9-3 闘狂へ
お待たせしました。
本日もよろしくお願いします。
DRAGONに参加することが決まって2週間。
季節は2月も半ばに差し掛かり、日本では先日、ついに最後のダンジョンが地球さんイベントを終えた。
しかし、海外にはまだイベントが残されている国もある。地球さんは人の国境なんて関係ないため、確率的に国土が広い国ほど終わりが遅いのだ。
これまでのイベントのペースから予想して、3月の初旬には全世界のダンジョンがイベントを終えると考えられている。
日本国内では地球さんイベントが終わったことで、今まで警戒されて見送られていた人間が主催する不要不急の大型イベントが開催され始めていた。
命子たちが出場するDRAGONも本来は12月に行われる予定だったが、9月の下旬に地球さんイベントが始まったため、国内のイベントが終わってから開催する方向に変わった経緯がある。
風見女学園の生徒たちを乗せた10台の大型バスが、有料道路を走る。
制服に身を包んだ女子高生たちがお菓子を食べたりスマホをペチペチしたりと、その様子はまさにパーリィ。
本日の風見女学園の一部の生徒はDRAGON東京大会の開催地へ向けて移動していた。
ちなみに本番は明日で、今日は前日入りというやつである。
風見女学園はビッグネームなので、条件を満たしている生徒は簡単にエントリーできた。
キャッキャする女子高生の中にあって、命子は窓の縁に指をちょこんと引っかけて、流れ行く外の光景を睨みつけていた。
「羊谷命子。はい」
隣の席の紫蓮がお菓子を差し出す。紫蓮は中学生だが特別乗車である。
「ありがとう」
命子は口をもぐもぐしながら、引き続き外の光景を睨みつけた。
「命子ちゃんなに見てるの?」
前の席の部長が背もたれの上から顔を出して尋ねた。ちなみに命子たちは一番後ろの席で、紫蓮の隣にはささらたちが並んで座っている。
「……」
質問をスルーされた部長は、ちょうどいい場所にある命子の角をシュッシュとした。
ビクンとした命子はすかさず片手を窓縁から外して、ペシペシと部長の手を叩く。
「なーにー見ーてーるーのー?」
部長はそのまま命子のほっぺをムニムニして尋ねる。
「にゃめろーぃ! もー。今にわかりますよ。なんとかエンターチェンジを過ぎましたから」
「インターチェンジだが」
「紫蓮ちゃん、私、インターって言ったよ? そうやってすぐ辱めようとするのやめてよ。ったく、上手いんだよなぁホント。知らない人だったら信じちゃうよ」
紫蓮は往生際が悪い命子の角をシュッシュとした。部長も背もたれの上からシュッシュとする。
「やめろぉ! おのれぇ闘狂めぇ!」
そんな命子の叫びと共に、バスは東京に入った。
首都高を走り始め、命子はすぐに任務を思い出す。
窓縁に指をちょこんとかけ、改めて東京を睨みつける。
「また来たぞ、闘狂め!」
そう、田舎者の命子は、首都高からまる見えな生活感のあるよその家の窓や大きな建物などが大好きだった。い、いや、違う、憎んでいた。
「左へ曲がりますデース!」
「にゃー」
「なんですのー、ふふふ」
窓際に座っていたルルが全然大きくない遠心力に体をゆだねて右側に傾けていく。メリスも右に傾き、ささらがまとめて二人を抱き留める。
まるでじゃれ合う子猫のようにキャッキャする3人を見て、紫蓮と部長は、この3人はどういうお泊まり会をするんだろうと悶々した。
「それにしても先輩たちは久しぶりに見ますね」
ひとまず儀式を終えて満足した命子は普通に座り直し、背もたれの上の部長とお話しする。
すっかり手慣れてしまったささらのボディタッチをジーッと見ていた部長は、ハッとして命子に向き直った。
「ごめん、なんにも聞いてなかった」
「我も」
「ふぇええ!? 完全に私とお話しする構えだったのに!?」
命子はなんでだと思って紫蓮の向こう側を見て、あっ無理もないな、と頷いた。
「先輩たち久しぶりに見たなって思いまして」
「まあ自由登校が始まってるからね」
「その割には部長は毎日来てますね」
「毎日じゃないわ。行ける日だけ」
「だいたい毎日見てますけど。受験しないからやっぱり暇なんですか?」
「うーん。というか引継ぎがいろいろあるからね」
「あー、それは大変ですね」
「まあ始めた責任は取らないとね」
「部長のそういうところ好きですよ」
「えっ、それってチューするってこと?」
部長が冗談でそう返した瞬間、紫蓮がぴゃわーとした顔で部長の顔を見上げた。
そんな紫蓮に向けて、むちゅーと部長は唇を尖らせてゆっくりと顔を近づける。これが高校3年生のプレイスタイル。
紫蓮は慌てて体を倒し、命子の太ももにジャックイン! しめしめである。
紫蓮の頭をもしゃもしゃかき混ぜながら、命子は部長とお話を続ける。
「もっちん先輩たちは来週から武者修行の旅に出ちゃうんでしょ?」
「うん、卒業式前までね。卒業旅行もスケールが大きくなったわよねぇ」
2月に入り、3年生は自由登校になった。
命子と部長はこう言うが、ほかの学校に比べると3年生はけっこう登校していた。ほかの学校の自由登校事情をあまり知らないのだ。
世の中の予想通り、人類が体験したことがない変化をもたらした今年度は、既定路線に乗っからない人が増えた。
大学生や高校生の就活生は減ったし、大学に進学する人も減った。高校に進学する人もわずかながら減っている。
風見女学園は毎年95%ほど進学する進学校だったのだが、3割も進学する人が減った。
この進学する7割の生徒の大半は、なんとなくではなく、目的を持って大学に進む道を選んだ。修行部という活動が、生徒たちの自立性を猛烈に育んだのだ。
進学しなかった3割は、ほとんどが専業冒険者だ。
おそらく人生でこれほど効率良く稼げるチャンスは滅多にないので、1、2年は稼ぎたい。大学に行くのはそのあとでもいいと考えた。
そして、部長は冒険者クランを起業することに決めていた。
ささらママにスカウトされていたのだが、従業員として雇われるのではなく、取引相手として付き合いたいと願い出た。
「紫蓮ちゃんは風見女学園受かったの? たしか発表は昨日だったわよね?」
部長に尋ねられて紫蓮はコクンと頷いた。実は、うん、と声を出しているのだが命子の太ももの隙間に消えていった。
「あっ、見て見て!」
ふいに誰かが大きな声で言った。それはあっという間に伝播し、命子たちもみんなが見ている窓の外へ目を向ける。
そこには大きな広告看板が。
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DRAGON東京
一番カッコイイやつは誰だ!
2月20日~21日 激闘
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「DRAGONの看板デスワよ!」
メリスがルルやささらへ、さらにはその後ろの命子たちへ教えてあげる。命子たちもばっちり見えているのだが、その一言が脳に楽しい物質をじゅわりと分泌させる。
窓際の席の生徒たちが流れるような動きで、過ぎ行く看板をスマホで激写する。もはや達人芸。
そこから首都高名物看板連打が始まった。その全てが『DRAGON東京』で埋め尽くされている。
「金かかってんねぇ!」
部長が感心したように言う。
それもそのはず。
DRAGON東京は複数の企業がスポンサーになっているのだ。冒険者のカード化もその一つだった。
命子の性格をよく理解している部長は、命子をDRAGONに出場させるために一番興味を持ちそうな冒険者のカード化で釣ったに過ぎなかった。
インターチェンジを降りる際にまたルルたちが遠心力で遊びつつ、バスは一般道を走りだす。
そこかしこに立て看板が立っており、2月19日の夜から2月22日の朝まで特定の道路が通れないことをお知らせする告知がされていた。
そう、DRAGON東京はマラソン大会のように車道を使って行うのだ。
東京マラソンのコースの一部が使用され、実に4kmに及ぶコースを冒険者たちが走り抜ける。その道々には特設のギミックが組まれており、そこでいかに沿道のお客さんを魅せるのかがポイントだ。
さらに、2km地点ではコースが3つに分岐し、自分のジョブスタイルに合ったギミックコースを走ることができるようになっている。
ゴールテープを一番に切った者が勝者というゲームではなく、一番カッコイイやつを決めるちょっとふわふわしたルールなので、出場する冒険者たちは発表されたコース概要を見てどこでどんな技を繰り出すか考えていた。
「凄い人。さすとう!」
「ここら辺はいつもはこんなに混んでないはず」
命子クラスの田舎者になると、東京23区は大体どこも混んでいると思っていた。紫蓮も別に東京マスターではないが、23区のどこそこがどういう感じかくらいは知っていた。
ちなみに『さすとう』は『さすが東京』である。
DRAGONのコースからまだまだ離れているのに、付近のお店は明日から始まるお祭り騒ぎを見に来た観光客で賑わっていた。
そんな観光客の一部が、大型バスに乗る風見女学園の生徒たちの姿を発見して、黄色い声をあげた。
女子高生たちがキャッキャと手を振り返す姿を、自分の席に座り直した部長が感慨深げに見て言う。
「人気者になったもんだなぁ」
自分が入学した時は、こんなふうになるとは夢にも思わなかった。
それが今では風見女学園というだけで各種面接に有利になってしまうレベル。
この前の受験など、地球さんイベントの影響でダンジョンのある地域では多くの学校の倍率が跳ね上がった中、風見女学園の倍率は頭のおかしいことになっていた。
部長は最近思うのだ。
多くの偉人たちには誰それと学生時代に交流を持った、というエピソードがある。その出会いで若き思想を育んだとか、そういう話だ。
今までは、読んだその場限りで面白さを感じる程度の豆知識だったが、羊谷命子という女の子に出会ったこの学生生活は、まさに自分自身がその瞬間にあったのではないかと思えた。
自分がこの先歴史に名を刻むかはわからないけれど、この学生生活は若き思想を培ったかけがえのないものだったと思うのだ。
信号でバスが停まると、丁度バスの横で幼女が元気いっぱいにぴょんぴょん飛び跳ねて手を振ってくれた。
部長はセンチメンタルな思考を切り替え、いつもの陽気な笑顔で幼女に向かってテヘペロ目元ピース首傾げバージョンをお見舞いする。
幼女はぱぁーと目を輝かせ、不器用な様子で部長の真似をした。
走り出すバスの中、部長は幼女に向かって笑いながら手を振った。
風見女学園の生徒たちを乗せたバスは、ホテルの前で停まった。
ホテルの従業員が下にも置かない扱いでおもてなししてくれるが、ここにいるのは全員が冒険者。10回以上のダンジョン探索で、自分の荷物は自分で持つのが基本となっていた。
「お前ら、騒ぎ過ぎないようにしろよ」
「「「はい!」」」
引率のアネゴ先生から注意を受けつつ、ほかの引率の先生からホテルのルームキーを貰っていく。
「どんなお部屋でしょうね?」
修学旅行みたいなノリが大好きなささらがニコニコして言う。
「久しぶりに百万ドルの夜景を見られるね」
「そこまで高いホテルじゃない」
そんなふうにワクワクしていたのにエレベーターに乗ると、テンションが体の内側にギュッと籠った。
「命子さん、4階じゃありませんわよ」
「あっ、5階か」
4階を間違えて押した後に5階を押し、『<>』マークを押す。いつまでも閉まらないドアを見て自分の過ちに気づいた命子は、さりげなく『><』マークを押し直した。
「我、わかるよ」
「でしょ? こういうあるあるをさりげなくぶち込むのが基本ね」
「あくまでわざとやったというスタンス」
エレベーターが動き始めると、ルルがこらえきれずにふざけた。
「上へ参りまーすデース」
「ぴゃわーっ! じゅ、重力魔法!」
「もう、ダメですわよ。ルルさん」
ルルから背中に襲いかかられた紫蓮が、びっくりしつつもしっかりとルルの体を支える。
風見女学園は5階と6階を貸し切っているのだが、命子が間違えたのでエレベーターは4階で止まった。
ドアが静かに開くと、そこには外国人の女の子が立っていた。
エレベーターの中の全員が、んっ? と首を傾げる。
どこかで見たことがあるような。
エレベーターの外の女の子は、日本の文化に慣れているのか軽く会釈をするが、次の瞬間、目をまん丸にして命子を見た。
そんな中でメリスが驚いた声を上げた。
「キャルメデスワよ! にゃー、久しぶりデスワよ!」
メリスの言葉と同時に、キャルメがその場に両ひざをついて祈りを捧げるポーズを取るが、その姿を切り取っていたエレベーターのドアが静かに閉まった。
「「「えぇえええ!?」」」
「ふぇえええ!?」
全員が命子を見る。
命子は良かれと思って押したボタンを、はわはわしながら確認した。
『><』マークであった。
命子の目も『><』になった。
読んでいただきありがとうございます!