9-25 VS終わりの子 前編
本日もよろしくお願いします。
■【注意】本日は3話投稿します。これは1話目です■
万華鏡の光が煌めく世界の中で、終わりの子との戦いが始まった。
終わりの子の姿は、3メートルはあろう大きさの石像だ。
炎のレオタードとブーツを纏い、背中にはやはり炎でできた翼を生やしていた。
先制を取ったのは終わりの子。
ボスともなれば即座に襲い掛かる命子にしては珍しいことだった。しかし、それも仕方がないことだろう。命子もキャルメも、本心ではこれが本当に敵なのかわからなかったのだから。
血の涙を流す目が、闇色に光る。
その瞬間、その瞳から黒い光線が放たれた。
「「っ!?」」
油断なく構えていた命子とキャルメだが、回避は間に合わず、肩や足が撃ち抜かれた。
吹っ飛ばされる2人だが、すぐに立ち上がることができた。
「つぅ……けど軽い?」
攻撃の見た目はとても強そうだったのに、軽い。
毒やデバフかもしれないので油断はできないが、なんにしても攻撃を食らったことで、2人の覚悟が決まった。
終わりの子が走り出す。
命子たちからすれば巨人だが、鈍いということはなく、かなり速い。
その狙いは近くに着地したキャルメだった。
命子はすかさず魔法を放った。
「水鳥!」
命子の命令で、変化の魔導書から幾何学模様が飛び、3つの水弾が鳥の形に変化する。
弧を描いて飛翔する3羽の水鳥が、終わりの子の側面から襲い掛かる。
水鳥は2つ回避され、1つが肩に着弾する。
終わりの子が体をグラつかせてたたらを踏み、その動作によって屋上の床にヒビが入った。
終わりの子の顔が命子に向かうと同時に、炎の翼から羽の形をした火が、命子とキャルメに向けて飛んできた。
そんな中をキャルメが走り抜け、終わりの子に攻撃を加える。
「水弾!」
一方の命子は真横に走り、火羽を回避しながら水弾を放つ。
3つの水弾に対して、終わりの子は腕を構えてガードした。
「ステータス!」
命子はコロンと転がりながら、ステータスを呼び出す。
出走が最後だった命子。さらには最後の最後に大魔法を使ったため、残り魔力は80点程度になっているはずだった。
「え、どういうこと?」
しかし、呼び出したステータスに表示された魔力は『435/645』と明らかに計算がおかしい。しかも、この魔力が現在進行形で高速回復しているではないか。
ステータスウィンドウの向こう側から迫る火羽を回避しながら、命子は考える。
「もしかして……っ!」
この世界に来てから感じられた、外の世界のみんなが助けてくれているような感覚。
それは、なにかしらの方法で、本当にみんなが魔力を提供してくれているのではないのか。
そう推理した瞬間、それが真実だと確信めいた温かさが胸の中に湧き上がる。
みんなもキャルメを助けたいと頑張っているのだ。
「キャルメちゃん、戦いながら魔力をチェックして!」
命子はこの発見を叫んで伝えた。
黒い光線に撃ち抜かれたキャルメは、吹っ飛ばされながら自分の状態を冷静に分析する。
破壊力が高そうな見た目の技だったのに、受けたダメージは大きくない。
空中でくるりと回転して着地したキャルメは、サッと命子を確認する。
命子のダメージもかなり低そうだ。
それだけ確認して、キャルメは全身に紫色のオーラを宿した。
こちらに向かってくる終わりの子に命子の水鳥が着弾して、終わりの子がたたらを踏んだ。それに連動して足元が揺れるが、それでバランスを崩すようなキャルメではない。むしろ、この好機を逃がさずにすかさず走り出す。
命子の水鳥と入れ替わりで火羽が何本も飛んでくる。
主に命子を狙っているが、キャルメにも数本飛んできた。その全てが上体を低くして走るキャルメの背後の床に着弾していく。
「短勁!」
足元へ踏み込んだキャルメが拳を繰り出す。
【格闘技・短勁】は内部ダメージを起こす技だ。狙うは炎の服を纏っていない太もも部分。
全ての動作が終わった直後に、パンッと音が遅れて鳴った。
それと同時に、拳の接触面が大きく砕ける。
ところが、砕けた場所から炎が噴き出し、その炎が失った石材部分を補ったようで、終わりの子は転倒しない。
攻撃したことで噴き出した炎。
キャルメは続く攻撃を咄嗟にキャンセルし、バックステップで回避すると、着地と同時に水属性を付加したマントを翻す。水色に輝くマントに火羽が着弾し、わずかな衝突ダメージを残して霧散していく。
ぶわりと膨らむマントの隙間から、キャルメの瞳が終わりの子を射抜く。
命子が続けて放った水弾を終わりの子が防ぐと同時に、マントの中で溜められた足の力が解放され、飛び裏回し蹴りが放たれた。
今度の狙いは命子の水弾をガードした腕だ。
ブーツのカカトが腕を砕き、やはり先ほどと同じでカウンターの炎が噴き出した。
「それはもう見た」
空中で即座に左足を突き出し、炎が出ていない部分を蹴る。ダメージ目的ではなく、これによりカウンターの炎を簡単に回避した。
「水弾」
滞空するキャルメは2冊の魔導書から水弾を放つ。
キャルメに向けられた火羽に水弾がヒットし、相殺される。
「キャルメちゃん、戦いながら魔力をチェックして!」
着地したキャルメへ、後方から命子が呼びかけてくる。
すぐに魔力をチェックすると、命子がなにを言いたいのかわかった。
『300/505』
キャルメは行動の全ての魔力消費量をリアルタイムで把握できていた。スキル覚醒でさまざまな行動に魔力の上乗せができるようになると、魔力の管理はかなり難しくなるのだが、キャルメは平然とこれを行なっていた。
その計算によると、魔力が300点なのはおかしかった。命子のように多すぎるのではなく、少なすぎるのだ。本来ならまだ410点は残っているはずだった。
さらに、魔力は命子と同様に高速で回復しているので、一時的に300点をかなり下回っていたはずだ。
キャルメはこれらの事実から推測する。
「命子さん、攻撃を食らうと魔力が減る恐れがあります!」
考えられるのは、先ほどの黒い光線だ。
あれが当たったことで、魔力がかなり減少させられていた可能性をキャルメは即座に疑った。もちろん、間違えている可能性も十分にあるが、これは疑ってかかった方がいい。
「でも、なんで……」
この魔力が湧き出る場所はどこなのか。
それを考えるキャルメは、胸のうちに温かなものを感じた。
涙が溢れそうなキャルメはギュッと唇を噛んで、血の涙を流す悲しい自分の顔を見上げた。
命子の水鳥から続いたキャルメとの連撃で勢いを殺された終わりの子だったが、態勢を立て直したことで反撃に入った。
終わりの子は素早く踏み込むと、上体を低くして片手を薙ぐようにして振るう。
その動きは明らかに武術の息が宿ったものだった。
「はっ!」
キャルメはその動きを見切り、バックステップで回避する。
終わりの子は回避されることも織り込み済みと言わんばかりに、炎の翼から火羽を放った。
「水のヴェール!」
キャルメもその攻撃が来ることを見切っており、回避と水属性を宿したマントで相殺する。
マントが翻る中、キャルメは足に力を籠め、真上に跳んだ。
その直後、今までキャルメがいた場所に終わりの子の鋭い足払いが通り過ぎる。
終わりの子の背中に生える炎の翼が激しく動く。そこから火羽が飛び出し、至近距離からキャルメを襲った。
キャルメは魔導書を蹴って空中で真横に移動して回避する。それでも2発の火羽が迫りくるが、キャルメは両手に水属性を纏い、素早く受け流してみせた。
キャルメは着地すると同時に、すぐに前へ出る。
命子が放った3匹の小さな水龍が、終わりの子に巻きついたのだ。
それは大会で見たような巨大な物ではなく、少し大きな蛇と言った程度のものなので、ベースとなる魔法は【魔法合成】をしていない強化水弾だろう。
拳に力を込めて踏み込んだキャルメだったが、即座に真横に回避して、さらに転がって回避する。キャルメがいた場所に黒い光線が穴を空けたのはその直後だった。
『280/505』
キャルメはステータスをサッと確認した。魔力は超回復しているが、敵が強いためまったく油断できない。
「はぁああああ!」
それでもキャルメは拳を握って前へ出る。
失われた自分の未来に勝つために。
キャルメと終わりの子の猛攻が続く。
高速で展開する現代戦闘において、ボス戦でも10分間も戦闘することはまずない。どちらかの実力が勝っていれば決着はつくし、拮抗していた場合は人の側の魔力が続かずに敗北してしまうからだ。
しかし、なにもかも特殊なこの戦闘はすでに30分に及んだ。
魔力回復速度が異常に早く、さらにその魔力が肉体と体力を回復し続けているからだ。そうでなければ、すでに命子とキャルメは敗北していただろう。
終わりの子の攻撃は3つ。
徒手空拳と火羽と黒い光線。
前衛のキャルメと後衛の命子は、これを非常に上手く分散していた。
全ての攻撃がキャルメに傾けば、すぐさま命子が大魔法を構築し、先に命子を始末しようと接近を試みれば、キャルメがすかさず強烈な連打で足止めする。
ゆえに、終わりの子は、命子へ火羽を集中し、キャルメへは徒手空拳で対峙する。
どこかに綻びができる一瞬を探すように。
次第に終わりの子の体は、破損が生じた際に吹き出る炎に包まれていく。
そんな戦いが決着へと向かう変化が、命子に訪れた。
命子は【龍眼】をフル稼働して、火羽の弾幕を回避し続ける。
おびただしい数の炎の羽を回避する命子の意識が、深く深く戦闘に溶け込んでいった。
焦点が広がり、人の目が作る盲点が消えていく。
左へ半歩、前方左へ踏み込み、右へステップしながら膝を崩して転がり、即座に後方へ――
炎の世界で【龍眼】が揺らめく。
キャルメと終わりの子の激しい戦闘が緩やかな動きに変わり、こちらに向かってくる火羽の速度すらも遅く見え始めた。
今の命子は、自身だけでなく周りに浮かべる3冊の魔導書までも回避させ続けていた。
それはDRAGONで観客が見ることができなかった命子の真髄、視覚内に入った攻撃を一瞬で把握する刹那の見切り。
だからと言って命子の動きが速くなるわけではないが、自分のスペックで避けられる速度の攻撃ならば、ほぼ間違いなく最良の行動を取ることができた。
この極限の集中力が、息をつくのもタイミングを計るような魔法の雨の中にありながら、命子に1つのスキルを発動させることに繋がった。
【覚醒・龍脈強化】
大きな集中力を必要とするそのスキルは、この激しい戦闘で展開することができていなかった。その力が解放される。
大会でも見せた翡翠色のオーラが命子の体を包み込む。
全能力を1割ほど上昇させるそのバフを得て、今まで必死に回避していた火羽を、最小の動きで捌き始める。
全ての火羽を完全に見切った世界の中で、命子は瞳を輝かせて呟いた。
「水よ」
敵の魔法を魔導書に当てないようにしながら、魔法を待機状態にしていく。
前方に添えた魔導書と後方にいる命子の間を、何本もの火羽が駆け抜ける。
「水よ!」
【龍角】が水色の粒子を零しながら輝きを増していく。
「水よ!!」
命子の気合とともに、3つの魔導書に浮かぶ強化水弾が魔力パスで繋がった。
終わりの子が、弾幕の中にあってなお、大技の気配を漂わせる命子へギラリと顔を向けた。
その瞳に黒い光が瞬いた瞬間、終わりの子の顎が水色の衝撃に跳ね上げられた。
「流水天昇!」
蹴りの攻撃力を上げる【格闘技・震脚】、単純に無手の攻撃力を上げる【無手時、攻撃力アップ】、そして攻撃に水属性を纏わせるマナ因子。
覚醒させたそれらのスキルを織り交ぜたキャルメの必殺技。
その威力に終わりの子の顔面が跳ね上げられ、黒い光線が命子の頭の上を通り過ぎる。
終わりの子の顔には大きな亀裂が入り、体が宙に浮かぶ。
しかし、終わりの子は大きなダメージを受けながらも炎の翼を広げ、50を超える火羽を命子へ向けて放出した。
「やらせない!」
未だ滞空状態にあるキャルメは、水のヴェールを帯びたマントで、片方の翼から放たれた火羽を防ぐ。さらに、少しでも背後へ行かせまいと、水の魔導書本体を犠牲にして火羽を相殺する。
火羽が水のマントに当たるたびに魔力が高速で乱高下するが、そんなことは関係なかった。
あの日、自分と仲間たちに希望を与えてくれた命子と一緒に戦っている。
あるいは、その心の変化は終わりの子にダメージを与えているからかもしれない。その心の中にはもはや憎しみなどはなく、そう、今のキャルメはとても嬉しくて、切なかった。
命子を死なせてはいけない。
終わりの子は憐れで仕方がない。
自分も生き残りたい。
それでも。
ここで命が燃え尽きたとしてもいいと思えるくらい、命子が自分のために戦ってくれていることと、そんな命子と一緒に戦っていることが嬉しかったのだ。
「【魔法合成】」
身を挺して守ってくれるキャルメの背後で、命子は3つの強化水弾を合成する。
【龍角】が凄まじい光を放ち、床で燃える炎が突風に巻かれて円を描く。
変化の魔導書が高速でページをめくり、幾何学模様が巨大な水の球に吸い込まれ始めた。
キャルメの小さな体ではカバーできなかったもう片方の翼から火羽が飛んでくるが、命子は髪を焦がすほどの紙一重の見切りで捌いていく。
やがて、役目を終えた変化の魔導書がパタリと閉じた。
「終わりの子……もう一人のキャルメちゃん……」
これでいいのか、本当に?
「命子さん……っ!」
火羽の弾幕に跳ね飛ばされたキャルメが叫ぶ。
チラリと迷いが脳裏を過った命子だったが、その目に力を籠めた。
バカが、違うだろうが。
この戦いの目的はキャルメの怒りの大元と決着をつけること。
死ぬほど辛い怒りの感情を抑え込んできたのはキャルメなのだ。この戦いは命子が途中で日和って、ギブアップしていいものではないのだ。
「水龍……っ!」
命子の宣言と同時に、巨大な水の球から水龍が顕現する。
水龍は凄まじい速さで飛び、流水天昇の衝撃で片膝をつく終わりの子の体に巻きついた。
「キャルメちゃん!」
「大丈夫です!」
すぐにキャルメの身を案じる命子だが、キャルメは終わりの子の最後へと目を向け続ける。
水龍に巻きつかれた終わりの子の全身に、バキリと亀裂が入る。
へにょんとしたキャルメの瞳と血の涙を流す終わりの子の瞳。
2つの視線が空中で交錯する。
そして、間を置かずに、その石の体が砕け散った。
「……」
命子はその最後になんとも言えない悲しい気持ちになった。
けれど、これで今を生きるキャルメが救われるのなら、それが一番だ。
キャルメは、終わりの子が消えた場所を見つめ続ける。
そこにはあれほど大きかった炎がチロチロと燃えており、やがてそれも消えていった。
その時である。
空を覆う赤とオレンジの万華鏡が砕け散った。
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