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9-27 秋葉原の街角で

■【注意】本日3話目です!■

 命子が外に出て以降、キャルメの体から放出される赤い光が激しく明滅し続けていた。


「日向ちゃん、早く!」


「急かすな! アイリスを使うのは初めてなんだ!」


 命子の言葉に日向が声を荒らげ、ささらの持つアイリスに向かって手をかざす。


「いいな、笹笠。流にメッセージを送りたいって強く考えろよ。口に出してもいいはずだが、今回は考えてくれ」


「わかりましたわ!」


「よし、それじゃあ行くぞ。花よ、力を貸してくれ!」


 日向がそう唱えると、ささらの持つアイリスが光り輝く。

 ささらは目を瞑り、ルルに向かって強く思念を送る。


『右手を上げてください!』


「にゃっ!?」


 その結果、ルルがぴょんとジャンプして、すぐにシュバッと右手を上げた。

 しかし、それだけでなく、周りの多くの人も手を上げている。


「対象は1人じゃないのか!?」


 使った日向自身もその結果に驚いた。


「キラキラしているのと関係があるのかもしれないよ」


「そうかもしれない」


 馬飼野がそう分析し、日向は頷く。

 花屋で買ったアイリスは、神獣の影響で未だにキラキラと輝いていた。もしかしたら、効果が強くなっているのかもしれない。


「でも成功だよ! すぐにやろう!」


「あ、ああ、そうだな!」


 命子たちは花束を持って、キャルメの周りに集まるキャルメ団の子供たちの下へ駆けよった。


「しとさまぁああああ!」


 カリーナが涙でぐしょぐしょになった顔で命子を見上げる。


「カリーナちゃん、今からキャルメちゃんを応援するよ! これ持って!」


「ひぅうううう……?」


 カリーナは、震える手で花を持ち、もう片手で涙をグシグシと拭った。


「みんな、いい? 今からこのお姉ちゃんとお兄ちゃんが【花魔法】を掛けるから、キャルメちゃんへ言葉を掛けて。それが心の中にまで届くようになるかもしれないから!」


「ホント!?」


「うん。だから、いっぱい応援してあげて!」


 命子はそう告げて、その場を日向と馬飼野に譲った。


「行くよ、馬飼野の兄ちゃん!」


「ああ!」


「「花よ! 力を貸してくれ!」」


 日向と馬飼野の声が重なる。

 すると、カリーナたちの持つアイリスの花が輝いた。


「「「キャルメお姉ちゃーん!!!」」」


 輝く花を持つ子供たちが、キャルメの名前を叫んだ。


 命子は日向へ視線を向ける。

 効果対象が広がっているからか、命子の心にはその声が届いた。周りの人も胸を押さえて涙ぐんでいるので同じだろう。

 だが、肝心なキャルメに届いているのかは、【龍眼】を以てしてもわからない。


 視線を向けられた日向も、効果が出ているのかわからずに眉毛を八の字にした。

 さらに言えば、アイリスの効果はレジストが非常に簡単だと、自衛隊の調べでわかっていた。心を閉ざされたら、言葉は届けられないのだ。


 その時、馬飼野が鋭く叫んだ。


「自分の力を信じろ!」


 命子はハッとさせられた。

 その通りだ。スキルは魂の力。信じれば魔法だって合体できるのだ。


 日向も馬飼野の言葉に気づかされ、自分を信じて、力を使った。


「「花よ! 力を貸してくれ!」」


 日向と馬飼野が発動した【花魔法】が、今度はカシムたち年長組のアイリスを輝かせる。


「負けるな、キャルメーッ!」

「頑張って、キャルメ!」


 みんなの細かな関係が命子にはわからないが、一生懸命に声をかけるその姿を見て、やはりみんながキャルメのことを大好きなのだと確信した。


「負けちゃダメだ、キャルメちゃん……っ」




 日向と馬飼野は魔力が尽きるまで【花魔法】を繰り返し、やがてキャルメから放出されていた赤い光がふっと消えた。

 それと同時に、大交差点に展開していた巨大な魔法陣も光の粒になって消えていく。


 誰もがざわつく街角で、その注目はキャルメに注がれていた。


「キャルメお姉ちゃんは? 助かったの!?」


 カリーナが命子へ尋ねた。

 しかし、命子も答えはわからない。


 その時である。

 キャルメの周りに集まっていた子供たちが、キャルメから突如として吹き出した突風にコロンと転がされた。


 周りの人がすかさず子供たちを保護する中、キャルメの周りに翡翠色に輝く光の帯が集まり出す。


「マナ進化! 助かったんだ!」


「ホント!?」


「うん。きっともう大丈夫だよ!」


 命子はカリーナを抱きしめて笑った。

 胸の中で泣くカリーナの頭を撫で、命子は言う。


「カリーナちゃん、泣くな。お姉ちゃんがマナ進化する姿を目に焼き付けるんだよ」


「うん……うん!」


「私も生で見るのは初めてか。なんて綺麗なんだろう……」


 命子は【龍眼】で、ふわふわと浮かぶキャルメの周りで起こるその現象を見つめた。

 多くの人が見守る中で、やがて翡翠色の帯が卵の形を作り上げるのだった。




 翡翠色の卵の中で、キャルメは、まるで天上のクリスタルを叩いて奏でているような、甲高くも優しい音色を聞いた。


 キャルメは閉じた瞼の裏側で夢を見る。

 それは、とてつもなく大きな存在に囲まれる中、一輪の小さな花を背中に庇って、大きな存在に謝る夢。傷つけてしまってごめんなさい、と。

 でも、この子にも仲間たちの幸せを見せてあげたいのだ、とキャルメはプルプルとしながらもお願いする。


 その子の悲しみは君をまた押しつぶすかもしれないよ、と言われても絶対に引かない。困ったなぁと相談する姿を見ても、絶対に引かないのだ。だって、自分の憧れの人は、自分よりもずっと大きなボスに向かって、仲間のために走ったのだから。


 そんなキャルメの遥か頭上に、とてつもなく大きな存在たちよりも、ずっとずっと大きな存在が現れた。すると、全ての大きな存在たちが、シンと静かになった。


 キャルメは、涙目になってガクブルとしながらも白髪の少女を背中に庇い続ける。

 そんなキャルメのおでこと小さな花に、ポチャンと一粒ずつの雫が当たった。


 それっきり一番大きな存在はどこかへ行き、ほかの全ての大きな存在から、良かったね、と祝福される——そんな夢であった。




 巨大な交差点では、命子たちも含め、誰もがその神秘を静かに見守っていた。


 やがて、キャルメを包み込む翡翠色の卵が内側に吸い込まれていく。

 そうして光が収まると、そこにはふわふわ浮きながら、ぼんやりと夜空を見上げるキャルメの姿があった。


 キャルメはまるで生まれたばかりの赤子のように、途切れていた呼吸を本能的に再開する。スーッと息を吸うと、涙が溢れるほど気持ちのいい空気が肺を満たした。


 重力を失って空に向かって靡く自分の横髪の色に気づく。


「ああ……今度こそ、みんなと一緒に幸せになろう……」


 キャルメはそう呟いて、片目から涙を零した。


「「「キャルメお姉ちゃーん!」」」


 音もなくアスファルトの地面に足をつけたキャルメへ向かって、子供たちが突撃した。


 キャルメは身を屈めて子供たちを抱きしめ、自分が震えるほど感動していることに気づく。実際に震えている手に、キャルメは自分が終わりの子と共に在ることを実感した。


 その時、堰を切ったような大歓声が巻き起こった。

 目を大きく見開いてびっくりするキャルメに、子供たちの後ろからやってきた年長組のカシムが言う。


「みんながお前のために力を貸してくれたんだ」


「カシム」


 カシムはそう言って、キャルメに光り輝くアイリスを手渡した。

 見れば、キャルメ団の全員がアイリスの花を持っていた。


「おかえり、キャルメ」


「うん、ただいま。みんなの声が届いたよ。ありがとう」


 無事の生還とマナ進化を、泣き笑いした顔でたくさん祝福してくれる仲間たち。

 キャルメは、そんなカシムたちの後方で、グシグシと涙を拭いながらニコニコしてその様子を見守る命子の姿を見つけた。


 キャルメは立ち上がり、カリーナたちの頭をポンポンと優しく叩いた。

 子供たちは、雰囲気が変わったキャルメから名残惜しそうに手を放していく。


 カシムたちが空けてくれた道から歩み出たキャルメは、命子や命子の仲間たちを、そして大歓声で祝福してくれている人たちを見回した。


 キャルメはマントとターバンを外した。

 ターバンが外されて風に靡くキャルメの髪は、根元は赤く、毛先に行くほど白くなる見事なグラデーションカラーになっていた。


 その髪の色を見た命子は、やっぱり優しい子なんだと目を細めた。


 キャルメは腰につけられたポーチから、紫色に染められた大きなヴェールを取り出して、命子の前に進み出た。

 それを見たカシムたちはハッとして、男の子はそれぞれが楽器を持って座り、女の子は長い布を手に取った。


「もう大丈夫なの?」


「はい。あの子は僕と共に在ります」


「そっか。マナ進化おめでとう、キャルメちゃん」


 マナ進化はその人がこうありたいと思う力を与える。

 キャルメは、終わりの子と歩める心を求めたのだろう。


 キャルメはその祝福の言葉に応えるように、命子の前に跪く。

 命子を見上げた瞳は、これまでキャルメが見せてきたどの瞳とも違う、真剣な色合いを帯びていた。

 キャルメの後ろでも女の子たちが跪き、男の子たちは胡坐の姿勢で深く頭を下げていた。


 ただならぬ雰囲気に歓声が収まる中、キャルメが言った。


「命子さんに、そして、日本のみなさまに捧げます」


 秋葉原の街角にキャルメの言葉が静かに溶けていく。


 カンッと弦楽器が演奏の始まる合図を出し、一斉に音楽を奏で始めた。

 男の子たちが奏でるエキゾチックな音色の中で、キャルメたち女の子が布を持って、時に激しく、時に優雅に舞い踊る。


 燃え盛る炎の情熱、流れる水の慈悲、肌を撫でる風の愛おしさ、全てを見つめ共にある大地の温かさ、生命を育む昼と怯える者を優しく包む夜——


 キャルメたちの踊りを見た人は、それぞれの心にさまざまな風景が駆け抜けていった。

 その踊りに込められているのは、全てのものへの深い感謝だった。そして、そこには踊りを捧げられている、この場にいる一人一人もまた含まれていた。


『ありがとうございます』


 キャルメたちのポケットに入ったアイリスの花が、最後の輝きを見せた。


「ぐ……っ」


 その声が心の中に響き渡った大きなお兄さんが、少女たちの舞を見逃すまいと涙を片目ずつ拭った。

 子供たちの応援の時から我慢していたが、自分にも感謝の言葉が送られて、嬉しくてたまらなかった。


 感動に震えるのはそのお兄さんだけではない。

 これほど大切な感謝を受けることが、人生でどれほどあろうか。


「みゃー、キャルメ……みゃ、みゃー……」


 メリスも滂沱の涙を流して、キャルメの姿を見続けた。

 そんなメリスの肩をささらが抱いて、一緒になって唇を震わせる。


 女の子たちが一人ずつ順番に動きを止めて、踊りを終えた。まるで花びらを形作るように円となり、布を持つ両手を大きく広げていく。

 その中心で、ヴェールを持つキャルメが息を呑むほど美しい舞を踊った。


 秋葉原の交差点をステージにした感謝の舞は、キャルメが跪き祈りを捧げることで幕を下ろした。


「たしかに受け取ったよ。キャルメちゃん」


 命子は感謝の祈りを捧げるキャルメたちの姿を、目に焼き付けるのだった。




《Sインフォ:花の神舞が奉納されました》


《Sインフォ:心の試練『終わりの子』を達成しました》




 静まり返った町に、鼻をすする音が無数に響く。

 もう、拍手をするとかそういう次元ではなかった。なにかをすれば、自分が貰った温かな感謝が零れ落ちてしまいそうで、この余韻に浸りたかった。


 そんな中で、最後の事件が起こった。


 会場のあちこちで、いきなり突風が巻き起こる。


「こ、今度はなに!? ぐすぅ!」


 馬場が目をグシグシと拭いながら、すぐに身構えた。

 そうして、馬場もほかのみんなも目を見開く。


 自衛官や警察官、大会で凄く強かった人たちのマナ進化が始まっていた。



読んでくださりありがとうございます。


楽しかったと思ってくださった方は、どうぞ評価のほどよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度も読んでるけど、何度でも感動しちゃいます!!! 涙が止まらないよ!!! 作者様は天才かな?!天才だね!! 感動をありがとう! ポイントもグッドボタンももう押しちゃってあるから押せないの…
[良い点] 気持ちいいくらい泣いた
[一言] 今まで踊る気にならなかったキャルメ踊る気になったのは幸せの第一歩かもしれませんね
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