9-4 キャルメとの邂逅
本日もよろしくお願いします。
「きゃ、キャルメー!」
「ひ、羊谷命子。今のはない」
「め、命子さん、今のはめっですわよ?」
「メーコ、お主の血は何色デス!」
「ひ、ひぅうううう」
メリスが叫び、仲間たちから糾弾される。
ここ最近なかった断罪タイムに、小学生の頃に給食のカレーを床にごちそうした記憶がフラッシュバックする。ち、違うの、私だって一人で持てると思ったの。
「命子ちゃん、すぐに下に行くわよ」
「う、うん!」
部長の言葉に正気を取り戻した命子は、5階に上がるとすぐにエレベーターから出て、下ボタンを押す。
「急げ、急げ!」
降りてくるランプを見上げ、命子が激しく足踏みする。
「メリスさん、キャルメさんはなぜお祈りを始めたんですの?」
待ち時間にささらがメリスに問う。
命子たちは、メリスが日本に来た際にキャルメと出会っていることを知っていたのだ。
「キャルメは頑張ってるメーコを見て大好きになったデスワよ。頑張っていつか会いたいって言ってたデスワよ」
実はこの情報はすでにささらも知っていて、聞きたかった情報と若干違っていた。好きイコール拝むはなにか違うからだ。
「ひ、ひぅうう……」
改めてその情報を聞いた命子は、耳を塞ぎたくなった。
自分を好きな小さな子に、ドア閉じボッシュートを食らわせるなんて悪魔の所業である。
ほどなくしてやってきたエレベーターにみんなで乗り込んだ。
「ご、ごめん、みんな。場を盛り上げてくれないかな」
「ほう。面白い」
「やれやれ」
「命子ちゃん、貸し一だよ」
4階のボタンを押した命子が楽しい雰囲気で押し切る作戦を提案すると、同乗していた部長とほか4人の女子高生たちが指をムニムニし始める。
「へへっ、頼もしいやつらだぜ!」
命子は鼻の下を擦って、仲間のありがたさに感謝した。
とその時、命子は、盛り上げカードの発動条件に『私が謝ったら』とつけるのを忘れたことに気づいた。部長たちからお神輿のオーラが出始めたのだ。
「お神輿は無しで!」
不穏なオーラがしゅんとしぼんだ。
キャルメは、日本の文化を学び、命子の情報をたくさんゲットして、命子の思考が普通の少女とそう変わらないということに気づいていた。
こちらがどんなに崇拝していようとも面と向かって拝んではいけないと結論づけ、いずれ会うことができたなら、ただ心の底からお礼を言おうと決めていた。
しかし、いざその時が来たら、感激のあまり体が動いてしまった。
圧倒的感謝の気持ちがキャルメを満たし、心がふわふわする。
さらにラクートの民としての文化的遺伝子が、キャルメの体に一つの行動を起こさせようとしていた。
十秒くらい体をそわそわをしていたが、はたとする。
しまった!
そう思った瞬間にはエレベーターのドアが閉まっており、キャルメは呆然とした。
1分ほどしょんぼりしていると、隣のエレベーターがチーンと開いた。
そこから現れたのは、眉毛をへにょんとさせて指遊びをする命子だった。
「キャルメちゃんだよね?」
キャルメはもう一度手をつこうとする体をグッと抑え込み、逆に立ち上がった。
「ひゃ、ひゃい。はは、は、はじめましてキャルメれしゅ」
ガッチガチに緊張して嚙みまくるキャルメ。
キャルメはこの日のために、日本の現代的な作法も勉強していた。目上の人に対するものではなく、女子高生が困らない作法だ。緊張しながらもそれを一生懸命実践していた。
一方の命子は、怒ったりしていないことを察して心に余裕ができ、指遊びを終えた。
「こちらこそはじめまして。よろしくね、私は羊谷命子です」
「よ、よろしくお願いしましゅ! しゅっ!」
上気した顔で挨拶するキャルメは、語尾を噛んだことに慌てて言い直す。が、ダメ。
そんなキャルメの様子を見つつ、命子は先ほどの件を謝った。
「さっきは閉めちゃってごめんなさい。間違えて押しちゃったの」
「い、いえ! 僕のほうこそ、い、いきなりおかしなことをしてしまって、すみませんでした」
「じゃあ、おあいこにしてくれますか?」
「っっっ!」
キャルメはついにいっぱいいっぱいとなり、コクコクと頷く。
優しい、嬉しい、素敵、尊い。
いろいろな気持ちがごちゃ混ぜになって、体をそわそわさせるキャルメだがグッと我慢した。
キャルメの様子に気づかず、命子はホッとした。
「キャルメー!」
「え、あ、メリスさん! お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「ニャウ。お元気そうなのが取り柄なのデスワよ!」
メリスの言い回しにキャルメは女の子らしくくすくすと笑った。
「お主はつよつよの子デスな!?」
「キャルメちゃん、よろしくねぇ!」
「あ、こ、これは風見女学園のみなさん。いつもフォーチューブを拝見して学ばせていただいております」
「ひゅー、役に立ってるなら嬉しいわね!」
そこにルルや部長たちコミュ強勢が加わる。命子のお願いの通りに盛り上げ始めたのだ。
キャルメは女子高生のキャッキャ具合に少し目を白黒させた。
そこから少し離れた場所では、ささらがニコニコと、紫蓮が眠たげな目でその様子を見つめているが、余裕そうなその佇まいはポーズである。この二人は新しい人との交流が苦手だった。脳内では必死にどんな会話をすればいいのかシミュレーションしている。
女子高生の盛り上げで一歩引くことになった命子は、キャルメを観察する。
おかしいな、と思った。
キャルメはどうやらマナ進化していないようなのだ。
ささらたちとほぼ同じタイミングでスキル覚醒に至っているのだから、とっくにマナ進化していてもおかしくない。
実際に、そのくらいのタイミングでスキル覚醒した自衛官でマナ進化していない人は、なにかの都合で任務から離れた人以外にはほぼいないのだ。
とはいえ、地球さんイベント後の地域警備の任務が生じているため、自衛官や軍人でも、そこまで爆発的にマナ進化が進んでいるわけではないが。
それともささらと同じように、見た目では判別が付きにくい進化をしたのだろうか、と命子は首を傾げた。
そんなことを考えていると、ふいに8歳くらいの女の子が命子に駆け寄ってきた。
キャルメ団の子で、世界最年少でダンジョンをクリアした少女カリーナちゃんである。
「おわ。こ、こんにちは」
「しとさま」
その子は命子の前に立つと、目をキラキラさせてそんなことを言った。
日本に来てそう時間も経っていないので少し言葉のアクセントがおかしく、命子は外国語で話しかけられたのかと首を傾げた。
そんな命子の前で、カリーナが唐突に踊り出した。
「おーっとっと、どしたどした、可愛さが溢れたか」
困惑する命子だが、そこで以前見た地球さんTVを思い出す。
地球さんTVでその冒険を配信されたキャルメ団だが、何回か音楽を奏でて踊るシーンがあったのだ。
「ラクートは音楽と踊りの国」
見学者の紫蓮がポツリと言う。
キャルメが暮らしていたラクートは、かなり重い歴史を持つが、遥か昔には音楽と踊りの国として有名だった。
かのマルコポーロもその旅程でラクートに寄っており、いわく『花と音楽と踊りの国』として東方見聞録で紹介している。
ラクート舞踊は、古代エジャトで生まれたベリーダンスがいくつかの国を越えてラクートに伝わり、長い年月をかけて神に奉じる踊りとして昇華した。
日本人だと異国情緒な音楽といえば、近世以降で浸透しきった欧米の旋律ではなく、砂漠の夜と松明の灯を背景にしたラクートの旋律をイメージする人が多いだろう。
ラクートは男が音楽を奏で、女が舞を踊る。
ここまでが世界の文化に詳しい人の認識で、紫蓮も同じ程度の知識だった。
しかし、マルコポーロはさらに『花の国』とも語っていた。これは現代では、美しい踊り子たちのことを示しているというのが定説になっている。なぜなら、マルコポーロが旅した1200年代後半にはラクートは確実に砂漠であったと現在の研究でわかっており、マルコポーロがわざわざ言及するほど花に溢れていなかったからである。
そういうわけで、ラクートの民にとって座式の祈りは簡易的なものであり、音楽と踊りこそが格式高い祈りとされていた。
目の前で踊るカリーナも、そんな文化から感謝の踊りを命子に捧げているのである。
ただこれはラクート民の都合であり、キャルメの場合は日本でやるとびっくりしてしまうと理解し我慢していた。年下の子にも注意しておいたのだが、体が動いてしまったようである。
「だ、ダメだよ、カリーナ。命子さま、んんっ! 命子さんが驚いてしまうよ」
「ハッ!? それな。しとさまがびっくりする」
「し、使徒さまではないよ。命子さんだよ。あと『それな』はこういうところで使ってはダメだよ」
「あっ! ……それな」
カリーナはいけねと言わんばかりに口を手でふさぎ、すぐにコクリと頷いた。そうしてから、それならばと命子の前で跪こうとした。
それをキャルメがシュバッと止める。
「カリーナ。テッドのところに行ってようか?」
「お兄ちゃん、SYUGYOUSEIしてる」
カリーナはしゅんとした。
テッドというのはカリーナの一個上の少年だ。【水魔法】を巧みに操るとても強い9歳児だ。カリーナにとって血が繋がっていないお兄ちゃんである。
「じゃあカリーナもSYUGYOUSEIしておいで」
「カリーナ、茉莉カーしたい」
カリーナはしゅんとした。
「ゲームはSYUGYOUSEIしてからの約束だよ?」
「ワロタ」
「使いどころが違うよ。……違うよね?」
「「うぐすぅ……っ」」
キャルメとカリーナの会話に、女子高生たちの我慢していた笑いが決壊した。
海外の子なので失礼だし、『SYUGYOUSEI』までは我慢した。だが、最後のカリーナの言葉でやられた。
女子高生に笑われて、キャルメは若干顔を赤らめて言う。
「う、うぅ……すみません。この子はまだ日本語が上手ではなくて。失礼があったら申し訳ありません」
というかどこで覚えてきたのか。
「あ、ううん。失礼なんてことはないよ。こちらこそ笑ってごめんね。ちっちゃな子があのタイミングでワロタって言って面白くて」
部長がフォローする。ストレートに面白い光景だった。
「そ、そう言ってくださると助かります」
命子たち女子高生の目から見て、キャルメはとてもしっかりしていた。カリーナの面倒を見る姿は保護者のそれだ。それもちゃんと教育もしているお姉さんである。
全員で感心していると、キャルメがはたとする。
「みなさん、お荷物もまだなのにお引止めしてしまって申し訳ありません。小さな子の面倒をみなければならないので、僕はそろそろお暇させていただきます」
命子たちは顔を見合わせて、たしかに部屋にもまだ行っていないことを思い出す。
キャルメもぐいぐいいっては困るだろうし、命子は頷いた。
「うん。ここに泊まっているってことはキャルメちゃんもDRAGONに出場するんだよね?」
「は、はい。お目汚しにならなければいいのですが」
「ははっ、キャルメちゃんは凄い子だよ。じゃあまた、その時にでもお話ししよう」
「はい、その時にはぜひ」
キャルメは微笑み返して、軽く頭を下げた。
命子たちと別れたキャルメは、カリーナと手を繋いでお部屋に向かった。
「お姉ちゃん、おこ?」
「ううん、そんなことないよ。だけど言葉遣いはちゃんとしようね?」
「それな」
「もう。……だけど、やはり素敵な人たちだったね。特に命子さま、優しかったな。メリスさんも元気そうで良かった」
「……それな」
カリーナはそう語ったキャルメの顔から視線を逸らして、繋いだ手をギュッと握った。
素敵な人たちと出会えたというには、キャルメの表情は浮かなかった。使徒さまやその仲間のことが大好きで、いろいろと調べていたはずなのに。
幼いカリーナにはその考えには至らないが、もう少し歳を取った人ならば、幻滅したのかとキャルメの心情を勝手に予測したかもしれない。そんなふうにキャルメの顔は、どこか寂しそうな雰囲気をしていた。
キャルメはこういった表情を、たびたび見せる子だった。
しかし、それはキャルメ団の誰もが少なからずそうだから、そういう時には仲間たちがそばで静かに一緒にいるのが常であった。
「茉莉カーする?」
「もう、カリーナは。じゃあ、ぷよんこパズルならいいよ。茉莉カーは爆弾が出てくるからどうにも好きになれないんだ」
「それな」
「一回だけだよ」
「ワロタ」
「もう、カリーナはどこでそういう言葉を覚えてきたの?」
「さっきのお姉ちゃんたちのフォーチューブ」
「う、くっ」
キャルメはカリーナの言葉に閉口した。
カリーナを部屋に入れたキャルメは、一度エレベーターフロアを振り返った。
すでに女子高生は去ったあとなのに、そこには賑やかさの残滓のようなものが残っていた。キャルメはその賑やかさを思い出して穏やかに笑うと、部屋の中へ入っていった。
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