9-19 いつだって一生懸命
本日もよろしくお願いします。
「あっ、おかえり!」
帰ってきたささらとルルに、命子が言う。
それに応えた二人は多少息を切らしていた。
いくらスペックが高くなろうとも全力というのは疲れる。だって『全力』なのだから。もちろん、その全力の持続時間やもたらす結果は大きく変わるが。
それと同じで、ある程度の力を出せば、時代の最先端を行くささらとルルでも息は切れた。
ところが、スポーツドリンクをゴッキュゴッキュと飲んで大きく深呼吸すれば、あっという間に乱れた息が元通り。疲れた体を素早く元に戻すのも、冒険少女の術理なのである。
「紫蓮さんはどうですの?」
「途中ですれ違ったデス!」
「もうちょっとでラストだね」
さっそく二人は命子の見るタブレットを覗き込んだ。
タブレットの中では、炎を纏った紫蓮がかなりの速さで演武を見せつけていた。
前半は時間稼ぎのつもりで緩やかに動いていたのが、後半はかなり激しい動きになっている。結果的に、前半では素人向けに、後半では玄人向けといった演武構成になっていた。
「ふぉおお、紫蓮ちゃんは無双系のキャラみたいだな!」
命子はそう言って、炎を宿した龍命雷をぶん回す紫蓮を褒めた。
そんな命子だが、今まで静かに独り言を言って観戦していた。いまはお友達が帰ってきたことで、口が軽くなっている。命子はお喋りがけっこう好きなのだ。
紫蓮が選んだのはパーティコース。
その最後にある三頭龍ギミックを、龍命雷で攻撃しまくっている。
槍などの長物は、ダンジョン内で二つの顔を見せる。
通路タイプの道中では仲間に当たらないようコンパクトな技術を。しかし、広い場所で戦うボス戦になると、遠心力をいっぱい利かせた大技を繰り出せるようになる。
今の紫蓮は後者の状態で、炎の尾を引いた一撃一撃がとにかく派手。
ちなみにこの三頭龍ギミックは、攻撃受け流しギミックへ攻撃を加えると、龍の鳴き声が流れた。若干安っぽい演出だが、お祭りということもあってなかなかにウケがいい。
炎を纏った少女とギャオーと鳴く龍の姿は、本日見に来ている小さなお子さんにとって一生の思い出になること間違いなし。
ほどなくして紫蓮の演武が全て終わり、紫蓮がいる場所だけでなく、このスタート地点でも大きな歓声が上がった。
「次はシャーラの番デス」
「で、ですわ!」
緊張しまくっている様子のささらに、命子はきらーんと目を光らせた。
「ささら、緊張してるの?」
「べ、別に緊張なんてしてないですわよ?」
「いい感じのセリフ言わせてよぉー!」
「ひゃーん! なんなんですのその理由はぁーっ!?」
プイッと横を向いて強がるささらのお上品に揃えられた太ももへ、命子が突っ込んだ。命子はいい感じのことを言いたくてたまらないのだ。
そこにルルも混ざってキャッキャしているうちに、ささらの緊張はどこかへ飛んでいってしまった。メリスの下へ向かうために一度コースを走ったというのも、緊張の緩和を手伝っているはずだ。
「「「わぁああああ!」」」
「ひぅううう……」
ステージに上がったささらは、圧さえ伴うほどの歓声に少したじろいだ。
しかし、そんな弱気な心に、つい今しがたまでじゃれ合っていた命子やルルの体の温もりが勇気をくれる。
「シャーラ頑張るデース……っ!」
「ささらー、観客はみんな猫だと思ってー……っ!」
「にゃんと! みんな猫デス?」
「ちょ、ルル。いいから、ささらを盛り上げて!」
「そうだったデス! シャーラ、頑張るデース!」
さらに、ステージの裏に続くカーテンからルルと命子が顔を出し、応援してくれる。
ささらはその声を背中で聞いて、小さく笑った。
すー、ふー、と大きく深呼吸。
心配をかけてはいられない。
『——さあ、いよいよ笹笠選手の出走です!』
心が落ち着くのとほぼ同時に、スタートゲートが開いた。
覚悟を決めたささらは、すらりとサーベルを抜く。
これはささらのサーベルのレプリカで、刀身が鮮やかな桜色をしている。
ささらは物語の騎士のように、サーベルを眼前に立てた。
それは一見すれば、命子がかつて見せた修行せいのポーズのよう。しかし、淑女として心に一本芯が通ったささらが行なうことで、命子にはなかった礼節の精神のようなものが宿っていた。まさに和装の騎士といった風情だ。
ほう、と見惚れる観客たち。
そんな中で、ふと気づく観客がいた。
「着物の柄が動いてるわ!」
そう、ささらの着物の桜柄が生地の中で舞っていた。
それだけでなく、丸盾に描かれたツタ模様も青みを増し、小さく動いている。
ダンジョン装備、あるいは魔法の武具。
素の状態でも強いが、これに【合成強化】を施すことで相当な強さになる。
しかし、魔法の武具にはその先がある。
使用者が【○○装備時、物攻アップ系】や【防具性能アップ系】のスキルを重ね続けることで、武具は真の力を発揮するのだ。
命子や紫蓮のように魔力を見通す目を持てば、武具の中に組み込まれた魔力回路が全て起動していることがわかるだろう。
ささらの防具はまさにこの状態にあり、桜の柄が歓喜するように舞い踊っていた。
そして、ささらはさらに防御力を上げる方法を持っていた。
亜麻色の長い髪の先端が銀色に輝く。それはマナ進化した者が魔法を使う際に体のどこかに現れやすい魔力現象。
「ガードフォース! ですわ!」
サーベルを天に掲げて、ささらが勇ましく宣言する。
その瞬間、ささらの体が赤く光を放った。
エフェクト系は派手なので歓声が上がるが、これは防御力を上げる魔法なので、この大会にはおいてはエフェクトを纏うという以上の意味はなかった。
だが、とにかくカッコイイ!
前走者である紫蓮は、魔王さまのように階段を下りた。
しかし、ささらの引き出しにはそんな小技は存在しない。いつだって一生懸命!
「はぁ!」
ささらはほかの冒険者と同じように、跳躍でスタートを切った。しかし、ほかの冒険者と決定的に違う点があった。ステージの角を蹴り、斜め上ではなく、水平よりやや斜め下に向けて跳んだのだ。
道路を這うような最下段に、大きくサーベルを払う。
飛燕とはこのことか、まるで低空を跳ぶ虫を捕らえる燕のような電光石火の一撃だ。
「やあ!」
そんな無茶な攻撃なのにその体は無様に転がることもなく、それどころか勇ましい声とともに一足飛びで5,6メートルは離れた前方へ鋭い突きを放つ。
「はあ! せや! いや!」
そこから一歩踏み出すごとに鋭い斬撃が放たれる。
その一歩が大きく、速い。
4、5メートルほどの距離を一歩で移動する脚力。
しかも、この移動は弧を描くジャンプではなく、日本武術に見られる体を無駄に上下へ動かさないすり足に近いものだ。
これをジグザグに繰り出し、掛け声とともに放たれる技の数々。
そんな演武を見せるささらの目つきは、いつもよりも鋭い戦闘モード。もともと綺麗なささらだが、今のささらはぞわりとするような……言い方は物騒だが血しぶきが似合う色気があった。
「ですわ!」
さらに、ささらが斬撃のたびに放っている掛け声、武術的に言えば気合。これに魔力が混じっていた。昨日、アイズオブライフの気合をネコミミで聞いたルルが、にゃっ、としたのと同じ現象だ。
これがまるで重低音の音楽を浴びているように、観客の五臓にズンズンと響いていた。
これは、大声での掛け声が当たり前の自衛隊や軍ではすでに割と知られている現象だが、一般人にはあまり知られていなかった。
特に害は発見されておらず、逆に微弱の魔力波を浴びることで、魂が成長あるいは耐性を持つのではないかと仮説を唱える研究者もいる。
そんな魅力的な声も相まって、近辺の観客のボルテージは否応なしに上がっていった。
第一のギミック、十四連三角飛び石を蹴ってジグザグに飛ぶささら。
その身のこなしは、普通の騎士系ジョブではあまりできる人のいない軽やかなもの。攻守速とバランスが取れた『細剣騎士』、そして『天騎士』ならではだ。
最後の一つで大きく跳んで空中でぐるんと回ると、最終地点に設置された風船を頭上から一文字に切り裂いた。爆発する風船に首を斬り落とされた魔物の姿を幻視する者も多い。
風船の爆風で髪を乱しながら降り立つささら。
頭を上げて、キッと前方を見据える目つきはやはり鋭く、それでいて美しい。
そんなキリリ系女子へ黄色い声をあげるのは観客だけではない。
この場所は『バトルメイド』さんからよく見える位置なのだ。
そこでは、命子ママと紫蓮ママが、まるでスーパーアイドルを見ているかのようにキャッキャしていた。二人の真ん中に挟まれて、「カッコイイねぇ! ささらちゃんカッコイイねえ!」と褒められているささらママは、キリリと鋭い目つきで観戦しているが、唇が耐えきれずにムニムニと動くのだった。
「むむっ、シャーラが温まってきたデス」
タブレットを見るルルが言う。
スタート直後はちょっと緊張気味だったささらだが、サーベルを振っているうちに、戦闘モードのスイッチが入った様子。
「ふっふっふっ、これでやつは眼前の敵を殲滅するだけの殺戮マッシィーンよ」
「シャーラは真面目さんデスからね」
「冗談抜きに、魅せるって目的を忘れてそうだけどね」
「いつだって一生懸命なシャーラはかぁいいデス」
命子とルルは、若干の不安を覚えた。
命子とルルが話し合っていたように、ささらは完全に戦闘モードのスイッチが入っていた。観客の声援は遠のき、【覚醒イメージトレーニング】が見せる幻影の敵に全神経が注がれていく。
この大会のコース上には、50cmほどの高さのキューブが点在していた。
これはメインギミックがない平地を単調にしないための保険で設置されたものだ。例のごとく『工夫して使ってね』という選手に丸投げのアクションポイントなわけだが、冒険者の高いスペックはこんなチープな物でも人を感心させる技を繰り出すことができた。
ささらはこのキューブの側面を蹴り、急激な進路変更をした。ダンジョンでのことならば、壁を蹴って行なう類のテクニックだ。
驚くべきは、その重心の低さ。
スタートでも見せた、まるで地を這うような動きである。
それと同時に煌めいた剣閃が、アスファルトの地面からわずか30センチの位置を水平に走る。
ささらの武術には、同じ目の高さで敵が戦ってくれるという甘い想定は一切ない。
地面を這うような魔物に遭っては、場合に応じて己も大きく股を広げて敵を斬る。スタートで見せた技や今回の技も、その一つだ。
その際に見事なのは、一切無駄のない全身の動き。
右手で振るうサーベルの斬撃はもちろん、左手に持つ盾の配置、踏み込んだ足と送り足、そして攻撃後の重心移動。
小さな魔物を斬るために、敵の攻撃領域へ弱点である上半身を晒すほど踏み込むわけだが、ささらはその際に生じる隙を極力減らす工夫をこらしていた。
下段への強烈な攻撃が終わると、足首の動きひとつで体にかかる慣性を操作して、流れるように攻撃した場所を回り込む。
先ほど振り切ったサーベルが体の動きに連動して切り返される。さらに気づけばその刀身は上段に構えられ、「ですわ!」と圧さえ生じる気合とともに振り落ろされた。
アスファルトに当たらないようにピタリと止まるサーベル。それに一拍空いて、路上の砂埃がささらを中心にして円を描いて吹き飛ばされた。
あまりの迫力に、周辺の観客は自分の髪も背後に靡くような感覚に陥るが、さすがにそこまで風圧は届かない。
ささらの演武で特徴的なのは、残心を随所に入れるところだ。
速すぎる体の動きに遅れて、長い髪が背中を撫でる——そんなわずかな時間の残心だが、近代武術の儀式めいた長い残心を遥かに凌駕する緊張感がそこに生まれていた。
そんな残心をするささら。
鋭い眼の輪郭の中で、瞳がコースの先へギラリと向けられた。
「はあっ!」
その瞬間には踏み込みが開始され、下段で止まっていたサーベルが、空間を上下に両断するような一本の線を作った。
タブレットを通して見る遠くの観客からは絶えず大歓声が生まれるが、生でその演武を見る近場の観客からは一切声が出ない。出せない。息をするのさえ忘れる者も中にはいた。
ぶっちゃけ、多くの観客はアイドルを見る感覚の延長でその場に陣取っていた。
メリスにゃんはネコネコ超進化したし、紫蓮ちゃんの演武もカッコ良かった。となれば、全員の紹介で可憐な挨拶をしてくれたささらたんも、さぞ素敵な演武を見せてくれるだろうとワクテカしていたのだ。
ところが、ささらたんは完全にガチだった。
この大会に出場した冒険者の中で、間違いなく一番殺意が宿った型を披露している。
それもそのはず、ささらは仲間を守るため、確殺と絶対防御を目指して一振り一振り素振りをしてきたのだから。龍宮で真バネ風船に敗北してから、その気持ちはさらに強まっていた。
不器用で真面目なささらが演武を披露せよと言われたら、その気持ちが演武に宿るのも無理はなかった。
しかし、観客の心に血や死を連想するような恐怖はない。
修行せい——
観客の脳裏に、命子の言葉が蘇っていた。
命子に最も近い場所で愚直に修行を続けてきた少女は、これほどまでの強さを手に入れたのだ。
新世界になり拡張された人間の可能性を、いま少女が全力で表現しているのである。そこに恐怖の気持ちなんて生まれるはずもなく、誰しもがただただ感動を覚えるのだった。
ささらが選んだのもパーティコースだ。
前走者の紫蓮も同じなのだが、分岐コースが連続することはこの大会では他にない。これは優遇とかではなく、命子たちのチームを大会の最後に調整したから起こったことだ。
ささらの眼前に鎮座する三頭龍ギミック。
三つの頭がそれぞれ、地上中段、地上上段、かなり高い位置、と演武を幅広くするために設置されている。ほかにも首の途中や胴体、足、シッポに攻撃可能な場所がある。
ささらは三頭龍ギミックを前にして止まることなく、即座に首の根元へ飛び込んだ。ささらにとって、そこが自分の戦う位置だから。
首の半ばにある色付きの場所に斬撃を放つ。
踏み込んだささらの足元でぶわりと砂埃が円を描き、ガゴッと凄まじい音とともに攻撃をされた部分が高速回転して威力を受け流す。会場に龍の鳴き声が響いた。
ささらはすかさず盾を構えて、ほかの首の出方を見る。
だが、この三頭龍ギミックに反撃するほどの性能は備わっていない。
「ささらさん、演武演武!」
演武を終了した選手が一時待機するビルの窓から、紫蓮が叫んだ。
聞き慣れたその声に、ささらはハッとした。
役に入り込みすぎていた。
少し顔を赤らめたささらだが、そうなると困ってしまった。
どうやって動けばいいのか。
「羊谷命子のアドバイス!」
再び紫蓮の声が飛んできて、ささらはまたもハッとした。
ささらはこの大会に挑むにあたり、命子から一つのアドバイスを貰っていたのだ。
『ささら。三頭龍ギミックは、凄い魔法で時が止められた三頭龍だと思うんだよ。三十秒後に動き出すから、その前に全力でぶっ殺すんだ』
それを聞いたささらは、目から鱗がぴょんぴょん飛び出たものだ。
その教えを思い出したささらの目つきが、ギンと鋭く変わる。
目の前には時が止まった三頭龍。一方的に攻撃するチャンス!
「ですわ!」
そこから始まったのは、連撃の嵐。
すり足での素早い移動で攻撃ポイントの側面を取り、斬撃。
その斬撃で生じたエネルギーを殺さず、足の切り替えを巧みに使い、別の攻撃ポイントを斬り上げる。
斬り上げながら跳躍し、ギミックを蹴りつけ、空中で身を翻して、高い場所にある攻撃ポイントへ雷のごとき斬り落としをお見舞いする。
ガゴゴゴゴゴゴゴゴッ! と攻撃を受け流すギミックがそこら中で高速回転し、それに伴って超重量のギミックの全身が揺れ始めた。
「ぴゃーわわわわわ……」
やり過ぎ感があるささらの攻撃に、ビルの窓から観戦する紫蓮があわあわする。
それに反して、観客は大盛り上がり。
こういった大会に出場したことがなかった命子たちは、ささらのこういう一面を知らなかった。一生懸命すぎて、力をセーブできていないのだ。
流石に全力攻撃にはなっていないが、『このくらいにしようね』と事前に相談して決めていた攻撃力の2割増しくらいの出力が出てしまっている。
全ての攻撃ポイントに攻撃が加えられ、ささらが三頭龍ギミックの正面に立つ。未だ全ての回転ギミックが回り続けており、それに連動してガタガタ揺れる三頭龍ギミックの姿は、まるで死を前にして震えているよう。
ささらはこの大会で、運営側から乞われて必殺技を一つ使うことになっていた。今からそれが使用されるのだ。
紫蓮はハラハラしながらその様子を見守った。
サーベルを構えるささらの髪の先端が銀色に光り輝き、光の粒子を発生させる。
「はぁああああ、ルミナスブレイド!」
それは下段から上段へ切り上げる『天騎士』の必殺技。
『僕らが決めたカッコ良すぎる必殺技100選』というネット投票で、上位に輝く必殺技である。
白い光の奔流が、サーベルの軌道に合わせて天へ向かって伸びた。
大歓声に包まれる中、三頭龍ギミックに当たらない位置でお披露目したことに、紫蓮は心底ホッとしていた。今のささらならやりかねないと思ったのだ。
サーベルを鞘に納めて、顔を赤らめながら観客に向けてペコペコとお辞儀をするささら。
そんな様子を窓から眺める紫蓮は、ちょっとささらへの見方が変わるのだった。
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