8-21 帰還
本日もよろしくお願いします。
■お知らせ■来週の28日は一回お休みをいただきます。よろしくお願いします。再開は3月7日で。
青い光が過ぎ去り、倒れそうになる命子を馬場が抱き留める。
くてっとした命子の幼い寝顔を見て、ささらはすぐにオトヒュミアへ向き直った。
「命子さんは大丈夫なんでしょうか!?」
『それは普通のご質問ですか?』
「いえ。可能な限り詳細を教えていただきたいですわ」
オトヒュミアの問い返しに、ささらは返答にランクがあることを察し、攻略ポイントを使うことにした。
オトヒュミアは微笑み、頷いて答える。
『小龍姫さんは、神獣の魂に当てられたようですね。結論を言えば、魔力が回復すれば意識を取り戻します』
その説明に、ささらたちはホッとした。
『ここからはご質問へのサービスです。小龍姫さんが大丈夫かというご質問ですが、彼女はこれからも度々トラブルに巻き込まれるでしょう』
オトヒュミアは現状の命子の状態ではなく、未来の命子のことを言い始めた。
この予言めいた情報に、一同は衝撃を受ける。
「そ、それはまた、なぜですの?」
『彼女が始まりの子だからです』
「始まりの子?」
全員が疑問符を頭に浮かべる。
『はい。小龍姫さんとそちらの……えーっと、魔眼姫さんは始まりの子です』
オトヒュミアは命子と紫蓮を指して言った。
紫蓮が進化したのは、魔眼姫という種族だった。ささらと同じように自分で名前をつけたようだ。
『始まりの子。生贄の子。まあいろいろ言い方はありますが、ダンジョンが出現した際に、外の者たちにダンジョンがどのような場所なのか教えるための存在です』
「え……」
今明かされる驚愕の事実に、紫蓮は驚いた。
紫蓮は最初、自分がダンジョンに落ちたのは選ばれたからだと思って喜んだ。しかし、すぐにステータスを確認して偶然なのだと考えを改めた。だって、別に選ばれたというほど強くなかったから。
けれど、実際には本当に自分は選ばれていたのだ。
「でも、我、黙ってたけど」
『ふふふっ、黙っているのも織り込み済みで多くの始まりの子が選ばれます。なぜなら、選ばれる基準の一つが、ダンジョンを好きになる性格の子だからです。その子が暮らす環境にもよりますが、根本的には最初から秘匿する可能性が高い子たちなのです。誰かに言って、ダンジョンに入れなくなったら困りますからね?』
オトヒュミアが言うように、命子以外にもダンジョンから帰ってきた奇跡の子は世界中に何人もいた。そんな中で、命子がたまたま一番に布教を始めただけだ。『ダンジョンより帰還せりっ!』っつって、カメラに向かって。
命子もそうだが、帰ってきた子はたった一人の例外もなく、全員がダンジョンにまた入りたいと切望した。
紫蓮のように人が来ない場所でダンジョンに入った子は、その九割が秘匿したが、公にはされていない。
『話を戻しますが、始まりの子は基本的にトラブル体質になります。社会的に認知されやすくなるのはあなた方もわかるかと思いますが、それ以外に、星や神獣に深く認識されやすくなります。ほかの方たちがあたふたしている間に、始まりの子はいち早く魔法世界の探求を開始しますからね』
オトヒュミアはそこで一旦言葉を切り、「さらに」と続けた。
『小龍姫さんは、ほかにも世界に偉業として認められることをしています。ダンジョンの初クリアですね。あとは初めてマナ進化した個体でもあります。そんなこともあり、喩えるなら、小龍姫さんはオリハルコン色のモコナッチュみたいなものです。みんな興味津々です』
喩えが全然わからないとツッコむ暇もなく、一同は驚愕した。
「そ、それは命子さんの小さな体で受け止めきれるものなんですの?」
ささらが心配で尋ねると、寝ているはずの命子の眉がムムッと尖がった。「小さい」に反応したようである。
『走り続ければ問題ないでしょう。もうわかっているかと思いますが、魔法世界というのは、走り続ける者に凄まじい力を与えますから。走るスピードを超えてしまう試練を彼らが与えることはありません。もちろん、小龍姫さんが自分から限界を超える高難易度ダンジョンに挑むのだとしたら話は変わりますけどね?』
「いえ、でも……」
ささらは過去の三頭龍や今の巨大猫とか、下手をしたら死んでいたかも知れないと思う。
そんなささらにオトヒュミアは最後の言葉を送った。
『ちなみにですが、御伽姫さんも、いえ、この場にいるみなさん全員が同じですよ? ほとんどの方が始祖じゃありませんか。ふふふっ、カッコイイです!』
「(>_<)」「(; ・`д・´)」「(/ω\)」
テンションを上げるオトヒュミア。
それを聞かされた一同の代わりに、バネ風船たちが心情を代弁してくれた。
「か、仮にですが、我々が存在することで周囲に被害は及びますか?」
『それはご質問でしょうか?』
教授の質問に、オトヒュミアが首を傾げる。
先ほどの質問への答えはもう終わったらしい。
一同の報酬タイムは続いた。
「うぅ……」
「命子ちゃん!?」
「ふぇあ、だ、誰? あっ、馬場さん? ピッチピチやん」
「え、やっぱりわかる?」
命子は起きぬけにドアップで映った馬場の顔に、目を白黒した。若返ったように見え、どこかの女子大生かと思ったのだ。
そんな馬場に、どうやら膝枕されていたようだ。
周りの様子を見ながら、記憶の糸を辿る。
まだオトヒュミアと対談している者がおり、そこまで時間は経っていないようだ。
「命子ちゃんは神獣の魂の力に当てられたんだって」
「神獣……? あー、そっか」
バカみたいにでかいクジラに見つめられ、その後姿を眺めた後から記憶がない。
しかし、次元龍やフニャルーは大丈夫だったのになんで今さらと考えていると、馬場が説明してくれた。
「オトヒュミアさんが言うには、余剰魔力がなかったからだって」
「え……マジか。すみません」
つまり、命子が倒れた原因を誰かが質問したのだろう。それを察して、命子は謝った。
「お礼はささらちゃんに言って」
「ささらが聞いてくれたのか。ごめんね、貴重な報酬を使わせちゃって」
「いいんですのよ。ほかにも重要なことが聞けましたから」
ささらはそう言って微笑んだ。
「ところで、みんなちょっと疲れてませんか?」
命子は仲間たちの顔色に疲弊を感じ取った。
巨大猫と戦ったので疲れているのは当然なのだが、それ以外にも難しい顔をしているように思える。
「あとで教えてあげるわ。重大なことをいくつか聞いてね」
「寝ている場合じゃなかったか。今、どんな状況ですか?」
「今、最後の一人が報酬を貰ったわ」
「マジか」
馬場からそう言われた命子は、絶対面白い話だったじゃん、と思いながら立ち上がった。
その時、命子は自分が手のひらになにかを握っていることに気づいた。
「なんだこれ? 金持ちがシャーペンの芯を入れるやつ?」
それは筒状のとても綺麗な空色に輝いていた。
命子はなんでこんな物を持っているだろうと疑問符をいくつも浮かべた。
「ん? 命子君、それは笛じゃないのか?」
「え、笛? なんでそんなものを私は持っているんですか?」
教授に教えられて、命子は首を傾げる。
「いや、私もわからんが。君のではなく、起きたら持っていたということかい?」
「はい。私のではないですね」
「そうか……」
教授はしくじったと思った。
命子が持つ小さな笛について聞きたかった。
すると、オトヒュミアが言った。
『それでは最後の報酬ですね』
「最後? もう全員分……あっ!」
オトヒュミアの言葉に、教授はまだ報酬を貰っていない者がいることに気づいた。
『ほらほら、怖がらなくて大丈夫ですよ。おいでおいで』
オトヒュミアはそう言って、手を振った。
すると、入り口の近くで様子を窺っていたウサギの体が、床からいきなり出現した巨大な手にガショコンと掴まれた。
「全然おいでおいでじゃない件について」
思わず命子がツッコむのを無視して、手首が床でスライドしながらウサギを運んできた。
『さあさあ、よく頑張りましたね。あなたは二番目にポイントが高かったんですよ。どんな報酬を望みますか?』
「え、マジでございますか」
命子たちはウサギの順位を聞いて、驚いた。
「この施設を起動させた特典か……? いや、それよりも……」
教授が推測を呟くが、こればかりはどうなのかわからない。
そして、教授はウサギの報酬で命子の笛について聞いてもらいたかったのだが、それよりも早くウサギはなにかをオトヒュミアに伝えてしまった。
ウサギは、鼻をひくひくさせ、両前足をかしかしと上下させた。
『あらあらまあまあ! 素敵なお願いですね! では、これをどうぞ』
オトヒュミアは楽しそうに言うと、ウサギを解放して1枚のレシピを渡した。
「う、ウサギはなんて?」
命子がオトヒュミアに尋ねる。
『ご飯をくれる人間さんと仲直りする方法を教えてくださいと』
「(´;ω;`)」「;つД`」「(ノД`)・゜・。」
バネ風船たちがいい話だなぁみたいなアイコンを出す中で、ウサギは床に置かれたレシピを教授に差し出した。
「お前は……別に私は怒っちゃいないんだが。しかし、ありがたく受け取るよ。ありがとう」
教授がそう言って頭を撫でると、ウサギはぴょんぴょんと跳ねた。
命子はうんうんと頷く。ウサギ鍋にならずに済んで良かったと。
『さて、それでは全員の報酬が行き渡りましたね』
一同はお互いを見回した。
「あー、すみません。彼女の笛について教えていただくことは可能ですか?」
教授が質問するが、オトヒュミアは首を振る。
『ダメですね。攻略ポイントが足りません』
その答えに、教授は肩を落とした。
オトヒュミアは先ほどの続きを話した。
『このイベントは知っての通り、二度の参加はできないイベントですので、みなさんとはこれでお別れです』
不思議な人だったし、命子はお友達になりたかったなと思った。教授や馬場と出会ってからすっかりお姉さんが好きになってしまった命子である。
「オトヒュミアさん、本、ありがとうございました」
『ふふふっ、それが私の役目ですから』
そうしていよいよ帰還の時が来た。
命子は【龍眼】を光らせて、オトヒュミアの行動を見つめる。
ふっと手を横に振ると同時に、高速で指が動いていることに気づく。その動作が終わると、床に魔力の線が走り、命子たちの足元に魔法陣を作った。
魔法陣自体は全員にも見えたが、魔力の線だけは魔力視ができるメンバーにしか見えない。
そうやって、命子はどんな魔法の技術があるのか見て学んだ。
『それではみなさん、さようなら! どうか素敵な進化をしてくださいね?』
「「「さようなら!」」」
命子たちが元気に挨拶する横で、自衛官たちがピッと敬礼した。
それに応えるようにして、オトヒュミアは微笑み、バネ風船たちがアイコンを出してお別れを言う。
命子たちの体が消えた部屋で、バネ風船の一体がオトヒュミアになにやらアイコンを出す。
『あらあら時間ですか。お部屋の位置が入れ替わりまーす!』
501個ある部屋のうち、1階部分とゲートフロア以外の450個の部屋がランダムに入れ替わった。龍宮鬼ごっこはこうやって一定時間ごとにゴールが変化する仕組みになっていた。
『それではまたのご利用をお待ちしております。ふふふっ、次はもうちょっとあなたたちのスペックを活かせるといいですね?』
「<(`^´)>」「٩( ‘ω’ )و」「(o゜∀゜)=○」´3`)∴」
オトヒュミアはそう言うと、カプセルの中で瞳を閉じるのだった。
報酬を貰った命子たちは、モノリスの部屋に転移させられた。
そこでは別動隊として動いていたメンバーで無事だった全員が身構えており、仲間の顔を見るなり武器を下ろした。
「休め! いいから座ってろ!」
藤堂たちが上官である隊長の前に整列しようとするので、隊長は少し慌てた様子で座るように指示する。なにせほとんどのメンバーの防具が血だらけなのだから。
そんな状態なのに整列しようとした藤堂たちの姿を見て、命子は厳しい世界だなぁと思った。
「誰が一番軽傷だ?」
「私と木村以外は、比較的軽傷です」
「お前がそんなにやられるなんて、なにがあったんだよ。まあいい、篠田説明しろ」
藤堂と隊長のそんなやり取りから状況報告が始まる中、馬場が命子たちに言った。
「それじゃあ私たちは帰りましょうか」
「えっ、帰っちゃっていいんですか?」
「ええ。もうへとへとだから帰って寝ましょ。近くにいいホテルとってあるみたいだから」
まあ十分に冒険したしいいか、と思った命子たちは自衛隊の人たちに挨拶して回った。
報告も終わり、命子は藤堂たちにも挨拶した。
「藤堂さん。早く良くなってね」
「ははっ、あと一時間もすれば回復薬飲んで全快だよ」
「すげぇ世の中になったもんだぜ」
「ちげぇねえ。……命子ちゃん、一緒に冒険できて楽しかったぜ」
「うん。また冒険しようね」
「ははっ。ああ、そのうちにな」
痛い思いをしたのにそれでも冒険を求めるのは凄いことだと、藤堂は思うと同時に、オトヒュミアが言っていたことを思い出す。
『始まりの子はダンジョンが大好きになる性格の持ち主が選ばれる』
本当にその通りなのだと痛感した。
「それじゃあお先に失礼します!」
「仕事上がり?」
命子のセリフに紫蓮がツッコミを入れつつ、命子たちはモノリスの力で転移装置を起動した。
命子、ささら、ルル、紫蓮、メリス、馬場、教授、そしてウサギの体がふわりと浮かび始める。
「これはまた怖いね」
「教授はもしかして高所恐怖症ですか?」
「うん、若干その気がある」
「じゃあここからは目を瞑っていたほうがいいです」
いろいろな弱点がある教授に、命子は萌えた。
モノリスの間をグンと浮上し、そのまま外に飛び出た命子たちは来たのと同じ光のスロープを飛んでいく。
「うわ、こえぇ!」
星空と月の光だけを頼りにした海上の空中移動に、命子はキャッキャと喜びながら怖がった。紫蓮はキュっと口を引き結んで前だけを見ている。そして教授は馬場に抱き着いてガクブルしていた。アイもそれを真似して、馬場の顔面に貼りついてゴシゴシと体を擦る。
命子たちの速度は加速し、瞬く間に三保の松原に到着した。
行きは謎の松がカギになっていたが、そこから少し離れた場所に命子たちは不時着した。
三保の松原の入り口付近、丁度自衛隊が通行止めを行なっている場所の真ん前だった。
「まるで狙ったような場所に落とされるわね」
始まりの子という存在を知った馬場は、この状況は意図されているのではないかと勘繰った。つまり、目の前で大スクープだとばかりに鼻息荒くカメラを向ける報道陣にマナ進化をお披露目することで、世の中の人をマナ進化の道へ導くように。
いきなり報道陣に囲まれている状況に一瞬キョトンとした命子だったが、すぐにハッとした。すぐにササっと気配をまき散らし、仲間たちに伝播していく。
「小龍人の始祖にして火炎の龍を操る乙女! 小龍姫・羊谷命子!」
命子が二冊の魔導書を浮かべ、三冊目を手で開き、瞳と角をペカーッと光らせる。
「赤き瞳は万物の息吹を見通す魔眼なり! 魔眼姫・有鴨紫蓮!」
紫蓮が右目と長い黒髪の先端を赤く光らせ、龍命雷をビシッと構える。
「雪知る風知る猫が知るデス! 風雪の猫人姫・ナッガーレ・ルル!」
ブーンと分身してからシュババとポージングした二人のルルが、黄金の瞳を光らせながら一つに重なり合う。
「我が魂よ、友を守る盾となれ。我が魂よ、友の道を開く剣となれ! 御伽姫・笹笠ささら!」
サーベルを天にかざしたささらは、眼前でビシッと立てる。その瞬間、ガードフォースの光が仲間たちの体を包む。
「みゃ、みゃーっ! キスミアの荒ぶり猫・メリスメモケットデスワよ!」
まだ日本語があまり上手ではないメリスは、この日のために用意しておいた言葉を慌てて諳んじる。だが、練習してきたのかばっちりなタイミングで二刀小太刀に紫色のオーラを乗せて、ビシッとポージング。
「こ、これは私もやるのか?」
今日一番の恐怖を感じる教授が、馬場の腕の中からそっと下ろされる。
そして、馬場が名乗った。
「我が身に纏いしは春風の調べ。我が鞭が奏でしは嵐の咆哮! 風精姫・馬場翔子!」
馬場は黒髪のショートヘアの先端を緑色に輝かせ、鞭を足や腕に絡ませて、どこかアダルティにビシッとポージング。
親友のはしゃぎっぷりに教授は心の底から怯えた。
「が、学問の徒にして幻想の友。精霊使い・音井礼子!」
教授はほんのり顔を赤くして、おとなしめだがなかなか様になっているポーズをとる。気取った様子で差し出した手の上に乗ったアイが、ミニノートをバーンと開いた。
そして、その足元で一丁前にウサギが直立立ちして、鼻をひくひくさせた。
「我ら、守人とともに風雪の神獣の試練を乗り越え、龍宮を攻略せりっ!」
命子がバシーンと宣言すると、フラッシュの光が降り注ぎカメラのシャッター音が鳴り響く。
特にマナ進化しているメンバーへの視線が凄い。
さらに、その中でも特に、ネコミミがピコピコしているルルと、以前からちょくちょく命子たちと一緒に顔が出ていたが、その頃とは明らかに肌髪の艶が違う馬場。
日本中に、いや、世界中に激震が走った。
特に馬場のキラキラ具合で。
読んでくださりありがとうございます!
【お知らせ】来週の28日は一回お休みをいただきます。よろしくお願います。再開は3月7日で。