成長させれば防御力70になる逸品になっていた。
この会場にある全ての武具は【合成強化】で全て『5/XXX』まで上昇している。
これはサービスではなく、【合成強化】は倍率が決まっているので、少しだけ強化することで鑑定士は最終的な防御力や攻撃力を計算できるのだ。
なお、良い武具ほど表記『XXX』の数値が大きくなる。成長限界が高いのだ。
ちなみにだが、【生産魔法】以外に特殊な製法を使っていない風見アーマーよりも、妖精店の金属アーマーの性能の方が高い。風見アーマーはあくまでも、【生産魔法】があれば誰でも作れるのをコンセプトにした装備なので、凄まじい性能には至らないのだ。
それでも購入者が殺到する理由は、現状ではギニーよりも円の方が稼ぎやすいからである。ギニーで武器と軽防具を買い、円で風見アーマーを買う、というプランなわけだ。
しばらくすると、ささらママから命子パパに指令が入った。
「風見アーマーのMサイズが残り5品です! お並びの方に品薄のお知らせをお願いします!」
「わかりました!」
命子パパは建物の外にまで並んでいる行列を辿り、告知を行なう。
「風見アーマーのMサイズが残り5点、売り切れ目前になっております! ご購入を検討なさっている方はご注意ください! 風見アーマーのMサイズが残り5点です!」
命子パパの告知を聞いて、そこかしこで悲鳴が上がった。
ネットなどで多くの人が予測したよりも完売が早かったのだ。しかし、初めてのイベントなので、こればかりは仕方がない。
自分の位置から考えて購入は不可能と見て、列を離れる人もごく少数いるが、常闇の魔導工房の商品をなにかしら買いたいという人は多く、まだまだ並んでくれている。
しかし、命子パパに次いで、すぐにささらパパも次のお知らせを告知しにやってきた。
「武者人形製の和鎧セットのLサイズが完売いたしました! 武者人形製の和鎧セットのLサイズが完売いたしました! Mサイズはまだございますが、残り3点になっております!」
「クッソ、やられたか!」
和鎧のLサイズを狙っていたであろうお兄さんが、悲鳴を上げる。お兄さんはどこかへ電話して、この場に残ることを決断した。
今をときめく有鴨紫蓮が主宰する常闇の魔導工房。
そこで作られ、初めて商品として売り出された武具なわけで、単純にコレクションとしての価値も高いのだ。今がファンタジー黎明期ということもあって、後年には数十倍、下手をすれば数百倍の値段になってもおかしくない。
いや、これは紫蓮だけに限らず、新世界の人間のポテンシャルを考えると、この会場で店を開く全ての職人にも同じことが言えるだろう。
「黒オオトカゲの革製、小手と脚半・Lサイズが共に残り5点です! ご購入を検討されている方はご注意ください!」
今度はまた命子パパが告知しに戻ってきた。
忙しなく告知にくるパパたちとそれを聞いて悲鳴を上げる冒険者たち。
「なんだここ、地獄か?」
「で、ですわね。1時間くらいで全部売り切れてしまいそうですわ」
「うん」
飛ぶように売れていく様子と、それに連動して悲鳴を上げる冒険者たちの姿を見て、購入用紙を配っている命子とささらは怯えた。
しかも、行列は終わりが見えない。いったい最後尾の看板を持つルルママと紫蓮ママはどこまで行っちゃったのか。
常闇の魔導工房では、商品数の都合で1人2品まで(同じ商品不可)にしている。ただし、セット装備は1品だけの購入となっている。
こういう購入制限を加えているが、このままだとささらの言うように早々に全品完売まであり得る。
紫蓮はちょっと失敗したと思っていた。
予想以上に来てくれる人が多い。
失敗したと思っているのは、封縛鉄鎖だ。
基本的に種類は少なくという方針なわけだが、封縛鉄鎖は紫蓮がぜひ入れたいと意見を言ったのだ。
あれは我ながら素晴らしい武器に仕上がったと思っているが、4本作るのにほかのどの武具よりも時間がかかった。その時間があれば、小手などの小物ならもっとたくさん作れたのだ。
そうすれば、全員は無理だろうけれど、もっと多くの人に喜んでもらえたのに。
「紫蓮ちゃーん、次は、和鎧のMサイズの微調整おねがいねー!」
「むっ! う、うん!」
命子ママからオーダーが入り、紫蓮は後悔を振り払い、目の前の防具に集中した。
並んでくれた全ての人に笑顔で帰ってもらうことはできないけれど、こうして高いお金を払って自分たちの作品を求めてくれた人に、精一杯のことをしてあげようと紫蓮は頑張るのだった。
「「いらっしゃいませー!」」
元気に購入用紙を配る命子とささら。そんな2人に話しかける人物が現れた。
「やっほー、命子ちゃん、ささらちゃん。儲かりまっか?」
「部長! それにみんなも! ハッ、ぼ、ぼちぼちでんな!」
「いや、めちゃくちゃ儲かってるじゃん」
符丁の言葉が咄嗟に出てこなかった命子と対峙しているのは、そう、部長と風見女学園の先輩たちだった。
店舗の設営はともかくとして、運営をするための生産部隊の生徒は大勢いるので、今日の部長たちはオフだった。
カメラを持っている先輩もおり、頭に『撮影中』という陽気な旗がチョコンと立っている。
「いやー、一般入場ヤバいわー」
「もう一般入場も入ってるんですか?」
「うん。私たちは整列が許可される8時から並んで500番くらい。後ろに無限にいたわよ」
「ふはっ!」
命子は可笑しくなった。
これぞ大冒険者時代よ。
3日間で40万人や50万人が来場するというマンガの祭典とは、一品当たりの価格が違いすぎるが、それでもたくさんの人がやってきているようだった。
実のところ商品だけが目的ではなく、優秀な魔法生産者と繋がりたいという人も多かったりするが、なんにせよ、そこにあるのは良い武具を得たいという気持ちである。まさに大冒険者時代だ。
「お姉ちゃーん、ボールペン持ってきた!」
「おっ、ありがとう!」
部長と話していると、萌々子がボールペンのおかわりを持ってきた。貸し出した物が返却されたものだ。
光子もお手伝いしており、両手にボールペンを2本持ってドヤ顔をしている。
「おっと、お仕事の邪魔しちゃ悪いわね。んじゃ、私たちは風見屋さんの調子を見つつ、適当に見て回るから。頑張ってね」
「はい。まあ私たちも13時くらいには店が閉まっていると思うので、そのあとにでも合流しましょう」
「オッケー。でも撤収準備もあるでしょうし、無理はしなくていいよ」
「そこら辺はお父さんたちがやってくれるみたいですから、まあ大丈夫かな?」
「まっ、その時になったら電話してよ。たぶん、終わりまでいるから」
「わかりました」
このイベントも命子たちがイメージガールをして開いた冒険者時代の新たな1ページだ。
だから、ささらママたちは、命子たちに撤収準備は不要と言ってくれたわけである。
ちなみに、実際の撤収は1日目のフェスが終わる16時からになり、それぞれの店舗は2日目に店を開く団体や個人に引き渡される。
「お知らせします! 武者人形の和盾、トカゲ牙のダガー、完売いたしました!」
部長を見送った命子だったが、命子パパの声にハッと我に返り、お仕事を再開した。
「いらっしゃいませー! 常闇の魔導工房でーす!」
そうして、常闇の魔導工房は、開始から1時間と15分で全ての商品が完売となるのだった。
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