9-10 隠れた逸材
本日もよろしくお願いします。
■本日は2話更新です■
一日目が終わりに近づくころ、キャルメがもじもじし始めた。
「おっ、またキャルメちゃんの仲間たちの番だね?」
それを敏感に察知した命子が話を振る。
「は、はい。お目汚しにならなければいいんですが」
「前の2組の子たちだって凄かったじゃん。胸を張っていいと思うけど」
キャルメたちの仲間は学生の部に混じって2組が出走を終えていた。出場するのは年長者組である中学生だけで、その全員がスキルを覚醒させるに至っていた。
命子にそう言われ、キャルメは複雑な心境でもじもじと太もも同士を擦った。
キャルメは命子に褒められてとても嬉しいけれど、勝手にダンジョンに入って得た自分たちの力に未だに後ろめたさがあった。
特に敬愛する命子は誰でもレベルを上げられるように世界に訴えかけた張本人なので、なおさらだ。まあ命子のこの思想は『表向き』なのだが。
なにかを言おうと口を開きかけたキャルメだが、それに重なるように実況がキャルメ団の紹介を始めた。
『さあDRAGON東京大会第1日目の選手もいよいよ残り5組になりました。エントリーナンバー146番、先ほども大変な練度を見せつけてくれたキャルメ団の3組目のパーティです!』
「シャムシールのカシムさんがリーダーですわね」
パンフレットを見てささらが言う。普段は男の子の話なんてほぼしないささらだが、同じ刀剣使いには注目している節があった。
元から世界中に多くの流派があったわけだが、地球さんのレベルアップに伴って全体的にファンタジー化しつつあり、大変に勉強になった。
「カシムお兄ちゃんつおいよ。風剣使う」
カリーナが自慢げに命子の顔を見て言う。
【属性系】のマナ因子が熟されると各種行動に属性を纏えるようになる。
風剣は軍人でも多くの人が使う技で、火災を起こさず、地形を濡らさず、土も零さず、かなり使い勝手が良かった。
というか紫蓮や藤堂が使う火属性は使い勝手がひたすら悪いとも言える。現代社会において、火属性の人権はほぼダンジョンだけなのだ。
「カリーナ。残念ながら今回の大会では風剣は使えないんだよ。みんなで『パーティコース』に入るからね」
「しゅん」
「ほら、カリーナちゃん。カシム君たちが来るよ」
そう命子が言うと、しゅんとしていたカリーナはぴょんと小さくジャンプして、命子と一緒に窓辺でビルの下を眺めた。
走ってくる一団はラクートのダンジョンで買ったであろう旅装風の防具。アラビアンナイトにでも出てきそうな風情の服だ。
日本ではあまり売っていないマントを見て、命子は凄く羨ましくなった。大魔法の使用時にさぞ映えることだろう。
これが演武であるということをしっかりと理解している彼らは、魅せる武術を使っていた。かつて踊りの国と呼ばれただけあり、全員の武術の根底には舞踊の息が混じっているように思える。
ラクートは主に女が踊り、男が楽器を打ち鳴らす風習があるが男だって踊れないわけではないのだ。
だが、その素晴らしい動きもそうだが、命子たちや観客の注目している場所は身体能力ばかりではなかった。
地球さんTVで、彼らは本当に死んだ目をしていた。それが今では真剣な瞳の中に希望に溢れた輝きを宿していた。そう、多くの人が演武をする彼らの表情を見て、安堵ともつかない喜びの感情を抱いているのだ。
「行っちゃった」
「じゃあタブレットで見ようね」
「うん!」
窓の下から遠ざかってしまい、しゅんとするキャルメ団の小学生に命子が言った。妹を持つ命子は小学生くらいの子への面倒見がとてもいいのである。
いまではテーブルに6つのタブレットを置いて、全部のチャンネルを視聴できる態勢にしていた。その1つにカシムたちが映されて小学生組がもちゃもちゃと顔を突き合わせて視聴する。
ニコニコしながらその様子を見ていた命子だが、ふと1つのタブレットで映されている演武に注目した。必殺技コースで丁度フィニッシュを迎えようとしている映像だ。
「ん? あれ、この人、さっきの主人公っぽい人だ」
「ホントだ」
命子の言葉に紫蓮が反応する。
主人公っぽい人は、先ほどソロで出走した高校三年生の男の子だった。命子たちからすると他校の先輩である。
なぜ主人公っぽいと命子たちが呼んでいるかと言えば、まるでアニメに出てきそうなイケメンなのだ。しかし、煌びやかなイケメンではない。作中でフツメンとか地味なやつなどと説明されそうなイケメンである。そんなだから、おそらく普通にモテる。
少年もまた部長と同じく近接ジョブを取得していないのか、道中の動きは大したものではなかった。それどころか大会で一番弱そうだった。だから多くの観客がすでに存在すらも忘れていた。
少年は少し緊張した様子で川の前に立ち、杖を構える。
「ほう、この人できるな」
「むっ、こやつやりおる」
命子と紫蓮が声を揃えて言う。なんか主人公っぽいという理由だけで。
ちなみに相手は高校3年生だが、紫蓮は本人がいなければ『こやつ』とか言える。本人がいると借りてきた猫。
命子たちの言葉を証明するように、少年は杖に紫色の炎を宿し、そこから輝く強化水弾を作り出した。
「おー、強化水弾だ。やっぱり『魔導書士』よりも『魔法使い』が作るやつのほうが強そうだな……ん? む、むむぅっ!」
感心する命子は、続く少年の行動に目を見開いた。
さらにもう一つ、杖を持っていない方の手で強化水弾を作り出したのだ。
「二重強化魔法! やるわね、この子」
「もうできる一般人がいるんですねぇ、凄いなぁ」
自分のタブレットで視聴していた馬場と滝沢もまた感心する。
『魔法使い』系は『魔導書士』よりも魔法の連射性能に優れていたが、『魔導書士』は2冊の魔導書で同時に魔法を待機させられるのに、『魔法使い』は2つの魔法を同時に待機状態にするのが難しかった。強化した魔法になるとさらに難しくなる。
そして、タブレットの中で少年は一つ深呼吸してから、静かに言った。
『【合成強化】』
少年の左手に乗った強化水弾が杖の上に乗った強化水弾と混じり合う。
「「「えっ!」」」
命子たちの驚きが重なると同時に、少年が握る杖の上で2つの強化水弾が混ざり膨れ上がった。
命子が魔法を合成したことで再度高く評価されることになった【合成強化】。今では世界中で戦闘に組み込んだ使い手がいるが、一般人だとかなり珍しかった。
というのも、パーティ内で【合成強化】を使っていた人たちは協調力のような社会性が高い性格の人が多かったのだ。
『見習い合成強化士』という修行の恩恵が少ないジョブに就き、ダンジョンの内外で他人の武具を強化するのだから、オラオラな性格ではなかなか選択肢に入らないのである。
そういうわけで、この時点で【水魔法】と【合成強化】を覚醒させているということは、寝ても覚めてもスキルを使いまくっているような修行バカであり、かつパーティ内での役割を求めている性格の少年だと推測できた。
あまり強い学生ではないのかな、と観客から生暖かい目で見られていた少年だが、一気に評価が裏返る。
「おー、こういうのアニメで見たことある!」
「我も!」
両手で握られた杖を河川へ向けた少年の姿を見て、命子と紫蓮が並んでブンブンと手を振るう。具体的に言えばアニメの最終話かその一話前でよく見る。
『水撃砲!』
杖から放出された水撃砲が水面と平行になって飛んでいく。
魔法の完成度自体は部長たちの村雨よりもかなり劣るものだったが、1人で作っているとなれば評価は少年に軍配が上がる。
部長たちは全員がジョブが『水属性魔法団』になっているので、当然バランスが悪いのだ。地上決戦用の大技となればまた評価は変わるだろうが、パーティでE級のボスと戦う際には運用が難しすぎる。
「命子さんたちでも知らない方なんですね?」
キャルメが命子に問う。
少年の演武が終了したので、命子はキャルメと一緒にカシムたちの活躍へ視線を向け直して答えた。
「私たちなんて知らない人のほうが多いんじゃないかな。こういうのってマニアックな人がいるからね」
「ああ、たしかに僕たちも自分たちの修行や勉強ばかりですし、そういうものかもしれません」
「そうそう。それにしても在野にも強者はいるものよな」
うんうんと命子は頷く。
「ネットの掲示板に二つ名スレとかがある。我らの知らないところで凄い人が発見されることもある」
紫蓮がそう教えてくれた。
「わぁ、二つ名スレ……そんなものが……」
「たぶんこの人も話題になる」
命子が自分にも素敵な二つ名がついてるのかしらなどと想像していると、カシムたちがパーティコースに入った。
みんなでタブレットを視聴すると、カシムたちが歓声を浴びながらコースを走っていた。
パーティコースは、ソロでも楽しむことができるがパーティだとより映えるギミックが多いコースだ。必殺技コースのように魔法をガンガン使うことはできず、身体能力と武術のみで挑むことになる。
カシムたちは、コース内にあるギミックを仲間と協力して越えていく。
「おーすげぇ!」
中学生にしてはかなりゴツイ体を持つ仲間が、カシムを乗せた棒をブンと振るってカシムを上空に打ち上げる。
カシムは階段のギミックを一番下から一気に頂上まで飛び、体とシャムシールをギュルンと回しながら着地する。
「と、撮れたか!?」などとカメラマンの声が入っているのはご愛敬。突発的に飛び出す冒険者の身体能力を余すことなく撮影するため、別動隊がドローンを使っていたりするのだ。
「ああいうアクションもカッコイイね」
「みんな日本のアニメが好きなんです。ああいう派手なアクションはだいたいがアニメなどから得たものですね」
感心する命子に、キャルメが教えてくれる。
アニメで描かれる『できそうで絶対に無理』なアクションが、現在ではちょっとずつできるようになっていた。カシムたちが行なった仲間打ち上げジャンプもそうだ。
多くのギミックを越えてカシムたちはついに龍ギミックと対面する。
龍のギミックは三頭龍がモチーフになっており、食いつきをイメージした顔、スイングをイメージした顔、上から見下ろしている顔の三つの顔がある。
それぞれの首とその先の顔は特殊ギミックとなっており、ぶん殴ると威力を受け流すように打撃部分がぐるぐると回る。こういうギミックを搭載しているため造形としてのクオリティは高くないが、とても大きいので幼女が涙目になるくらいには迫力があった。
余談だが、この龍に使われているものは全てダンジョン産素材であり、凄まじく金がかかっていた。こんな巨大な物を作って、かつ『DRAGON東京大会』と銘を打っているため、大会はこの一回ではないのだろうというが世の中の予想である。
『これが命子さまたちの挑んだ三頭龍……』
カシムが呟く。
作り物なので魔物としては見られないが、大きさ自体は完全に再現されているため、本物をテレビ画面で何度も見たカシムたちにとって造形の脳内補完は容易だった。
『みんな、必殺技は使うなよ』
カシムは自身に言い聞かせるように仲間たちへ言う。
自分が三頭龍戦に参加していたとしたらどのように戦うか、どのように役に立てたか、全員がイメージしてきた。だから、今の言葉でそのイメージの通りに動こうとしている自分に気づいて、慌てて火力を下げるように調整していく。
散開した6人は非殺傷性のスキルだけを使いながら、三頭龍ギミックに攻撃を加える。
その光景がドローンのカメラで遠景から空撮される中、命子たちが注目していたのはリーダーのカシムである。
曲刀を振りながら剣舞を踊るカシム。
回転しながら剣を振るうカシムの足さばきを見て、命子たちは次の動きを予測する。沿道やビルから観戦する人たちも動きについていける人ならば同じように予測した。
――龍の首に沿うように胴体方向へ移動しながら剣を振る。
命子たちはそう予測した。
しかし、その予測を裏切ってカシムの姿が龍の首の真下に移動した。その圧倒的に不自然な動きを見た命子とささらが目をまん丸にした。
「幻歩法!」「幻歩法ですわ!」
それはサーベル老師が使うパントマイムを応用した超フェイント技巧だった。
サーベル老師自身は特にその技法の名前を口にしなかったが、馬場が言うには『幻歩法』と呼ばれる伝説的な技法らしい。
「カシムは風見町防衛戦で撮影された老師さまの動きを見て独学で学んだんです。僕の目から見ても不完全なものでお恥ずかしい限りですが……」
「いやいや、見様見真似であそこまでできれば凄いよ」
演武を終えて喝采を浴びるカシムたちの姿を見ながら、命子は世界の広さに唸った。
キャルメが言うように、カシムの幻歩法はサーベル老師にはとてもじゃないが及ばない。使えると知らなければ命子やささらも防げなかっただろうが、二度目は簡単に対応できるだろう。
それに対してサーベル老師の幻歩法は命子の目やささらの身体能力を以てしても見切れない。サーベル老師もまた成長し続けているゆえに。
なんにせよ、入門程度とはいえ幻歩法を使える以上は、カシムもメキメキとその技術力を高めていくことだろう。
「カシム君はサーベル老師に会いたいとかある? 会いたいなら言っとくけど」
「そ、そんな恐れ多いです」
命子が問うとキャルメは慌てて恐縮した。
日本的な遠慮をする子だなと命子は思った。
「いっぱい門下生もいるし、近所の爺ちゃんに会うノリで大丈夫だと思うけど」
命子がそう言うとキャルメは太ももをもじもじとすり合わせて俯いてしまった。返答に困っている様子だ。
命子は、『それともあまり日本人が好きではないのかな』とも考える。出会ったことがないタイプの子なので、命子は手こずっていた。
「まあ、サーベル老師は明日出場するからそのあとにでもお話を聞いてみない?」
そう、サーベル老師も明日出場することになっていた。
サーベル老師の場合はオファーがあったタイプだ。このオファーをするエージェントが青空修行道場で修行している際に来たため、子供たちの期待の目に耐えきれずに出場することになった経緯があった。
「それでしたらカシムに聞いてみます。会いたいということでしたら、ぜひお願いします」
「うん!」
そんなふうに多くの冒険者たちの活躍を楽しみつつ、DRAGONの初日は大盛り上がりの中、終了した。
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