9-20 分身はズルい
本日もよろしくお願いします。
ささらの演武が終わり、ルルの出番となった。
「頑張るデース! んふふぅ!」
ネコミミぴょこぴょこ、シッポもふりふり、元気いっぱいに現れたルルの姿を見て、今日一日中テンションアゲアゲだった観客たちは、まるでそれを感じさせないほどの大歓声を上げる。
ルルは改めて自己紹介を受けながら、無邪気な笑顔で手を振って、時にはにゃんとポージング。その社交性たるや完全無欠に陽キャのそれ。
日本よりも海外で人気が高いルルだが、もちろん日本でだってその人気は衰えない。
そこら中でスマホや大きなカメラが向けられ、ネコネコNINJAの姿が切り取られていく。
「フゥフゥーッ! いいよいいよ、カーワイイよ!」
命子がカーテンの隙間からちょっとだけ顔を出して囃し立てる。命子は最後に残っているので寂しかった。
『——さあ、世界中を魅了した絶技がいま始まります! 一瞬たりとも目が離せません!』
実況者の紹介が終わり、ゲートが開いた。
さあ来るぞ!
観客たちが身構えるのも無理はない。
このステージ付近は素早いアクションが多く、一瞬の油断が見逃しに繋がるから。
ルルはステージの角を蹴り、『大ジャンプ』を使ってぴょーんと斜め上に跳んだ。
世界最速クラスのスピードを誇るルルからは考えられない普通のアクションだ。しかし、それだけでも観客は楽しく、わぁっと口を開けてその姿を追った。
ルルは頂点付近まで行くと体を丸めてクルクルと回り始めたのだが、なにかがおかしい。その違和感の正体は、ルルの着地と同時に観客たちの目に飛び込んできた。
シュタリとコースに降り立ったルル。その数、二人。
「「「ぶ、分身の術だ!」」」
最初からとんでもない大技を見せられて、そこら中から同じような驚きの声が上がった。
「「んふふぅ! ニンニン!」」
みんなに驚いてもらえてご満悦な二人のルルは、お互いに背中合わせになってニンニンのポーズ。
わっと観客がヒートアップする。
それも無理はなかろう。日本人にとって、分身の術は魔法に匹敵するほど憧れの技なのだから。
観客にはもはやどちらが本物のルルかわからなかった。それほどまでに精巧な造りをしている。もちろん、ルルもそれを狙ってくるくると回りながら分身を生み出したのだ。
二人のルルは手を繋いで踊るようにくるんと回ると、片足を前に出したまま背後に倒れ込んだ。バタンとせずに、軽やかな倒れ方だ。
片方のルルはそのまま転がってうつ伏せになり、顔だけ横へ向ける。
ルルのいきなりの奇行に歓声が一気にざわつきに変わるが、それもすぐに驚きの声に染まりあがった。
気づけば、仰向けの方のルルが起き上がって片膝立ちになっているのだ。いつの間に抜いたのか手には小鎌が逆手で握られ、まるでアッパーを決めたような姿勢で止めている。
観客の目には、そのアクションは動き出したという大きな部分しか見えず、どのように起き上がったのかまるでわからなかった。アスファルトの上で吹っ飛ばされる土埃だけが、とんでもない速さの行動を起こしたのだと語っていた。
ルルはとても大人っぽいので、健全な男子がその姿を見て、ちょっぴりエッチな妄想をするのも仕方がないことだ。寝転がっていればなおさらだ。しかし、今のアクションの中に下顎をぶっ刺された自分の姿を幻視して、ヒュンとした。
続いて、その近くでうつ伏せになって寝転がっているルルがアクションを起こす。
こちらの最初のワンアクションは誰もが見えた。うつ伏せになった体の横で両手を道路に着いたのだ。
その瞬間、頭があった方向の2メートルほど前に、起き上がったルルの姿があった。深く腰を落とし、忍者刀で空中をぶっ刺すアクションのおまけつきで。
やはり男子たちはル〇ンダイブした自分の額に忍者刀がぶっ刺さっている姿を幻視して、ヒュンとした。
ダウンしてからの一瞬のリカバリング。これはこれまでの選手が誰も見せなかった演武であった。それをスーパースピードタイプのルルが、分身を使うことで2回実演してみせた。
残念ながら多くの人がなにも見えなかったが、後日スーパースローやルル自身の解説で、一つの技法として広まるだろう。
驚愕と歓喜が入り混じった歓声に反して、静止する二人のルルの顔からは笑顔が消えていた。新世界の女子たちに見られる殺気を宿した真剣な目つきになっているのだ。
余興は終わりとばかりに、二人のルルが動き出す。
メリスから始まり、紫蓮、ささらと、一人でも大興奮の演武を見せた。
それが分身を使い、マシマシでズドン!
まったく同じ顔、体型、服装の二人がコース上で乱舞する。
最初のギミック、十四連三角飛び石に入ると、二人がシュバババとX字になって飛び始める。最後の三角台を蹴って十字に交差した二人は、その後に鎮座している風船の左右それぞれ三メートルほど横に着地した。
着地と同時に深く身を屈めて武器を構える二人のルル。
巨大風船の近くで昨日からずっと選手たちを写真撮影していたプロの写真家の松田(33歳)は、歯形がついた禁煙パイプを口からポロリと落としたのも気にせずに、夢中でシャッターを切った。
手前のルルはやや背中側から、風船を挟んだ向こう側のルルは顔が見える形。三角台から跳んできたため、長い髪が遅れてついてきて、空中で金色に輝く弧を描いた。
着地で上がった砂埃すら収まらないほどの一瞬の静止。
次の瞬間、巨大風船の消失とともに、二人のルルの立ち位置がお互いに背中を向ける形で変わっていた。風船があった場所には、スキル【目立つ】の効果で斬撃エフェクトが潰れたX字に発生している。
「っっっ! た、たまらん!」
この場所で多くの選手たちを撮影してきた松田はこの大会で興奮しっぱなしだった。誰も彼もが凄い。しかし、メリスから始まった4人とキャルメは別格だった。あと、流ルネットさん。
攻撃前と後、二枚一組のその写真は、のちに発売されるDRAGON東京大会の写真集に収録されることになる。それと同時に、のちに無限鳥居の四季シリーズなどの写真でファンタジー写真家として名を馳せることになる松田の、代表的な写真の一つとなるのであった。
二人のルルがコースを疾走しながら舞い踊る。
時に二人で腕を絡め合って空中でぐるんと回し蹴りを放ち、時にすれ違ってクロス攻撃を見せ、時に空中でお互いの足の裏を蹴り合って片方をとんでもない高さまで打ち上げ。
分身の術が今までの選手とは違う異次元のアクションを魅せる。
「ぬ、ぬぅ!」
その姿を見守りつつも、焦りを覚える少女が一人。
大トリという大役を背負った命子である。
「大会の仕様上、ルルが目立つと思っていたけど、目立ちすぎじゃない?」
ルルは大変に会場を沸かせていた。
命子は大会運営委員さんが自分たちの下へ訪れた日のことを思い出す。
『みなさんを大会の最後を飾る五人にしようかと考えています。理由としまして、ほかの選手の間に出走なされると、その時間の全ての視聴者がみなさんに流れてしまうからです』
命子たちも自分たちの注目度がえげつないことになっているのは知っているため、この理屈はよく理解できた。全部ということはないだろうが、正常な分散具合にはならないはずだ。つまり、前後4組の選手が注目されず、命子たちは5人いるので、20組ほどの選手が残念なことになる。
だから、これを了承したのだが、問題は大トリを誰にするかだった。
メリスはまだマナ進化していなかったので、最後は嫌がった。紫蓮とささらも緊張屋さんなので無理だ。
となると命子とルルなのだが、『やっぱり最後はメーコデス!』とルルが言うので、命子はやれやれ仕方ないなといった感じで、むふぅとした。命子は俗物だった。
まあ、ルルはキスミアっ娘でもあるため、日本人の命子が妥当ではあるのだが。
「ルルを最後にしとくんだった……っ!」
分身とスーパーアクションはズルい。完全にこの大会向きである。
さらには、前走の4人で雪だるま式に期待値は上がっているという事実! いや、期待値はこの大会全ての選手で上がり続けていたのだろう。それを4人が爆発させやがった。
そして、そんな大会の最後を飾る自分は、なななななんと! アクション性はそこまで高くない魔法使いタイプという事実!
「ぬぅ! こうなれば……こうなれば切り札を使うしかないか……!」
もはや賽は投げられてしまっているのだ。
やるっきゃねえ!
命子はいそいそと立ち上がり、最後のストレッチを開始した。
命子の胃にダメージを与えていることを知らないルルは、メリスと同じテクニカルコースに入った。
全てのギミックをクリアし、いよいよファイナルゾーンへ突入する。
多くの選手が見てきたように、そこにあるのはいろいろなギミックが連続する一番の見せ場。ノンストップの絶技が期待される。
しかし、そんな見せ場の中でも、あまり人気が出なかった場所が一つだけあった。この大会全体で見ても、一番の残念ポイントと言っていいかもしれない。
それが『風の渓谷』と偉そうな名前が付けられた30メートルほどのターザンロープである。アスレチックにある、傾斜になったロープを滑車で滑っていくアレである。この大会の場合は、滑車付きのハンドルだ。
アスレチック的な大会なのでこれがあっても悪くはないのだが、設計者は大切なことを忘れていた。選手たちがシャーッと滑っていくだけなので、せっかくの超人的な身体能力がほとんど役に立たないのである。だから、不人気だった。
なお、テクニカルコースもパーティで挑めるため、6人分のロープが張られている。フルパーティで一斉に滑り降りれば、そこそこの華やかさがあると言っていいだろう。
そんな風の渓谷に二人のルルが挑戦しようとしていた。
その前段階にある巨大ブロックの階段を二人のルルが難なく飛び越えていく。二人のルルは大きく跳ぶと、くるくると回転して階段の最上段へ同時にシュチャリと着地した。その高さは地上4メートル。
不人気のスポットなだけあって、この場にいるのは良い場所が取れなかった人たちだ。それでも十分にお祭り気分は味わえるのだが、少ししょんぼりしている子供も多かった。
きっとこの休みが明けたら、クラスメイトたちはどこそこで観戦したと自慢するのだ。そんな中で、自分は風の渓谷……っ! 冒険者たちが己のスペックを活かせずに、シャーッと滑るだけの場所! なあ、あいつ、そこらのアスレチックで見られる光景を一日中見ていたんだってよ。おのれぇ……!
そんな中、現れたのがテクニカルコースを使う最後の選手ルルだ。
最後の最後になにか凄いことをしてくれるかもしれない。
二人のルルは観客を見下ろし、なにかを期待したように目を輝かせる子供たちへ向けて、にゃんと微笑んだ。
トゥクン!
第二次性徴も訪れていなさそうな少年の性癖に、金髪碧眼ミニスカスレンダークノイチにゃんこ娘属性という取り返しのつかない業を与えたルルは、かかとを揃え、大げさに腕を回して胸の前でニンニンのポーズ。
旧時代なら完全にコスプレイヤーのそれだが、衣装が顔に馴染んだのか、顔が衣装に馴染んだのか、もはやクノイチ衣装のルルに一ミリたりとも違和感は存在しなかった。
「「キスミアニンジャーの奥義、かちゅもくして見よデス!」」
二人のルルの宣言が付近の観客の背筋をゾクリとさせる。
宣言を終えた二人のルルは、紐で固定された6台のハンドルを無視して、そのままロープに飛び乗った。
それは誰もが考えたが、誰もがやらなかった荒業。
もちろん、ロープに乗って終わりではない。
二人のルルは空中に張られた6本のロープの間を難なく飛び移り、そのまま走り出す。
下には緩衝材が敷き詰められているとはいえ、これを平然とやってのける自信と度胸と実力。
その超バランスを支えているのは、バランス感覚を大幅に向上させる種族スキル【猫尻尾】と、高速で揺れるロープの動きを見通す【猫眼】にあった。
「ニンニーン!」
さらに、片方のルルがロープの上に残像を生み出していく。
その数6人。走るルルもいれば、バク転するルル、側転するルル、にゃんとするルルもいる。残像なので全てがその瞬間を切り取って静止したものだ。
なぜ片方のルルだけが残像を生み出すのかは、命子たちが作るダンジョン攻略サイト『冒険道』を熱心に読んでいる人ならわかるだろう。
分身の術は、分身にスキルを発動させると消費魔力が跳ね上がるのだ。それは龍宮からさらに強くなったルルにとっても無視できない消費量になるため、基本的には本体しかスキルを発動しなかった。
平地となんら変わらずアクロバティックな動きをした二人のルルは、やがてゴール地点へ着地する。
大きな歓声が上がるが、歓声を上げるのはまだ早い。
二人は今来た道へ振り返り、再度ニンニンのポーズをする。
そして、クワッと必殺技の名前を叫んだ。
「「奥義・氷瀑人形のじゅちゅ!」」
すると、生み出されたルルの残像が全て粉微塵に砕け散った。
砕け散った破片は氷の粉となり、風に運ばれて一帯に降り注ぐ。
これぞ、スキル覚醒した『残像の術』と『氷属性』を合体させた奥義『氷瀑人形の術』。命名は紫蓮だ。
氷の効果は一帯の温度を幾ばくか下げるも、その氷の雫を一瞬で溶かすほどの大歓声が上がった。
とある少年は、宝物にしようと氷の雫を大切に握り締めるが、熱くなった自分の体温でたちまち溶けて消えてしまう。あまりにも儚い夢のような光景は、初めて切なさを覚えた11歳の初春の出来事。
ルルはステータスを呼び出し、魔力量をサッと確認する。
分身は維持するだけならほとんど魔力は減らないが、行動させると徐々に減っていく。
ルルの研究では、本体が疲れる行動になると多くなり、難なくできることなら少なくて済む。つまり、ルルが強くなるほど、分身の効率が良くなるのだ。
アクティブスキルの発動については、今のところ等倍で使用できるものは一切ない。
「2号、そろそろマズいデス」
「にゃんと、1号本当デス?」
「ニャウ。行くデスよ!」
「ニャウ! ラストスパートデス!」
分身を操って一人芝居をしつつ、ルルは最終ギミックに向けて走り出した。
ラストに鎮座する首長龍ギミックの背後へ迫るルル。
【覚醒イメージトレーニング】を使わずとも見えるあの時の一コマ。その光景は、かつて命子とささらの三人で決死の覚悟で挑んだものだった。
メリスはこの大会であの時の戦いをなぞった。
その動きは【覚醒イメージトレーニング】が見せる状況に引っ張られて、現在のスペックよりもずっと弱い攻撃だった。
ならば、自分はあの時の少女たちがいかに成長したか見せてやろう!
ルルのシッポが少し膨らみ、ネコミミがピンと立つ。
そして、ギラリと金色に光った瞳の瞳孔が開いた。
「「にゃあああああああ!」」
二人のルルが放った裂帛の気合が風を生む。
観客の目を一切無視して全力疾走するルル。本体のルルが持つ忍者刀と小鎌からは冷気が零れ、二条の白い尾を引く。
瞬く間に龍の首を駆け上がった本体のルルは、頂点にある龍の顔を模した特製風船に小鎌と忍者刀を振り下ろしながら、空中に身を投げ出す。
振り切った二つの武器からは強い冷気がぶわりと放出されて、ルルの体の回転に合わせて螺旋を描く。
一方、分身のルルは特にアクションが思いつかなかったので、途中で大ジャンプをして、上空に跳んだ。龍の首は二人で並走するにはさすがに狭いからだ。
本体のルルと分身のルルが計算されたように、同時に着地した。
落下の力を足のバネで殺し、深く身を屈める二人のルル。背中合わせになり、武器を構える姿が左右逆転している以外は寸分違わず完全に一致していた。
大喝采で迎えてくれる観客に、武器を納めた二人は無邪気な笑顔で愛嬌を振りまく。
そうして、二人は向かい合わせになり、空中でくるんとバク転した。普通ならぶつかるところだが、そこに残っていたのは、着地と同時ににゃんとポーズを取る本体のルル一人だけ。
まるで手品のようなその光景に、改めて大歓声が上がるのだった。
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