9-5 オープニングセレモニー
本日もよろしくお願いします!
『いったい誰がこうなることを予想したか、現実と幻想が融合した町、秋葉原。おい見ろよ、あいつの立ち居振る舞いただものじゃあねえぞ。かつてはオタクの聖地と言われたこの町は、いまやそんな会話を当たり前のように耳にする強者どもが集う町へと変貌を遂げました』
ワクワクを煽るような実況者の節回しが、室内のテレビと街頭のスピーカーから二重で聞こえる。
命子はそんな実況の声を聴きながら、メロンクリームソーダをチューと飲んだ。
「「「うまぁ」」」
命子とルルとメリスが声を揃えて、頬を緩める。
「メーコ、これは神の飲み物デス」
「ニャウ。これはキスミアの国民ジュースにするべきデスワよ」
「でしょ? じゃあ次はアイスを口の中で溶かしながら飲んでみて」
「にゃんと! チュー」
「「「うまぁ」」」
と、そんなことをしているこの場所は、メイド喫茶『バトルメイド』。
壁には日本各地の妖精店で手に入る武器が展示されており、バトルメイドたちはメイド服にレプリカの武器を纏っての接客だ。
オムライスやメロンクリームソーダといった普通のお食事メニューからバトルメイドさんと一緒に写真を撮れるサービスまで、メイド喫茶としてはポピュラーなサービスが並ぶ中、異彩を放っているのはやはりこれだろう。
『殺気しょーぶ 1000ハート』
バトルメイドさんと殺気を放ち合って遊べるオプションだ。
どぉれ、ちょっと女の子を涙目にしてやろうか、などといった遊び半分で挑めば尻もち必至。
レベル20に至ったバトルメイドさんから放たれるガチモンの殺気が、思い上がったご主人様の心をバッキバキにへし折ってくる。
そんな恐ろしいメイド喫茶は、DRAGON観戦用のテーブル配置になっている。
いつもは地球さんTVを流している大型液晶も、本日はDRAGONの中継を映していた。とまあそんなふうに、普段はサッカーカフェやゲームカフェのようなお店である。
本日の命子たちは、そんなメイド喫茶で窓際の特等席を用意してもらっていた。
開け放たれた窓からは外の賑わいがダイレクトに聞こえ、視線を向ければ大通りの様子が一望できる。
「ふふふっ、命子さん、お鼻にアイスがついてますわよ」
「おっと、秋葉原にきたから抑えていた私の萌えヂカラが発動してしまったか」
アホなことを抜かす命子の鼻をささらがハンカチで拭ってあげる。
『><』と目をつぶる命子は、ハンカチが離れてにこぱと笑った。
「はー、やっぱり楽しい任務ですぅ。先輩ばっかりズルいですぅ」
「絶対譲らないわよ」
命子とささらのやりとりをニコニコして見るのは馬場と滝沢。大都市で命子たちが過ごすので、本日のお目付け役は二枚カードだ。いや、実のところ、隠密部隊もちらほらいたりする。
「ところで紫蓮ちゃん、さっきからなにを熱心に見てるの?」
「秋葉原のマップ。お店が変わって、防具ショップがかなり増えてる」
「へー、G級ボス補助級防具の店?」
紫蓮が考案したダンボールアーマーなどは、国がその強さを認定して『G級ボス補助級防具』と定義した。ボスに挑む際にメインとすべきではないが、補助としては高く評価している防具という意味だ。
「そういう店も多い。レシピ防具を売り出している店もちらほらある」
「おー。さすが秋葉原。迷子の町」
「そんな二つ名初めて聞いたが」
そんなお喋りをしていると、実況が始まりを告げた。
『音楽団の奏でる勇ましい曲が、秋葉原の町に響き始めました!』
「始まった!」
命子は好奇心旺盛なお目々をまん丸に開いて、ぴょーんと席から飛び跳ねた。全員で四階の窓から歓声が上がり始めた大通りの様子を窺う。
『まず大通りを彩るのは、第二回目の防衛イベントで鳥取の勇士たちを支えた○○大学と××高校の音楽団! さあ、鳥取の空まで届け、この旋律! 演奏するのは『パジャマ戦記』のオープニング曲、『パジャマジャクライシス』!』
秋葉原の大通りを、賑やかな音楽を奏でて学生たちが列をなして行進する。
沿道を埋め尽くすギャラリーから歓声が上がった。
「わぁ、パジャマジャクライシスだ! カッコイイ!」
「ニャウ、選曲者はよくわかってるデスな!」
『彼らが身にまとうのは××高校修行部が考案した木製アーマー。国からG級ボス補助級防具にも認定された渾身の力作です!』
「ほう、あの木製アーマー、やりおる」
命子たちもギャラリーの歓声に負けずにキャッキャである。紫蓮はほかの人が考案した鎧に目を光らせている。
そう、命子たちが見ているのはDRAGONのオープニングセレモニーであり、地球さんイベントで活躍した音楽団を招致してのパレードだった。
超人じみた肺活量とジョブの技巧恩恵を受けながら練習したのだろう。その演奏の完成度は極めて高い。
秋葉原のこの大通りはDRAGONのスタート地点でもあり、すでにコースギミックが設置されている。ギミックは道路の真ん中に設置されているため、音楽団はそれを避けるようにして行進する。
しかし、ギミックは点在する形になっているので、空いたスペースでは団員が交差したり身を翻したりとアクションが行われ、そのたびにギャラリーが湧いた。
鳥取の音楽団から十メートルほど離れて、次の音楽団が大通りに入ってくる。
学校が多いが、中には市民クラブの音楽団もいる。しかし、防衛戦で活躍しても、残念ながらプロの楽団の参加資格はなかった。
曲目は全ての学校で同一で、すでに入場している組と合わせなければならない。
後の組の演奏が加わるたびに迫力が増していき、音の波がギャラリーの体を震わせる。
「おや?」
そう言って嬉しげに笑ったのは、この店の店長にして、クラン・バトルメイドのリーダー。
二十代半ばの彼女は、外で演奏している東京の音楽団からバフを得たようだった。
赤いオーラを宿してただものではない雰囲気になった店長に、常連客の冒険者から歓声が上がった。
ジョブ『音楽団』の演奏は同じ時間を過ごした人に対して効果を及ぼす。
東京の音楽団の中に、彼女と共に同じ時間を過ごした人がいるのだろう。
修行ブームによって全国に発生した青空修行道場は人と人の繋がりを広げたため、これは決して珍しいことではなかった。
都心部も土地がないなりに小さなコミュニティがたくさん出現しており、この店長と同様に赤いオーラを宿す人がたくさん見られた。
そして、ついに命子たちの知り合いの番になった。
『神奈川から参加するのは今や伝説となった女子高校、風見女学園と風見町立中学校の合同音楽団! 白と青の戦装束を纏った乙女たちがついに秋葉原の町を侵略する! 聞け、これが龍を屠った演奏だー!』
「ひゅー、きたきたー!」
「メーコ見るデス! みんなネコミミつけてるデス!」
「「にゃーん!」」
テレビから流れる興奮した解説に共鳴して、命子とルルも手をブンブン振った。
丁度音楽が切り替わり、アニメ『全てのものは俺の斬撃で無に還る』のオープニングテーマが演奏され始める。
日本国内のアニソン好きにヒットすれば大成功、くらいに思われていたこの曲は、いまや世界的な大ヒット曲になってしまっていた。三頭龍戦がセットで語られるため映像補正の効果がエグかったのだ。
窓の外の大通りに風見女学園の音楽団がやってきた。
「さとのんせんぱーい!」
「のぞみさーん!」
「にょんちゃん、輝いてるデスよー!」
「たまちゃんデスワよ! たまちゃーん、頑張れー!」
「が、頑張れー!」
命子たちが窓から身を乗り出して、仲間たちに声援を送る。紫蓮だけ恥ずかしそうな様子である。
と、まるで命子たちの声援に応えるかのように、全員が演奏しながら一糸乱れぬタイミングでくるんとターンした。
その瞬間、命子たちの体から赤いオーラが発せられた。このタイミングで音楽団としてのスキルを発動したのだろう。
音楽団自身もまたお互いからのバフで赤いオーラが発動する。沿道でも一般人に紛れた風見女学園の生徒や家族がバフを貰っている光景が見られた。
「ふわぁ、見て見て! 私もついに女子高生から仲間認定されたわよ!」
「ふわわ、私もですぅ!」
「もうこれイコール女子高生じゃん!」
「ハッ、先輩、ここアキバですし、ブレザー買って帰っちゃいます!?」
三頭龍戦ではバフを貰えなかった馬場と滝沢も、ついにバフを貰えるようになって大はしゃぎ。ちょいちょい女子高生とお喋りしていた努力が報われた瞬間だった。
風見町の合同音楽団はここからが本番とばかりに、オーラが尾を引くという特性を利用して、演奏の中にアクションを織り交ぜて観衆を熱狂させた。
あっという間に仲間たちの姿は窓の下を通り過ぎ、待ち構えていた前方のギャラリーの声援を浴びていく。
「なんとか拳十倍!」
「ギュンギュンギュン!」
「こっちはスーパーネコにゃん人デス! ギュンギュンギュン!」
仲間たちが通り過ぎたので、赤いオーラを纏った命子が一発ギャグをかました。
その隣で紫蓮も眠たげな目でオーラを纏った人がやりそうな強そうなポージング。
ルルはもともと金髪の髪を利用して、ギュンギュンギュン!
「ちょ、ちょっとみなさん、写真撮らせてください!」
慌ててバトルメイドさんが来て、命子たちと同じく赤いオーラを纏った店長と一緒に、ハイ・ポーズ!
7時30分から始まった1時間のパレードは大いに盛り上がった。
もはやこれだけでもイベントとして成功なレベルだ。
全ての音楽団が通り過ぎると、今度は二十機の小型飛空艇が秋葉原の空を高速で飛んでいく。
旋回した飛空艇が、今度はゆっくりと大通りを低空で進んでいった。
そのボディは命子たちが見学した時よりもバージョンアップしており、急速に魔導技術が進歩していることが窺えた。
「あっ、南条さんだ! おーい!」
「命子さん、あっちは高山隊長さんですわ!」
「「おーい!」」
命子たちが手を振ると、それに気づいた飛空艇乗りの南条さんたちは揃えた二本指をピッと振って、ニヒルに笑った。命子たちはにこぱだが、バトルメイドたちがキュンとした。空の男は強い!
最近ではメディアで頻繁に顔を見せる飛空艇だが、実物を見たことがある人はまだそう多くない。
観衆は初めて見るウサギマークの飛空艇の姿に、魔導科学の幕開けを強く実感していく。
だが、これすらも前座なのだ。本番はこれからなのである。
ここは参加する冒険者たちの男性控室。
入念にストレッチをする者、貸し出された武器を確認する者、お喋りする者。それぞれが思い思いの方法で待ち時間を過ごしているが、この場の全員がG級をクリアしているだけあって、どこかただものじゃないオーラを漂わせている。中でもF級をクリアし、さらに途中リタイアできない無限鳥居をクリアしている冒険者たちからは、男としてのたしかな自信が漂っていた。細マッチョ細マッチョ!
そんな冒険者の中でも、異彩を放つ一団がいる。クラン『天狼戦士団』である。
日本の冒険者業界でトップレベルのパーティで、中二病なそのクラン名はまさに新時代をけん引する立場としてふさわしい。
雑誌にも取り上げられた人たちなのでなかなかに話しかけにくいのだが、そうは言ってもつい最近まで普通にサラリーマンをしていた人たちである。話してみればいたって普通。なにが天狼戦士団か。
そんな彼らに気軽に話しかける人物が現れた。
「よう、赤い槍!」
「おー、魔導書使いじゃん」
「どうよ、槍の調子は」
「やっぱり魔力の通りが悪い気がするね」
「まあオモチャだからな」
「違いねえ」
赤い槍はそう言って、手のひらの上で槍をころころと前後に転がした。
DRAGONで使用する武器は全てダンジョン武器のレプリカだ。
今回のイベントにはオモチャ業界もスポンサーとなっており、このレプリカをさらにチープ化してオモチャとして売り出されることになっている。このレプリカ自体は、ダンジョン武器に似せてある程度の重さがあった。
「お前はいいよな。魔導書使えてさ」
「まあ魔導書は代わりがないからな」
「まあね。ところで、誰か注目の選手とかいる?」
「えー、教えないよ」
「ですよねぇ」
今回の大会では、ここ最近現れ始めている冒険者クランが、新メンバーのスカウトのために目を光らせていた。
大企業もあわよくば専属冒険者として契約しようとしているし、芸能事務所なんて特にギラついている。
「あー、でも一人だけ。少年はやっぱり超注目だな」
「そんなのはわかっとるわ」
掲示板で知り合った赤い槍と魔導書使いだが、同じく掲示板によく出没する『水魔法使い』というコテハンの少年に注目していた。
自分の動画などは上げていないので文章だけの自己申告だが、ダークホースになるのではないかと二人は予想していた。もちろん、嘘を言っていないことが前提だが。
「じゃあ、風見女学園の子たち」
「いけると思う?」
「無理だなぁ。俺たちオッサン集団だし」
「えっ、俺まだ26歳だけどもうダメ? そっち側?」
「「「こっち側」」」
二人の会話に赤い槍の仲間たちも声を揃えてツッコミを入れる。
「えー、嘘じゃん」
そんな話をしていると、室内が騒がしくなった。
全員が室内にある複数のテレビのいずれかに向けられていた。
「おっ、始まったようだな」
「最初って誰?」
「赤い槍、ちゃんと出走表見ろよ。アイズオブライフの一番隊だよ」
「最初からガチ勢じゃん!」
赤い槍は魔導書使いを放置して、近くのテレビに目を向けるのだった。
読んでくださりありがとうございます!
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誤字報告も助かっております、ありがとうございます。