9-2 ある日の昼休み
本日もよろしくお願いします。
基本的にダンジョンのドロップ素材で貿易は行われていなかったのだが、飛空艇研究を理由に一部の品目の貿易協定が結ばれた。
ダンジョン入場は、完璧にきっちりと並んで時間を無駄にせずに入場することが求められるため、未だにレベル教育や冒険者協会が上手く機能していない国も多くあった。
日本人だけが列をきちんと作れるというのは他国を舐め過ぎだ。どこの国も横入りとかはないし列を作ることもできる。
しかし、ほかの国には離れたところにいる知り合いに挨拶に行っちゃう陽気な人や、近くにいる女性をナンパしちゃう陽キャが結構おり、地味に時間を狂わせる原因になっていた。これは日本にも当然いるのだが、その割合が違った。
そういった国の企業は他国のダンジョン市場の開放に目の色を変えてきた。
これは冒険者協会が始まる前から予想されていたことで、市場開放された品目の値が全世界的に連日のように上がり続けた。
冒険者協会がオープンしてから初めてのゴールドラッシュの始まりである。
これに伴って無理した人が死ぬ可能性が高くなったが、マナ進化の恩恵や経済の影響によりダンジョンの封鎖を許されない状況になっていた。
どこまで安全に導けるのかが各国の課題になるという流れにもなっている。
さて、そんなわけで稼ぎ時なのはここ風見女学園でも同じだった。
「おー、もしゃもしゃしとるわい」
「おーろろろ、おーろろろ」
命子は、テイム動物園で女子高生たちに飼われているウサギにニンジンをあげて、ニコニコした。
その隣ではクラスメイトのナナコが、ニンジンを器用に操ってウサギをジャンプさせている。
ここテイム動物園は青空修行道場のゴン爺が作ってくれた動物園で、風見町防衛戦で女子高生たちに保護されたシカ、ウサギ、野良ネコ、タヌキなどがエリアに分かれて飼われている。ちなみに、風見町防衛戦で出会ったクマや多くのシカは自衛隊に引き取られた。
ここは女子高生たちの憩いの場でもあり、本日の命子たちのようにお昼ご飯のあとに遊ぶ子は結構いた。
動物を研究する子もいる。飼育部員の子たちだ。飼育部は風見町防衛戦の際にノリで『見習いテイマー』になった子の一部が新しく作った部活である。
「あっ、ホントに飼育部の言うとおりだ。あいつとあいつも空見てるね」
「ホントだー、動物って空見るんだねー」
命子とナナコは、飼育部さんが発見した動物の生態のことを話した。
特にシカがよく空を見るようで、ぴょーんとジャンプすることもあるらしい。シカの知られざる生態を発見した飼育部さんはなかなか優秀だった。
たぶん、最初からの生態ではなく誰かが原因を作っている。
一方、命子たちの近くではルルとメリスが芝生に腰を下ろし、猫たちの話をうんうんと聞いていた。その周りにささらを筆頭に女子高生がわらわら集まっていた。
「にゃーにゃー!」
「ルルさん、メリスさん。今のはなんて言いましたの?」
ささらの質問に、ルルが答えた。
「ニャムチュッチュを朝2本食べるのは、1日の活力を蓄えるためだって言ってるデス。夕方のご飯は、もうあとは寝るだけだから普通のカリカリでいいって言ってるデス」
「ニャムチュッチュは栄養満点なのデスワよ」
腕組みをしたメリスもうんうんと頷く。
「ほえー、新説朝三暮四!」
朝のご飯を3個に減らすと言った飼い主にサルがブチギレたので、じゃあ朝はそのままで夜のご飯を3個に減らすよと言うと、サルは納得したという故事である。
結果は同じなのにおサルさんマジ愚か、という逸話だが実は違ったのだ。本当は、おサルさんは朝ご飯を食べる合理性を知っていたのだ。たぶん。
そして、新世界の猫たちもまた朝ご飯の大切さを知っているのだろう。たぶん。
「じゃあ明日から朝は2チュッチュ、暮れはカリカリで!」
「「にゃん!」」
解決!
パチパチと拍手が挙がった。
「なぜ、にゃーにゃーだけであんなに……」
命子はイチゴオレをチューとやって、キスミア人の謎を想った。
最近のルルはネコミミも生え、猫語を完全にマスターしていた。『見習いテイマー』をマスターしているメリスと同等かそれ以上だ。
ちなみにメリスの意思疎通力は、猫に特化しており、ほかの動物はそこまでではない。
『どりゃー、受けてみよ!』
ふいにナナコのポケットから渋いオッチャンの声がした。
「えっ、ナナコちゃん、ポケットで武闘派のちっちゃいオッサン飼ってるの?」
「命子ちゃん、みんなには内緒にしておいてね」
ナナコはシッと指を立ててから、ポケットに入っているスマホを取り出した。もう一発『ぐうぅ、やりおるわ!』などと続きのセリフが流れている。
命子はイチゴオレをチューとやりながら、ハイセンスな着信音にしているナナコの横顔をむむむと見た。
「あっ、ダンジョントラベラーからだ! ふほほーい、きっと入金のお知らせだ!」
ダンジョントラベラーは、冒険者協会が運営している専用アプリだ。ダンジョン入場の申請や、素材売買の入金告知などもチェックできる冒険者必須のアプリである。
「ふへ? はわわ……!」
「どしたの? 通帳にシーモンキーでも振り込まれてた?」
命子は、スマホを見て驚くクラスメイトのナナコにそう訊いて、イチゴオレをチューとした。フェンスの向こう側では、ウサギたちもニンジンをもぐもぐしながらナナコを見ている。
「やばぁ、1人9万円だった! やばぁ……やっばぁ!」
「ふぇええ! グミ900袋!」
一人9万円なのでパーティで54万円である。しかも2泊3日の結果だ。
「ばかちん! もっと女子高生っぽいものを買うのっ!」
「えー、例えば?」
「ささらちゃんたちみたいな可愛いスポーツブラとかぁ、可愛い服とかぁ、新しいスマホとかぁ……やっばぁ夢が膨らむ!」
命子は、目の前に可愛いスポーツブラを愛用している人物がいるのに、なぜわざわざささらの名前を出すのか疑問に思った。完全に命子ちゃん褒め褒めチャンスだったのに。
「ていうか、まだ風見ダンジョンだよね?」
「次でクリア予定だよ」
「じゃあ今は20階層以降ってところか。あそこら辺は素材がたまりやすいからね。なに売ったの?」
「余ったのはいろいろ売ったけど、やばかったのは『バネ風船のバネ』30本だね」
「あー、金属系は高騰してるっていうよね。今回いくら?」
「単価4300円」
『バネ風船のバネ』は高騰が起こる前から人気があったが、この手の低級のダンジョン金属は、試作機の飛空艇を作るうえで代用品として使用できたのでとんでもなく高騰していた。ちなみに本番の飛空艇には、現在発見されている一番いいダンジョン金属が使われる。
「えー! お前、4300円かよ」
命子は自分のカバンにつけているバネ風船のバネで作ったストラップを手に取って、みょんみょんした。
「なんてセレブなアクセサリーか!」
「これ可愛いでしょ。みょんみょんするんだ」
命子はカバンから取り外して芝生に置くと、その上にイチゴオレを乗せて、みょーんとジャンプさせた。完全にこぼす子のプレイスタイルである。
「命子ちゃーん」
そう声を掛けられて校舎を見上げると、2階の窓から部長が顔を出していた。
「あっ、部長!」
賑やかな昼休憩だが、大体いつもこんな感じだ。
部長は窓からぴょんと飛び降り、芝生の上に軽やかに着地した。
「黒タイツか」
命子はありのままの事実を口にし、イチゴオレをチューとした。
その一方、中庭でそれを目撃していた女子たちがキャーと黄色い声をあげる。ナナコもそんなうちの一人だ。
「部長聞いてくださいよ。ナナコちゃんのパーティ、54万円だって」
命子がそんな軽口を言うが、ナナコからすると部長は憧れの先輩である。命子の後頭部がすかさず引っ叩かれた。命子は角が生えているのでドツキも場所を選ぶ。
「おっ、頑張ってるわね!」
「は、はい!」
キラキラした目で部長に返事をするナナコの姿に、命子は完全に掌握されていることに慄いた。
ちなみにF級に入り始めた部長は、一回の探索でその倍以上は稼ぐ。
「それで部長、何か用ですか?」
「そうそう! みんな例の話聞いた?」
その出だしを聞いた瞬間、命子の心臓がドクンと脈打つ。男子にはわからない言いようのないワクワク感。男子では「例の話聞いた?」でわかるはずもない。だが、女子はこの出だしを食らうとワクワクしてしまうのである!
「えー、なになにぃ?」
キャッキャの始まりである。
それに伴い、『あ、こいつらもうエサくんねぇわ』と正確に見切ったウサギたちが、別の女子のところに駆けていく。
「これを見てちょうだい」
部長が一枚のカードを命子に見せた。
そこには、プロ野球選手が、打ったボールの行方を見ながら走り出した瞬間を捉えたシーンが写っていた。
「ほう。ヤク○トか」
「○日だけどね」
間違えた命子はコクンと頷き、カードをナナコに渡した。ナナコも一目見てからコクンと頷き、近くの友達に回した。その子も次の子もみんな同じ反応。
ここにいる女子高生は全員が、このカードのなにがいいのかさっぱりわからなかった。
「これってお菓子のおまけのカードですよね?」
「うん。パパのコレクション」
「返してあげて!」
部長はちょいちょい家の物を学校に持ってくる子だった。ある日などは歴史的な写真が載った朝刊を持ってきたこともあった。
カードを返してもらった部長も、コクンと頷いてポケットに無造作に入れた。
「で、それでこれがどうしたんですか?」
「ふっふっふっ、聞いて驚きなさい。なななななんと!」
部長のあおりを受けて命子とナナコとほか数名がワクワクした。
「冒険者がカード化されちゃいます!」
「「「な、なんだってぇ!」」」
バーンッ!
ピシャゴーン!
と、部長の告知に女子高生たちが衝撃を受けた。
「え、冒険者の写真がおまけのカードとして出るってことですよね!?」
「そうよ! 初回の冒険者カードには300種類分もの冒険者たちが選ばれるわ!」
「マジかよ……」
「300人じゃなく300種類分なんですか?」
ナナコがもっともな質問をした。
「パーティで一纏めのパターンもありみたいね」
「あー、なるほど」
そんなやり取りを聞きつつ、命子はほわほわーんと想像した。
コンビニに並ぶお菓子。その中にはカードが封入されている。
百円玉を握り締めた子供たちの目的はもちろんそのお菓子……の中に封入されているカッコイイカードだ。
レジで支払いを済ませ、我慢しきれずコンビニの前でいざ開封の儀。
「クッソ、また羊谷命子かよ! スパンッ!」
「やめろぉーい!」
妄想にカットインしてきたナナコのセリフに、命子はブチギレた。ちなみにスパンッはカードを叩きつける音。
命子はアイドルになれるならなりたいなと思っていた中学の頃と違い、テレビや写真集などには興味がなかった。しかし、冒険者カードには凄くなりたかった。
自分は冒険者なのだという認識が強いのかもしれない。
「それで部長。その300組はどうやって選ばれるんですか?」
「一か月後に行なわれるDRAGONって大会で魅せることね。出場条件はG級ダンジョン攻略者であり、ダンジョンもしくは防衛戦の活動で自分たちの映像を撮っていること」
「やれやれ。龍滅の三娘と呼ばれたこの私を差し置いてDRAGONとは……」
命子はちゃんちゃらおかしいぜとばかりに半笑いし、拳をムニムニした。命子は指コキコキのメカニズムを知らなかった。
「ほう、やる気は十分ってことね」
部長も首を横に倒した。部長も首コキのメカニズムを知らなかった。
「ふふっ、部長こそ」
「じゃあ命子ちゃんも出場するってことでOK? 申請しておくわよ」
「面白いじゃないですか。やりましょう」
おそらく命子たちや部長なら、大会に出場しなくても二つ返事でカードにしてもらえるだろう。
しかし、命子も部長も楽しいことが大好きだ。冒険者たちの大会をやるというのなら、自分の努力の成果を見せびらかしたい。
そんな命子たちを照らす太陽がふいに陰った。
「誰だ!」
ハッと見上げるとテイム動物園のフェンスの上で、背中合わせになってカッコ良く立ったルルとメリスの姿があった。まあジャンプした瞬間から気づいているので、誰だもなにもないのだが。
「話は聞かせてもらったデス。ワタシも出るデスよ!」
「ニャウ。キスミア女の力、見せてやるデスワよ!」
白、青とみんなの脳裏に色の情報が駆け巡り、カッコイイポーズが頭をスルーしていく。
「ちょ、ちょっとお二人ともはしたないですわよー!」
「じゃあ部長。ささらと紫蓮ちゃんも出場で」
「オッケー!」
仲間外れは嫌いな子たちなので、どうせ答えは決まっている。
こうして、命子たちは冒険者たちのそんなイベントに出場することにした。
読んでくださりありがとうございます。
■お知らせ■
一身上の都合により、誠に勝手ながら、しばらく不定期更新にさせてください。そこまで間隔は空かないと思います。
また、感想もかなり遅れてしまうかもしれません。
大変申し訳ありませんがよろしくお願いします。