2-12 桜さんのプレゼントと3層目
本日もよろしくお願いします。
ネクストゲートはなかったが、便宜上2層目とした山ダンジョンの探索は続く。
1層と同じように朱色の鳥居が連なるその造りは、相も変わらず美しくも怖ろしい。
「ひぇええ、こっちは行き止まりデース!」
「おのれ、行き止まりなら宝箱くれくれ!」
「あらぁ、ここはさっきの道ですわ。ここに繋がっていたみたいですわね」
「ホントだ! ぐるっと回るなら途中に宝箱置いといてよ!」
そんな風に、山ダンジョンは面倒くさい造りをしていた。
そっちに行けば行き止まりだったり、あっちに行けばすでに通った場所の枝道に出てきたり。
それが短距離なら問題ないのだが、15分歩いた末に判明したりするので徒労感が凄まじい。もちろん敵も出てくるので、戦闘時間込みならばもっと時間が掛かっている。
どうやら1つ目の山の山頂を目指して進まされているようなのだが、そこへ行くまでにわざわざ降りたり登ったりを繰り返す意地悪な造りをしたダンジョンであった。
探索行がそんな有様だから、戦闘回数はどんどん増えていく。
出現する敵は、やはり杵ウサギと市松人形だ。
杵ウサギはもはやザコで、ボーナスの敵みたいな扱いになっていた。
2個目のウサミミバンドがドロップし、近接戦闘をするささらが装着することになった。やはり魔力が1減少し、敏捷がちょっと上がった。
ウサギの毛皮が有り余り、ちょっと困り気味だ。
ソーイングセットもあるし、マントにでも変えたいところだが、それは休憩場所で行いたい。あればの話になるが。ちなみに、【合成強化】を使えば毛皮にも針が通る。
問題の市松人形だが、これも数回戦ううちにかなりうまく対処できるようになった。
市松は、万全の状態の回避力がずば抜けて高い。
しかし、攻撃を受けるとノックバックする弱点があったため、ルルの水芸などで驚かせるなどの工夫をして、1撃目を当てて畳み掛ける。
実戦は何よりの修練とはよく言ったもので、みんな武器の扱いや体捌きがみるみる上達していったのだ。
とはいえ、市松は手足や顔面の半分がぶっ飛んでも最後の攻撃を敢行する気味悪いガッツがあるので、まだ油断はできない。顔も怖いし。
市松は、折れたカタナをよくドロップし、これはルルの小鎌に合成しまくった。
少し珍しいドロップは帯や着物だ。全部人形用なので着れないが、物は良いので畳んでお互いのリュックサックに入れている。帯は1本だけ、ささらやルルと同じように命子の首にも巻いておいた。
コイツからは、レアドロップと思しき物はまだ手に入っていない。
そして、敵を倒すたびに必ずドロップする魔石は凄く貯まった。
一つ一つは小さいが、如何せん数があるのでとてもジャラつく。
ドロップは3人で分けてリュックサックに入れているが、いずれは何か考えなくてはならないだろう。最悪捨てる選択もしなくてはならなさそうだ。
そんな中で宝箱を発見し、中にまたも貨幣が入っていた。
今回は全部で10枚の銀色のコインだ。
合計で25枚のコインを手に入れたことになる。これも3人で割り、1人8枚ずつ所持した。命子だけ9枚だ。
そんなこんなで戦闘を重ね、特に綺麗な場所で休憩などを入れつつ、6時間探索を続ける。
ロリッ娘迷宮のように平坦な道ではないので、普通の15歳の少女なら、きっとへたり込んでしまうような探索行だ。
けれど、命子は修行の成果でまだまだ余裕があった。ささらもルルも、近接系のジョブに就いたことでそこそこの余裕が残されていた。
そして、3人は山頂に辿り着いた。
山頂には、大きな桜の木が一本生えているばかりで、期待していた物はなかった。
つまり、帰還用ゲートやセーフティゾーンはなかったのだ。
反対に、恐れていたボスもいなかったので、その点はホッとした。
時刻は11時30分。
朝早くから活動しただけにまだまだ時間の余裕はあるけれど、セーフティゾーンは早く見つけたいところだった。山の中腹にあったのだし、他にあってもおかしくないと命子は考えているのだ。
なんにしても、山頂だ。
「ふぁあああ、まさに絶景ですわね」
「泳げそうな雲デース!」
「ルル、ダメだよ」
「やりマセンよー、んふふ」
そんなことを言いながら3人は並んで立って、地平の先まで続くダンジョンを囲う雲海を見つめる。
仲間と山に登れば絆が深まると言うけれど、命子はそれを実感していた。
3人でやってやったんだ、という達成感が胸を満たしている。
けれど、ここはまだ道の途中。
登ってきた道とは別の下り道があるのだ。
そして、まだ一歩も足を踏み入れていない隣の山の存在。
本来なら達成感なんて湧いてはいけないのだろうけれど、山頂というシチュエーションがそうさせた。
だからまあ、一先ずはこの気分を楽しもう。
3人は絶景の中でウィンシタ映えしまくった。
幸い敵も出てこずにたっぷり休憩できた。
時刻も丁度お昼時なので、ごはんも食べておく。
そろそろ進もうという段になり、3人は桜の木の根元で並んで立った。
「凄い木だし、お祈りしておこう」
「そうですわね。パワーがありそうな木ですもの」
「ニャウ! ニッポンはなんにでも神様がいるんデスよね? ニャオロロズデス!」
「それを言うなら、八百万、ですわ?」
「ヤオロロズ?」
「ロが多すぎますわ」
「シャーラに言われたくないデスわ」
「まあ!」
「ニャオヨヨジュ!」
「ヤオロロズ、違いますわ。ヤオヨヨ……ニャオ……んぬーん! ほ、ほら、ルルさん、お祈りしますわよ!」
そんな2人のやりとりに、命子は頬を緩ませる。
そうして、3人で手を合わせた。
「ダンジョンから無事に出られますように!」
「メーコと一緒に大冒険しマース! 見ていてクダサイ!」
「どうか、見守っていてくださいまし」
すると、どうしたことか。
桜の根元が光り、宝箱が現れた。
「まさかの隠し要素!」
「マー! 桜さんからのプレゼントデース!」
「まあっ、粋な桜さんですわね!」
はっ、しまった!
命子は純粋な相棒たちの発言に、ゲーム的な発言をしてしまった自分を恥じた。これが女子力の差!
なんにしても宝箱。
宝箱ジャンキーの命子は、フタを開けた。
中には20センチくらいの青いクリスタルが入っていた。
手に取ってよく見てみれば、中に桜の花が一つ入っていた。
それだけでも素敵な置物なのだが、なんだこれと思った命子は久々にピシャゴーンした。
それによれば、これは武器になるクリスタルらしい。
解放した者が望む種類の武器になるが、その人のジョブから逸脱した武器は手に入らない。ジョブを得ていない場合は使用できないみたいだ。
また、クリスタル内部にある物の数で、出現する装備のレアリティが決まるらしい。このクリスタルの場合、レア度は一つ星だ。
命子は自分の得た知識を2人と共有し、ささらが持つべきだと提案した。
ルルもこれに賛成した。
なにせ、ささらだけ未だに杵柄ソードを使っているのだから。
ふと気になってクリスタルに合成用鑑定を掛けてみるが、『E/E』だった。
初めて見る表記だったが、どうやら強化はできないようだった。
「本当にいいんですの?」
ささらはクリスタルを手に持ちながら恐縮したが、2人は笑って許可する。
自分が使うことを受け入れたささらは、むむむっ、と綺麗な眉間にしわを寄せて考える。
「ですわ!」
そうして、クリスタルを解放した。
クリスタルを持つ手が青い光に包まれ、武器が顕現する。
出てきたのは、サーベルだった。
ダンジョンを出た後にはこの武器種の先生もいるし、何よりも優雅さも内包している。
刃渡りは80センチほどで、少しだけ反った刀身は、刀の技術を用いたと言われている明治時代の軍刀によく似ていて、切れ味が高そうである。
ナックルガードは桜の枝をモチーフにした優美なもので、鞘の作りにもそれが見られた。
ささらが武器を得て、命子とルルはおーっと詰め寄った。歴女ならぬ武器女である。
とりあえず、少しでもサーベルを強化しておいた。
満足した3人は、桜の巨木にお礼を告げると、意識を切り替えて山を下り始める。
この頃になると、ささらやルルもダンジョンに慣れたので、命子が地図を描く係を交代したりした。
早速、敵が現れた。
しかし、今回はなんと2体同時にエンカウントであった。
杵ウサギが2体だ。
命子はすぐさま水弾を発射して、まずは杵ウサギAから杵を奪う。
「待って! 近づく奴からやるよ!」
飛び出そうとした2人が命子の号令で、立ち止まる。
2体が接近してくるということは、杵ウサギAに追撃を掛ければ、もう片方の杵ウサギBが援護に回る恐れが高いのだ。しかもそれは、2人の背後からの強襲となる形で。これは悪手すぎる。
命子はすぐさま再装填した水弾で、すぐ近くまで接近してきた杵ウサギBから杵を弾き飛ばした。
その瞬間、ルルが待ってましたとばかりに躍りかかった。杵を取りに行くウサギの姿は、奇しくも『ウサギさん逃げて』状態に見える構図である。
その1体をルルに任せ、命子はささらと共に、杵を取り戻した杵ウサギAを対処する。
再び杵ウサギAに水弾をぶつけて杵を弾き飛ばすと、ささらが飛び出す。
サーベルを装備したささらの攻撃力が一気に高くなり、瞬く間に杵ウサギを光に還す。
しかし、刃物で斬っているので、ささらもルルと同じように、盛大な血を見てテンションを下げた。
2体の杵ウサギが光になって消えていく。
ささらは、空を見上げ、下唇をグッと噛み、喉から込み上げてきた何かをゴクリと飲み込む。
そうして、ささらは一つ息を吐き、命子とルルに向けて笑った。
あぁ、私の友人は2人とも強い子だな。
命子は、一緒にダンジョンに落ちたのがこの2人で良かったと心から思った。
ダンジョンから帰ってきたという評判だけで、命子に全てを押し付けて何もしない奴だったら、きっと命子はすでに死んでいたはずだ。
そんな友人たちの姿を見ていると、淑女とは魂の在り方だと言ったささらの言葉が、命子の脳裏に蘇るのだった。
戦闘が終わり、反省会。
なんと言っても、命子の魔力消費が激しくなったことを話し合う。
「たまたま2体同時だったなら良いけど、これが頻繁に起こるようになると困っちゃうかも」
命子の今の魔力量は72だ。
毎回今みたいに水弾を3回も使っていたら、緩やかに枯渇に向かってしまう。
「ウサギも接近して倒しマス!」
「そうですわ。ワタクシも剣を手に入れましたもの」
「うーん、こっちの攻撃力は申し分ないのは分かってるんだけどさ、杵ウサギの攻撃って見たことないんだよね。だけどそうも言ってられないかもね」
安全マージンを取りたいけれど、そういう贅沢を言っていられない状況になってきている。
命子は、ここを山ダンジョンの3層目だと考えている。
山頂から折り返しというキリの良さもあるので、2体同時は偶然ではないと推測したのだ。
セーフティーゾーンがあれば、昨日と同じように数時間は鍛錬に費やせたけれど、今日はそのセーフティーゾーンを探している状況だ。
ちなみに、山頂付近にはなかった。
仕方ないので、1体は速攻で倒して、2体目で接近戦をしてみようということで決まった。
そうして、次に現れたのは、杵ウサギと市松人形のコンビだった。
「マジか! ささらとルルは人形をお願い! 私はウサギ!」
これで、この魔物のどちらかの移動が速かったら一体ずつ対処できたが、残念ながらこの2体は同じスピードで移動した。チームプレイというわけではなく、元からそんなスピードなのだ。もちろん、地面と空中という移動方法に違いはあるが。
しかも、この2種は、命子たちが確立した必勝パターンが異なるため、同時に来られると非常に厄介だった。
命子が水弾を放ち杵ウサギから杵を弾き飛ばす。
「ニンニン!」
それと同時にルルが水芸で市松を驚かせ、その一瞬の隙にささらがスラッシュソードで切裂く。
「ルルさんは命子さんを!」
「ニャウ!」
スラッシュソードでノックバックした市松に小鎌で追撃を浴びせたルルに、ささらが指示を飛ばす。
ささら自身はそのまま市松に肉薄し、サーベルで接近戦を始めた。
一方、命子は杵を追いかけ始めた杵ウサギの頭を魔導書アタックで横殴りにする。
すかさず高速移動で駆け付けたルルが小鎌で無防備なウサギの喉を切り裂く。
ルルの持つスキル【目立つ】の効果で、斬撃のエフェクトが煌めいた。相当に良いヒットだったのだろう。
そのエフェクトを見て、命子は自分の役割を変えた。
すぐに振り返り、ささらの戦闘に参加する。
市松の背後を取る形になっている命子は、ささらの攻撃に合わせて魔導書アタックで市松の頭を上からぶん殴った。
これにより、市松は石畳に叩きつけられ、あとはフルボッコの陣。
フルボッコの末に市松を光に還し、ルルを見てみればすでに戦闘は終わっており、周辺の警戒に意識を割いていた。
みんなでドロップを回収して合流する。
「なんとかなるかな?」
「でも、下手をすると攻撃をくらいそうですわね」
ささらの正直な申告に、命子は頷く。
しかし、そうは言っても敵はやってくるし、頑張って戦うしかない。
魔力消費を抑えるためにも、少女たちはさらに連携を研ぎ澄ます必要があった。
そして、命子は隣の山を見つめる。
帰還ゲートが見つからず、代わりにセーフティゾーンが存在する今回の探索行は、いったいどこまで続くのだろうか、と。
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