8章裏 子猫の試練 後編
■【注意 これは本日二話目です】■
猫たちが大地を走る。
パパ猫に咥えられてプラーンとするスタリア。
その横ではママ猫に咥えられた妹猫のニャムがやはりプラーンとしていた。
ほかにも歳が近い猫たちが同じように親猫たちに咥えられて運ばれていく。
村を出て、猫じゃらし畑を越え、やがてすり鉢状の小さな谷が見えてくる。
メモケット――そう呼ばれるこの谷は子猫たちの試練の場だった。
親猫たちはメモケットの中心へ子猫たちを運ぶと、その場に放置してメモケットから抜け出した。
残された子猫たちは、にゃーにゃーと不安そうに鳴いた。
「にゃん!」
そんな中でスタリアが元気な声で鳴く。
不安そうに鳴いていた子猫たちはスタリアの周りに集まる。といっても、規律正しく並ぶわけではない。ほかの子猫の背中に乗ったりとごっちゃごちゃだ。
「にゃにゃん!」
スタリアはみんなを奮起させて移動を開始した。
するとすぐにチョウチョがひらひらとやってきた。
スタリアを含めた全ての猫がその動きに釣られて、顔を動かし、ぴょんぴょんし始める。
しかし、ハッとしたスタリアがすぐに、にゃんと鳴く。
多くの子猫がそれで正気を取り戻すが、一匹だけチョウチョを追いかけてしまう。
スタリアはすぐにその子猫に飛びつき、正気に戻した。
そんなふうにして、子猫の試練が始まった。
その様子をメモケットの縁で覗いて見ていたアディアの父親が驚愕した。
「ま、まさかひらひらの試練をこうもあっさり越えるのか!」
「親父、声がでかい」
「おやじ、こえ。ひらひら」
アディアの注意と父親の言葉が混じるペロニャ。
「ペロニャ。猫たちは協力してこのメモケットから抜け出す。そこには数々の試練が待っているんだ」
「ねこ、だす。しえん。スタリア、か、か、かわいい」
一生懸命言葉を学ぼうとするペロニャの頭をガシガシと撫で、アディアはメモケットに鋭い視線を向けた。
子猫たちはスタリアを中心にして、移動していく。
その先には大きな穂を揺らす猫じゃらしが生い茂っている。
すぐに子猫たちは大きな穂に猫パンチをして、遊び始める。
メモケット中に生い茂ったこの猫じゃらしに魅了されてしまえば、一巻の終わりだ。脱出する体力もなくなり、メモケットの中で飢えて死んでしまう。
「にゃん!」
妹猫のニャムが、スタリアにタックルした。それは単なる偶然だったのだが、これによりスタリアは正気に戻った。
「にゃにゃん!」
スタリアがほかの子猫たちを正気に戻し、その子猫たちもまた別の子猫を正気に戻していく。タックルする姿はじゃれているようにしか見えない。
ペロニャは、自分一人で先に行かないスタリアの様子をジッと見つめる。
二時間ほどして、子猫たちはメモケットの端に辿り着いた。
しかし、そこは子猫返しと呼ばれる大きく反った形状になっていた。メモケットは一か所の出口からしか脱出できないのだ。
スタリアは子猫返しを登ろうとするが、ポテリと土の上に転がってしまう。ほかの子猫たちも同じように登れずに転がり落ちる。
「にゃん!」
スタリアはそこから出ることを諦め、再びみんなと移動を開始する。
しかし、一匹の子猫がもう歩けないとその場に蹲ってしまった。
スタリアたちはその場で休憩を取ることにした。スタリアは疲れてしまった子猫の顔をぺろぺろと舐めて励まし続けた。
親猫たちはそんな子猫たちの様子をメモケットの上でジッと見つめる。その瞳は人とは違い、一切の情けはない。
メモケットから出られない子供は育てない。メモケットから出られた子供だけが、狩りや牧羊などの仕事を教わることができるのだ。それは猫たちにとって鉄の掟であった。
休憩を終えた子猫たちは、本道に足を踏み入れた。
そのまま進めば、メモケットの出口へとつく。
しかし、そんな子猫たちに魔の手が迫った。
トンビだ。
メモケットの上空で円を描くように飛び、子猫たちに狙いを定めていた。
「クソッ、最悪だ……」
アディアの父親が拳を握る。
「アディア」
「ああ、わかってるさ」
父親に声をかけられたアディアは、弓に矢を番えてトンビに鋭い視線を向けた。
しかし、アディアは撃たない。これはあくまで子猫たちの試練。人が手出しをするのは最後の最後なのだ。
やがて、トンビが子猫に向けて急降下した。
「フシャーッ!」
その気配にいち早く気づいたスタリアが警戒の声をあげる。
トンビがスタリアの妹猫ニャムに狙いを定めた。
逃げるニャムにその爪が襲い掛かる瞬間。
「フシャニャー!」
スタリアがトンビの首に噛みついた。
「ミ、ミニャーッ!」
思わぬ反撃を食らったトンビは慌てて羽ばたこうとするが、その翼に今度はニャムが飛びかかる。
飛び立てなくなったトンビは大地に転がり、スタリアとニャムを振り払おうと激しく転がった。
「「「ニャーッ!」」」
そこに逃げていた他の子猫たちが引き返して殺到する。
放り出される子猫に代わり、ほかの子猫が襲い掛かり、激闘が続く。
『が、頑張れ……っ』
うつ伏せでその様子を見ていたペロニャが土を握り締める。
土煙が舞い、子猫たちとトンビの鳴き声が交錯する。
『頑張れぇ!』
ペロニャが思わず立ち上がって叫んだ。
その瞬間、スタリアの瞳がカッと見開き、ぎゅるんと体を捻った。
食らいついたトンビの首から血が迸る。
トンビはよたよたと千鳥足で歩くと、どさりとその場に倒れこんだ。
ビクンビクンと痙攣するトンビに、全ての子猫たちがとどめを刺すべく殺到した。
「み、見事だ!」
その様子に村人たちが驚愕と歓喜とともに滂沱の涙を流した。
村人的に、伝説に語り継がれるほどの激闘だった。
ペロニャもまた、子猫がトンビに勝つという奇跡的な光景に涙を流した。
あんな小さな子猫たちでも、姉妹のために友のために、懸命に戦い、生きている。
その光景を目の当たりにしたペロニャは、生と死の狭間で漂っていた魂に再び炎が宿った。
無事に試練を終えた子猫たちが飼い主たちに抱っこされていく。アディアの父親はニャムを褒めながら、ゴロゴロと地面に転がった。
ペロニャもまたスタリアを抱きしめた。無言のままギュッと抱きしめるペロニャに、スタリアはにゃんと元気に鳴いて応えた。
そんなスタリアにアディアが言う。
「人は猫に、猫は人に。その生は永遠に続く。お前はきっと凄い人の生まれ変わりなのだろうな」
「にゃん!」
「ふっ、そうだな。前の生はわからないものだよな」
「にゃん!」
猫と語らう男アディアをペロニャは見つめる。
そんなペロニャの瞳を見て、アディアは言った。
「いい目になったな」
アディアはペロニャの頭をガシガシと撫でて、笑った。
ペロニャは正確にはその言葉の意味がわからなかったが、力強い目で頷いた。
「にゃん!」
そんな二人を見て、スタリアは満足そうに鳴いた。
そうしてペロニャの腕からスタリアが抜け出すと、その周りに親猫やニャムが集まってぺろぺろと顔を舐めていく。
「にゃー!」
「にゃー!」
そうやって挨拶を交わしていく。
スタリアはもう一つ「にゃん!」と元気に鳴くと、霊峰フニャルーを見つめた。
香箱座りをしたフニャルーが首だけを動かして、スタリアを見つめる。
その瞬間、スタリアの中に宿ったルルの意識が現実に引き戻されていった。
■■■
猫の体から引き戻される途中で、ルルは夢を見た。
自分の生を祝福してくれているような旋律が、ルルの体を包み込む。それはキスミアの国歌にどこか似ており、されど遥かに洗練された音色だった。
ルルはその旋律の中で、フニャルーよりも遥かに大きな存在たちに祝福されていた。
ルルが瞼の裏側で見る夢は、その大いなる存在たちに、自慢の故郷を語り、もっともっと自慢の仲間たちを紹介する自分の姿だった。
夢の中のルルは、にゃんとポージングを取り、こっつんこと仲間の猫ハンドにぶつけあう。こんなふうに仲間たちと挨拶を開発したり、ニンニンと冒険したり、楽しいことに満ちているんだと元気いっぱいに説明するのだった。
夢から覚めたルルは、自分がマナ進化を終えていることにすぐに気づいた。
「人は猫に、猫は人に」
ルルはそう呟きながら、トンと地上に降り立つと、「んにゅーっ」と伸びをする。
それに連動して、ピコピコとネコミミが動き、ピピピッとネコシッポが揺れた。
「ふー、凄い万能感デス」
そう呟いたルルは、大ジャンプをした。
空中でにゅるんと体を捻りながら回転するルル。新しく生えたシッポが、バランスを取って器用に動く。
音もなく着地したルルは、にゃんっとポージング。
誰もいないその部屋で、ルルはちょっと寂しくなる。
「にゃっ、そういえば、時間はどうなってるデス?」
ルルはスマホを取り出すと、時刻を見た。
最後に見た時間から考えてもまだ全然時間が経っていない。
「まるで一ご飯の夢デス」
ルルは不思議な体験に心をポカポカさせつつ、あまりのんびりしてもいられないと思った。
ルルは自分のマナ進化の特徴を調べ、そして、『CHU・NINJA』に就いた。
「にゃっふっふっ。メーコの驚く姿が目に浮かぶデス!」
ルルはちっちゃな友人がふぇええと驚く姿を想像し、走り出した。
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「ふぇえええ! ね、猫になる夢……それがルルの試練だったの?」
語り終えたルルに、命子が尋ねる。
「ニャウ! 一ご飯の夢デス」
「い、一ご飯……? あー、一炊の夢な」
「それデス。猫になる三か月くらいの夢だったデス」
「みゃー、羨ましいデスワよ!」
「メリスもきっとそのうち似た経験をするデスよ」
「ニャウ。そうなるように頑張るデスワよ!」
ふんすとするメリスの声を聞きながら、命子はとても貴重な体験をしたルルの話をメモした。
ささらも紫蓮も夢中でルルの話を聞き、特にキスミア人のメリスの真剣さは凄かった。
なんでも、ペロニャの飼い猫だった星毛のスタリアは、伝説的なキスミア猫の一匹らしい。
「タイムスリップしたってことなのかな?」
「うーん、たぶん違うデス。スタリアが知り得ない場面も、ワタシはたまに見たデスし。あれはきっとフニャルーの記憶を巡った夢だったんだと思うデス。どんな行動を取っても今の世界を改変することはできなかったデスね」
「なるほど。それにしても、うーむ、すげぇ話だぜ……」
命子はメモを取った冒険手帳をトントンと叩き、「これを公開したら、神獣の試練を受けたい人が激増するんじゃないかな?」と思った。
歴史学者なら、例えば、織田信長の顔を見たいと思う人は大勢いるだろう。地球さんや神獣の記憶を巡る旅は、そういった莫大な価値がある。
ダンジョンでも地球さんの記憶を映していると考えられているお風呂の窓ガラスなどがあるが、あれは基本的に人のことなんて映さない。人類の時間なんて地球さんの46億年の歴史の中で、ほんのわずかな時間にすぎないからだろう。
「三か月も猫をしてて、ルルさんは大丈夫?」
紫蓮が心配する。
「ニャウ。特に変なクセもついてないデスね」
ルルはそう言って、猫の手の形で顔を掻いた。
ギョッとする紫蓮に、ルルは「冗談デス」と笑う。
「記憶はどうですの?」
「それも平気デス。目覚めてすぐに自分がなにをしていたのかわかったデスし」
ルルの答えに、ささらはホッとした。
けれど、ルルはたしかに過去を体験してきたようで、とても満足そうな顔をするのだった。
■※設定 キスミア猫は一度に二匹しか生みません。たまに三匹。食料が限られた地域で暮らすために、そのように進化した猫です■
読んでくださりありがとうございます!
少し挑戦した話なので、おかしな点あるかと思いますがご容赦を。