9-9 おもしろき世を全力でおもしろく
本日もよろしくお願いします。
おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなすものは心なりけり。
高杉晋作が前半を、後半は野村望東尼が詠んだとも高杉晋作が続けたとも言われる句で、面白くない世の中を面白く過ごすのは心次第なんだよ、という意味だ。
亡くなった祖父がこの句が好きで、その影響もあってか部長は頑張ってキャッキャと笑って生きてきた。
けれど、高校2年が終わる頃に見えてきた世界の真実の姿に、もうそろそろ笑顔を保つのも無理かもしれないと思い始めていた。
澄み渡る空の青さを見上げては明るい世界と暗い世の中のギャップに奇妙な感情を覚え、星が瞬く夜空を見上げては闇の中でも明るく生きたいと心の底から願う自分の気持ちに涙が滲み出る。
子供の頃に見えていたキラキラとした世界は、少しずつ色あせて見えてしまっていた。
――と、ネガティブに思っていた頃もありました。
おもしろきこともなき世をおもしろく、と人が簡単に死ぬ時代に生きた高杉晋作は言ったけれど、地球さんのレベルアップによって前提が崩れた。世界がめちゃくちゃ面白くなってしまったのだ。
世界の真実の姿が見えてきた?
否!
そんなものは科学者がその時点の科学力で決めたものに過ぎなかった。一枚皮を剥けば、そこには深淵とすらも思えるような魂の世界が広がっていたのだ。
とはいえファンタジー化した当時、部長はどうすればいいのかわからなかった。このファンタジーはカルマというものがあり、これのせいで最初のうちは下手を打てなかったのだ。
だって世の中では有名人の多くが大変なことになっており、天罰を恐れて絶望するその姿は人々を不安にさせるには十分すぎる光景だったから。
勘違いを生みそうなので言及すれば、有名人にヤバい人が多かったわけではない。いかなる職種にも一定割合でマイナスカルマ者はいた。懺悔会見やSNS上での懺悔など、有名人の発信力が高すぎたために一般人の目線だとそう見えてしまっただけだ。
明るく生きてきた部長は昔から頼られることが多かったため、やはりこの状況でも多くの子から頼られた。泣きじゃくるマイナスカルマの子を3時間慰めたこともあった。でも、この世界においては誰もが初心者なので、話を聞いてあげる程度のことしかしてあげられなかった。
そんな激動の時代が始まって早々に出会ったのが羊谷命子である。
部長は命子との付き合いの中で、心の底からキャッキャと笑うようになった。
そしてその笑顔がいま、観客に向けられている。
キリリと瞳の下では大きなお口が自信満々な様子でにんまりと弧を描く。
「乙女部隊、出陣!」
「「「おーっ!」」」
部長の号令と同時に少女たちが走り出す。
部長は世界的にも有名人である。世界中で起こっている地球さんイベントは学校が舞台になりやすいので、無名のティーンが英雄になる事例が非常に増えた。その中でも部長はおそらく世界で一番有名になった女子高生だろう。
そのため、観客のボルテージは高く、そこら中でスマホやカメラで撮影が始まっている。
女子高生たちがファンタジーな衣装を着ている姿は、前時代の認識ならコスプレイヤーさんだ。しかし、その動きが従来のコスプレイヤーのものではない。
「散開!」
部長の指示でスピードタイプの二人が左右にシュバーッと飛び出て、中央では四人が陣形を組んで直進する。
秋葉原の広い道路を立体的に使い、観客を熱狂させていく。
ビルのすぐ下を通るタイミングで、命子たちが窓から顔を出す。
命子のお腹の下からちょこんと顔を出したカリーナが、命子に問うた。
「部長のお姉ちゃんはつおい?」
「つおい。学生部門のさらに遠距離部門に限定するなら最強クラスかもしれない」
「つおい!」
「近接戦闘はどうなんでしょうか?」
カリーナにあまり会話させると無礼かと思ったキャルメが、話に加わる。
「そっちはそこそこかな。もともと運動神経がいい人だから、なんでもできちゃうけど。とにかく遠距離攻撃が強いね。なんか今回の大会に合わせて、大技を編み出したみたいだし」
「本当ですか!? 技を編み出したということは、部長さんもスキル覚醒に至ってるんですね」
「うん、あのパーティだと部長ともう一人だけだね」
命子の評価を証明するように、部長の身体能力はそこそこだった。
それに対して他のメンバーの動きはとてもいい。
なぜこうなっているかと言えば、部長はほぼ『魔法使い系』のジョブしかしていないのだ。
かつて、命子にダンジョンへ連れていってもらった際に、【魔導書解放】を使ったことで、部長はすっかり魔法に魅せられてしまった。
魔法を楽しいと思うのは多くの人がそうなのだが、部長の場合は全属性を極めたいと考えてしまった。具体的に言えば、生涯の一つの目標を大魔法使いになることに定めた。
そこで部長が取った行動は、全属性の『見習い魔法使い』のマスター化であった。
世の中ではここまで尖っているビルドは主流ではなかった。
近接ジョブの身体能力上昇恩恵が旧世界を体験してきた現代人から見るととんでもなく高いため、ひとまずそっちもやっておこうと考える人が多いのだ。
ほかにも、ジョブをマスターしてもスキルを取得するために消費した魔力が返ってこないので、無駄なジョブにつきたくないというのもある。
しかし、部長はそれを無視して我が道を突き進んだ。
だから部長の本大会での道中はぶっちゃけ地味だった。魔法を放ちにくいルールだからだ。ジョブの恩恵無しで必死に訓練した杖術こそ使うが、ほかの学生にも劣る程度である。
大人たちのプレイを見ていた観客たちの中には、言うほどではないなと思う人も多い。
だが、必殺技コースに入り、その評価は激変する。秋葉原を抜け、隅田川に向けて魔法を放つコースだ。
部長は『魔法使い系』以外だと『見習い魔導書士』だけマスターしていた。本人の魔法と2冊の魔導書の魔法によるトリプル魔法使用により、属性系のマナ因子を高速で溜めるために取得したのだ。
それを披露する時が来た。
「ここからは私のターン!」
覚醒した魔法が隅田川に撃ち込まれまくる。
杖から水弾と土弾が、2冊の魔導書からは火弾と風弾が。
覚醒しているのは現状で最も使い込んだ水弾のみ。あとの3つも近いうちに覚醒しそうな気配だが本大会には間に合わなかった。
しかし、左手にある隅田川に水の柱を何本も立てながら走るその姿は、もはや一人移動砲台。
さらに乙女部隊はみんなして【水魔法】【土魔法】【風魔法】のいずれかをスキル化しているため、わけがわからない火力を演出している。
部長たちくらいのレベルになると魔力が200前後はあるため、それをガンガン放出するその姿はいっそ爽快とすら言えた。
そして、隅田川が晴海運河に入る手前の三角地帯でフィニッシュの演技となり、部長たちは特設の演武台の上に立った。
最後の演武の前に、部長は観客やカメラに向かって語り掛けた。
「これから放つ技は私たちの1年間の集大成です。この技をこれから中学生や高校生になるみんなへ、そして私の後輩たちへ捧げます」
部長はそう言うと、踵を返して広大な河川へ顔を向けた。
「さあ、行くわよ。みんな!」
「「「おーっ! 水よ!」」」
部長たちはそれぞれがつくジョブから『水属性魔法団』にジョブチェンジし、部長に水弾を集めた。
それは風見町防衛戦でも見た水撃砲に酷似している。だが、この場に立つ女子高生たちはかつてのG級ダンジョンすらクリアしていないような駆け出しではない。修行を重ね、F級をクリアし、今では大人と肩を並べてE級を探索するベテラン冒険者になっていた。
駆け出しだった女子高生が作る水撃砲ですら凄まじい威力を誇るのに、これをどこに出しても恥ずかしくない魔法使いである部長がまとめ、操作する。
巨大な水の塊を空中でまとめる部長の杖が紫色のオーラを纏い、巨大な水の弾が神秘的な青色に輝き始める。
青い光で照らされた6人の衣服や髪が背後に激しくはためき、足元の細かな砂埃が巻き起こる風で吹き飛んでいく。その姿は否応なく大技を予感させた。
お茶の間に大会の様子をお送りしているカメラマンの喉が鳴った。そして、時はおやつの時間帯。多くの人がお菓子を持つ手を止め、テレビに見入る。
命子たちも真剣な眼差しでタブレットを見つめた。
後輩たちに捧げる、部長が言ったその言葉は自分たちへ向けたメッセージに思えたのだ。
部長は両手で持つ杖を天高くつき上げると、それに合わせて巨大な水球もまた移動した。
その姿は魔王にフィニッシュブローを放つ直前の女勇者のように勇ましい。
水色に輝く世界の中心に立つ6人の、そして部長の神秘性に、観客もまた息を呑む。
観客の多くがこれほどの魔法現象を生で見たことがなく、そこに宿る魔法の力に魂が畏怖を覚えていた。
「合体奥義!」
部長の瞳がギラリと煌めく。
「水妖の刃、村雨! おぉおおおおおおお!」
部長は気勢とともに杖を振り下ろす。
それに合わせて水球が形を変え、長さ4メートルにもなる巨大な刃となって川の水を切り裂き飛んでいった。
八犬伝に登場する水気を帯びた伝説の妖刀の名を冠したその技は、纏めた水弾を水刃に変化させたもの。
見習いが取れた上位職『水魔法使い』が【水魔法】を覚醒させることで実現した、『水属性魔法団』の第二の奥義だった。
村雨は水面を切り裂き、切り裂かれると同時に川の水が爆発したように波を立てる。
この大会では命子のために、必殺技のフィニッシュ場所は300メートル以上なにもない場所が確保された。普通の魔法なら精々5、60メートル程度までしか飛ばないのでこれで十分だったのだが、部長たちの技は200メートルも威力を保った。
これは命子の奥義を想定した距離で、まさか一般の学生がそれを突破するとは自衛隊も思わなかった。
そんな裏事情を知らない一般人はただ驚き、快哉を叫ぶしかない。
命子たちや自衛隊だけが強いのではない。女子高生もまたこのレベルに達し、ゆくゆくは自分たちもこのレベルになり、そして超えられる。
部長が演武前に語り掛けたように、四月から高校生になる子たちにとっては高校生活が一層楽しみになるような、そんな夢がある一撃であった。
「本当に凄い人だな」
「ええ、本当に」
「最高の先輩デス」
「部長殿……」
命子たちがその一撃に感嘆の声を漏らす。
まさしく部長たちの、そして修行部の一年間を込めた一撃。
村雨はかつて命子が使った火炎龍を超えてしまうほどの大魔法であった。
これにて部長たちの演武は終わった。
「「「わぁあああああああああ‼」」」
東京の町が揺れるような大歓声の中、それぞれが武器を回してポージングを取り、その中央で部長が指をパチンと鳴らして指先から【火魔法・種火】を出現させ、それにフッと息を吹きかけてかき消した。
部長も仲間たちの数人も、これでもう学生時代のイベントは卒業式を残して全て終わってしまった。
自分たちの青春の最後の思い出が大歓声に包まれたもので、その幸運と青春への名残惜しさに3年生たちの目に涙が滲む。
もう1年やってもいいかも、なんて悪魔の囁きが聞こえるのも無理はない。
「みんな、胸を張ろう」
「「「……はい!」」」
ポーズを終えた6人は、係員の案内を受けながら胸を張って手を振り、退場していく。
そうして、選手の終了待機所へ移動した。
そこにはほかの高校の子たちがおり、部長たちと同様に大会の熱気に興奮した様子はなかった。どこの学校も3年生はもう卒業だから、仲間たちと泣いていた。
観客の声が遠のいたその部屋で、部長はみんなに言った。
「みんな、最高の1年だったね」
「ひっくっ、う、うん……っ!」
「……うぐぅ、最高だった……」
「楽しかったなぁ……うぐすぅ……」
「部長ぉふぇえええんえんえん」
「寂しいよぅ……」
部長の言葉に仲間たちは我慢していた涙腺が決壊する。
それは2人いる2年生の子も変わらない。この1年が楽しすぎて、大好きな先輩たちの卒業が悲しかった。
そして、部長もまた笑いながら涙を流した。
「あぁ……はははっははっ。本当に楽しい1年だったな……」
部長は仲間たちに抱きしめられながら、この3年間と最後の1年間の思い出を噛みしめた。
仲間たちと、時に笑い、時に泣き。
部長は、かつて夢見た明るい生き方をこの1年で手に入れたのだった。
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