9章閑話 武具フェス 1
本日もよろしくお願いします。
3年生の卒業式から時は少し遡り。
のちに終末の鐘事件と名づけられるDRAGON2日目の夜のこと。
パレードの終点にある学校で、DRAGONに出場した冒険者たちと集合写真を撮った命子は、さっそくキャルメに尋ねた。
「それでそれでぇ。キャルメちゃん、マナ進化はなんだった?」
「僕はその……天魔姫というものになりました」
「天魔! かっけぇ……」
「ふぉおお……」
中二病心をビシバシと刺激してくるその名前に、命子とそばにいる紫蓮が目をキラキラさせた。周りにはほかにも多くの人がいるが、目をキラキラさせているのは男性冒険者に多い。
しかし、キャルメは微妙な顔だ。
「えっと、天魔というのは語感こそ良いですが、良い意味ではないんです。魔王とかそういう類なんです」
ふむ、と命子は偉そうに頷いた。そういう意味とは知らんかったとは言えない。
代わりに励ますことにした。
「キャルメちゃん。気落ちすることはないよ」
特に何も考えずに口を開いた命子を、周りの人が真剣な顔で見つめた。
いきなり注目されて、命子はドキンした。最近の自分の発言力が大きすぎる件。
命子的には、自分の言葉に追随した部長辺りが「そうだよ、気にしない気にしない、ひゃっふーい!」とか言って女子高生フィールドに引きずり込んでくれるのを期待したのだが、誰も命子の発言に乗ってこない。当の部長までもが、どうぞ続けて、と言わんばかりに傾聴の構えを取り、舞台が一瞬で整ってしまった。
ささらたちなら演説に失敗しても、命子クラッシャーを食らわしておけば誤魔化せるが、キャルメ団や冒険者たちはそうもいかない。
しかし、そこは口から先に生まれてきた疑惑がある命子である。すぐさまいい感じのことを言い始めた。
「龍だって神と崇められることもあれば、死をもたらす存在と恐れられることもあるよ。そもそも私たちが使っている魔法や魔力だって、宗教によっては汚れた力として嫌われているものさ。でも、これらのものは旧時代の評判を覆して、とても素敵な奇跡を私たちに与えてくれているよ。それなら天魔や魔王だって同じなんじゃないかな?」
命子は脳内ハムスターを総動員して言葉を組み立てていく。ハムスター職員の手で最後の1文字がガッシャンと押し込まれ、命子は穏やかな顔で畳みかけた。
「魔法とは悪しき理に非ず。天魔もまた悪しき者に非ず。それらは、正道を歩む者にたった一つの素敵な物語を見せる力の呼称にすぎないんじゃないかな。だから、キャルメちゃんはマナ進化した瞬間に感じた感動を忘れず、胸を張って生きればいいのさ」
「にゃ、にゃん!」
むつかしいことを長々と語った命子に、思わずメリスが鳴き声を上げる。
その隣で、命子のセリフに感激したらしいキャルメやカシムたちが膝をついて簡易的な祈りを捧げ始めた。
さらにお話を聞いていた周りの冒険者の間では、「ちょっと俺たちも祈っといたほうがいいんじゃないか」みたいな雰囲気になった。アイズオブライフはすでに膝をついている。
そんな命子を尊敬の眼差しで見つめる紫蓮とささら。
二人は命子が即興で良い感じのことを言っているのはすでに見切っている。ただ、コミュ障の二人からすると、それを淀みなくスラスラと口にできる姿がカッコ良く見えるのだ。
命子はニコリと微笑んでキャルメを立たせた。内心ではピンチを潜り抜けてドッキドキだ。キャルメとも、こちょこちょすれば全部誤魔化せるくらいの仲にならなければなるまい。
「しとさま、いいこと言った?」
命子は、そう言ってキラキラした目で見上げてくるカリーナの頭を撫でてあげる。さすがに、自分の言葉を良いことと口に出して評価するのは躊躇われた。
その静かなナデナデがまた、命子のお姉ちゃん度を上げる。命子は微笑みナデナデを体得した。余計な言葉はいらず、微笑んでナデナデ。それで10歳くらいまでなら誤魔化せる。
余談だが、のちに『天魔』とはなんなのか、多くの宗教家が議論することになる。
天魔とは仏道の修行を妨げる悪魔とされているが、これは『正道を歩むキャルメと、そんなキャルメへ激情を流し込んだ終わりの子の構図に似てはいないか』と考えたのだ。
宗派によっては、天魔は強い信心を持つ者の味方にも変わり得るという考え方があり、これもまたキャルメと終わりの子の関係に似ている。
そのことから、もし自分の心と比喩ではなく実際に戦うことがあるのならば、どうするべきなのか考えられるようになるのだった。
それはともかくとして。
残念ながら、天魔姫やマナ進化したカシムたちのスペックを本日見ることはできなかった。
この時点では、まだ終末の鐘事件の顛末が地球さんTVで配信されていなかったため、命子にはいつものアレが待っていたのだ。そう、事件の顛末の報告である。もちろん、当事者であるキャルメもいる。
それと同時並行で、マナ進化したメリスやカシムたち、それに冒険者は病院で検査するという、なかなかハードな夜となった。
キャルメたちのスペックを命子が見るのは、武具フェスが終わったあとになる。
というわけで、その翌日。
ここ東京ビックリサイトには多くの人たちが訪れていた。
そのまま巨大ロボにでも変形しそうな大きな建物で、今日明日の2日間、生産職が作った武具を売り出すお祭りが開催されるのだ。
建物の中ではどこの店舗も昨日のお昼くらいから設営に入っており、今日も朝から大忙し。
お客さんの入場が始まる前に、みんなと交代で休憩に入った命子は、そんな会場の中をキラキラした目で歩いていた。おトイレに行くついでにちょっと見学していたら、すぐに夢中になってしまったのだ。
「ふわぁ、かっけぇ! わぁ……ふわぁー!」
各店舗に展示されている武具の数々。
小さな店舗だと一種類のみの販売も珍しくないが、大型の店舗だと複数種類の武具が展示されている。売り子さんが見本として装着していることもあり、これがまたカッコイイ。
最近では、発見されたレシピからダンジョン装備を作製できる職人も増えた。上手な人が作ると妖精店で買うよりも性能が高い武具になるため、生産職の需要はグッと上がった。
妖精店では買えないボス素材で作られた装備は、さらに魅力の一品と言えよう。
どちらも相応に高額なのだが、一方で、比較的安価で買えるオリジナル武具も存在する。
紫蓮が考案した『ダンボールアーマー』や、鳥取の学生が考案した『木製アーマー』などがそれに該当し、広く普及していた。もちろん、F、E級素材で作られたオリジナル武具も存在し、見学するだけでも全く飽きない。
「おー、カニアーマーだ! あっちは突撃魚の短槍かな!?」
ファンタジーな店舗の様子に、命子はキャッキャしながらビックリサイトの中を歩き廻った。一昨年、この場で迷子になったことを忘れて。
「わわっ、命子ちゃん!?」
有名人がふらふらしていて驚く人もいる。
命子はその都度、シュババとカッコイイポーズを取ってサービスする。
ビックリサイトでみんながお店を開く雰囲気に当てられて、今日の命子はテンションが高かった。一昨年、迷子になったことを忘れるくらいに!
ちなみにだが、武具フェスの販売者サイドは、他店舗の武具の購入権が13時まで解禁されない。中には非常に価値が高い物もあるため、事前に大人数で入場できる販売者サイドに早い時間から購入権があると、不公平感が大きくなりすぎるのだ。
もちろん、命子も欲しいものがあっても購入できない。たとえ、相手側がぜひ買ってほしいと言ってもダメである。
あっちこっちふらふらする命子は、ふと一つの店舗を発見した。
「お人形だ!」
わーいと命子はその店舗へ向かった。
そのお店で扱っているのは、非常に綺麗な人形だった。
アニメキャラを無理なく現実に再現したような愛らしい顔立ちで、着ている服も作り込まれている。体長は60センチ程度で、おそらく『人形士』用の人形だろう。
「ふぇええ、ひ、羊谷命子さん!」
店主は大人しそうな女性で、すでに開店準備を終えてカウンターの奥に座っていた。命子を見て、とてもビックリした様子だ。
「あれ? あれれ? もしかして、雨水蒼さんではないですか?」
「は、はい!」
「やっぱり!」
それは風見町防衛戦の裏側で活躍した『見習い人形士』の女性だった。Vチューバー・水飴青こと雨水蒼である。
「藤堂さんがお世話になっちゃったようで、もうなんかすみません。あの子ったら、うぉおおお、つってはしゃいじゃって」
「い、いいいいいえ! こ、こちらこそ、藤堂さんにはいつもお世話になってまして!」
ササッと人形を抱っこして慌てふためく蒼の姿に、人見知りソムリエの命子は濃厚な人見知りの香りを嗅ぎ取った。テイスティングである。
それと同時に、藤堂さんにいつもお世話になっちゃってる事実に、あっはーんとも思う。
しかし、知らない人、ましてや人見知りの人にグイグイ行くのも悪いので、ギアを下げて接することにした。
「人形とアクセサリーを売ってるんですね?」
「は、はい」
「凄く上手ですね。まるで生きてるみたいです」
「っっっ」
返答の言葉を思いつかずにもじもじした様子の蒼に、命子は紫蓮を幻視する。紫蓮もよく年上のお姉さんである女子高生に絡まれると、こんなふうにしているのだ。
「ウチの紫蓮ちゃんが蒼さんは凄いって褒めてました。私は生産についてはあまりよくわかりませんが、紫蓮ちゃんが言うのだから、きっとここに並ぶ子たちも凄いんでしょうね」
「ふにゅっ!」
謎の声を口から漏らして、もじもじが加速する。
年上に萌えやすい体質の命子は萌えた。
「あっと、もうそろそろ休憩時間が終わっちゃうので、私はこの辺で失礼します」
「は、はい!」
「お互いに頑張りましょう!」
「はい!」
蒼が上擦った声で返事をすると、カウンターの上で青髪のぬいぐるみが手を振った。ほかの子はアニメと現実が融合したようなリアルさがあるのに、このぬいぐるみだけは布で作ったものだった。
「おーっ!」
命子は初めて見るそのスキルに嬉しくなりつつ、その場を後にした。
「うむ。素晴らしい出会いだった。これもまた冒険。いいことだ」
命子はうむうむと頷きながら、元来た道を戻っていった。
「えーっと、こっちだったな」
当初の目的を思い出しておトイレに行きつつ、命子は順調に来た道を戻り、一つの店舗に立ち寄った。
どこもかしこも大忙しだが、ここもまた忙しそうにしている。
「購入用紙配布班はモデル武具の装着に入って!」
「「「はい!」」」
「急げ、急げ!」
「それぞれのカードリーダーの最終確認をして! 1台につき3人でやりなさい!」
「「「はい!」」」
「急げ、急げ!」
工作部の顧問の先生や生産部隊隊長の指示の声に、女子高生たちが元気にお返事する。
ここは風見女学園が運営する『風見屋さん』の店舗。
風船で飾られた『風見屋さん』という看板を頭上に掲げ、白いテーブルクロスのかかったカウンターの横には、販売している武具の性能水準を示す鑑定書が額に入って鎮座していた。
店舗自体は5×3メートルと、雨水蒼が経営していた小さな店舗と違って、こういう場で開くにしてはかなり大きい。これは大型生産クランの認定を受けているための待遇である。
しかしながら、売るものは本のような小さなものではなく、人がダンジョンで使う武具であり、商品自体がそこそこ大きい。それらが5×3メートル程度の店舗で収まるはずがないのだが、そこは新世界。
ジョブ『冒険者』には【アイテムボックス】が存在する。魔物素材で作った丈夫な入れ物に【アイテムボックス】を展開し、これを集団で運用すれば、とんでもない数の商品を保持できるのである。
ちなみに、小型店舗と大型店舗の違いは、単純に生産力だ。
魔法生産物は現状でハンドメイド以外にあり得ないので、風見女学園のように団体で作っているところは大型の店舗を申請できる。逆に1人から3人程度で作っている生産者は、大型店舗を満たせる商品の数を用意できないため、申請はできるが許可が下りにくい。
店の大小は生産力の違いだけなので、腕の良し悪しはあまり関係ない。実際に、10品しか用意していない小型店舗の中にも、多くの人が注目している店だってある。
「ふっふっふっ、やっとるね!」
最終準備に大忙しの風見屋さんに、命子がやってきた。まるで重役出勤してきた社長の風格。
生産部隊隊長は、ぴしゃりと言う。
「命子ちゃん、大忙しだから邪魔しないで」
「ふぇえええ! ちょ、ちょっとわき腹突くとかするだけですよ?」
ポンと顔が戻った命子はそう言いながら、生産部隊隊長のわき腹をこちょこちょした。構ってほしがりである。
身じろぎした隊長は人懐っこい後輩を可愛く思いつつ、心を鬼にしてその指をエビぞりにした。
「な、なにをーっ! うぉおおおお、負けないぞー!」
しかし、マナ進化した命子の指の力は強く、エビぞりを力任せで押し返す。その姿はお姉ちゃんに引っ張りっこで遊んでもらっている子犬の如し。ただ、お姉ちゃんは忙しい。
「ダメ。みんな忙しいの。自分のところで遊んでなさい」
「「「急げ! 急げ!」」」
「はわー」
みんなの本気っぷりに、命子はしょんぼりして自分のシマに引き返した。
みんなが本気なのも無理はない。
冒険者になった生徒たちはお小遣いをガンガン稼いでいるが、生産職の子たちは今日こそが一番の稼ぎ時なのである。
さらに、これまでに得た評判を次の生徒たちへ引き継ぐためにも、失敗は許されないし、不手際も極力無くしたい。
いろいろな物を背負った少女たちは、こちょこちょ系キッズに構っている暇などないのだ!
さて、追い払われた命子だが、本日は風見女学園所属ではなく、MRSのメンバーとして活動していた。
紫蓮やMRSの職人たちが作成した武具が売られている『常闇の魔導工房』だ。風見屋さんと同様に大型生産クラン認定を持った店舗で、代表はささらママとなっている。
そこへ引き返した命子。
ところがどうだろうか、その場所に常闇の魔導工房はなく、知らない店舗が我が物顔でお店を開いているではないか。
「んぇえ?」
ドキンと心臓が跳ね上がる命子。
慌てて周囲を見回してみれば、挨拶回りした近所の店舗も忽然と姿を消している。いったいこれはどういう理屈なのか皆目見当がつかぬ。
「そんな馬鹿なはずは……」
命子はスッと胸の前に指をスタンバイしながら、天井を見上げた。人が多いため、低い目線だと周囲の状況が見えづらく、命子は柱や出入口や天井の形で場所を覚えていたのだ。
あっちの方に風見屋さんがあって、あそこにどこかへ繋がる出入り口があって、こっちに曲がって、天井の角があそこにある。
なら、ここは常闇の魔導工房やないかい。
だけど、その場所には知らない店舗が。
絶望である。
「ま、まあ落ち着けって」
今の命子はあの時の無力な命子ではない。
そう、今の命子にはスマホさんがいるのだ。
やれやれと和服の袖に手を突っ込んで、再びドックンと心臓が脈打った。
スマホさん、椅子の上に置いてきちゃった。
「ふ、ふふっ、まあまあまあ。まあまあまあまあ! まだ慌てるには早い」
そう言って笑う余裕が命子にはまだあった。なにせビックリサイト素人ではないのだから。すでにここに来たのは二回目なのだ。
だから、この建物の内部がどこもかしこもよく似ていることは理解している。しかし、このエリアに目的地があるのは確実なので、要はこのエリア内でぐるぐる回っていれば、いずれは戻れるはずだ。
そう思っていた時期が命子にもあった。
ところが、20分歩いても目的地にたどり着けない。それどころか、風見屋さんの位置すらわからなくなった。
「ひ、ひぅう……」
ちょっとおトイレ行ってくるぅ、と言って飛び出してから、すでに40分は経っている。もはや今の命子はサボり状態。違うんです、ビックリサイトが!
それだけではない。
お客さんの入場時間も刻一刻と迫っていた。
それに伴い、どこのお店も人員をカウンターの奥や前に配置して、戦闘準備は万全の様相。
当然、通路は先ほどと違って広々としていた。必然的に、はわはわする命子は目立った。
だが、いったい誰が彼の大英雄が迷子になっていると思おうか。むしろ、ここらで一発素敵なセリフを言って、場を熱狂させてくれるのではないか、と期待する視線すら感じられる。しかし、今日はそういうのはやってない命子である。
このままでは館内放送で迷子のお報せを入れられてしまう。
そんな心配が脳裏に過ったその時、ふいに命子の頭にポフンと衝撃が。次いで、前髪の向こうから、にゅっと小さな手が出てきた。
「みっちゃん!」
それは萌々子の精霊・光子であった。
どうやら飛べるという特性を生かし、上から探してくれていたようである。
「あーっ! もうお姉ちゃんはすぐに迷子になって!」
「い、妹よ!」
すぐに萌々子もやってきて、命子は救助された。
萌々子はスマホですぐに連絡を入れた。
「お父さん、お姉ちゃん見つけたから。うん、今から戻る」
「何人? ねえ、何人で探してる感じ?」
命子がこしょこしょと聞くと、萌々子は「4人」と答えた。割と大事だった。
この一件により、命子迷子事件が一部でひっそりと囁かれるが、『ロリっ気があるとはいえ、しっかり者の命子ちゃんにそれはない。可愛いからって夢を見すぎ』と、その事実を信じる者は少なかった。ここに一つの都市伝説が生まれた。
こうして無事に帰りついた常闇の魔導工房。
その店舗の外観は闇っ気が強い。無意味に目とかが壁についている。いったい誰が考えたレイアウトなのか。
こちらのリーダーはささらママで、先ほどまでテキパキと指示を出して働いていたが、今ではすっかり準備を終えてカウンターの奥に座っていた。
ほかにも、命子の仲間や家族、MRSの社員さん、それに萌々子もお手伝いしてくれていた。
命子は心配かけたことをみんなに謝りつつ、カウンターの奥へと座った。
「はい、命子さん」
「あっ、ありがとう、ささら」
ささらがそう言ってミルクティをくれた。
命子はペットボトルに口をつけ、ゴキュゴキュしてからひと心地ついた。まるで小旅行から家に帰ってきたような安心感。
「いやぁ、それにしてもビックリしたよ。まさかみんなが店舗ごと場所移動するとは思わなくてさ、ホント見つかって良かった。でも、次からはちゃんと事前に教えてね? チンゲンサイは大切だよ?」
「絶対に自分が迷子になったって認めないスタンスデス?」
「あとホウレンソウですわ」
「猫なら必ず家に帰ってくるデスワよ?」
「お姉ちゃんここにいました」
「ひぅううう、すみませんでした!」
萌々子が地図を広げてルルたちに暴露する。
そこはエリアの完全に逆側だった。
「メーコはもう一人でふらふらしちゃダメデス」
「ニャウ。首輪と紐付けとくデスワよ」
「にゃんでさ!」
「「うみゃみゃみゃみゃ!」」
首輪案に抗議する命子へ、ルルとメリスは揃って猫耳をぴょこぴょこぴょこーっと動かしてみせる。
命子の頭に乗った光子が、お返しとばかりに龍角をシュッシュッシューッと扱きまくる。命子の顔がふわぁと気持ち良さげになった。
畳みかけるようにみんなから責められた命子だが、ふと気づいた。
いつもなら一番にディスってくる紫蓮が大人しいのだ。椅子に座り、腕組みをして目を瞑っている。むむむっとするその姿は頑固者の職人のよう。
命子は無防備なわき腹をこちょこちょとした。
「ぴゃっ! んーっ!」
ビクンと体を跳ねさせた紫蓮は、悪戯してきた命子を押しのけると、思い出したかのように売り物のチェックをし始めた。
「どした。もしかして緊張してるの?」
「別に緊張とかしてないけど」
命子と紫蓮はお互いに、こんなやりとりをDRAGONでもしたなと思った。
紫蓮は、ふぅとため息をつき、チェックをやめた。
もう何回も同じことを繰り返している自覚はあるのだ。
「大丈夫だって。紫蓮ちゃんの考えた装備はみんな凄いから。あそこの鑑定書だって立派だって言ってるじゃん」
命子が指さした先には、どこの店舗にも置かれている武具の鑑定書が額に飾られている。魔法生産協会が太鼓判を捺した証明だ。
「……んっ!」
命子にそう励まされ、紫蓮は自分の中でなにかに折り合いをつけた様子。ふんすと気合を入れた。
命子も紫蓮の気持ちはわからなくもなかった。
戦闘中に壊れた物が武器ならばまだ挽回が利くが、防具が壊れるのは下手をすれば命にかかわる。だからこそ、どこの店舗にも売り物の武具には鑑定書があるのだ。
鑑定書があるので、作り手の責任というものは実のところ高くはないが、真面目な子は気にするだろう。
「そういえば、水飴青さんに会ったよ。今日はリアルだから雨水蒼さんかな?」
「えっ、ホント?」
「うん。人形とアクセサリー売るみたい。紫蓮ちゃんが褒めてたって言ったら、紫蓮さんも頑張ってくださいって伝えてくださいって言ってた」
少しばかり捏造した命子だが、それを聞いた紫蓮はもう一度気合が入った。
「むっ、むん!」
どうやら同じ生産仲間が頑張っていると知れて、勇気が出たようだ。
命子はにっこり微笑んで頷いた。
その時である。
『お待たせいたしました。これより、第1回・魔法生産物展示即売会を開催いたします!』
そのアナウンスのあとに、建物の内外で拍手が巻き起こった。
「「「わぁっ!」」」
こういうイベントで販売者サイドに回ったことがない命子たちは、その熱気に感動して一緒に拍手をする。
「紫蓮ちゃん、今日は頑張ろうな!」
「うん」
たくさんの拍手と歓声の中で、命子たちはどんな楽しい一日になるのだろうと期待に胸を膨らませるのだった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっております、ありがとうございます。




