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8章裏 子猫の試練 前編

 本日もよろしくお願いします。

 長くなったんで、本日は二話更新でお送りします。

【これは一話目です!】

※会話文『』は異なる言語となっております。

「親父、母さん。ただいま」


「にゃー」


 アディアはいつも通りの穏やかな声で家に帰った。

 アディアが戸を開けると、狩猟の相棒であるパパ猫が少しの隙間からにゅるんと家の中に入っていく。


 アディアの家は玄関を開ければそのまま居間となっており、そこでは囲炉裏で夕食の支度をしている母親と、その近くで目を瞑っているママ猫、そして二匹の子猫を猫じゃらしであやす父親の姿があった。


 二匹の子猫のうちの一匹はすぐに父親との遊びを終えて、帰宅したパパ猫にじゃれつく。

 もう一匹の子猫――頭に星型の模様がある子猫は、少しほけーっと宙を見つめたあとに、ぴょんと飛んで慌ててパパ猫を出迎えた。


 子猫たちを取られた父親は猫じゃらしをぽとりと落とし、少しぶすっとした様子で、アディアに顔を向けた。


「ずいぶん遅かったじゃねぇええええええ!?」


 もう陽も落ちていた。春になったとはいえ、日が暮れたこの時間まで狩りをするのは自殺行為。父親はそれを咎めようとしたのだが、アディアが背負っているものを見て、途中から驚きの声に切り替わった。


「あ、あんた、その子はどうしたの!?」


 囲炉裏に向かっていた母親も驚きの声でアディアに問う。息子のアディアが、一人の娘を背負って帰ってきたのだ。


「大岩で拾った」


「拾ったってお前。お前の知り合い……隣村の子とかか?」


「いや、見たことない顔だけど……この子が目を覚ましたら聞いてみるよ」


 アディアは両親の質問に答えながら、娘を下ろして、ゴザの上に寝かせた。

 すかさず子猫二匹がやってきて、娘の顔にテシテシと肉球を押し付ける。アディアはそんな子猫たちの様子に微笑み、毛皮でできた布団をかけた。

 よほど疲弊しているのか、娘はその間も瞼ひとつ動かさずに眠り続けた。


 そんな娘の髪を見て、父親は言った。


「しかし、埃だらけじゃないか。いや、灰か? せめて拭ってやらんか馬鹿者」


「親父。この子の髪の色はこの色なんだよ」


「なに?」


 父親は指先で娘の髪をひと房こすった。たしかにアディアの言う通り、この娘の髪はこの色で間違いなかった。


「真っ白な髪……まさか」


 父親は慌てて玄関の戸を開けると、大いなる霊峰を見上げた。

 その視線の先には、月の光に照らされた猫山フニャルーの姿が変わらずにあった。


「ふっ、そんなわけないか」


 そう呟いて笑う父親の足元で、二匹の子猫がお座りしながら鳴いた。


「にゃー」「みゃー」


 そんな子猫の首根っこをパパ猫が咥え、中に入ってなさいと家の中に連れ戻す。

 父親も星型の模様を持つ子猫を抱きかかえたのだが、その瞬間、ハッとした。


「そ、そうか。その子はフニャルーの子供なのかもしれん……」


 むむむっとした表情で父親は娘の姿を見つめる。


「なに言ってんだよ親父。明日、目を覚ましたら聞いてみればいいだろ。だからもうとっとと閉めろって。寒い」


「ぬぅ、面白みのないやつだ。なあ?」


「にゃんっ!」


「そうかそうか。お腹空いたか。おーよちよち!」


 父親は子猫の頬を人差し指でこちょこちょしながら、家の中に引っ込むのだった。




 目が覚めたら話を聞くとアディアは言ったが、その予定に反して、娘は眠り続けた。


 これはまずいと思ったアディアと父親は、もう一夜明けてから近隣の村を訪ねて回った。

 しかし、どこの村にも真っ白な髪の娘の情報はなかった。だが、これはアディアも父親も半ば予想ができていた。


 その理由として、アディアの父親は西の村のまとめ役(村長みたいなもの)だったのだ。

 ここら辺の人はみんな金髪か茶髪なので、真っ白な髪の子供が生まれたら、まず間違いなくアディアの父親の耳にも届く。娘の年齢は二十前後だったため、それだけの年月で話題に上がらないことはまず考えられなかった。


 そんな娘が目を覚ましたのは、アディアが彼女を拾ってから三日目の夜だった。


 娘はアディアたち一家を見て、ひどく怯えた。というよりも全ての人間に対して、怯えた。

 夜に目を覚ました娘は弱った足で家から逃げ出し、アディアが慌てて連れ戻した。

 この地は、春でも夜にずっと外に出ていれば凍死する恐れがあるのだ。


 しかし、一家にはなぜこの娘が怯えるのかわからなかった。

 娘は人の言葉を喋らなかったのだ。動物の言葉とも違う謎の言葉を、うずくまって頭を抱えながら口にし続けた。

 理解できないその言葉だが、一家は、暴力に対する謝罪や拒絶の言葉だとすぐに理解できてしまった。それほどまでに娘の声は悲しいものだった。


 なんにせよ。人を見ると嘔吐するほど怯えてしまうため、やむなくアディアの部屋に娘を置き、アディア自身は両親とともに居間で寝ることになった。


 囲炉裏の火を囲み、アディアと父親が話す。


「もしかすると、あの子は世界の果ての子なのかもしれないな」


「世界の果てか。親父、そんなもの本当にあるのか?」


「130人の子供たちの話はお前にも語って聞かせただろう」


「笛吹きネチュマスか」


「うむ。大昔、笛吹きネチュマスに連れ去られた子供たちがこの地に現れたことがある。その時も大岩で気を失っていたという話だ。そして、やはりあの娘のように言葉は喋れなかった。きっとフニャルーは外の世界でネチュマスに襲われた者を助けるのだろう」


「……ネチュマスめ」


 女性をあれほどまで怯えさせる存在を、アディアは許せなかった。目を眇め、小枝をボキリと折り、囲炉裏に投げ入れた。


「まあなんにせよ、しばらく置いてあげてくれないかな」


「これもフニャルーの導きだろう。もちろんそれは構わん。だが、このままではそのうち死んでしまうかもしれないぞ」


 父親はそう言って、娘がいる戸を眺める。

 そこからは、悲しみに泣く娘の声が一日中聞こえてきていた。


「泣き猫……ペロニャか」


 そう呟くアディアを、星の模様を持つ子猫が綺麗な瞳で見つめていた。




 娘は、アディアの部屋から一切出てこなかった。

 朝晩に一度ずつアディアがご飯を用意する時以外は、人にも会わない。アディアもとんでもなく怯えられるため、必要以上には言葉を掛けなかった。

 娘はそうやって用意されたご飯もあまり食べず、日に日に痩せていった。しかし、そんな生活がひと月ほど経った頃、ひとつの変化が起こった。


 娘はその晩も泣いていた。

 暗闇の中で目を閉じると、思い出すのは怖い記憶ばかり。

 もう自分で命を絶ってしまいたかったけれど、しかし、娘は自分から死ぬことができなかった。衰弱するままに身を任せて、早くこの生が終わってほしいと泣いていた。


 板と板のとても狭い隙間から、にゅるんと子猫が入ってきた。

 それは額に星型の模様がある可愛らしい子猫だった。


 子猫は娘の膝にかかった毛皮の上で、にゃー、と鳴いた。

 窓から零れる月明かりの下、子猫は二足立ちしてにゃんにゃんと前足を掻き、バランスを崩してこてんと仰向けに転がった。

 その体勢のまま娘をジッと見つめた子猫は、「触って触って」と言わんばかりの顔である。


 これまで涙を拭うばかりだった娘のやせ細った指が、思わず子猫の腹毛を撫でた。

 すると、子猫はなでなでされるのに連動して、全ての足でわしわしと空中を掻く。


 じんわりと温かい感触が指先から伝わり、なんとも心地良い。

 娘が夢中でお腹をなでなでしていると、ついに子猫の前足がハシッとその指を捕らえた。しかし、後ろ足はやはり宙を掻き続ける。


『ふ、ふふふっ』


 その様子を見て、娘はとても久しぶりに笑った。


 その晩を境にして、毎晩、子猫がにゅるんと娘の部屋にやってくるようになった。

 時には猫じゃらしを持参し、時には別の子猫を連れてやってくる。

 娘はいつしかその時間が待ち遠しくなった。




 半月ほど過ぎた昼のこと。

 その日は、子猫たちが珍しく昼間にやってきた。

 娘は慌てて床から起き出し、すちゃっと猫じゃらしを構える。その姿は完全にジャンキーだった。


『これは?』


 その日は子猫が変なものを咥えてきた。

 木と羊の毛でできた白いネコミミのカチューシャだった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッと娘の心の中に欲求が湧き立つ。

 その欲求に抗いきれずに、ついにはガシーンと娘は猫耳を装着した。


『にゃ……にゃん』


「「にゃー!」」


 まるで娘の猫まねに答えるように、子猫たちが鳴く。

 娘はとても嬉しくなり、ニコニコしながら子猫たちと遊び始めた。


 しばらく子猫たちと遊んでいると、ふいに外が賑やかになり始めた。

 外の音は以前からずっと聞こえてきていた。それは農作業や世間話の笑い声などだったが、今日はどうも様子が違う。


「「「にゃんにゃん、にゃんにゃん!」」」


「「「にゃーにゃー、にゃーにゃー!」」」


 それは人の声と猫の声、笛や太鼓の音が混じり合った演奏だった。まるでお祭りのように賑やかだ。

 片方の子猫がシュタタッと部屋から抜け出し、どこかへ消える。


 残された星の模様を持つ子猫を肩に乗せ、娘は小窓から外を覗いた。

 そこでは多くの人がネコミミを装着し、たくさんの猫と共に踊っている光景があった。

 子供から年寄り、子猫から親猫まで全員がにゃーにゃーと歌っている。


 肩に乗せた子猫もにゃーにゃーと前足を掻き始めた。


『お祭り? それにしても時期が……』


 娘は空や草木を見るが、秋には早い。

 収穫祭ではなく別の祭りなのかもしれないと娘は思う。


『楽しそう……』


 娘は、猫の真似をして踊り歌う人たちを羨ましく思いながら、眺め続けた。


「ペロニャ」


 ふいに背後から声をかけられた。それは最近よく聞くが、意味がわからない単語だった。

 娘が振り返るとそこにはアディアが立っていた。アディアの周りには大小何匹もの猫がおり、二足立ちして前足を掻き掻きしている。


 まるで猫を自在に扱っているようなアディアの姿に、娘は悟った。

 今まで、自分を元気づけるためにアディアが子猫をこの部屋に入れていたのだと。そして、この祭りのようなものも自分を慰めるために開いてくれたことも。


『なぜ……私にそこまで良くしてくれるんですか?』


 俯いてそう言う娘にアディアは言った。


「まるでなにを言ってるのかわからんが……礼を言っているのなら、それはその子に言え」


「にゃん!」


 アディアが言うと、娘の肩に乗る星型の模様を持つ子猫が鳴いた。

 アディアはその子猫が元気づけなければ、どうすればいいかわからなかった。子猫がヒントをくれたから、こうして行動できたのだ。

 だが、言葉がわからず、この地の猫が極めて賢いことも知らない娘の感謝の先は、アディアだった。


「まあとりあえず、人生は猫を撫でとけば間違いない」


 アディアがそう言うと猫たちがわちゃわちゃと娘へ群がり、娘をぐいぐいと家の外へ押していく。


『あ、あう……』


 怖がる娘だが、猫たちを乱暴には扱えない。

 猫たちに押されて家を出た娘は、たくさんの人が騒ぐ姿を見て足をすくませた。それは娘の記憶にあるとても怖い光景に似ていたのだ。


 だが、決定的に違うのは、みんなの顔に人の不幸を喜ぶ笑いがないこと。そして、猫がいっぱいいること。


 その光景にポロポロと涙を流して座り込む娘。

 その顔の涙を子猫がぺろぺろと舐めて励ましたのを皮切りに、猫たちがもちゃもちゃと娘の体をもみくちゃにした。


「こいつはお前の猫だ。大切にしろよ」


「にゃん!」


 アディアは星型の模様を持つ子猫を娘に授けた。

 この日を境にして、娘――ペロニャは外に出られるようになった。




 さらにひと月ほどの時が流れた。

 足腰が弱ってしまったペロニャはアディアに連れられて、村の周辺を少しずつ散策するようになった。

 疲れてしまった時にはアディアに背負ってもらうこともあり、ペロニャは人に対する恐怖が少しずつ癒えていく。


 そんなある日のこと、村全体がそわそわし始めた。

 不安そうにするペロニャに、アディアは身振り手振りで話す。


「もうすぐ子猫の試練が始まるんだよ」


「い、いもうと、しえん」


「子猫の試練。子猫たちが大人の仲間入りをするための試練だ。スタリアも出るんだぞ」


 アディアが言うと、スタリアと名づけられた星型の模様を持つ子猫は、にゃーと鳴いた。


「スタリア、い、いもうと、しえん」


 ペロニャはよくわかっていないようだったが、スタリアはやる気満々でにゃーと鳴いた。


 それから半月ほどすると、朝も早くからパパ猫とママ猫がスタリアと姉妹猫を咥えて、出かけていった。

 寝たふりをしていたアディアたちは、バッと起き上がり、すぐに支度をする。


「ペロニャ、起きろ」


 相変わらず部屋を使わせてもらっているペロニャを、アディアが起こす。

 ペロニャは目を覚ますなり顔を真っ赤にして毛皮の布団で顔を半分隠した。

 その様子にアディアは眉根を寄せて、ペロニャのおでこへ手を当てる。


「体調が悪いのか? いや、うーん……」


 しかし、ここは多少無理をしてでも連れていくべきだとアディアは判断する。

 ペロニャを起こし、毛皮の服を着こませ温かくする。


「え、え、え?」


「なにしてる。早く行くぞ!」


「すぐ行く! 親父たちは先に行ってくれ」


 細い体を倍に膨らませるほど着せられたペロニャは、アディアに背負われて、移動した。

 ペロニャは混乱しながらも、周りの様子を見る。

 周りの家々からも多くの人たちがあまり音を立てずに走り出す姿があった。


「な、なに、する?」


「子猫の試練が始まるんだ」


「い、いもうと、しれん。スタリアも?」


「ああ」


「スタリア」


 アディアの広い肩をギュッと握り、ペロニャは愛猫を心配した。



このあと数分後にもう一話更新します。

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― 新着の感想 ―
人生は猫を撫でておけば問題ない 確かに……
[良い点] ジャンヌにハーメルン キスミアは夢の国より夢の国だ! 超興奮するお話ありがとう! めっちゃ面白い
[一言] 地球さんキターー。 感想1番げっちょ~~~~ ・。・¥
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