表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/430

2-11 探索再開

 本日もよろしくお願いします。


 朝4時にぼんやりと目を覚ました命子は、まだ明け方の薄暗さの中に、聞きなれた新聞配達のバイクの音を探した。

 命子の地域は毎日4時頃に新聞配達が来るので、その音を聞くとまだまだ眠れると幸せな気分になるのだ。尤も、最近は修行で朝のランニングをしているので、『まだまだ』とは言い難いが。


 しかし、目の前の良い匂いを発する金髪美人さんの可愛い寝顔を見て、そんな音がする場所でないことを思い出す。

 寝ぼけた脳みそから冒険の書を探し出し、『続きを始める』をピッと押す。


 むくりと起き上がろうとした命子は、そこで身体の異変に気がついた。

 う、動かぬ! 拘束されている!


「むにゃ……命子さん、それはカレイではなくてマグロですわ……」


「んふっ! 切り身でも間違えんわ!」


 横向きで寝ていた命子を、背後から抱き枕にしていたささら。

 そんなささらが、夢の中で命子をディスっていた。

 きっとヒラメとカレイの話が、夢特有なアレでこんがらかったのだろう。


 命子は友人の奇妙な夢に突っ込みを入れつつ笑いを噛み殺し、ささらを起こすためにジタバタする。

 マグロかカレイの如くビチビチと身体をくねらせる命子に、ささらもさすがに目を覚ます。


「ふぁ? マグロが命子さんになってますわ」


「起きてない……っ! 起きてぇ! みんな起きてぇ!」


 命子の叫びに、目の前のルルが反応して目をぼんやりと開ける。

 しかし、ふにぇえ、などと脱力しながら命子を抱きしめて二度寝に入る。


 こちら、当店自慢のモーニング・サンドイッチでございます。




「まったくまったく! 2人は寝起きが悪い子なの!?」


 ようやっと2人を起こした命子は、プンプンした。

 ささらがしゅんとして言った。


「そんなことありませんわ。昨日は疲れてしまって深く眠りすぎてしまったんですの。本当ですのよ?」


「分からんでもない!」


 分からんでもなかった。


「ワタシは楽しい夢を見てマシター」


 ルルはマイペースさん。

 こうなると聞かないわけにもいかない。


「どんな夢?」


「3人で冒険する夢デース。んふふぅ」


「ならば許すほかないな」


 目をしょぼしょぼさせながら笑顔で言うルル。

 夢の中でも冒険していたらしい。それを楽しい夢だと思って笑っていたことに、命子は嬉しくなった。

 すっかり毒気を抜かれ、命子はプンプンモードを引っ込めた。


「じゃあ、ささら、ルル、今日も頑張ろう!」


「はいですわ! 頑張りましょう!」


「ニャウ! ニンニンしまくるデース!」


 気合を入れる2人に、うむと頷く命子は、その顔をささらに向ける。


「そうだ。ささら、足は大丈夫?」


 尋ねられたささらはハタとした。

 そこまで酷いけがではないけれど、昨日は少し気になる程度にはジクジク痛かった。しかし、今朝、目覚めてから今に至るまで忘れていたくらいなんともなかったのだ。


 ジャージの裾を捲ってみれば、そこには少しの血の跡が残るだけで傷痕すら残っていない。


「そっか、【自動回復 極小】が働いたんだね」


「そうみたいですわ」


「良かったデスね、シャーラ!」


 いずれは治った傷だろうけど、早く治るに越したことはない。

 命子たちにとってダンジョンで初めて受けた怪我だったため、大した傷ではなかったけれど割と重大な事件だったのだ。

 それがこうして決着がつき、命子とルルはホッとするのだった。


 朝ご飯は、カロリーフレンド・プレーン味『25/25』とウサギ肉だ。

 ただのアメですら劇的に変わるのだから、カロフレに合成強化すれば絶対にヤバい性能になっているはずだ。運動せずに摂取し続けたら、きっと大変なことになる。しかし、いっぱい運動するのなら、とても心強い味方だ。


 飲み物を飲みながら、3人でウサギ肉をおかずにして、カロフレをもしゃつく。


 どんな冒険の夢を見ていたんですの、とささらがルルに尋ねると、人の夢の話にありがちな面白さがよく分からないポワポワした説明が始まった。

 それでもささらは面白いのか、熱心に聞く。

 命子としては、カレイとマグロについて聞きたかった。しかし、恐らくささらは夢を見たことすら忘れている。



 そうして朝も早くから探索を始めた。


 灯篭の灯はすでに消えており、代わりに霧が少し出ていた。


 霧もあるのでもう少しだけ宿に待機していたかったけれど、制限時間が残りわずかになっていたので出るほかない。

 あと30分くらい残っているが、それは万が一の避難用に残しておいた。こうしておけば、宿に駆け込むという選択肢が取れるから。


 今日の探索は、市松人形の先へ向かう予定だ。

 1層エリアはほぼ探索してしまったし、そちらに帰還ゲートはないと判断したのだ。


 問題はやっぱり市松人形だが、衣服はほぼカンストし、ささらとルルはジョブも得た。

 これで勝てると信じたい。


 霧がもう少し落ち着くまで、1層エリアでジョブの肩慣らしをする。

 浅い霧だが、市松人形には万全の状態で挑みたかった。


 ささらは【剣の術理】に身を任せて、杵柄ソードの素振りをし、剣術を学んでいく。

 ルルは【NINJAの術理】に身を任せて、スタイリッシュな攻撃術を学んでいく。


『武術の術理系』のスキルは、いきなり達人になれる効果はないが、正しい動きに導いてくれる作用があった。

 ゆっくり動けば正しい動きになり、速く動けば正しい動きから大きく崩れる。この練習を積み重ねることで、実戦でも使える武術になるのだろうか。


 ウォーミングアップで杵ウサギを相手してみれば、杵を弾き飛ばした瞬間にルルが杵ウサギに肉薄し、連続コンボを入れていた。


「調子はどう?」


「良い感じデース! 特にシャシャーが楽しいデース!」


 シャシャーは高速移動のことだろう。


 この技は、アニメなどで見られる瞬間移動とは違い、命子の目でも追うことはできた。

 しかし、いきなりやられたら、命子では対応が難しいと思えた。


 この技の正体は、初速のトップスピード化である。

 発動すると次の移動が最初からトップスピードで行えるのだ。

 突撃にも回避にも使える、とても便利な技であった。


 これに加えて。


「あと【敏捷アップ 小】が凄いデース。身体がすいすい動きマス」


 長い手足を躍動させて動くルルは、元々スピードタイプの素質が十分にあった。

 そこにスキルが加わることで、より素早さを増す。

【NINJA技】の高速移動と、とても親和性の高い組み合わせである。

 身体能力が上がれば、それこそ縮地のような技になる予感がした。



 次にささらも戦ってみると、スラッシュソードが中々に強かった。

 攻撃力は通常の斬撃と変わらないと教授に聞いていたが、杵柄ソードで使うと、飛んだ斬撃にはちゃんと刃がついていたのだ。明らかに殺傷能力が高かった。

 教授が嘘を吐くはずもないし、恐らく木刀系だけの裏技なのだろう。


 非常に便利な技だが、ささらは魔力量が11しかないので、一回しか使えなかった。武術系の技は一回につき魔力を8使うのだ。


 そうして調子を確かめ、使った魔力も回復させた頃には霧も晴れた。

 いざ出陣の時だ。


 昨日、市松人形に遭遇した場所に到着すると、そこには昨日と同じく市松人形が佇んでいた。

 リポップ現象だ。ダンジョンでは敵が再充填されることが頻繁にあるらしい。


 この現象があったので、命子が自衛隊に渡した地図は物凄く役に立った。あの地図には敵の位置も書いてあったのだ。

 そして、ささらの描いている今回の地図にも書いてもらっている。ただ、今回のダンジョンは敵も移動するので、そこまで重要ではないかもしれない。


 再びまみえた市松人形に、昨晩話し合った作戦で対処に入る。


 まずはなんと言っても、リュックを下ろすことだ。

 杵ウサギを倒しまくって重くなったリュックを背負っていたら、全力は出せない。


 片方の肩に掛けていたリュックを放るように降ろしながら、命子は魔導書に水弾を用意させた。

 昨日は怖かったので遠くから水弾を放ったが、今回はもっと引き付ける。


 接近戦は精神的な消耗が激しくなりそうだが、このくらいしなくては市松にスマートに勝てることはないと3人は判断したのだ。


 剣を片手に、命子の目線ほどの高さをスーッと移動してくる市松。

 頬はぷっくりしており、口は花の蕾のように小さい。しかし、おかっぱ頭の下にある目が真っ赤である。

 無表情の顔面を前に突き出した飛行方法は、非常に怖かった。


 彼我の距離が3メートルまで近づいた瞬間。


「ニンニン!」


 ルルが【見習いNINPO】で石畳から水をピューっと出す。

 浮遊する市松の丁度真下で噴き出した水は不意打ちとなり、市松の着物が濡れた。


 水芸の攻撃力は皆無だが、市松は一瞬、動きを止めた。


 その瞬間、命子は水弾を発射する。


 市松は水弾を避ける素振りを見せるが、水芸に気を取られて反応が遅れた。

 回避は間に合わず、市松の肩に水弾が命中した。


 浮遊している市松は水弾の威力に押されて、変な回転をしながら空中でノックバックする。


「スラッシュソードっ!」


 怯んだ瞬間、ささらが踏み込み、スラッシュソードを放った。レベルアップしながら山を歩き回っていたからか、その踏み込みは青空修行教室で共に学んだ時よりも明らかに鋭い。


 スラッシュソードは非常に速く、振るった剣の軌道に合わせて斬撃が飛ぶ技だ。今回は縦斬り。

 ノックバックした市松にこれを回避する術はなく、顔面から胴体へと大きく切裂く。

 しかし、まだ生きている。


「ニンニン!」


 連続でノックバックした市松に、ルルが高速移動で接近して小鎌の刃を顔面に叩きつける。

 コメカミに入った刃は市松の顔を大きく破壊しながら振り抜かれ、ルルは生きているかどうか確認する前にその場を離脱した。


 退避したルルと入れ替わりで接近したささらが、杵柄ソードで袈裟斬りにぶっ叩き、カタナを持つ市松の手を叩き割る。


 命子はいつでも魔導書アタックや接近戦に移れるように身構えていたが、幸いにしてささらの一撃が決め手となって、市松は光になって消えていった。


 市松を倒して、ふぅと一先ず安堵する。

 もちろん、気は緩めきらずに、周囲には気を配る。


「なんとかなりましたわね」


「とりあえずは、ね」


 ささらの言葉に、命子は頷く。


 そう、とりあえずは、だ。

 今回の戦いは、ルルの水芸で不意を突き、そこから始まる遠距離コンボでダメージを重ね、最後に接近戦でトドメを刺した。


 しかし、このコンボはささらの魔力の都合上、連戦になるとできなくなる。

 ささらの魔力量は現在11。スラッシュソードは一回8使う。

 完全な連戦はほぼないと仮定しても、自然回復込みで2回も使うとほぼ枯渇する。


 相手は水弾を避ける目を持っているし、ルルのサポートは必須だ。

 さらに、接近戦を嫌うならささらのスラッシュソードも必須である。


 刃物を持っている敵と接近戦をするのはやはり怖い。

 こちらの得物の方が全体的に長いけれど、回避されて潜り込まれたら大変だ。


 けれど、魔力の都合上、接近戦は避けられない。

 だから、この戦闘は、市松の動きに慣れる、という側面があった。

 そんなわけでこの戦闘の結果は、『とりあえず』なのだ。




 今度の市松のドロップは、折れたカタナの刀身だった。

 これは中々良い物なので、ルルの小鎌に合成していく。

 さすがに強い敵が落とし、さらに相性がばっちりだけあり、良い感じに強化された。


 次に現れたのは、杵ウサギだった。

 杵ウサギは完全にボーナスの敵だった。

 水弾で上手いこと杵を弾き、みんなでフルボッコにして倒していく。魔力消費は命子の水弾一発分で済むのだ。


 もしかしたら、市松はあそこを守っていた一体だけかも、という淡い期待はそのあと速攻で裏切られる。

 この市松は、遠距離攻撃からのコンボで倒し、敵の動きをしっかりと学んだ。


 そして、すぐに本日3匹目の市松と遭遇する。

 ささらの魔力は8を切っているので、命子たちはパターンBを発動した。


「ニンニン!」


「水弾!」


 ルルが水芸で不意を突き、命子がすかさず水弾を入れる。

 やはり回避しようとする素振りを見せるが、わずかに水弾の着弾のほうが早い。


 顔面に大きな亀裂を入れた市松がノックバックした瞬間に、ささらが石畳を力強く蹴りつけて踏み込む。


 杵柄ソードを袈裟斬りに振り下ろし、さらに斜め上段に斬り上げる。


 1撃目が市松の顔面を斬りつけ、ノックバックする。

 2撃目は、ささらなりの保険だったのか、敵がその場におらず、宙を斬ることになった。


 2撃目は武術家からしたら眉を顰めるような行動かもしれないが、戦っているのは今まで命がけの戦闘なんてしたことのない15歳の少女だ。

 自分の腕前は信じきれないし、カタナを持つ市松人形を内に入れたくないし、そんな2撃目を放ってしまっても仕方ない事だった。


 攻撃が入った市松人形はすでに亀裂の入っていた顔面の半分を失う。見習い騎士の【筋力アップ 小】は伊達ではなく、確かに攻撃力が増しているようだった。


 さらにノックバックした市松のカタナを持った腕を、通常移動で肉薄したルルが小鎌で斬り落とす。

 こちらも高速移動を使わなくても非常に素早い動きだ。


 それに成功すると、あとはフルボッコだった。

 命掛けの戦いなので、問答無用でバシバシしまくる。


 市松は、石畳の上で光になって消えた。


「ふぅ……ちゃんと勝てそうだね」


「だけど反省点もありましたわ」


 命子的には満点をあげたかったけど、たぶん、ささらは2連撃目が空中を斬ったことを言っているのだろうと察した。


「ちょっとずつ慣れよう。いきなりピシッと決まるなんてことないよ。リアルタイムに敵も動くし、慌てちゃうもん」


 ゲームのように中段攻撃のモーションをすれば、中段にいる敵に攻撃が当たるわけではない。

 攻撃するなら敵の位置にちゃんと剣を振り下ろさなければならないのだ。

 それを戦闘中に判断するのは、素人には十分慌てる要素なのである。


 そうならないためにも、練習を重ねてから実戦といきたいところだけれど、現状でそれは難しい。

 だから、実戦の中で心技体を磨かなくてはならない。


 市松人形の刃物は怖い。

 だが、その恐怖に耐えて勝ち抜くごとに、確かな成長を実感できた。


 そんな修羅のような成長の仕方が、命子は堪らなく楽しかった。

 ささらやルルも同じようなもので、3人で一緒に強くなっていくのが、楽しくて仕方なかった。


 修羅入りした乙女たちの探索と実戦はまだまだ続く。


 読んでくださりありがとうございます。


 ブクマ・評価・感想、大変嬉しいです。

 また、誤字脱字報告もとても助かっています。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ