9-8 キャルメたちと観戦
本日もよろしくお願いします。
「みんな、やんねぇ!」
「うん、装備も面白い」
命子たちは窓から顔を出し、それぞれが目をピカーッと光らせて大通りを走る選手たちを見下ろした。
それぞれが見る視点が異なっており、命子は魔力にまつわることを、ささらは武術的な技術を、ルルやメリスは身体的な技術を、紫蓮は防具を熱心に観察していた。
いまもまた1組の選手が通り過ぎると、スタッフによる破壊用の風船の入れ替えが始まり、沿道のお客さんたちがすかさずスマホをペチペチする。
いまの選手に点数を入れる人もいれば、各テレビ局の特設サイトでライブ中継を見る人もいる。沿道にいる人が見られるのはあくまでその地点だけのことだからだ。
海外でもこのライブ中継を見ている人はおり、テレビ局の目論見は大きく当たった形になっていた。
「スキル覚醒している方もいますわね」
「うーん、自衛隊との逆転現象が起こり始めているのよ」
「逆転現象ですの?」
ささらの言葉を馬場が拾った。
「そっ。防衛戦が終わった地域の警備に人員が取られて、ダンジョン探索に行けない隊員が大勢いるのよね」
「まあ」
「と言っても訓練で入る機会はあるし、完全に逆転するのは当分先だろうけどね。なんにせよ前ほどの頻度では行けなくなっちゃったわけ。たぶん、トップの冒険者よりも入れてないでしょうね」
「そうなんですのね……」
そんなお話をしながら観戦していると、メイド喫茶のドアが開かれた。
やってきたのはキャルメとキャルメ団の年少者たちだった。
「ご予約の方ですね。こちらへどうぞ」
「あっ、キャルメ、こっちデスワよ!」
メイドさんに案内されるキャルメたちに、メリスがぶんぶんと手を振る。
命子たちもテーブルを軽く片付けて受け入れ態勢を取った。
そんな命子の耳に、常連客たちの会話が聞こえてきた。
「お、おい、見ろよ。砂嵐の妖精だ」
「ほう、あの子がキャルメたんか。たしかにオーラが違うな」
命子はほわぁとした。
まるでファンタジーの酒場にいるベテラン冒険者みたいな会話。なんかあればすぐ喧嘩が始まる酒場ではなく、愛と平和の萌え萌えなメイド喫茶ではあるが。
「紫蓮ちゃん、今の聞いた?」
「うん。我もああいう噂話されたい」
「わかるわぁ!」
そして、酒場のカウンターでミルクティが入ったグラスをシャーとしてもらうのだ。そこから、『ミルクティなんて飲むならママのおっぱいでも吸ってな!』と煽られて、命子がそいつをぶっ飛ばすわけである。
「ほわぁ」
そんな妄想をしているうちにキャルメたちがやってきた。
キャルメと数人は少し緊張気味だ。
「みなさん、本日はお招きくださりありがとうございます」
「「「ありがとうございます!」」」
「ううん。見る場所はここで大丈夫だった?」
この大会の三大オススメスポットは各コースの終点だ。ほかにも各ギミック周辺の人気があり、なんにせよアクション性が高い場所に人気があった。
だからキャルメたちはもっと別の場所で見たかったかなと命子は心配したのだ。
「はい。どこも人がいっぱいですから、落ち着いて見られる場所を探していましたので、お誘いいただけて助かりました」
「それなら良かったよ」
キャルメが挨拶していると、カリーナが飛び出した。
「しとさま」
「おっ、カリーナちゃん。こんにちは」
「こにちわ」
「なにか飲む? みんなも好きなものを頼んでね」
命子が言うと、カリーナはキョロキョロとテーブルに置かれた命子たちのジュースを見てから言った。
「これ」
「むむっ、これはキスミアの国民的ジュースデス。お主にこの味が耐えられるデスか?」
「にゃんこわろた」
「にゃん!」
「にゃん」
カリーナの馴れ馴れしい言葉遣いにキャルメははらはらするが、基本的に庶民の命子やルルである。とくに気にしない。それどころか、ルルはにゃんと構ってあげている。
「お兄ちゃん」
注文が終わると、カリーナは仲間の中から一人の少年を連れてきて命子たちに紹介した。
「テッドです。よろしくお願いします」
キリリとした顔でぺこりと頭を下げる。
「よろしくね。凄く水魔法が上手な子だよね?」
「……は、はい」
命子の質問に言葉をつっかえて答えたのは、まだ日本語が不慣れだからだろう。緊張というよりも、命子の言葉を反芻しているようなレスポンスの悪さだった。
「カッコイイお兄ちゃんだね」
「……あ、ありがとうございます」
命子の目から見てもその少年はイケメンに思えた。たぶん、将来的にはとてもモテるだろうと。
何気ない言葉だったが、カリーナはそれを聞いてテッドの腕に抱きついた。自分のものだと言わんばかりの態度である。
「か、かわいい」
命子はちっちゃいのに独占欲を持っているカリーナに萌えた。
「申し訳ありません。カリーナはテッドにべったりでして」
「ははっ、大丈夫だよ。それよりも観戦しよう」
「はい。ご一緒させていただきます」
そうしてキャルメたちを交えつつ、観戦を再開するとすぐに珍しい選手が登場した。
『もふもふ胸毛に真っ赤なスカーフ、大地を駆るその姿はさながらコッペパン色の流星か! 四十二組目の選手は、犬飼歳三さんとその愛犬ポチ吉! 鳥取市防衛戦にて冒険者テイマーの強さを見せつけた名コンビです! 犬飼選手の隣では、ポチ吉選手がこの大観衆に臆せず、お胸を彩るスカーフを誇るようにお座りしております』
「「「もふもふっ!」」」
今までは多くの言葉が混じり合った歓声だったものが、「もふもふ」とか「可愛い」とかそんな言葉で一致し始める。まさに満場一致。
「わぁ、イッヌやん。きゃわたにえん」「わんわん!」
カリーナやほかの子たちが笑顔になる。
はしゃぐ子供たちの姿を見た命子は、キャルメに問う。
「みんな犬が好きなの?」
「はい。というよりも動物が全体的に好きですね。ラクートは犬も猫もいませんでしたから、動物の温もりがとても好きなんです」
キャルメの言葉に命子は思わず、え、と口から出そうになった。そんな地域ってあるのと。だが、ラクートの特殊性を思い出して、出かけた言葉を引っ込める。
命子の予想通り、ラクートは長く続いた紛争のせいで多くの生き物がいなくなった。もともと砂漠地帯なので哺乳類が少なかったというのもある。
これは、そこら辺を5分も散歩すれば、動物の1匹や2匹すぐに発見できる日本では考えられないことだった。
命子にはキャルメに過去の経験を語らせていいものか判断がつかなかった。
だから、そんな特殊な生い立ちをしているキャルメという人物を、グローバルコミュニケーショナー5級を自称する命子はよく観察しようと考えていた。
ちなみに5級は、『対話者が日本語を話せる、もしくは通訳がいれば、問題なく海外の人とコミュニケーションがとれる』相当の腕前である。
子供らしく目をキラキラさせてビルの下の通りを見るカリーナたちの視線を追って、命子も道路へ目を向けた。
そこでは男性と犬が歓声を浴びながら疾駆していた。
実況がコッペパン色と喩えたように、犬がひたすらかわいい。
「なんだか校庭に迷い込んだ犬を思い出すな」
「ぴゃっ、我のもやもやの謎が解けた瞬間」
命子の呟きに、どこかで見た光景だなと思っていた紫蓮の謎が氷解した。
リードのついていない犬が多くの歓声を浴びて走るその姿はどこか非日常的で、シチュエーションは全然違うのに、校庭で迷子の犬がひゃっふいしている姿をなぜか連想させたのだ。
可愛いという評価に特化していたポチ吉選手であるが、十四連三角飛び石に入ると評価は一変する。
シュババババッと犬とは思えない身のこなしで飛び石を踏破し、その間にカイトシールドを持った犬飼選手がギミックを無視して巨大風船の真ん前まで行くと、カイトシールドを構えた。
『【ヘイトオーラ】!』
犬飼選手がそう叫んで注目を集めた瞬間、素早く風船のサイドを取ったポチ吉が風船に食らいつく。体をグルグルと錐もみ回転させるどこぞの熊犬のような噛みつき技だ。
犬という物珍しさを抜かせば、実に地味な戦法である。
飼い主が盾となりアタッカーであるポチ吉の安全を図る。それは人命優先と考えるのなら賛否は分かれるだろうが、動物好きからは犬飼選手の姿勢は非常に好印象だった。
続くポチ吉が踏み込むタイミングも見事だ。かしこい!
「ほう、やりおるデスワよ」
「わかるのかメリシロウ」
メリスが劇画調になっているので、命子も劇画調で応えた。
「ニャウ。【ヘイトオーラ】で敵の視線が切れるタイミングをよく理解した動きデスワよ。わんころも強いデスワよ」
「にゃんころがわんころとな?」
そんな命子とメリスのやりとりを聞いていたキャルメがくすくすと笑った。
その笑顔に、命子とメリスもにこぱと笑った。
その後も一人と一匹はコンビネーションプレイで通りを走っていく。
どちらもスキル覚醒には至っていないが、非常に堅実で隙がない。
これには採点する自衛官たちも納得の65点前後。
ちなみに、自衛官たちはE級のボスの討伐を基準にしており、倒せるのなら50点。それ以下の点数だと不安が強く、それ以上の高得点になるほど余裕で倒せると判断される。65点なら、実際には自衛官はもう二週間の強めの修行をオススメするだろう。
こういう大会なので観客の目には地味に映るが、自衛官は『騎士系』ジョブを贔屓する傾向が強かった。『騎士系』がいるのといないのとでは、パーティの強靭さがまったく異なるからだ。
もちろん犬飼選手とポチ吉だけでのE級ボス討伐は無理なので、これはちゃんと同レベルのメンバーで挑むのを前提にした採点である。
お昼の時間になり、命子たちはメイド喫茶でご飯にした。
昨今では、値段が高い料理を提供する料理店がある。ダンジョン食材を使った料理で、これがけっこう需要があり、そこそこの人気を博していた。
このメイド喫茶も同じで、メイドさんたちがゲットしてきた食材で作られた料理を食べられる店だった。
とはいえ、ダンジョン食材は製薬会社がかなりの高額で買い入れていくので、それを基準とした料理の値段は当然高くなるため、あくまでそこそこな人気で留まっている。
命子は基本的にお小遣い制なので、1皿1万とか2万のお料理は食べられない。しかし、そんな命子でもダンジョン料理を食べる抜け道があった。ダンジョンで取得した食材を自分で持っていって料理してもらうのだ。よく魚釣りに行ったオッチャンが行きつけの店で捌いてもらったりする感じだろうか。まあ当然手間賃がかかるのだが、普通に頼むよりはずっと安くなった。
本日はその手法を使い、メイド喫茶にダンジョンの食材を持ち込んで料理を予約していた。
「あ、あの、本当に僕たちもいただいていいんでしょうか?」
テーブルに並んだ料理を見て、キャルメが遠慮気味に言った。
「大丈夫大丈夫! ダンジョンに行けば食材は無限に手に入るから!」
命子はあっけらかんとして言った。
なかなか舐めた発言だが、実力がしっかりした冒険者になると、もはや食材はダンジョンで得られる物という認識になっていた。
一つのダンジョンで得られる食材は決まっているのでスーパーマーケット感覚で使うことは無理だが、一度の探索でかなりのストックを得ることができてしまう。
しかもダンジョン食材は謎のラップで保護されて高い保存性があるため、命子たちの家にはそういうストックが大量にあった。
「キャルメちゃんたちもそうでしょ?」
「は、はい、正直なところは。地球さまのおかげで、おそらく僕らはもう飢え死にすることはないかと思います」
若干重い発言だが、命子たちも認識は同じである。
「ほら、カリーナちゃん。食べていいよ」
「ごっちゃんです」
命子が勧めると、カリーナは手で空中を切って言った。
「そういうのどこで覚えてくるの?」
「ぶちょーのおねーちゃんがフォーチューブでやってた」
「あいつめ!」
命子たちが持ってきた食材をプロが調理した料理はとても美味しく、みんなでウマウマしつつお昼を済ませると、午後からは学生の部が始まった。
ルールは学生も同じなのだが、スポーツなどの慣習が適用されて出走を区別されている。賞も学生の部があるが、今回は命子たちだけは残念ながら別枠だ。
多くの学生が旧時代ではあり得ない動きで通りを走り抜け、そのたびに歓声が上がる。
そんな学生の部だが、やはり目立つのは風見女学園だ。
地球さんイベントを序盤に体験した人は、一足先にほかの人よりも高いレベルの状態でその後の修行を行なえることになる。
魔法少女部隊は、あの日、魔物を大量に倒して一気にレベルが上がったため、修行が有利になっており、ほかの学生よりも平均的に強いのだ。
次に砂丘ダンジョンが近くにある鳥取市の学生たちと続いていき、めちゃくちゃ努力している子は風見女学園の平均を超えている。
そして、そんな学生たちの中でトップに君臨しているのが、命子たちの部長が率いる三つの部隊18人の少女たちだ。
世の中には大人が舌を巻くようなガチの部活動があるし、オリンピックに出てしまうような高校生もいる。風見女学園の乙女部隊のトップ層はまさにそれだった。
『世界各地で起こった防衛戦で地域住民を守った年若き勇士たちの姿は、未だみなさんの記憶に新しいでしょう。その育成システムを築き上げた部活動。今や世界中に広がったその部活動の名は修行部。ダンジョン防具の魔法衣の上には彼女たちのシンボルである戦乙女の鎧が輝いております。そんな君たちこそファンタジーだ! エントリーナンバー90番、風見女学園修行部乙女部隊!』
「部長たちだ!」
命子はぴょんと小さくジャンプして、タブレットでステージ前の映像を見る。
「ぶちょーのおねーちゃんカコイイ」
カリーナちゃんが命子の腕にちょこんと手を引っかけて一緒になって見る。
「部長さんはキリリとして素敵ですわね」
「うん。我もカッコイイと思う」
「ニャウ。部長殿は素敵デスワよ」
「部長殿はワタシが考えたサムライガールそのままデス!」
「僕も部長さんは憧れの女性の一人です」
「はわっ」
仲間やキャルメたちがうんうんと頷く姿に、命子ははわっとした。
みんな、騙されてる!
タブレットの中の部長はパーティメンバーたちの先頭で腕組みをして、出走を待っている。その顔と言ったら!
一見するとそれは覇気に溢れたキリリとしたサムライガールっぽい少女と認識できるが、命子の瞳は騙されない。あの顔は歓声を受けて気持ち良くなっている顔だ。だって自分だったら絶対に気持ちいいもの!
読んでくださりありがとうございます!