9-11 1日目の終わりと赤い万華鏡
本日もよろしくお願いします。
1日目の演武が全て終了し、沿道を彩る人垣が少しずつ散っていく。
誰も彼もが1日目を振り返って盛り上がり、興奮冷めやらぬとはまさにこういうことなのだろう。
そういう人たちを狙って、昼の時間と同様にこれから始まる夜の時間はご飯処やお土産屋がにわかに活気づき始めた。
コース上ではすぐにスタッフが『武具お手入れ』でギミックの耐久度を回復し、保護シートをかけていく。明日も使うため、このまま保存されるのだ。
そんな光景を眺める命子たちは、しばらくこの場に留まってホテルへ帰ることにした。人混みの中に行くと命子たちは目立つからだ。
「ささらたちはなにしてんの?」
ささらたちがスマホを突き合わせて集まっているので、命子が尋ねた。
「投票ですわ。命子さんはしませんの?」
「はっ、そうだった! どうやってやるんだっけ。教えて教えてー」
ささらに教えてもらいながらDRAGON東京の公式サイトに入り、命子も投票をしてみた。
一人一人を思い出しながら投票していった命子は、10分後にはショボンとした。
「投票点が全部なくなっちゃった……」
「もう全部使っちゃったデス?」
「うん。だってみんなカッコ良かったし」
投票点を全部使ってしまった命子のスマホに、『110円を課金することで10点追加できます』とある。
課金というものをしたことがない命子の心の中で、ゴゴゴゴゴゴッと風が吹く。
110円があればポテチが買える。
果たして微々たる投票券のために課金していいものか。
「キャルメお姉ちゃん。全部使っちゃった……」
その時、同じく投票していたカリーナがショボンとしながらキャルメに報告した。その顔には課金したいと書いてある。
しかし、キャルメは首を横に振る。
「ダメだよ。カリーナは今月のお小遣いを全部使っちゃったでしょ」
「しゅん……」
スマホを両手で持ちながらしょぼくれるカリーナは、チラッチラッと上目遣いでキャルメを見上げてアピールプレイ。
「しゅん!」
さらに、聞こえるように『しゅん』を追加するもキャルメは意見を変えない。
「ダメだよ。お金は大切だから、ちゃんと使い方を学ばないと」
キャルメの言葉に、馬場と滝沢がドキンとする。
大人の財力にものを言わせ、通販サイトでコスプレ用学生服を買おうとした瞬間であった。果たしてこれを買って二度着るだろうか? ちなみに一度目は確定だ。
同じく課金画面でフリーズする命子もドキンとした。
カリーナがめっとされているこの状況で課金していいものか……っ!?
まあ命子クラスの金持ちになるとガンガン金を使ったほうが社会のためになりそうだが、高校生の身の命子にはそういう考えには至れなかった。
んー……我慢っ!
命子は我慢しておいた。
中学の時に課金をして困ったことになっていた子がたくさんいたので、課金に対して怖い印象があった。
一方、この牙城は墜ちないと理解したカリーナは仲間たちの周りをちょろちょろして、どこに投票するのか見て羨ましがる。仲間たちはちゃんと投票券を残しており、さらに言えばお小遣いもちゃんと残していた。
「カリーナ。僕のを使っていいよ」
「お兄ちゃん!」
そんなカリーナに、テッドがスマホを貸してあげた。
ちなみに、キャルメ団は勉強のために全員がスマホを所持していた。ジョブやスキルの情報は毎日のように情報が更新されるので、書籍化がなかなか難しく、情報収集にはインターネットが必須なのだ。そのため、月額に戦々恐々としつつもメンバーの全員がスマホを所持している。
テッドからスマホを貸してもらったカリーナは、ぱぁっと顔を明るくしてキャルメをチラッと見た。ふふんと言ったような顔だ。
あわわわ、ばかちん、と命子はハラハラするがキャルメは「もう」とため息を吐くだけで見逃してあげた。
命子はホッとしつつ、そんなキャルメに問うた。
「聞かれたくなかったらごめんだけど、カリーナちゃんのお小遣いっていくらなの?」
「カリーナはまだ8歳ですから1000円ですね」
「ほーん。まあ8歳だとそんなもんだよね」
命子は自分の時はどうだったかなと思い出す。
小学校低学年なわけだが、その時はたしか500円だったはずだ。別途なにか欲しいものがあれば親に買ってもらうのがルールだった。
キャルメたちは日本から教育援助を受けており、その中には生活費も入っていた。
軌道に乗るまでの期間はともかくとして、優秀な冒険者であるキャルメたちはすでに金銭面での援助を必要としておらず、打ち切りを申し出ていた。しかし、キャルメ団は誰一人として高校生にすらなっていないため、いくら金を稼ぐ宛てがあっても援助の停止は認められなかった。
その割には冒険者で得た所得に税金がかかっているので、なんともちぐはぐではあるのだが、未成年の扱いというのはそういうものである。
そんな事情もあって、ぶっちゃけキャルメたちはかつての羊谷家よりも遥かに金持ちだったりする。
「さて、そろそろいい時間かしらね」
そうやってお話をしながら待っていると、外の様子を見た馬場が撤収を告げた。
「ご馳走様。美味しかったわ」
「ご馳走様でした!」
メイド店長に挨拶する馬場に続いて、命子たちも元気にご挨拶していく。
「いえいえ。こちらこそ結構な物をいただきましてありがとうございます」
バトルメイド喫茶は、命子たちとポラロイドカメラで記念撮影し、さらにサインも貰っていた。ここ最近では有名人がチラホラとくるメイド喫茶になったのだが、命子たちはその中でもピカイチの有名人と言えた。
カリーナたちがメイドさんたちからアメちゃんを貰い、キャルメがしきりに恐縮するひと場面がありつつ、命子たちはホテルへと戻るのだった。
「おっすっすぅーぅぅぅぅ……」
ホテルに帰った命子たちは、キャルメたちと別れて、部長たちのお部屋へ冷やかしに行った。
しかし、インターホン押して招かれたその部屋の状況を見て、ハイテンションを強引に引っ込めることになった。最初の『おっ』だけやたらと陽気なその声を聞けば、いかに命子が急激にテンションを下げたかとわかろうというもの。
部屋の中では、みんなでしくしくと泣いていた。
命子たちも今回の大会が部長たち3年生にとって高校最後のイベントであることは頭でこそ理解していたが、泣いている先輩たちを見てじわじわと実感し始めた。
「ひぅうううう……」
最初に涙腺が決壊したのはささらだった。
親しい先輩たちとお別れするという体験を前にして、切れ長の目をギュッとつぶってポロポロと涙を流す。
そうして、よく話す先輩の下へ行って一緒に泣き始めた。
「「みゃ、みゃー……っ!」」
それが連鎖して、ルルとメリスもそれぞれ慰め合っている女子の間ににゅるんと体をねじりこんで、みんなと一緒に泣き始める。
このしくしく空間に足を踏み入れようものなら涙は必定。それは命子もまた然り。
「ふわっ、ふわっ……ふわぁああああんあんあんあん!」
命子は子供みたいに泣いて、部長たちと一緒に涙を流した。
変わり者の命子だが、泣く時は人並みに泣くのだ。悲しい時も嬉しい時も感動した時も。
「ぴゃ、ぴゃわー……」
そんな中でこの空間に恐怖したのは紫蓮である。
知り合いのお姉さんはいっぱいいるけれど、別れを惜しんで泣くには親密度が足りなさすぎる。
ぴゃわわわと手を右往左往させる紫蓮だが、こんな状況での疎外感が涙腺へダメージを与えてきた。
「ぴゃぅ、ぴゃぅうう……」
凄く寂しいので、紫蓮は命子や部長のしくしくグループへ行って仲間に入れてもらった。
「はぁ、すっきりした!」
「ねぇー」
夕食を食べに食堂へ向かう廊下の途中で、3年生の女の子たちがどこかすっきりしたような顔で笑い合う。
内心ではまだまだ悲しいけれど、みんなと一緒に泣いたことで、卒業してもきっと楽しいことが待っているという気持ちになれた。
むしろ一番ダメージが入っていたのが、ささらだった。
先輩が卒業する姿をこれまで何度か見てきた。部活動をしていた先輩だと卒業を惜しまれて後輩が涙を流す姿もあった。
そんな卒業式のシーズンの中で、ささらはいつも観客だった。
あんなふうに先輩や後輩に恵まれた青春は素敵だな、と羨ましく思ってきた。けれど、実際に体験してみて、素敵ではあるけれどとても寂しいことなのだとわかった。
「大丈夫大丈夫、だーいじょうぶだから! 会いたくなれば青空修行道場で会えるから!」
「で、でしゅわ……」
一番後ろをトボトボと歩くささらの腰に手を回して、命子が慰める。
「そうデスよ。スマホがあればみんな隣近所デス!」
「で、でしゅわ……」
ルルも逆からささらの背中に手を回して、キスミアから移住した実体験からそう慰めた。
ささらを挟んで、命子とルルは顔を見合わせた。
ささらはこういうことに免疫力がなさすぎるなと。
「卒業を惜しんでくれる後輩がいて、私たちは幸せよ」
近くを歩く部長もそう言って微笑んだ。
ささらはへにょんと眉毛を下げて部長を上目遣いで見ながら、コクンと頷いた。
「おっ、いい匂い!」
「ニャウ。いっぱい泣いたデスから、お腹ペコペコデス!」
食堂が近づき、命子が話題を変え、ルルが乗っかった。
元気な二つの言葉に、ささらは頑張って微笑んだ。
深夜。
命子はふと目を覚ました。
いつもは修行の疲れなどがあって朝までぐっすりなのだが、今日は体をほとんど動かしていないので目が覚めてしまった。
「ひちゅじや……ぴゃぅ……」
そんな寝言を口にする紫蓮の腕からにゅるんと抜け出し、命子はコップに水を注いで窓辺に立った。
「東京も案外眠るんだな」
命子は東京の明かりを見つめながらそう呟くと、水をくいっと飲んだ。
命子の中で、東京は夜でもお店がやっており、ずっと賑わっているイメージがあった。だが、実際には街灯こそ煌々と道を照らしているけれど、通りを歩く人はまったくおらず、車もあまり走っていない。
特に面白みもない風景に、命子はベッドに戻ろうと町から視線を切った。
その時、ふと屋上に視線が止まった。
このホテルはコ字型になっており、命子たちの部屋からは屋上のフェンスの向こう側を少しだけ見ることができたのだが、そこに人影があった。
「ほっほう。もしかしてオバケ?」
今の世界ならあり得なくないので、命子は【龍眼】を使ってその正体を見破ってみた。
それはオバケでもなんでもなく、キャルメだった。
だが、時は1時だ。なんでこんな時間に?
命子はチクタクと考えて、もしかしてカギを閉められちゃったのかなと予想した。
キャルメは控えめな性格のようなので、屋上からSOSを叫ぶことができないのかもしれないと考えた。
というわけで、命子はササッと着替えて屋上へ行ってみた。
屋上のドアは予想に反して開いており、命子は首を傾げながらも外に出てみた。
このホテルの屋上は宿泊客のために開放されているようで、転落防止用のフェンスの中に芝生と花壇の庭園が造られていた。
その庭園の最奥にあるベンチでキャルメは町のほうを向いて座っていた。
その背中を見て、命子の中で悪戯心が芽生えるが、相手はとんでもなく強い『拳闘士』である。だーれだ、とやって肘鉄でも食らえば、死ぬ恐れもある。
だから命子は悪戯心を引っ込めて、普通に話しかけた。
「なにしてるの?」
命子が問いかけると、よほど夢中だったのかキャルメは肩を大きくビクつかせて振り返ると慌てて立ち上がった。
「め、命子さん!」
「驚かせちゃってごめんね? 立たなくていいよ、座ろう」
「は、はい」
キャルメは太ももの上に筒状の物を置いてもじもじして、ベンチの隣に座った命子をチラチラと見る。
一方の命子はキャルメが持っている物を見て、首を傾げた。
キャルメは命子の視線に気づいてそれを見せてくれた。
「あっ、これですか? これは万華鏡です」
「万華鏡! へぇ、私、初めて見たかも」
「え、そうなんですか?」
バーチャル世代な命子は万華鏡の存在は知っているものの、実物はテレビくらいでしか見たことがなかった。実際のところ物心つく前に見たことがあるのだが記憶にはなかった。
「うん、たぶん見たことないね。良かったら見せてくれる?」
「はい、どうぞ」
キャルメから万華鏡を受け取った命子は、万華鏡を覗き込んだ。
けれど、真っ暗でよく見えない。
命子は片手で筒の側面を、もう片手を筒の下部に添えていた。
「命子さん、筒の下の光取りを塞いだら綺麗に見えないんです」
「ほうほう、なるほど。そういう仕組みか」
どういう仕組みかさっぱり理解できぬ命子だが、賢いふりをした。
キャルメに言われた通り、筒の下から手を退けると万華鏡に淡く光が入った。
「わぁ、すげぇ!」
命子は幼女みたいに無邪気に笑って万華鏡を覗き続けた。
内部に入っている石は赤い石とオレンジ色の石で、命子の手の動きに合わせて模様を変えていった。
この万華鏡は少し変わった造りをしており、底面が薄くなっており、筒の向こう側が透けて見えていた。筒の向こう側の光景と石が内壁の鏡に映り込み、複雑な模様を作る仕組みになっているのだ。
しかし、万華鏡を見たことがなかった命子は、向こう側の景色が見える万華鏡が変わったものだと認識できない。だから、命子の話題の焦点は内部で煌めく石に向けられた。
「この赤い石はもしかして魔石?」
「はい、その通りです。魔石で形を作ったものです。オレンジ色の方も染料になる魔物素材なんですよ」
「もしかして全部キャルメちゃんが手作りしたの?」
「はい。日本の学生は夏休みに工作を行うと聞いたので、冬のお休みに挑戦してみました」
「ははっ、これなら花丸貰えるね。うーん、綺麗だなぁ」
万華鏡を見つめながら談笑する命子は、次第に万華鏡の仕組みを理解し始める。
キャルメが言ったように、要は下部から入る光量で内部の鮮やかさが変わるのだ。
要領を覚えた命子は、光を求めてホテルの屋上から東京の街並みへと万華鏡を向けた。
それは丁度、命子が話しかけるまでキャルメがしていた姿と同じだった。
夜空の下、ネオンの光で輝く街並みが万華鏡の内壁の鏡に映り込み、その周りでは赤とオレンジ色に輝く石がキラキラと反射して彩りを与える。
命子が万華鏡をくるくる動かすと、鏡に映った赤とオレンジの石が目まぐるしく模様を変えた。
「ふわぁ、すっげぇ。まるで……」
命子はハッとして続く言葉を飲み込んだ。
――まるで世界が燃えているみたい。
ささらたちになら普通に言ったであろうその冗談は、キャルメだとシャレにならないかもしれない。せっかく素敵な万華鏡を作ったのにそんな感想を言ったらダメだと思って、命子は別の言葉で美しさを伝えた。
「まるで夕焼けに染まっているみたい」
命子はそう言って万華鏡から目を離すと、キャルメへ向けて微笑んだ。
「凄く綺麗だったよ。ありがとう」
キャルメは命子から返してもらった万華鏡の側面を撫でてはにかんだ。
「そうだ、なにか飲む?」
命子は【アイテムボックス】がかかったポーチからパックのジュースをいくつか出して、お膝の上に載せてお店を開いた。
一瞬遠慮する気配を見せたキャルメだが、おずおずとお茶を選んだ。命子はいつも通りミルクティだ。
二人で並んでチューッとストローを吸ってから、命子が問うた。
「日本はどう? もう慣れた?」
「はい。みなさんとても良くしてくださいます」
「そっか。それは良かったよ。ところでキャルメちゃんって学校はどうしてるんだっけ? 聞かれたくなかったらごめんね」
「いえ、大丈夫です。僕は来年から高校生ですね。実は風見女学園に合格しました」
「えっ、凄いじゃん!」
命子の驚きも無理はない。
G級ダンジョン周辺にある学校のいくつかは、試験的に冒険者学科を設立することになった。風見女学園も同じだ。風見女学園の場合は、普通科ともども、もはや命子が面接受験をした時とはまったく別次元の倍率になってしまっていた。
日本人だって受かるのは難しいのに、よく合格したものだと命子は感心した。
命子はまだキャルメの才能を見誤っていた。
キャルメはわずか数か月で日本語をマスターしてしまう天才である。風見女学園の試験のテーブルにさえつければ、受かる可能性は極めて高かった。
命子に褒められて、キャルメはもじもじした。
そんなことありません、と謙遜しそうになるが、それは嫌味になるだろうと考え直して、恥ずかしそうにお礼を言った。
「ありがとうございます」
「おめでとう。来年から後輩だね」
「はい。よろしくお願いします」
そうやって挨拶し、二人は微笑みあった。
リラックスできたようなので、命子は本題に入った。
「そうだ。もう1時半になるけどキャルメちゃんはどうしてこんなところに? 眠れないの?」
キャルメは少し考える素振りを見せてから答えた。
「僕はあまり眠れない体質なんです。3時間くらい眠れば十分なのですが、僕がもぞもぞしていればカリーナたちが起きてしまうので、こうして別の場所にいることが多いんです。あの子たちはまだ小さいですし、たくさん寝た方がいいですからね」
「3時間! それは凄いね」
命子はほわほわーんと3時間睡眠の世界を想像した。
21時間も起きていられれば、いろいろなことができるだろうなと。
「命子さんこそ、なぜここにいらしたんですか?」
「目が覚めて窓から景色を見てたら、屋上にキャルメちゃんがいるのが見えたんだよ。もしかして屋上のカギを掛けられて困っているのかなと思ったの」
「そ、そうだったんですか。心配してくださり、ありがとうございます。それにわざわざ来ていただいて、嬉しいです」
「ははっ、いいんだよ。こうして万華鏡も見せてもらえたからね」
命子はそう言って微笑むと、いいことを思いついた。
「そうだ、キャルメちゃん。私、いいものを持ってるんだ」
命子は胸にかかっている鎖のチェーンを引っ張って、空飛びクジラから貰った笛を取り出した。
それを見て、キャルメは首を傾げた。
「笛でしょうか?」
「うん。空夢の笛。空飛びクジラから貰ったんだけど、どうやらこの笛の音を聞いて眠ると空を飛ぶ夢を見ることができるらしいんだよ」
正体不明の笛だったが、最近ではこの効力も見破っていた。命子の家の周辺で何人も同じような夢を見ていれば、さすがに原因に行き当たったのだ。
「……本当ですか?」
笛の効力を知ったキャルメは、眉毛を八の字にして真偽を尋ねた。
「本当だよ。見たくないって思えばレジストするのは簡単なんだけどね。じゃあ吹いてみるよ」
命子は笛に口をつけて、息を吹き込んだ。
『フュウウウウウウウン』
と東京の町に笛の音が広がる。
「綺麗な音色ですね」
「うん。これで今日のキャルメちゃんの夢は空を飛ぶ夢が見られるかもしれないよ」
命子の言葉を受けたキャルメは、俯きながらコクンと頷いた。
その様子を見つめる命子は目を細めて、やっぱり3時間しか眠れないのはあまりいい夢を見ないのかもしれないと思った。
「さて、もうそろそろ戻ろう。今から寝れば5時くらいに起きられるから丁度いいでしょ」
「は、はい、そうですね」
命子とキャルメはベンチから立ち上がると、庭園を後にした。
「それじゃあね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい、命子さん。心配してくださりありがとうございました」
「ううん。いいんだよ。じゃあね」
「はい」
エレベーターでキャルメとお別れした命子は、自分の部屋へ戻った。
パタンと静かにドアを閉めてベッドルームに入ると、ささらが紫蓮を抱きしめて眠っていた。
「私の寝床が占領されてる……」
命子はそう呟いて苦笑いを浮かべつつ、窓際へ移動して東京の町を見つめた。
「赤い万華鏡か……」
マナ進化できないキャルメ。
眠れないキャルメ。
赤い万華鏡を夢中で見つめるキャルメ。
命子はキャルメのことが少し心配になった。
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