番外編 超組織・風見女学園修行部
本日もよろしくお願いします。
「部長、第十五回目の魔法少女化合宿の予約が取れました!」
「オッケー! 参加する子に特別公休の申請を忘れずに取るように通知して!」
「部長、今日の『今日の風女』が予定通り生配信を開始しました!」
「オッケー! 今日は茶道部か、リプイートしとくね!」
「部長、工作部が『魔物ダンボール』の在庫がなくなりそうだって言ってます!」
「オッケー! うーちゃん、買い入れ業者の田中さんに300枚仕入れるように申請して!」
「部長、ゴン爺が明後日にはテイムペット園が完成するとのことです!」
「オッケー! それじゃあ寝床の搬入手配しておくわね」
放課後、修行部の部室に次々と入ってくる報告を、部長がてきぱきと処理していく。その働く姿はもはや生徒のそれではなかった。
修行部幹部たちもバリバリ働いており、学校とは、と頭を悩ませる光景になっていた。
そこまでは最近では日常となっている光景だったが、本日はビッグニュースが訪れた。
テンションが高い生徒の声が校内放送で流れる。
『みなさん、おめでとうございます! フォーチューブの我らが公式チャンネルの登録者数が六千万人を突破しました!』
「「「おーっ!」」」
学校中で拍手が巻き起こる。現在、校舎内で生配信をしているため、生徒たちのキャッキャした声が普通にネットに流れていく。
「ヒュー、ご機嫌ね! あっ、もしもし、かよちん? うん、そうそう。記念メンバーシップ特典の件。うん、よろしくぅ!」
ご機嫌なのは女子高生たちであった。
さて、冒険者が誕生し、地球さんイベントが起こり続けている昨今は、ネット動画の需要が極まっていた。
そんな中で、風見女学園の公式フォーチューブチャンネルは恐ろしいことに世界一位の座に君臨してしまっていた。
命子たちの通う高校ということもあるが、風見町防衛戦で活躍しすぎたのだ。
さらに、人員がめっちゃいるため、毎日1時間の生放送が1本と、10分程度の収録動画が何本もアップできるのが理由として大きい。
しかもこの連中、海外の人を引き込むために、手分けして拙い外国語での配信も行なっているものだから、普通の日本人が作る動画よりも海外の人が視聴するハードルを大きく下げていた。
このチャンネルは風見町防衛戦が起こる前からかなりの収益を得ていたが、大きなことができるほどの収益とは言えなかった。しかし、世界一の座に輝いたことで、今月の入金額が尋常じゃないことになってしまった。
このチャンネルは風見女学園と名前が入っているが、学園そのものではなく、修行部に権利があった。多くの生徒の顔がモロに映り、本名すらも出ている動画で学園側が収益を得るのは非常にまずいため、あくまでも生徒たちが自主的にやっていることでなければならなかったのだ。
そんなわけで、今の部長は、アニメなどで描かれるような、学園側でもおいそれと口を出せない謎の権力を有する生徒会長キャラみたいな感じになっていた。
とはいえ、このチャンネルで得たお金は修行部の幹部たちのものでもない。修行部全体のものだ。なので、部長はチャンネル開設から貯まっていた収益で以下のようなことをした。
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・在校生の三年分の学費と通学費の支払い。
これは余裕で支払え、生徒の親にとんでもなく支持されて、チャンネルの存在を認めさせた。
・各地のダンジョン素材の買い入れ。
これを手芸部や工作部などの生産部隊に渡せば、勝手にいい感じの装備を作ってくれる。
・各種資格試験のための受験費。
冒険者免許試験の受験費全額補助から始まったが、いろいろな試験に拡大した。
・修行用の靴やジャージなど個人備品の購入費。
これは各生徒が修行スタンプを溜めることで、商品券がもらえる。
・大人の雇用。
資格がなければできないことも多いので、大人も多く雇っていた。この中には、魔法少女化合宿の護衛や、生徒たちが撮ってくる短編動画を編集する人も多数いる。
※風見女学園への上納金など、検討中案件多数。
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とまあこんなふうに、修行部は生徒のためにガンガン金を使っていた。だって自分の金になんねぇし!
そして、なにに収益を使っているかを動画で報告するだけで、「偉い」と褒められてさらにお金が増えていくという。
いったい修行部とはなんなのか……
理事長や校長は遠い目をするしかなかった。そして、修行部の顧問をしているアネゴ先生はもっと遠い目をしている。
16時になり、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。
「よし、今日の仕事は終わり! 修行に行くわよ!」
部長はペッと仕事を終え、わぁーいと外に出ていった。
部長が校庭に出た時はまだ明るく、各運動部が新時代な動きで部活動をしていた。
校舎の中からは吹奏楽部や軽音部の奏でるメロディが聞こえる、賑やかな放課後だ。
「おー、速い速い」
陸上部の一年生が、前時代なら女子の世界記録になりそうなタイムで100メートルを走り切る。風のように走るのが心底楽しいようで、ゴールをしたその女の子は満面の笑顔でぴょんぴょんした。
「あら、部長。これから修行?」
「うん。っていうか、もっちゃんも部長じゃない」
「私は元部長」
もう秋も終わりそうなので、多くの部活で三年生は引退して、二年生が部長になっていた。
「えっ、私ももしかして引退したほうがいいかな?」
部長はドキドキした。いつまでも部長の席に居座るウザい先輩と思われているかもしれないと不安になったのだ。
「あんたはいいでしょ。大会がある部活でもないし、受験もしないし。でもそろそろ後任は育てておいたほうがいいわよ。マジでヤバい部活だから普通の子じゃ無理よ」
もっちゃんはそう言って、校舎を見上げた。
そこには先ほど報告があったばかりなのに、すでに『祝・フォーチューブ登録者数六千万人突破!』と大きな垂れ幕がかかっていた。数日前から目に見えていたことなので、事前に作られていたのだろう。
とりあえず、部長ともっちゃんはその垂れ幕を撮影してプイッターに上げておいた。
お互いにフォロワーがインフレしているので、一瞬で『良きかな』が押されまくる。部長のは特に凄まじい。
そんなふうに風見女学園はスーパーブランドになってしまっていた。SNSで風見女学園の生徒と明記するだけで一気にフォロワーが増える。もちろん、そこからちゃんと活動しなければ忘れられてしまうが。
「話を戻すけど。後任の子は命子ちゃんとかどうなの?」
「いやぁ、命子ちゃんはダンジョン一筋だから無理ね。授業終わって一、二時間は仕事しなくちゃならないし、修行できる時間減っちゃうもん。名誉部長になってもらった時の約束と違うし、これは絶対に守らなくちゃ」
「あー。じゃあ笹笠さんとかも無理か」
「無理ねぇ。まあそこら辺は生徒会長とよく話し合ってみるわ」
そんな世間話をしてから部長は修行を始めた。
風見女学園の生徒は、学園か河川敷で修行を行なっている。割と気分で変えていた。
学園で修行をする場合は、部活動の邪魔をしないように校庭を使うのがルールだ。
部長はほかの生徒たちと一緒に校庭をランニングすると、杖術の修行を始める。
魔法少女たちは『見習い魔法使い』系のジョブがメインなので、杖を使うとパワーアップする。そのため杖術ととても相性が良かった。
修行部は杖術の先生も雇っており、青空修行道場とは別に学ぶことができた。
「「「えい! やあ! はぁ!」」」
生徒たちの掛け声が校舎の壁に反響して、空に溶けていく。
レベルだけの恩恵で修行する子もいれば、『見習い棒使い』の恩恵を加えて修行する子もいる。前者の子は『女子高生』をやっていたりとさまざまだ。
しかし、ほとんどの子の動きは所作の全てが鋭く、もはやいっぱしの戦士といった演武だ。
この修行風景もVRやASMRとしてシリーズ化されており、一人で修行する人に大変に需要があった。一緒に修行している感が人気の秘訣である。
一時間ほど修行をすると日が暮れ始め、校庭を大型の照明が照らす。
現在、風見町にある全ての学校は校庭に大きな照明がつけられていた。全て修行部が寄贈したものである。同じく青空修行道場がある河川敷にも照明があり、こちらは命子たちが寄贈した。これらを使って21時まで修行できるようになっていた。
照明が点くのと同時にチャイムが鳴り、15分間の休憩に入った。
各々がお喋りしたり、スマホを弄ったり、一緒に修行するテイムペットをもふもふしたりする中、部長はふいに季節外れの花びらが風に乗って舞っているのを見た。
「ひ、ひっく。うぇええええ……」
それと時を同じくして、一人の子が両手で顔を隠して泣き始めてしまった。両手の指の隙間から、嘘のように大粒の涙がこぼれている。
それは、この杖術道場の中で、ほかよりもだいぶ動きがぎこちない子だった。それもそのはず、その子はレベルもジョブも得られないマイナスカルマの子だったのだ。
ほかの子がどんどん先に行く中、いろいろなお手伝いをしたり、旧時代の効率で一生懸命修行を続けてきたりしていた子だ。
マイナスカルマの子がこうやって涙する理由は二つある。
ひとつは、耐えきれなくなって糸が切れてしまった子。
そしてもうひとつは、カルマがプラスになった子。
代表として近くの子が背中を摩ってあげながら話を聞く姿を横目に、部長たちはおもむろにアップを開始する。
嗚咽交じりの言葉からなにが起こったのか聞き出した代表の子が、みんなの顔を見て大きく頷く。それがパーリィの始まりの合図だった。
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
女子高生たちの元気いっぱいな声が木霊する。
一方で神輿になっている子は、人生で一、二を争うレベルでシリアスな心境だ。とめどなく涙が流れる目元を片手で押さえ、もう片手で無意識的にポンポンを上下にフリフリする。
部長たちとしては祝福しているのだが、やられているほうはたまったものじゃない。悪事を清算しただけなのに、周りから人生で一番拍手が送られ、涙が止まらない。
そうして校庭やら校舎やらを一通り回ると、部長たちは満足した。その顔はやり切った感に満たされていた。
一方の神輿にされた女子は、グデンとしている。泣くのは大変エネルギーを使うので、そこにお神輿が合体すれば無理もない。
その週の金曜日。
今日から部長はダンジョン探索だった。
ダンジョン区には、ダンジョンの渦を中心にして三方向に大きな広場があった。ここは、ダンジョンの渦から魔物が出てくる可能性が一番高かったために設けられた魔物迎撃用の広場だ。
結果として、普通にダンジョンの渦とか関係なく湧いてきちゃうタイプだったため、今では冒険者たちの待ち合わせの場所などに使われている。
そんな冒険者を狙って、広場を囲うようにして、多くの飲食店やカプセルホテル、弁当屋などが軒を連ねており、大変に繁盛していた。
そんな広場で、本日ダンジョンに入る風見女学園の生徒たちが整列していた。出立式だ。
部長のメインパーティは、今回の探索でいよいよ風見ダンジョンをクリアする予定だった。
部長たちのパーティのほかに、魔法少女化合宿に参加する新米冒険者たちも整列している。
部長たちは、風見ダンジョンで手に入るファンタジー風の防具の上に、『戦乙女の鎧・白銀Ver』を装着し、まるでアニメの世界から飛び出してきたようだ。
一方の新米冒険者たちは、ジャージの上に『戦乙女の鎧・白銀Ver』と『魔狩人の黒衣・白』を纏っており、コートの裾から見えるジャージや運動靴がなんとも初々しい。
本日の新米冒険者は36人で、この人数が最初からこれだけ強力な防具をつけられる組織はまだ珍しく、相当に恵まれたデビューと言えた。
キリリとした顔の先輩冒険者たちと、ちょっとドキドキした顔の新米冒険者たちの様子を、広報部隊の生徒たちが撮影する。
さらにその周りでは、多くの野次馬が人垣を作っていた。
生徒たちはそれぞれがプイッターをやっており、個人でフォーチューブチャンネルを作った子も結構いる。そうなると個人にファンがつく子も多かった。
そういう子が、前夜に「いよいよ明日冒険者デビューです! 公式チャンネルで配信するので応援してください!」などとSNSで宣伝するものだから、割とワンパターンな出立式なのにかなりの人気があった。
組織立って学園を有名にしていく生徒たちは、『もう行けるところまで行こうぜ』みたいなノリになっていた。
「——というわけで、決してダンジョンを舐めないこと! 護衛のお姉さんたちの言うことをよく聞き、力を合わせて頑張ってください!」
「「「はい!」」」
前に出て話す部長の注意事項に、女子たちの元気いっぱいのお返事が広場に轟いた。
「それでは、『風見乙女の詩』を唱和します!」
部長が宣言すると、整列している生徒たちがザッと肩幅に足を開いた。
同行しているアネゴ先生や数人の教師は、「一年前の生徒はこんなに素直じゃなかったんだけどなぁ」と遠い目をした。
一方、ネット上では、「校歌斉唱」と勘違いを誘発させそうな書き込みが乱舞した。
しかし、風見女学園は軍隊ではない。なので、部長は次の言葉は意図的にふわふわした子供っぽいものにしていた。
「じゃあみんな、いくよ。せーの!」
乙女よ淑女たれ。その心に凛と咲く誇りを宿せ。
乙女よ修羅たれ。その体を暗雲切り裂く刃となせ。
乙女よ修行せい。己を磨き、新たな時代を華麗に生き抜くのだ。
我ら風見女学園修行部、魔法少女部隊!
「「「おーっ!」」」
ギャラリー、バカウケである。
たくさんの拍手を浴び、少女たちはいい気持ちになった。
もはや最初のうちの恥ずかしさはない。これが女子高生の最先端なのだと世界にわからせたあとなので!
しかし、そんな集団の中で一人だけ恥ずかしがっている子がいた。
命子のクラスメイトで元悪っ娘、日向である。
日向もまた冒険者になり、ひとまずある程度の強さを得ようと頑張っていた。
日向がよく行く老人ホームでもこの生配信は大型テレビで視聴されており、バカウケだった。
とりあえず、本日もまた凄まじい額の投げ銭が贈られてきた。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かってます、ありがとうございます!