2-9 引き返して戦力上げ
本日もよろしくお願いします。
市松人形のドロップは、人形用の着物の帯と魔石だった。
カタナを期待していたが、恐らくレアドロップかそもそも出ないかのどちらかだろう。
帯は人形サイズなので1メートルほどで、幅も狭い。
しかし、これは結構良い物だと命子は思った。
今回の戦いは、反省すべき点も多かったが、発見もあった。
『100/100』のジャージは、ボロボロに弱った市松の斬撃ならば、ある程度防いでくれると分かったのだ。
これは非常に価値のある情報だった。
ただ、ささらのスキル【防具性能アップ 小】の効果があるかもしれないので、命子のジャージでは無理かもしれない。
そういうわけで、市松が落とした帯はささらとルルの急所を守るために役立ってもらうことにしたのだ。
半分に切り、二人の首に巻く。
少し派手な柄ではあるけれど、初心者に装備系統を統一させろというほうが無理なのだ。
果たして、これがどれほど効果があるか分からないが、万が一の時は地肌を斬りつけられるよりは良いだろう。
それにしても、市松は強かった。
水弾を避けるし、殴打しまくっても生きていて、最後の特攻までかましてきた。
勝てない敵ではないけれど、同時に負け得る敵でもある。現状でその天秤はグラグラ動く不安定さだろう。
ささらの足の治療をしながら、3人は協議の結果、来た道をいったん戻ることにした。
まだ行っていない場所も多いので、まずはそこから探索することにしたのだ。
地図を見ながら引き返し、杵ウサギの出現にホッとする3人。
この敵だって、本来なら割と強いことを命子たちは忘れていた。
一撃でも喰らえば、大の大人でも内臓が破裂する攻撃をするため、遠距離攻撃が無ければ死と隣り合わせの戦いを毎度することになるのである。
命子が見習い魔導書士と魔導書を持っているため、楽々倒せるだけなのだ。
まず、市松と出会った場所からほど近い分岐をまだ行ってないほうへ進んでみる。
しばらく進むと、山肌に隠れるようにして一軒の日本家屋が現れた。
古き良き里山にでもありそうな牧歌的な光景だが、命子たちは気を抜かずに探索する。
家屋を囲む垣根の入り口まで来ると、看板が立っていた。
看板には、『セーフティーゾーン』と書かれていた。
こんな物があることに、命子は驚いた。
教授の話にも出てこなかったし、初めて発見された可能性が高い。
看板には他に、説明書きもあった。
非常に親切な設計である。
曰く。
―――――
・セーフティーゾーンは、ダンジョン内にある魔物が入れない場所である。
・その形態は、ただの平地や洞窟、果ては宿屋まで様々なタイプがある。
・各セーフティゾーンは、カルマ値によって滞在できる時間が変化する。
・残り滞在時間は各々のステータスで確認できる。
・滞在時間が過ぎると強制的にゾーン外に投げ出されるが、時間が残っている限り出入りは自由となる。
・滞在時間はダンジョンから出るとリセットされる。
―――――
またもマイナスカルマ不遇システムの登場であった。
「読んだ?」
「ニャウ。休憩しマスか?」
「うん。まだ14時だから……1時間くらい休憩して、それから18時くらいまで探索をしようか。それで出口が見つからなかったら今日はここでお泊り」
「それが良さそうですわね」
「ニャウ。そうしマショー!」
かなり濃厚な一日だけど、朝早くからランニングを始めてルルに出会っただけあり、まだ14時だった。
中に入ると、囲炉裏がある居間だった。複数パーティが泊まれるようになっているのか、結構広い。
寝具などはなく、安心だけが提供される場所らしい。あとトイレもあった。安心!
自分が滞在できる時間はステータス画面で確認できるということなので見てみると、全員が12時間だった。それぞれがカルマ値に差があるのに同じ滞在時間なので、もしかしたら12時間が最大なのかもしれない。そこら辺の検証は他の人に任せよう。
命子たちはリュックサックを置き、その上に頭を乗っけてグデェと寝転がる。
「ささら、足は大丈夫?」
「大丈夫ですわ。指があかぎれになったように曲げると少し痛いですけど、支障は全然ありませんわ」
「そっか。外の探索でも痛くなったら言ってね」
「ふふっ、無理はしませんわ」
にっこりと笑うささらに、命子はこれ以上心配するのは却って気を使わせてしまうと思い、話を変えることにした。
「疲れたね」
「そうですわねぇ」
「だけど楽しいデス」
「おっ、ルルもダンジョンが楽しく思った?」
「ニャウ! メーコとシャーラが一緒だからもっと楽しいデス!」
ルルの直球な好意に命子とささらはテレテレする。
「危険と隣合わせですけれど、ワタクシも凄く楽しいですわ。誰かと一緒にいて、こんな風に楽しいのは初めて」
ささらが、目を細めて言った。
ルルが、一緒デスね、んふふっ、と嬉しそうに笑う。
真ん中に寝転がる命子は、天井を見上げて、前回と今回を比べた。
「私も1人でダンジョンを彷徨った時よりもずっと楽しい。ルルとささらと一緒だからだね?」
その言葉に、ささらとルルは、命子が独りボッチで過ごしたダンジョンでの一夜に想いを馳せた。
それはきっと、自分たちでは耐えられないほど寂しい夜だったに違いない。
そんな風にシリアスに考える2人だが、このロリは宝箱の中で爆睡して寂しさなど感じる余地すらなかった。寝る前ですら、フサポヨめ覚悟しておれよ、と思っていたくらいだ。
命子の良い感じのセリフに騙されている。
そうだ、と命子は2人に飴ちゃんを渡した。
「アメデスか?」
「これは特別製なんだよ。合成強化で強くしたアメだから、栄養がいっぱいなの。空腹も抑えられるんだ」
「ルー、メーコは凄いデスねー」
「んふーっ、まあねっ!」
命子は再びポイントゲットした。
勘違いと餌付けを巧みに使った好感度ゲッターである。
それから少し休んだ3人は、とりあえず日本家屋でウィンシタ映えしておいた。
世の中、女子2人集まればウィンシタ映えなのだ。3人集まればパーリーだ。
その後、おトイレなどを済ませ、3人は探索を再開する。
こういう休憩ポイントがあるということは市松人形がいた道が本道なんだろう、と3人は予想を立てた。
しかし、当初の予定通り、まずは別の道を探索することにした。
なんと言っても、市松人形が強い。
レベルを上げるなり、戦闘に慣れるなり、宝箱を見つけるなり、とにかく少しでも強化が必要に思えたのだ。
野外系のダンジョンに夜があるか分からないが、探索は18時までと決め、それ以降はセーフティーゾーンに引っ込むことにした。
庭先で訓練しても良い。なんにしても、フィールドには出ない。
ささらが描いた地図を頼りにして、歯抜けの部分を埋めていく。
結果、宝箱を2つ発見した。
命子の瞳の形が宝箱に変わり、人が変わったようにぴょーんと突っ込む。
命子は本格的に宝箱ジャンキーになりつつあった。取得物の権利が誰のものか心配していた少女はすでに死んだのだ。
やはり宝箱に罠はなく、中身をゲット。
宝箱の中身は、小鎌だった。
「おっしゃーゲットだぜ!」
このダンジョンで初めてのまともな武器だ。
……いや、まともかどうかは分からないが、武器になり得る物だ。
小鎌は、40センチ程度の柄の先端に、20センチ程度の弧を描く刃がついている。
刃は、内側全面と外側の先端付近についている。
また、柄の部分には30センチ程度の鎖があり、おしゃれだ。……命子的にはおしゃれだ。
「私は魔導書があるから、2人のどっちかが装備するといいよ。どうする?」
「ワタクシは剣に慣れていますし、まだ結構ですわ。ルルさんが装備なさって?」
「良いんデスか!? んふふぅ、ニンジャといえばちっちゃい鎌デス!」
「うん。NINJAと言えば小鎌だね」
実際の忍者が使ったかは分からない。奴らが使ったという忍者刀すらフィクションの疑いがあるそうだし、実際にどんな武器を使ったかなんて歴史学者でもない命子は知らない。
しかし、NINJAは小鎌を使う。奴らはスタイリッシュの化身だ。
「メルシシルー! ニンニン!」
ルルは片手でニンニンポーズをして、もう片手で小鎌を逆手に持つ。
すでに、どうやって小鎌を使えばカッコいいか身体が知っている模様。
ウサミミをつけた金髪碧眼北欧系スレンダー美少女NINJAである。
惜しむらくは着ているものがオーバーオールなところか。小鎌を装備したことで、田舎の畑を手伝うとても良いウサギっ娘みたいになっている。
小鎌をゲットして早速戦闘に入る。
市松人形エリアは見送っているので、相手は杵ウサギだ。
水弾で杵ウサギの手から杵を飛ばし、すぐさまルルが飛び出す。
長い脚がクルクル回転し、あっという間に距離を詰めると、右手に持った小鎌を振り払った。
杵ウサギの喉に刃が入り、紫色の血を撒き散らす。
ダンジョンの魔物から紫の血が出るのは、散々ボコスカ殴っていたので知っていた。
しかし、今回はその量が凄かった。
血が噴き出たことにルルは呆然とし、慌ててささらがフォローに入って、杵ウサギにトドメを刺した。
「はわわわわ、ち、血がぁ……」
本体が光になって消えると同時に、撒き散らした血も光になって消えていくが、それに至るまでの映像は15歳の少女にとって中々にショッキングだった。
命子は慌ててルルの手を強く握った。
「大丈夫! 私もボコスカ殴ってるから! 血があんまり出ないだけで、私だってやっていることは全く変わらないよ。だから気にしなくても良いんだよ」
「にゃ、ニャウ。そ、そうデスね」
ルルは一つ目を閉じると、命子から離れて。
「に、ニンニン!」
と、ポージング。
少し空元気っぽいけれど、泣き言を言わないその姿勢を命子は尊敬した。
2つ目の宝箱の中には、瓶が入っていた。
もちろん、宝箱はノーガード戦法で命子が開いた。
瓶の中にはビー玉サイズの球が10個入っている。
一つ一つに目玉のマークがついており、用途が分からない。
「んー、なんだろう、これ?」
「なんでショーねー?」
3人は一つずつ球を持ち、うんうん唸る。
そうしていると、ささらが、ひぁっと悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
見れば、ささらはビー玉を覗き込んでいた。
その姿に命子はハッとした。
そして、ささらに倣ってビー玉を目に近づけようとしたルルを、慌てて止める。
もしかして、これは鑑定アイテムなのでは?
命子の考えを肯定するように、ささらが瞳の前にビー玉を置きながら、顔を色々な方向に向け始めた。
「えーっと……色々な物の情報が見れるようですわ。命子さんのジャージは防御力12ですわね。ルルさんの小鎌は攻撃力14。杵柄ソードも14……」
「ささら、このアイテムを見て!」
「あっ! えっと、30秒間、鑑定を使えるようになるそう、ひぁっ!?」
命子が咄嗟に自分の持っているビー玉を鑑定してもらい、ささらが情報を告げている最中に、その指先からビー玉が光の粒になって消えていった。
「消えちゃいマシタ。使うと消えるデス?」
「そうみたい。ルル、使いたかっただろうけど、ごめんね?」
「ノーア。モッタイナイデスから、止めてくれてメルシシルーデス!」
命子自身も試したい衝動に駆られるけれど、ルルの言う通り勿体ない。
次いつ手に入るか分からないし、慎重に使いたい。
命子とルルは自分の持っている玉を瓶の中に戻した。
「良い物を手に入れましたわね!」
「ニャウ! 大切に使いまショー」
とりあえず、瓶は命子が持つことにして、探索を再開する。
とはいえ、もう良い時間なのでセーフティゾーンに向けて移動しなくてはならない。
ウサギを狩りつつ、移動する。
ルルが装備した小鎌は良い感じに攻撃力が高かった。先ほど鑑定の結果、初期の段階で杵柄ソード『100/100』と同じ攻撃力なのだ。
水弾で杵を弾き飛ばせば、次の瞬間ルルが踏み込み、小鎌を振るう。
ルルは2、3回もスプラッタを見ると少しは慣れたのか、キレッキレで杵ウサギを狩りまくった。修羅入りしただけある。
けれど、一匹倒すごとに、倒した杵ウサギの冥福を祈るように少しだけ目を瞑るルルを、命子とささらは気づいていた。
帰り道で、杵ウサギがウサシッポを落とした。
どうせならと、ウサシッポもルルに装着だ。
ちっちゃな丸い尻尾がオーバーオールにポンとついて、命子はご満悦である。
ウサシッポもやはり魔力が1減少したが、効果はよく分からなかった。魔力が減る以上は、何かしらのパッシブ効果が入ったはずだが。
先ほどの鑑定玉で鑑定すれば分かるだろうけれど、貴重な物なのでまたの機会にした。
杵ウサギは他にもいろいろと落とした。
メインは毛皮、これが圧倒的に多い。それから、杵柄ソード、ウサギ肉、ウサミミ、ウサシッポ、の順に確率が低くなっていくようだった。レアなウサミミとウサシッポは同じ確率かもしれない。
ウサギ肉はちょっと変わっていて、冷凍しているわけではないのに、時間が止まったようにカッチカチだった。
どうすれば使用できるのかアレコレやっていると、解凍する意思を込めると、カチカチ状態が終わった。その際に、魔力を1消費するようだった。
これを探索中にやってしまい、飴に合成することになってしまった。
山に入ってから50匹は杵ウサギを倒し、相当数のアイテムが3人のリュックに入っていた。
そんな風にして山ダンジョンを歩いていると、次第に陽が傾きだす。
このダンジョンに昼と夜の概念があることがほぼ確定し、命子たちはセーフティゾーンへ急ぐのだった。
読んでくださりありがとうございます!
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