9-28 DRAGON閉幕
本日もよろしくお願いします。
『18時より予定していたパレードはただいま中断しております。ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ちください。繰り返します——』
そんなアナウンスが流れる会場の中、事件があった大交差点は混乱に包まれていた。
あちこちに翡翠色の繭ができ、マナ進化が始まったのだ。
キャルメたちの舞にめちゃくちゃ感動していたら、これである。
感動するにも体力はいる。驚くにも体力がいる。修行によって体力が爆発的に上がった人たちにとっては、むしろ感情の起伏の方が瞬間的に体力を消耗させた。
端的にいえば、怒涛の展開はもうお腹いっぱいであった。
だが、目の前でマナ進化を始めた仲間たちの姿には、否応なしにテンションは上がってしまう。
え、えーい、ラストスパート、行ってみよう!
「総員、マナ進化する人たちの瞬間を撮影してあげなさい!」
「「「は、はい!」」」
部長の指示に従って、風見女学園の生徒たちがスマホを持って撮影に走り出す。
一生の思い出になるはずなので出したその指示は、のちに、マナ進化した人たちからとても感謝されることになった。
命子はそんな部長の姿を見て、部長はまだなのかと少し残念に思えた。
煮詰まっているとまでは言えないが、もうそろそろな気もするのだが。
そんな冒険者や観客で埋め尽くされる会場。
必死になってコース上の維持に努める自衛官や警察官の笛の音が、そこら中で鳴っていた。
ビルのあちこちでカメラクルーがその様子を撮影し、お茶の間の人たちはDRAGONすげぇっと感心する。
「あわわわ、めめめ命子さん……」
祈りから立ち上がって、キャルメが命子にあわあわしながら言った。そこには先ほどまでの神秘性はなく、年相応の少女の慌てた姿があった。
自分たちが踊った後に起こったので、『僕なにかやっちゃいましたか?』状態である。
自分とは違う天然物に慄きつつも、命子は言った。
「キャルメちゃんを救ったことで、節目を迎えた人が現れたんだよ」
「ですわね。義侠に駆られてみなさん立ち上がりましたから、魂が覚醒したのではないでしょうか?」
目を真っ赤にさせて、ささらもそれに同意する。
地球さんイベントのほかにシークレットイベントがあることから、個人にもパーソナルイベントを持つ人がいるのではないか、という憶測があるのは割と有名だ。
それを踏まえたうえで、『本来の星は普通にレベルアップし、通常は終わりの子が生じることはない』という事実を知る命子からすると、キャルメを救うためのこの事件は、とても大きなイベントだったのではないかと思えた。
だから、キャルメを救うために立ち上がった人たちにもたらされた経験値は、かなり大きかったのではないだろうか。
実際にどうだったのかは後年の研究者が解き明かすとして、DRAGONから続いた一連の事件が、マナ進化のトリガーになったのは事実だろう。
「わわっ!?」
話していた命子たちの背後でも突風が起こった。
それはキャルメと共に頑張ってきたカシムたち年長組。
日本に来てから探索速度は少し減速したものの、彼らの能力は紛れもなく世界トップクラスなのだ。
「わっ、キャルメちゃんの仲間たちもマナ進化が始まったよ!」
「は、はい!」
「行ってあげな。私たちも知り合いを祝福してあげたいからさ。あとでキャルメちゃんたちのマナ進化がなにか教えてね?」
「もちろんです!」
元気に笑うようになったキャルメの笑顔を見て、命子は目を細めて微笑んだ。
本当にもう大丈夫そうだ。
しばらくすると、卵型の繭が一つ、また一つと解放されていく。
そのたびに、そこら中から歓声が上がった。
一人の男が羽化を終えた。
その頭には角が生えており、『小龍人』になったのだと窺えた。
命子のような可愛らしい様子はなく、武龍とでも言い表せそうな雰囲気を纏った佇まいをしている。
「うぉおおおお、赤い槍さんかっけぇ!」
男たちのそんな声を耳にしながら、赤い槍さんは開いた手をギュッと握りしめる。
その手の力の強さは前とあまり変わらない。マナ進化には一瞬で莫大な力を得る効果はないのだ。だが、自分の可能性が大きく拡張したことが本能でわかった。
「たまらねぇな……っ」
吊りあがった口角の奥で歯をギラつかせて笑うその姿は、普段の昼行燈はお休みして、圧倒的な雄のそれ。
そんな赤い槍さんの足元に、どこからともなく犬がやってきて、お腹を見せた。降参のポーズである。
「ん? その首輪はたしか……そうかそうか、お前も祝福してくれるか!」
わしわしとそのお腹を撫でてあやす赤い槍さんの姿を、同じクランの穂崎さんや犬の飼い主の小学生女子を筆頭に、たくさんの女性がほぇーっと顔を赤らめて見つめる。
「赤い槍」
そんな赤い槍さんに声をかける一人の男性。
赤い槍さんは、犬を抱っこしながら立ち上がって、その人物の名前を呼ぶ。
「剣崎。お前もマナ進化したか」
「まあな」
赤い槍さんの視線は、自然と友の頭部に向いた。
剣崎は「君は馬鹿か」とか言ってきそうな印象の眼鏡をかけたクールガイ。しかし、コネもなく入った広告代理店の業務は苛烈を極めたのか、若くして頭部は薄くなってしまっていた。
「やっと取り戻したぞ」
「ふっ、そのようだな」
それがどうだろうか、マナ進化したことで艶やかな髪を取り戻していた。しかも強く願ったのか、肩甲骨を撫でるほどもある大盤振る舞いの様相だ。
今の剣崎ならば、顎クイも壁ドンも自由自在。美青年の姿がそこにあった。
しかも、視力を取り戻したことで、もはや眼鏡もいらなかった。スッと眼鏡をはずすと、そこら中から残念がる声が上がった。
「再びこの目で世界の鮮やかさを見る日が来るとは。話に聞いた通り、まさに至高の美酒。最高の気分だ」
裸眼にて感慨深くそう言う剣崎に、赤い槍さんは言った。
「剣崎、伊達メガネ買おうぜ」
「なんで!?」
そんな二人の下へマナ進化を終えた仲間たちが集う。
マナ進化してカッコ良さが増した男たちの姿に、観客たちは熱狂するのだった。
ここでもまた集団でマナ進化を終えた者たちがいた。
背中に少女の瞳が描かれたコートを纏い、男はアスファルトに降り立った。
アイズオブライフ一番隊・二階堂。
その姿は、命子に憧れてこの道を進んだからか、『小龍人』だ。
しかし、赤い槍さんや藤堂はどこか拳法家を思わせる佇まいなのに対して、同じように角を得たのに、二階堂は学者めいた雰囲気を漂わせていた。
二階堂は万感の思いを込めて、閉じていた目をギンッと開く。
すると、紫色に輝く瞳が世界の真の姿を映し出した。
大地から湧き出る翡翠色の光の球と、人の体内や周辺を流れる紫色の光。マナと魔力の世界がそこに広がっていた。
「おぉおおお……こ、これが命子さまのご覧になっている世界。なんたる、なんたる美しさだ!」
祝福してくれる人たちをそっちのけで、二階堂はその世界に見入った。若干狂気が入ったセリフだが、そんなことも気にならないほど世界の真の姿は神秘に溢れていた。
マナの世界を長時間見てはダメ。冒険者でなくても知っている、命子が手に入れて拡散されたその情報を忘れて、二階堂は夢中でその世界を見つめ続けた。
そんな二階堂の目がふいに塞がれた。
「ダメでござるよ」
その声に、二階堂はハッとして【龍眼】を終えた。
「そ、そうでした。興奮してしまいました」
背伸びをして目を封じてくれたであろう手をそっと退かし、二階堂はその手の持ち主に目を向けた。
ドキンッ!
そこにいたのは美少女だった。
「ど、どど、同志一之宮ですよね?」
「そうでござるよ。どう? カッコ良くなったでござるか?」
一之宮はそう言って顔の前で二本指を立て、忍びのポーズを取る。その姿は完全に可愛い。
二階堂は返答に困った。
一之宮は別に女体化とか望んでいないだろうし、なんならカッコ良くなりたいと思っている節もある。そもそも、第一のマナ進化では女体化するほどの変化は不可能だろうというのが、世の中の見解だ。
可愛いとは答えられなかった。
「つ、強そう……そう、強そうですね! ソシャゲなら星5キャラです!」
「わぁ、本当でござるか? 嬉しい! 二階堂君もカッコ良くなったでござるよ!」
花が綻ぶような笑顔も完全に可愛い。
二階堂は夜空を見上げて、綺麗な夜空だなぁ、と頑張って意識を逸らした。
二階堂の明日はどっちだ!
マナ進化が終わり、ある者は仲間たちに祝福され、ある者は恋人から猛烈な勢いで抱きつかれ、ある者は喝采の中にあってなお世界の美しさに酔いしれる。
そんな中で、命子たちの前にある一つの繭が羽化の時を迎えた。
繭の中から現れたのはサーベル老師。
ふわりと音もなくアスファルトに降り立ったその姿を見て、命子たちは驚愕した。
「「「若返ってる!?」」」
そう、サーベル老師は若くなっていた。
武術をやっていた影響か、元からシワが少ない老人だったが、マナ進化したことで80を超えているとは思えない張りのある顔になっていた。
とはいえ、目元が隠れた白眉や白いひげは変わらず、それが命子たちをホッとさせる。いや、老師からすれば、もしかしたら残念かもしれないが。
ふぉっふぉっふぉっ、と心底愉快そうに笑う老師に、命子が尋ねた。
「老師老師、種族はなんでしたか?」
「わしは『修羅公』らしいの」
「修羅! それに始祖だ! すげぇ!」
はしゃぐ命子に微笑むと、老師は夜空を見上げる。
やっと一歩。
幼き日から見続けた不思議な夢、概念流れ。
その夢の中で、鬼神の如き強さで戦っていた種族。何の因果か、それは間違いなくジョカ人だった。
この命が尽きる前に、必ずやジョカ人に挑む。
それが、サーベル老師の掲げた人生の最大の目標になっていた。
星々を見上げる老師の目に、ビルの上から交差点の様子を見下ろす弟子の姿が映った。
老師がマナ進化して嬉しげに笑うソフィアの姿は、目の前ではしゃぐ命子やささらと同じように子供っぽさがあった。
「エギリスか。やつらも滅びたことだし、久しぶりに行ってみるかの」
サーベル老師はそう言って、白あごひげを撫でるのだった。
やがてマナ進化祭りも落ち着き、運営スタッフさんが拡声器でお報せした。
『みなさん、パレードを再開いたします! 体調が優れない方は無理をせずに申し出てください。参加できる方だけパレードのルートをお進みください!』
「そういえばパレードの途中だったっけ」
「忘れてたデスワよ!」
命子たちはすっかり忘れていた。
運営もお金をかけているし、多くの人の協力があったわけで、おいそれとは中止できないのだろう。
賑やかな音楽が鳴り始め、パレードが再開した。
真っ先にその道を進み始めたのは、高校生冒険者たち。
高校生でマナ進化した子は残念ながらいなかった。
それはたぶん、ダンジョンに潜れる最大日数が関係している。日本では最大日数が社会人よりも不利なため、どうしても少しだけ探索が遅れるのだ。
それでももう少しでマナ進化する段階にまで至っている子もいるので、その努力は大人に決して負けないものと言えよう。
パレードの道を、各学校で作られた人力神輿が賑やかな掛け声と共に練り歩く。
その中でも特に目立つのは女子高生神輿を流行らせた風見女学園のものだろう。部長がスキル覚醒の紫オーラを上手に使い、お神輿を怪しげに彩っているのだ。
パレードを中断していた運営としては、これほどありがたいエンターテイナーはおるまい。事実、観客は中断されていたことを忘れて、大熱狂している。
それに冒険者たちが続く。
普通の冒険者もいれば、マナ進化を果たした冒険者もいる。
マナ進化した者は、見た目の存在感がまず違う。
旧時代ではあまり顔が良くなかった者も、いまや人目を引き付ける顔立ちになっていた。
それは、その人が十全に能力を発揮するための、ベストな顔だと言われている。
力を出すため食いしばる歯の並び、素早く認識するための左右の目の位置、呼吸を助ける鼻の形、音を聞き分ける耳の向き、発汗の効率を補助するきめ細かな肌——これらが整えられた顔は、異性に非常に優秀な遺伝子なのだと思わせた。
もちろん、そこには先祖から継承してきた遺伝的な特徴も見え、決して、マナ進化が最終的に同じような顔に向かっているわけではないことが窺える。
一部の者は、それにプラスして角が生えていた。小龍人だ。
角や瞳をピカーッと光らせて、少年たちからヒーローを見るがごとく羨望を集める。
マナ進化をすると、誰しもが世界の美しさを実感すると言われている。
だから、たくさんの歓声に情緒が天元突破し、涙が止まらない者もいた。
その次には命子たち。
言わずと知れた生きる伝説的な少女たち。
パレードが中断してしまったということもあって、命子たちは頑張ってサービスすることにした。事件はあったものの、DRAGONは良い大会だったので、ここで満足度を上げて次に繋げてあげたいのだ。
愛嬌よく手を振ることはもちろん、ルルたちと共にニャンとしたり、アクロバットを披露したり、観客を沸かせる。
そんな命子たちの後ろ、冒険者たちの殿につくのはキャルメたち。
キャルメが死にかけたということもあって、カリーナたちも一緒に居るのだが、全員が踊り、楽器を演奏していた。
あの大交差点で協力してくれた人だけでなく、この会場に来てくれた全ての人に踊りを届けようと、舞いながら進んでいく。
色とりどりの布を使ったキャルメたちの舞が、観客たちの胸の中に大興奮だった大会の余韻を沁み込ませていく。
そんなキャルメたちに、たくさんのフラワーシャワーが降り注ぐ。
大きなヴェールを広げて踊るキャルメは、夜の町にひらひらと舞う花びらの中で、心の底から笑うのだった。
こうして第1回DRAGON東京大会は、幕を閉じた。
その最後は、一枚の集合写真で締めくくられることになる。
パレードの終点付近にある学校の校庭で撮影されたその写真は、命子を中心にささらやキャルメたち、そして大会に出場した選手たちがキメのポーズをする集合写真であった。
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