8-22 エピローグ
■【本日2話目です】■
翌朝、命子たちはそのまま直帰せずに、御前崎海岸に向かっていた。
その車内でのこと。
「むっ、時間のようだ」
教授のスマホが鳴り、お知らせが届く。
「馬場さん大丈夫かな?」
「翔子は高校の文化祭でバンドのボーカルをしてたからね。人前に出ることをあまり苦に感じる性格じゃない」
「馬場さんはそんなことを……」
「翔子に意地悪されたら、『青春エンテレケイア』と唱えてみたまえ。魔法の言葉だ」
「せいしゅんえんてれけいあ」
命子は復唱し、コクンと頷いてから冒険手帳にメモした。その様子を見ていたアイもまた負けじとミニノートにメモメモ。
そんなことをしていると、車内に取り付けられたテレビと教授のタブレットが記者会見の様子を映しだした。
「あっ、馬場さんだ!」
今回の件で活躍した馬場、藤堂、藤堂の上官、そして数名のお偉いさんが一列になって入室し、一礼して着席する。
馬場は命子たちをホテルに送ると、お偉いさんに召集されてしまったのだ。そして、現在はテレビの中の人である。
「うーむ、何度見ても女子大生で通るな」
「一人だけ間違えて入ってきちゃったみたい」
「で、でも若輩者では出せない貫録がありますから大丈夫ですわ」
命子がキャッキャしてディスるのを、ささらがフォローした。フォローになったかは謎である。
記者会見では今回の事件の概要だけが告げられた。龍宮鬼ごっこがどういうものなのかという話だ。
一行がオトヒュミアから得た情報は、世界各国と共有したのちに国連事務総長の口から発表がある旨が知らされる。
「賢明な判断だ」
「そうなんですか?」
「下手をすれば世界中で何万人と首を吊る事態になる」
「それするくらいなら冒険者になればいいと思う」
「株などをやってると、そうも言ってられないだろうね。全ての航空関連企業がこれから潰れるかもしれないのだから」
「えーっと、『高速移動する乗り物は、マナ濃度が高い大気の壁を越えられない』でしたっけ?」
「ああ」
ついさっき仲間たちから教えてもらった情報を口にする命子に、教授は神妙な顔で頷いた。
オトヒュミアから情報という報酬を貰いたかった一行だが、なにを聞くのが一番いいのかわからなかった。自分たちがなにを知らないのかすらも知らなかったからだ。
そこで一行は『攻略ポイントが許す範囲で、地球人類が知っておくべきことを教えてほしい』とオトヒュミア本人に語らせる方法を取った。
これは命子が気を失ったあとも続けられ、その中にこの情報は入っていた。
このほかにも、教授が手に入れたかったエリクサーについてなど、今回の事件では多くのものの存在が確認された。それらを公表するのは、もはや日本だけの判断では不可能だったのだ。
「風見町防衛戦が終わったあとに、地球さんも同じこと言ってましたよね?」
地球さんも「凄いスピードで動く乗り物はそのままで大丈夫かなぁ?」と言っていたのを命子は思い出す。
「ああ。だが、我々はあれを『新幹線や車が出現した魔物にぶつかって事故を起こさないか』『イベント地域の結界に衝突しないか』という意味だと捉えていた。どうやら勘違いしていたようだ」
しかしそうではなく、世界の性質はマナが満ちてまた変化するということだったらしい。
オトヒュミアいわく、多少強くなった程度の金属の塊では、マナを含んだ大気中を高速で移動することは無理らしいのだ。
「地球さんは、『ヒントを見過ごしたの? じゃあ死ねば?』くらいなのかな?」
「あくまで私が受けている印象だが、種や文明ではなく個なのではないだろうかと思う。マナ進化の特性上、地球さんの寿命で考えれば、元の種族というのはすぐに意味を失くす。地球さんや神獣の注目という話を聞いた後だと、一層にそう思えてくるね」
「個か……でも、人の個は独りじゃ作れないよ」
「だからこそ、地球さんTVを流したり、ある程度手加減しているんだろうさ。君たちのような優しい子が育つようにね」
教授からしれっと褒められて、命子は隣に座る紫蓮の太ももを引っ叩いた。とんだとばっちりだが、これを好機と見た紫蓮は命子の太ももに顔を埋めて、うにゃうにゃとやり返した。
命子は、今は真っ黒な紫蓮の髪の毛先を指でつまんで弄りながら、言った。
「航空業界の人はどうなっちゃうんだろう。いっぱい頑張ってCAさんとか飛行機の運転手さんになったのに」
命子の発言に「パイロット」と呟く紫蓮のお尻がパシンと引っぱたかれる。口答えは許されない。うにゃうにゃは許される。
「どのようになるかはわからんが、ウサギが救うかもしれないよ」
「ウサギ?」
教授のお膝の上でニンジンを食べているウサギに目が行く。その首の上にアイがまたがっている。
「この子が願って手に入ったレシピは、飛空艇の作り方だった」
「マジですか!?」
「まあ原付バイク程度の大きさの物だし、性能は作ってみないとわからないがね。この飛空艇の外装技術が航空機に使えるのか、それとも飛空艇である必要があるのかも未知数だ。なんにせよ、現状はこれをヒントに始めるしかあるまい」
「はぁ、お前やんなぁ! キスミア航空のマークをニンジン食ってるウサギに変えてもらおうか?」
「なに勝手なこと言ってるデス。キスミア航空は風船猫って昔から決まってるデス! ねっ、メリス?」
「ニャウ。ニッポンの赤い鳥さんを変えてもらうデスワよ」
「赤い鳥さんは無理だなぁ。というわけで、ニンジンウサギは無理だわ。ごめんな」
ウサギはニンジンを咥えて、鼻をひくひくした。
そんなことをしていると、ささらが言った。
「命子さん、馬場さんの会見が始まりますわよ」
「ふわわっ、青春エンテレケイア歌うかも!」
「青春エンテレケイアはグループ名だよ」
というわけで、馬場の記者会見が始まった。
命子たちはテレビやタブレットの前でお菓子を食べながら、その様子を見学した。圧倒的高みの見物。
■■■
【馬場さんインタビュー】
記者A:マナ進化をしたというお話でしたが、種族名はなんというものなんでしょうか?
馬場:風精姫です。風の精霊に姫ですね。姫という歳でもないんですが(笑)
記者A:いえ、とてもお美しいかと。そのお名前は誰がつけたのでしょうか? やはり次元龍のような超常的な存在なのでしょうか?
馬場:いえ、私はステータスを調べた折に種族名を知りました。ですが、名前を認識していない状態の場合、自分で名付けられることが確認されています。これが万人に当てはまるかはわかりません。
記者A:仮に自分で名付けるとしたら、なんと名付けたでしょうか?
馬場:……し、シルフとか?
記者A:とても素敵ですね。ありがとうございました。
★
記者B:風精姫というのはどのようにしたらなれるのでしょうか?
馬場:先ほどもダンジョン対策室室長がお伝えしましたが、マナ進化については未知の点が多いので、参考程度にお聞きください。鞭、風、元気です。
記者B:鞭、風、元気。
馬場:はい。鞭スキルは正直あまり関係がない気がしますが、風と元気は大きく関わっているかと考えています。マナ進化はスキルだけではなく、心も重要なファクターになるようなのです。
記者B:それが元気であると。
馬場:もちろん私も人間なので複雑な心を持っていますが、陽気さを忘れずに生きています。ですから元気さはある程度強く影響しているかなと考えています。
記者B:ありがとうございました!
一同:(メモメモメモ!)
★
記者C:心が重要なファクターという話ですが、莫大な力を望めば手に入りそうでしょうか?
馬場:わかりません。しかし、一段階目のマナ進化程度ではまず無理でしょう。私は同行した民間人を心から守りたいと願っていますが、その心情に見合う力を得ていませんから。これはほかのマナ進化した自衛官にも同じことが言えます。
記者C:そうなると、心はどの程度重要な要素なのでしょうか?
馬場:まだ数えられる程度の人しかマナ進化していないので、なんとも。ただ明確に心を重視したマナ進化は存在を確認できていますので、無視するべきではないでしょう。この点に関しましては、もう少しマナ進化者が増えたら公表できるかと存じます。
記者C:ご回答ありがとうございました。
★
記者D:民間人の方が同行したそうですが、その方たちとは普段どのようなお話をしているのでしょうか?
馬場:それはこの席には関係がないことですので、返答を控えさせていただきます。
記者D:で、では付き合っている方はいらっしゃいますか?
司会:次の方どうぞ。
★
記者E:マナ進化した前と後で、体の調子などは変わるのでしょうか?
馬場:生命科学的な細かなことはまだ公表できる段階ではありませんので、私が体験したことをお伝えします。
記者E:よろしくお願いします。
馬場:まず一呼吸目で震えるほど感動するかと思います。自分の人生を振り返るほどの美酒です。少なくとも私はそう感じました。
一同:(ゴクリ……っ)
馬場:それが終わると、魔力を感じられるようになります。これについては種族ごとに違う可能性がありますので確かではありません。肉体的な話ですと……急激な力は得られませんね。マナ進化というのはジョブの上位互換みたいなものです。結局のところ、修行を積まなければ真の力は得られません。
記者E:五感や心境の変化などはあるのでしょうか?
馬場:五感については鋭くなった気がしますが、まだ検証が必要な事項ですので、これについても追って公表することになるかと存じます。心境の変化については特に……いえ、外の景色を見た時、世界が美しく見えましたね。これは私だけの感想かもしれません。
記者E:ご回答ありがとうございました。
★
記者F:馬場二等陸尉は明らかに肌や髪の様子が変わりましたが、それに関わるスキルは会得しているのでしょうか?
馬場:いえ、持っていません。ただ、長く活動するために若々しい肉体は望んでいました。
記者F:た、体重や身長などは変わるのでしょうか!?
馬場:体重は軽くなりました。身長は変わっていませんね。あー、あと、腰回りと太ももが若干シャープになりました。
一同:(メモメモメモメモ!)
■■■
「馬場さんも大変だな」
「大っぴらに質問できる初めての女性の始祖だからね」
「私たちの代わりにごめんね、馬場さん」
テレビの中で記者からの質問に受け答えをする馬場へ、命子は謝った。そうして流れるような手つきでチョコ菓子をもむもむする。
「まあ翔子は目立つのは嫌いじゃないからね。あんな澄ました顔してるが、あれは気持ちが良くなってるね」
「馬場さんも俗ですね」
命子が呆れた顔をすると、仲間の全員が命子の顔をジッと見た。おまいうである。
御前崎の海岸に到着すると、陸と海に自衛隊が展開していた。
「物々しいですね」
「まあ実験が実験だからね」
「ここでやってもいいんですか? 割と町が近いですけど」
「まあそこまで大変なことにはならんだろう。まさかみんな死ぬような物をなんの説明もなしに君に贈るとは思えん」
「まあそりゃそうですね」
教授の言葉に納得した命子は、懐から空色の笛を取り出した。
笛は冬の足音が聞こえ始める陽気の光を受けて、きらりと美しく光った。
これから、空色の笛について調べるつもりなのだ。
教授は測定機材の周りにいる研究員たちに目配せしてから、命子に言った。
「それではみんな準備を頼む」
「わかりましたわ」
そう頷くささらは命子の片手を繋ぎ、もう片手でルルと……といったように仲間たちは輪になった。さらにその周辺を精鋭自衛官たちが囲む。
教授は、空色の笛で転移が発動することを恐れていた。空飛びクジラプレゼンツのダンジョンとかにだ。
もっとも、それもまたとても低い可能性だと考えている。吹くために存在する笛を渡しておきながらそれでは、あまりに殺傷力が高いトラップだからだ。
それに命子自身もこの笛が悪いものではないと感じていた。
「ではいきます」
命子は空色の笛を口にくわえて、息を吹き込んだ。
魔力視ができる者は目を光らせて様子を窺う。
『フュウウウウウン』
どこか爽快さを覚える音色が空の彼方へ溶けていった。
「わぁ、綺麗な音」
「はい。いい音ですわね」
「ニャウ。でもなにも起こらないデスワよ」
ささらとメリスは首を傾げる。
「魔力の音波っぽいのが出てた」
「紫蓮ちゃんも見えた? ルルはどう?」
「見えなかったデスけど、魔力の音は感じたデス」
ルルもまた種族スキル【猫眼】で魔力視ができたが、魔力視の性能は低い。代わりに、種族スキル【猫耳】は魔力性の音を命子たちの中で唯一察知できた。
ほかにマナ進化した精鋭自衛官たちも、魔力視ができる者は同意する。
しかし、全員で海や空を注視するが、白波は穏やかで、雲はのんびり泳いでおり、平和そのものだ。
それから五分ほど待つが、一切なにも起こらなかった。
「なんだこれ?」
「羊谷命子、もっと鳴らしてみる」
「ふむ。教授、もうちょっと鳴らしてみますね」
「頼む」
命子は、また笛を鳴らした。今度は立て続けに5回くらい。
しかし、やはりなにも起こらなかった。
「海か空に関わるものだと思ったのだが……」
教授は近隣のクジラがやってくる効果でもあるのかと考えていたのだが、全然そんなことはなかった。測定器にも、ただの音としか観測できていなかった。
「特定の場所とか、我らの強さが足りない?」
ゲーム好きな紫蓮が、いかにもありそうな予想を言う。
「空にダンジョンができるって地球さんが言ってたし、その時に使うのかな?」
そんなふうにして、効果の検証はよくわからないまま終わった。
念のためにその場に自衛隊を残し、命子たちは帰路につく。
——その日、御前崎海岸周辺と羊谷家周辺の動物や人間たちが、大空を飛ぶ楽しい夢を見た。飛行機などで空を飛んだことがない小さな子供や動物たちは、その純粋な心に大空を自由に飛ぶ体験を強く焼きつけるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
次回からは少し閑話を挟む予定です。
よろしくお願いします。