8章裏 ネズ即斬
本日もよろしくお願いします。
長くなっちゃったテヘペロす。
一万文字近くあるので、分けて読んでください。
宙に浮く紫蓮の胸の中に、翡翠色の帯が吸収されていく。
それはとても神秘的な様子で、時勢がマナ進化を肯定するように変われば、紫蓮の成長を喜ぶ親や友人が、目に焼き付けたいと思うような光景だった。
すっかり翡翠色の帯が吸収されると、紫蓮はふっと目を開けた。
ぼんやりと見つめた先には天井があるが、紫蓮の瞳には星空の残滓が見えていた。星空は遠のいていき、天井がはっきりと見えるころに、紫蓮の意識は夢の狭間から現実へと戻ってきた。
命子からいろいろなことを聞いていた紫蓮は、マナ進化したあとはどんな素晴らしいことが待っているのだろうとワクワクしていた。きっと万能感に酔いしれるんじゃないかなんて思ったり。
しかし、そういった……言い方は悪いが、俗な考えが入り込む隙間もなく、空気をひと吸いした紫蓮はポロリと涙を流した。
自分はこの世界に歓迎されて生まれてきたのだと、心の底からそう思えた。
カッコイイセリフを言って爆誕してやろうなんて考えもどこかへ消え、感極まって涙が出てしまった。
その場に足をついた紫蓮は、すぐに膝を折って床に手をついた。
霜が降りた床にポタポタと涙が落ちて跡を残す。
生まれ変わった体、その涙腺の奥深くから熱く流れる涙は、自分が流した涙の中で一番美しい涙なのではないかと思えた。
その隣についた手の指は母親のものとそっくりで、紫蓮はそこに生命の美しさを、ひいては世界の美しさを感じた。
無口な紫蓮は、命子やささらよりも感受性が強かった。
しかし、感動に酔いしれるばかりではいられない。
紫蓮はゴシゴシと涙を断ち切って立ち上がった。
床に横たわった龍命雷を拾い上げ、紫蓮は目を閉じる。
先ほどの試練で体得した世界の真実を見通す力を思い出し、ギンッと目を開けた。
その瞬間、紫蓮の右目が赤い光を宿して輝いた。
左目がありのままの龍命雷を、右目が龍命雷に宿る魔力を見通す。
普通の人ならたちまち酔ってしまいそうな左右で異なる景色を、紫蓮の脳は受け入れていく。
「これが羊谷命子の見ている世界……」
紫蓮はそのままくるんと龍命雷を回し、床に石突を立てる。すると、紫蓮の眼前に龍の牙を磨いて作った刃が輝いた。
鈍く反射するその刃の中に、紫蓮は自分の瞳の変化を見た。
「っっ!」
紫蓮は肩をぴょんと揺らして、ニンマリする。
「ま、魔眼! 我、魔眼を得たり!」
そのまま紫蓮はすぐに頭やお尻、背中を調べるが、特にオプションはついていない。
しかし、紫蓮は不思議とそのことにガッカリはしなかった。
みんなからいっぱい褒めてもらったことで、自分は自分、人は人であり、お互いに無いものを補っているのだと知ったから。
次に紫蓮はステータスを呼び出した。
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有鴨紫蓮
15歳
種族 魔眼姫
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「魔眼姫!」
紫蓮は眠たげな瞳のまま、その場で足踏みした。
最も簡単にファンタジー現象を体験できるため、自分のステータスを眺めるのが好きな人は世の中にかなり多いが、紫蓮もまたその口だった。
マナ進化したことで新しい項目が現れ、紫蓮はテンションがとても高かった。
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種族『魔眼姫』
・種族スキル
【魔眼】物体に宿るマナや魔力を特に強く視認できる。大気中に漂うものに対してはそこまでの性能ではない。
【道具の友】道具への魔力浸透率を向上させる。自分との関わりが低い道具への効果はほとんどない。
【見習い防具職人】【見習い棒使い】【修行者セット】【冒険者セット】【見習い火魔法使い】※進化の一部として取り込んだことで強化。
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「ふんふん。羊谷命子と見えている世界が違った件」
まあそういうこともあるだろうと思いつつ、紫蓮はあまりのんびりしていられないと気づく。
「ジョブはどうしよう……」
紫蓮は『見習い系』のジョブと『修行者』『冒険者』しかマスターしていない。案の定、三次職は出ていなかった。
しかし、聞いたことがないジョブが一つある。
『付与術士』だ。
ジョブの説明によれば、『武具やアイテムに働きかける力を得る』とある。
ジョブの説明は全体的に大雑把なので少しギャンブル性が高いのだが、紫蓮はこれに決めた。
紫蓮は二次職をマスターできていないにもかかわらず、かなりの火力を得ている。それがなぜかと考えた時、それは【覚醒・生産魔法】を戦闘に使っているからだろう。
燃費がかなり悪いので大きな一撃しか狙えなかったが、これを効率化できれば、みんなの役に立てるのではないかと考えたのだ。
「『付与術士』にジョブチェンジする」
そう宣言した瞬間、紫蓮はピシャゴーンと呆けた。
ピシャゴーンがどういうものか知っているため、危ないので一応座ってのジョブチェンジである。
そんな中で紫蓮は、【魔眼】を切るのを忘れて発動し続けていた。
その瞳が、自分の手の中に流れている魔力回路が、ピシャゴーンを受けた瞬間から変化していくさまを薄ぼんやりとだが捉えていた。
それはまるで植物の成長を高速で再生しているような光景であった。
魔力回路には二つあり、変化するものと変化しないものがあった。変化しないものはマスターして体に定着したものなのだろう。
紫蓮は、流れ込んでくる情報の片隅で、ジョブを変えるということが体内の魔力回路を切り替えることなのだと、気づくのだった。
そのことを心の端に留めておき、紫蓮は『付与術士』へと思考を切り替える。
「これはいいかも」
確認を終えた紫蓮はコクンと大きく頷いた。
そして、紫蓮は外に向けて走り出すのだった。
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「なるほどなるほど!」
紫蓮の冒険譚を冒険手帳に丸文字で書きこんでいた命子が、嬉しそうに頷く。命子は人の冒険を聞くのも大好きだった。
すっかり書き終えた命子は椅子の背もたれに寄りかかり、猫ちゃんが頭についたシャーペンをくるんと回して床に投げ捨て、よいしょとそのシャーペンを拾った。
そんな命子に見せつけるようにして、器用さが非常に高い紫蓮は、テーブルに置いてあったボールペンを手の中でシュババババッとぶん回す。
「辱めないでよ!」
命子は猫ちゃんシャーペンを握り締め、顔を赤らめて怒った。全て指が短いのがいけないんだ……っ!
「もう!」と怒った命子は紫蓮の背後に回り、髪の毛をさわさわする。
紫蓮の髪はカラスの濡れ羽と喩えたくなるような、綺麗な黒髪だ。今は黒いが、この髪は命子の角と同様に、魔力に反応して赤く光る。
「いいなぁ、紫蓮ちゃん。私も髪の毛が光ったら素敵なのになぁ」
「我は角がピカピカ光るのカッコイイと思う」
「まあ角がカッコイイのは否定しないけど、髪の毛もカッコイイんだよなぁ。神秘的で綺麗だし」
いいないいなぁと命子が髪を梳くので、紫蓮はもじもじした。紫蓮は、ハッとしてささらたちを見ると、めっちゃ生暖かい目で見られており、俯いてもじもじを深めた。
しばらく髪を梳いていた命子は満足し、今度はメリスに尋ねた。
「メリスはどんな試練だったの?」
「拙者デスワよ? 拙者はねぇ……」
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【メリスの話】
みんなに頑張ってついていったメリスは、ほかのメンバー同様に、いつの間にかひとりぼっちになっていた。
そして、吹雪が晴れる間際、メリスもまたあの声を聞いた。
——冬は守りの季節。一匹のネズミが死を呼び込む。
その声を聞いた瞬間、メリスはぴょんと跳ねる。電流が流れたような感覚が、頭から尾てい骨を経由しつま先へと駆ける。
跳ねたメリスが地面に着地した瞬間、吹雪はどこかへ去り、代わりにメリスの目に映ったのはあきらかに龍宮ではない光景だった。
『ここは、ハムハム氷穴……?』
キスミア語でメリスが呟く。
かつてのキスミアは、日本のように氷室を作る文化があった。
一年の計画の全ては長い冬を越すためにあり、キスミア盆地に散らばる全ての村で氷室をいくつか持っていた。ハムハム氷穴はそんな氷室の中で一番有名な天然の巨大貯蔵庫だ。
現代では樹脂で作った食料サンプルしか置いていないものの、当時の暮らしを知るために、小学生の頃に必ず社会科見学に行くような観光スポットとなっていた。
周りに自分以外に誰もいないことを確認したメリスは、困惑しながらハムハム氷穴に足を踏み入れる。
その瞬間、メリスの髪の毛がぶわりと逆立った。
『フシャーッ!』
そこにいたのは、食料を漁るネズミネズミネズミ。
ネズ即斬の国の掟は、まさにこの光景にあった。
キスミアにいるネズミ(和名:ゴミムーネズミ)は、穴掘りが非常に上手く、そのまま氷室に入って食料を盗んでいくのである。これは貿易などできなかったキスミア人にとって死活問題だったのだ。
ゴミムーネズミが食料になるということもあるので、まあぶっちゃけ、お互い様である。
ちなみに、ゴミムーはキスミア語でネズミなので、和名を聞くとキスミア人は混乱する。
メリスは即座に小太刀を抜いた。
すると、ネズミたちは一目散にハムハム氷穴の奥へと逃げていった。
『むーっ!』
メリスはネズミが倒したツボから零れる岩塩漬けの肉を見て、眉をひそめる。
ネズミが漁っているのは、本物の食料だった。
おそらくはフニャルーが見せる幻影。
しかし、かつてのキスミア人がネズミを恐れ、猫をなによりも大切にした理由が理解できる光景であった。
『全部倒せってことかな?』
これがフニャルーの試練であると推測したメリスは、ネズミたちを追って走り出した。
ハムハム氷穴は、そこそこ大きな空洞だ。
実際に氷室として使っていたのは入り口からほど近い部分だけだったが、そこから続く細い道の先にも氷に満たされたフロアがあった。きっとそこへ逃げ込んだのだろう。
ダンジョンのように不思議と明かりには困らず、かつて見たように氷に光が反射してキラキラと輝く光景すら見ることができた。
メリスは通路の途中で、ふと足を止めた。
それはずんぐりとした半透明な氷の柱だった。
『わぁ、メリス綺麗だねぇ!』
『うん!』
それは小学校の頃の遠足の思い出。
その時はこんなふうに半透明な氷の柱ではなく、ライトアップされて万華鏡のように色が変わっていた。
メリスは、手袋越しに手を繋ぎ、この場でルルとこの氷の柱を見た。
ルルは人気者で、いろいろな子と友達だった。
男の子からもモテた。
メリスは頑張って男の子を追い払い、ほかの子と一緒の時もいつも隣にいた。
そして、ルルは日本へ旅立ち、やっぱりすぐにお友達を作った。
『……』
昔を思い出したメリスは、目尻に溜まった涙をゴシゴシと乱暴に拭った。
『去年と同じでは冬を越せない』
それはキスミアのことわざだった。
キスミア盆地が世界の全てだったキスミア人にとって、自力で進歩しなければいずれ詰むというのが本能でわかっていた。だから、去年よりも良くするためにアイデアを考える。
転じてこのことわざは、『停滞はするな、成長しろ』という意味であった。
人間関係もきっと同じで、去年よりも良い知人が増えれば、それだけ辛い時を乗り越えるのは楽になる。
ルルは良い知人を増やし、成長した。
自分もそれを喜び、ともに成長するべきだ。
氷の世界で感じた温もりを思い出し、メリスは手のひらを握りしめた。
『ネズ・即・斬』
メリスは頷き、奥へと進んだ。
ネズミを追いかけて進むと、氷の壁に囲まれた最奥に辿り着いた。
その中央にはネズミたちが重なり合っており、それはまるで一つの生き物のようだった。そこに追いかけていたネズミが飛び込む。
すると、ネズミとネズミの繋目がなくなり、一匹の大きなネズミに変化した。
巨大ネズミは剣を持っており、魔物を示す赤い瞳をしていた。
『ネチュマスッ!』
メリスが叫んだ。
キスミア人は、基本的に大きいネズミを見ると、ネズミの親玉『ネチュマス』と呼ぶ。
なので、キスミアに出現した笛吹ネズミもネチュマスだし、こいつもネチュマスだった。
『ヂューッ!』
ネチュマスもまた真っ赤な目を怒らせて鳴く。
『ネズ即斬!』
メリスは小太刀を構えて走り出した。
相手は剣を持っている。武器を持つ敵とは何度か戦ったが、そうそう慣れるものではない。
しかし、キスミアの青空修行道場では、ダンジョン防具をつけて戦う模擬戦を早い段階で導入しており、メリスの対武器における戦闘技術は、命子たちに遜色ないレベルで仕上がっていた。
瞬く間に接近したメリスに合わせて、ネチュマスは剣で斬りつける。
メリスはそれを回避しながらネチュマスの横を通り過ぎる。
『硬いっ!?』
すれ違いざまに斬りつけたが、小太刀が毛皮を切り裂けない。
『みっ!?』
それどころかネチュマスは反撃でスラッシュソードを使ってきた。
高速で飛翔する剣技に反応できたのは、ささらの姿を見てきたからだろう。殺気の混じった動作を見た瞬間、転がるようにしてメリスは回避した。
ザンッと高速の斬撃が、今までメリスがいた場所の床に傷をつけた。
『ヂュッヂュッヂュッ!』
まるで笑うように鳴くネチュマスに、メリスはイラっとした。
だが、ここで怒ったら思うつぼだ。
『ネズミを見たら氷を握れ』
これもまたキスミアに伝わることわざだ。
実際に氷を握って殴打しろという意味ではない。クールになれというそのままの意味だ。
だから、ルルもメリスもルルママも、テレビでネズミの国のCMが始まったら、無表情になる。
それからネチュマスの鋭い攻撃を回避しながら、数度の斬撃を浴びせるがメリスの攻撃は通じなかった。
『これがNINJAの攻撃の軽さか……』
NINJAは良ジョブだったが、ザコには強いが硬いボスになると途端に弱くなる性質があった。だからルルも率先して目などを狙うのだが。
ここに至るまでも、メリスは氷の魔物たちとの戦いで、自分の攻撃が軽いという実感があった。
回避力がひたすら高いため、それでもみんなの役には立てたが、ルルのようにダメージを与えることはほぼできなかった。
だけど、メリスは諦めない。
小太刀をギュッと握る。
今、世界中で多くの人たちがスキルを覚醒させ始めている。命子がいろいろと情報を与え、それを基にさまざまな修練を重ねてきたからだ。
メリスもまた、日本が公開している命子の覚醒レポートを読んだ。
スキルの定量の法則を想いの力でぶっ壊せ。
いろいろとごちゃごちゃ書いてあったが、メリスはそう読み取っている。
もちろん、その前提には命子の目のような大きな才能か、修行を重ねた実績が必要だが、最終的には『自分の全てを限界まで出し尽くすぞ』という気持ちが大切なのだ。
ルルが地球さんTVで華々しくデビューしたあの日から、メリスはひたすら修行し続けてきた。学校カバンも無意味に重くし、暇さえあればシュバシュバと動く修行を重ねてきた。
いくつかのジョブをマスターし、それもたくさん使いこんできた。
今回の冒険だって、自分の身の丈に合っていないにもかかわらず、全力で戦ってきた。
だから。
『もう開花の時でしょ、私っ!』
心の底からそう叫んだ瞬間、メリスの眼前に吹雪のトンネルが現れた。
今は遠くにあるフニャルーが、黄金の瞳を光らせてメリスを見つめる。
そんな光景の中に、幻影が生まれる。
スマホを見てルルの活躍に憧れ、修行に明け暮れ、そして夕焼けになればフニャルーの瞳にお祈りしていた己の姿がフニャルーの中に吸い込まれていく。
その祈りはたった一つ。
ルルと一緒に大冒険したい。
その願いを聞き届けたと言わんばかりに、フニャルーがにゃーと鳴いた。
『にゃ、にゃーっ!』
ぴょんと小さくジャンプして、メリスもまた鳴いた。
その瞬間、メリスの四肢から紫色の炎が溢れ出て、二つの小太刀から冷気が零れ始めた。
『にゃんとっ!』
メリスは目をまん丸にして驚いた。
気づけば吹雪のトンネルはどこかへ消え、目の前にはネチュマスが武器を構えていた。
紫の炎を宿した手が、武器を握る。
その動きをするメリスは内心でとても驚いていた。
体が軽い。力が湧き上がってくる。
これならいける!
メリスがギンッと睨みつけると、ネチュマスもまた睨み返してきた。
『いくぞ!』
『ヂュオーッ!』
その瞬間、メリスの体がブレる。
今までにない加速を得たメリスの動きに、しかしてネチュマスは斬撃を合わせてみせる。
メリスの体が両断されるが、それは残像であった。
本物のメリスは、ネチュマスの攻撃モーションでできた死角を突いて、背後へ回り込み、背中を二刀小太刀で×字に切り裂く。
その剣筋が瞬く間に凍りつき、ネチュマスの動きに合わせて肉ごと砕け、紫色の血が流れ始める。
『ヂューッ!』
だが、ネチュマスも終わらない。メリスの攻撃に反応し、グルンと体を回した。
『っ!』
回転斬りを潜るようにして回避したメリス。
わき腹に隙を見つけたメリスはそこに刺突を入れようとするが、その動きを見切ったようにネチュマスがジャンプして縦回転で回った。
長いしっぽがビュンと鞭のようにしなって頭上から迫る。
『にゃっ、ふしゃー!』
メリスは半身を切って紙一重で回避する。
銀色の横髪が風圧で舞ったのもつかの間、メリスは通過するしっぽとともに動き出す。
しっぽ攻撃をミスしたネチュマスだが、回避してホッとしているメリスがそこにいる。縦回転のフィニッシュに追撃とばかりに剣を唐竹割りで叩きつけた。
メリスの体が頭から真っ二つになるが、それもまた残像である。
一瞬の判断がものをいう現代の速すぎる戦闘において、ネチュマスのレベルでは残像と本物を見極めることができていなかった。
しっぽ攻撃の動きに合わせて動いていたメリスは、大技を決めてがら空きになったネチュマスの背後に回り込んでいた。
メリスはシュッと鋭く跳躍して、二刀小太刀を左右からネチュマスの喉に添えた。そして、自身はネチュマスの背中を蹴りつけ、それと同時に小太刀を思い切り引いた。
蹴りの反動は首に回った小太刀に伝わり、凍てつく刃が喉の上で走る。
ネチュマスの首から小太刀が離れ、メリスは残った反動に身を任せて空中でくるりと身を翻した。
この時、メリスは『見習いNINJA』が覚える大ジャンプを使用しており、常人では生み出せないような跳躍を見せる。
かなり高い天井に上下反転して着地したメリスは、ググッと足に力を入れる。
その下では首が深くまで凍りついたネチュマスが動けないでいた。動けば氷が割れ、致命傷になる。
メリスがギュッと小太刀を握り締めると、冷気がぶわりと勢いを増した。
『っ!』
声を立てずにメリスは、流星のように落下する。
動けないでいるネチュマスの背中を、凍れる二条の斬撃が駆け抜けた。
背中を深く凍らせたネチュマスは、剣を落として四足立ちになった。バキンと喉を覆っていた氷が砕け、紫の血が流れる。
一方、メリスは着地と同時にバンッと床に手をつき、水芸の術を発動する。
メリスは知っている。やろうと思えば、水芸の術を氷柱の術にできることを。
『ニンニン!』
メリスの気合とともに、地面から氷柱が出現した。
それは四足立ちになったネチュマスの腹を貫いた。
『ネズ即斬。お前は私の出会ったネズミの中で一番強かったよ』
くるんと小太刀を回して、腰に十字に帯びた鞘へ納刀する。
それを合図にするように、ネチュマスは光に還っていった。
光に還るネチュマスを見送ったメリスは、ホッと息をついて、周囲を見回した。
そこは、小学校の頃にルルと一緒に見た光景。
ハムハム氷穴の一番の観光スポット、氷の鏡と言われる分厚い氷に覆われた空洞だった。
鏡と言うほど反射はしないのだが、光に照らされてキラキラと光る自然の美しさに、二人で見惚れたものだった。
そんな風景の中に、メリスは、幼かった頃の自分とルルが手を繋いで遊ぶ姿を見つけた。
幻影の自分たちが楽しそうに笑う姿を見て、メリスは微笑んだ。
またこれから、あんなふうに一緒に遊ぶのだと。
その瞬間、ハムハム氷穴は霞のように消え、メリスは龍宮の一室の中に立っていた。
メリスは、大きく息を吸い込んで、言った。
「みんなのところに行くデスワよ!」
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「ネズ即斬」
命子は冒険手帳にその文字をメモしながら、ほぇーとした。
マジでネズミに厳しい民族だなと。
語り終えた頃には、ささらとメリスの役割は交代されており、メリスはルルの猫耳をコリコリしながら頭をなでなでしていた。
「ハムハム氷穴。懐かしいデスね」
「ニャウ。また行くデスワよ?」
「ニャウ」
メリスとルルが共通の思い出を語って懐かしむ姿に、ささらが少し寂しそうにする。
けれど、お膝に載ったしっぽをさわさわする手は止まらない。
そんなささらに、メリスが言った。
「シャーラも一緒に行くデスワよ!」
「えっ、あ、は、はい!」
嬉しそうにそう答えたささらに、メリスはにっこりと微笑んだ。
そんなふうにささらを誘うメリスの太ももの上で、ルルは優しく微笑んだ。
命子と紫蓮は顔を見合わせる。私たちはどうなんだろうかと。
まあその時は普通についていくとして。
冒険手帳をまとめた命子は、一番へんてこなマナ進化をしてきたルルに顔を向けた。
「それで、ルルはどんな冒険してきたの?」
「ワタシデス? んふふぅ」
ルルはむくりと起き上がり、その場で伸びをした。
ビビビッとしっぽが小刻みに震え、その姿はまさに猫だった。
さんざん触っていたささらとメリスが、その様子にわぁと目を輝かせる。
命子は冒険手帳に『ねこっぽい』と書いておいた。
「ワタシはデスねー」
こうして、ルルの話が始まった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっております。ありがとうございます!