9-22 閉会パレード
本日もよろしくお願いいたします。
全ての演武が終わり、本大会に出場した冒険者たちが、スタート地点の後方に続々と集まり始めた。18時から閉会のパレードがあるのだ。
パレードには参加しなくてもいいのだが、多くの選手が参加するようだった。
ちなみに、この大会には多くの賞が用意されているが、ネット投票の都合で授賞式は後日となる。
「あ、シレーン!」
「ぴゃっ!?」
送迎バスから降りたメリスが、先に到着していた紫蓮に突撃した。
メリスは一瞬にして紫蓮を腰から持ち上げ、くるくると回る。
「ルルから聞いたデスワよ! メルシシルー!」
「う、うん」
マナ進化したメリスの下へ、ささらとルルを送り出した話を聞いたのだ。紫蓮のそんな優しさにメリスは感激していた。
紫蓮は両手をメリスの肩に置いて、その顔を見下ろす。ネコミミをつけた屈託のないメリスの笑顔に、紫蓮は心がぽかぽかした。
「おめでとう、メリスさん」
「ニャウ! メルシシルー!」
紫蓮からも祝福され、メリスはご機嫌だ。
ネコミミ美少女の元気な笑顔とクール娘の目を細めた微笑に、周りに集まる冒険者たちのテンションも上がる。
が、しかし。なんか様子がおかしい。
微笑ましかったくるくるダンスが加速し、ギュルンギュルンしているのだ。
「あははははははははは!」
「ぴゃわーっ!」
比較的常識人なメリスのこの喜びよう。いろいろとよっぽど嬉しかったのだろう。
「シャーラ、負けてられないデス!」
「え? ちょ、まっ!? ですわーっ!?」
それにルルが参戦し、ささらをぶん回し始める。最初からトップスピンだ。
「「なにそれなにそれぇー!?」」
そこに現れたのは、必殺技コース付近で乗れる送迎バスに乗ってやってきた命子と部長だった。
命子の登場に、メリスとルルはシュバッと回転を止め、それと同時にハイッとばかりに片手を広げてポージング。もう片手で上手い具合に持ち上げられた紫蓮とささらが、若干ぐったりした様子で片手を上げてそれに付き合う。
おー、と周りで拍手が鳴り、紫蓮とささらは解放された。
「ひ、羊谷命子」
さんざんぶん回された紫蓮だが、目を回した様子はない。三半規管も随分強靭になっているようだ。
「紫蓮ちゃんもいよいよ陽キャだな」
「我のアイデンティティを改変しないで」
紫蓮との会話もほどほどに、命子は主役であるメリスに微笑んだ。
「メリス、おめでとう!」
「ニャウ! お主の魔法も最高だったデスワよ!」
「えー、また私なんかやっちゃいましたっつってな! なっ!」
命子はみんなから褒められてテレテレした。
そんな命子は、新しくやってきた送迎バスから降りてくる集団の中に、キャルメたちの姿を見つけた。
「あっ、キャルメちゃんだ!」
「キャルメキャルメー!」
命子たちは目立つので、キャルメもすぐにこちらを発見して、仲間とともに近寄ってくる。
そんなキャルメにメリスが駆け寄り、二人でお話ししながらやってくる。キャルメからもマナ進化を祝福されている様子で、メリスはニコニコだ。
「みなさん、最高の演武でした!」
「キャルメちゃんこそ凄かったよ!」
命子が言うと、キャルメはえへへとはにかんだ。
それからみんなでお互いの演武を褒め合っていると、各地から続々と冒険者が集まってきた。
徒歩もいるが、送迎バスを使う人が多い。
この大会で冒険者は少なからず名が通ったので、徒歩だとファンに囲まれる可能性がある。冒険者のヒーロー化が、昨日今日で加速しているのだ。単純に、混雑している沿道を逆走すると、時間がかかりすぎるというのもあるだろう。
命子は集まってきた強者たちに興味津々だ。
部長とチーム名当てゲームをして盛り上がっている。
「じゃあ、部長。あの魔導書が上手だった人たち」
「魔導図書館ね。じゃあ、あの人たちは?」
「知ってるよ、ソーディエンスでしょ。あっ、あっちの人もいい感じだったね」
「あの人は幻想甲賀衆のリーダーよ」
「やんねぇ!」
「まあ、みんなライバルだからね。敵情視察ってやつ」
「おー、さすが社長にクラスチェンジすることはありますね。じゃああの子たちは? コロちゃん先輩たちがお話ししてる人たち」
「あれは六花橋女子高の六花騎士団・白百合隊。カスミが話してるのは初代総長」
「ガチで情報集めてるじゃん!」
「風女の情報収集部隊は優秀だからね」
「ていうか、そろそろ私たちも名前をつけんとな」
「命子ちゃんたちなら真っ先に名前をつけそうに思ったけどね」
「長く使おうと思ってますからね。結構考えてます」
「まあそうね。有名な人はおいそれとパーティ名の変更もできないし」
最近、いくつかの条件を満たすことでパーティ名の登録ができるようになった。
命子たちも条件を満たしているので、カッコイイ名前を付けたいと思っているところだった。
パーティ名の変更は非常に簡単なのだが、注目されている冒険者がコロコロ名前を変えるのも恥ずかしいので、命子たちはかなり真剣に考えていた。
そんな話をしていると、いよいよパレードが始まった。
列の前では音楽団が賑やかな音楽を奏で、その後ろに続く冒険者たちはゆっくりと歩きながら観客に向かって手を振る。
冒険者に順番などはなく、好きな場所で移動している。派手な山車も出ていない。けれど、観客の歓声は鳴りやまない。
というのも、冒険者たちはまだ路上に残っているギミックを使って、軽くアクロバットを披露してくれるのだ。冒険者の手にはすでに武器はないので、本当に身一つの軽いアクションだ。時には観客とハイタッチする人もいた。
本番の演武とは比べようもないが、それらのアクションの中に昨日今日の思い出が蘇る。
まだネット投票券が残っている人は、これを機会に投票する人も多かった。
命子たちはパレードの真ん中くらいを移動していた。
周りには大会に出場した風見女学園の生徒やキャルメ団の子もいる。
この一団が通ると、命子たちはもちろん、部長たちやキャルメの名前がそこら中から飛んでくる。
「「「ルルちゃーん!」」」
特にこういう時のルルのファンサービスは凄い。
素早く移動しなくても、飛びきりの身軽さで観客を魅了するのだ。
時には仲間たちの手を取って踊り、観客を楽しませる。
「ぴゃわー……圧倒的陽キャヂカラ」
「やつの陽キャ粒子とキューティクルはアンデッドが即死するレベルだからね」
たったいま踊らされて顔を赤くする紫蓮の言葉に、やはりさっき踊らされた命子は苦笑いした。
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
部長たちも陽キャヂカラでは負けていない。
いくつかのお神輿を作り、観客の近くまで寄って、局地的に異常な盛り上がりを作っている。命子たちは乗り役を断固拒否した。
大きな交差点に入ると、場所が広いだけあって凄い人だ。
命子もワンアクションかまして、隣にいるキャルメに微笑んだ。
「キャルメちゃん、楽しんでる?」
「はい」
命子の言葉に、キャルメは柔らかな笑顔で微笑んだ。
少し心配な子だけど、大丈夫そうだなと命子は思う。
「キャルメちゃーん!」
ファンからの歓声にキャルメは微笑みながら手を振って応える。バク宙などしないあたり、慎ましやかだ。
その手をゆっくりと閉じながら、キャルメは命子へ言った。
「みんな親切で優しくて、いい国です」
「そうかな。でも、キャルメちゃんがそう思ってくれるなら嬉しいな」
キャルメの言葉に、命子も微笑んでお礼を言った。
少しばかり曖昧なお礼でもある。
命子はほかの国に住んだことがないので、日本が親切で優しい国という、日本人が発信している情報を鵜吞みにはしていなかった。だってほかの国のことを知らないし、日本にだって意地悪な人はいたし。
実際にキスミア旅行した際にはみんなとても優しかった。キャルメたち自身も、きっと道でお婆ちゃんが困っていたら助けるようないい子だろう。地球さんイベントでは、他者を守るために多くの人たちが一致団結する姿が世界中で撮影された。
だから、別に日本人だけが特別ではないと考えていた。
けれど、キャルメからすれば日本は十分すぎるほど素晴らしい国だった。
そんな日本へ導いてくれたのは、ほかならぬ命子なのだ。
命子の顔を見つめるキャルメは、心の底から湧き出る言葉を口にしようとするけれど、それは喉につっかえて引っ込んでしまう。
キャルメは眉毛をへにょんとして項垂れ、拳を握った。
その時、沿道からてててぇっとコース上に入ってきてしまった子たちが現れた。
カリーナたちだ。
保護者役の大きめの少女が、警備の自衛官に頭を下げている姿もある。
「か、カリーナ、ダメだよ! 戻りなさい!」
キャルメが慌てて叱るけれど、命子はそんなキャルメの前に腕を伸ばした。
命子の前に立ったカリーナたちの目は真剣で、その瞳の色は大人でも気圧されるような人生の深みがあったのだ。
「しとさまにささげます」
カリーナがそう言うと、テッド君たち小さな男の子が奏でる笛の演奏に合わせて、やはりカリーナたち小さな女の子が両手に長い布を持って踊り始めた。
突然のハプニングに交差点に集まった人たちが大いに沸くが、それに反してパレードに参加していたキャルメ団の年長者の目は真剣味が増していく。
「か、カリーナ……カシムまで……」
カシムを筆頭にした年長の男の子たちがその場に胡坐で座り、ポシェットや服の中から笛や小型の琵琶のような弦楽器を出して奏で始める。その演奏に合わせて、年長の少女たちも命子の前で踊り始めた。
仲間たちの姿に、キャルメの顔が驚愕に染まった。
それは素人とは思えない見事な演奏と踊りだった。
その美しさと不思議な雰囲気に、次第に周辺から歓声が消えていく。踊りの種類がまるで違うのだが、巫女舞を彷彿とさせるピリリとした神聖さが宿っているのだ。
後ろからやってきた冒険者たちも、命子とキャルメ団を囲うようにして足を止めた。
「なんて見事な……」
人垣の最前列で、そう呟いたささらを筆頭に命子の仲間たちも息を呑む。
命子は、その踊りが自分だけのために踊ってくれているのだと理解した。
だけど、自分はそんな大層なものじゃない。
自分がダンジョンに入りたいがために世界を煽り、あとはがむしゃらにやっただけだ。なんならダンジョンが開放されてからは楽しんでいただけである。
しかし、そんなことを言える雰囲気ではないし、命子は困惑しながらも真剣な目でカリーナたちの舞を見つめた。
「さあ、キャルメお姉ちゃんも」
カリーナがくるんと回って、キャルメに手を差し出して、踊りに誘った。
「カリーナ……」
手を差し出されたキャルメは、カリーナの顔と命子の顔、そして自分を取り巻く人や建物に瞳を巡らせて、項垂れた。
その表情はなにかに怯えるようにくしゃりと歪められていた。
「ぼ、僕の心は……僕にはその資格は……っ」
——ドーンッ!
その時、そんなキャルメの顔を照らすように、祭りのフィナーレを飾る花火が上がる。
青、黄、緑の閃光が激しく瞬き、そして、ひと際大きな赤い花火が上がった。
赤い光に満たされた町の中で、仲間たちが舞い踊る。
その光景を目にしたキャルメの心に、身を焦がすほどの熱風が駆け抜けていく。
「きゃ、キャルメちゃん……大丈夫?」
心配して背中を摩る命子の顔を、キャルメは助けを求めるような顔で見つめた。
「命子さん、僕は……」
そう呟いたキャルメの体に、唐突に異変が起こった。
「あぐっ!?」
胸を押さえてふらついたのだ。
「キャルメちゃん!? うわっ!?」
「メーコ!」
咄嗟にキャルメの体を支えようとした命子の体が吹っ飛ばされ、ルルに抱き留められる。
命子と入れ替わるように人垣の前に自衛隊が飛び込んできて、即座に大きな盾を構えた。
「命子ちゃん、大丈夫!?」
そう言ったのは、やはり飛び込んできた馬場だった。
「はい、ノーダメージです。攻撃ではないようです」
「そう、良かった。どうやらマナ進化が始まったようね……」
「そっか、ついに。ルル、ありがとう」
命子は庇ってくれたルルから身を起こすと、キャルメの様子を窺った。
騒然とする周辺と、それに気づかない遠くの歓声が混じり合う。
色とりどりの花火の色に照らされた町の中で、キャルメは自分の体を抱きかかえるようにして蹲っていた。
キャルメを中心に風が吹き荒れている様子は、たしかにマナ進化の予兆に見えた。
「きゃ、キャルメお姉ちゃん、マナ進化する?」
踊りを中断したカリーナたちが、心配そうに聞いてきた。
命子が頷こうとしたその時、キャルメの体から赤黒い閃光が迸った。
「う……!? 馬場さんこれは!?」
「わ、わからないわ」
赤黒い光を放ち続けるキャルメは気を失っているようで、ぐったりとしながら空中に浮かび始めた。
「ば、馬場さん、よくわからないけど……これは、ダメだよ……」
「ええ……」
誰も見たことがないのに、この現象がキャルメにとって決していいことではないと、命子も馬場も周りの冒険者たちも直感していく。
だが、事態はこれで終わらなかった。
「「「っっっ!?」」」
自衛官、冒険者、一般人まで、その場の誰もが事態の中心にいるキャルメからバッと視線を逸らして、空中の一点を凝視する。
そこには小さな一つの綿毛が風に乗ってふわふわと浮かんでいた。
背景に溶けて見えなくなってしまいそうなほど小さいのに、それは圧倒的な存在感を持っていた。
誰もがドッと汗を流して綿毛の行く末だけを見つめる中、綿毛はキャルメにほど近いアスファルトの上へ音もなく落ちた。
その瞬間、そこに五メートルほどの大きな一輪の花が出現したではないか。
「「「っっっ!?」」」
悲鳴など起こらない。
逃げ出すことすらできない。
ただその場に佇んでいる姿を見るだけで、メリスのマナ進化や命子や部長たちの大魔法がそよ風とすら思えるほどの、圧倒的な畏怖が込み上げてくる。
辺り一帯から音が消え、平伏する者、尻もちをつく者、片膝をつく者で溢れかえる。
そんな中で、尻もちをついた命子は、頭上にそびえる花弁を驚愕の眼差しで見つめて言った。
「あ、アルティメット……タンポポ……」
それは正しく、超巨大なタンポポの姿をした何かだった。
読んでくださりありがとうございます!
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