8-19 魔冬の猫戦 後半
■注意 本日二話目です■
氷の嵐で乱れた戦場を見回した馬場。
今の氷の嵐で、全員のガードフォースが終わっていた。そんな中でも立ち上がる少女たち。しかし、その中に命子の姿はなかった。
「め、命子ちゃん!?」
慌てて室内を大きく見回すと、大ダメージを負った様子の命子を発見した。
しかし、命子の下へ駆けだすよりも早く、巨大猫が激昂モードに入る。
巨大猫が素早く天井と床を一往復すると、今までの倍、計二十本の魔力の線が放出された。
「くっ、風弾! ウィンドウィップ!」
「ジャマーライン!」
教授はジャマーラインを巨大猫の前に出現させる。馬場自身はジャマーラインを抜けた魔力の線を風弾と鞭技で霧散させていく。
「翔子! 行け!」
教授が馬場の首から手を放し、おんぶ状態を終えた。
馬場はそれを見て、教授が命を懸ける覚悟を決めていることに気づく。
「……ええ、そうね。そうだったわ!」
「ああ!」
お互いに守るべきなのは子供たちだ。
馬場は教授と頷き合うと、戦場を駆けた。
分身して二人になったルルが巨大猫の前に躍り出て、瞳を黄金色に光らせる。
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種族スキル【猫眼】
高速の世界を見通す。風の流れを読む。魔力視マナ視・小
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巨大猫の高速の爪撃の動きを、ルルは誰よりも正確に見切って回避する。
「うーにゃにゃにゃにゃにゃ!」
炎を纏った忍者刀で攻撃し、激しい攻防を繰り広げる。
冷気の爪が空を斬り、氷柱がそそり立ち、炎が舞う。
時に冷気の爪が氷柱を砕き、二人のルルはそれすらも見切って、最前線で攻撃を引き付け続ける。
しかし、その攻防は唐突に終わった。
「やぁ!」
ブオンッと炎を纏った斬り上げが空を斬った。
紫蓮だ。
巨大猫はルルの攻撃を許容するが、紫蓮の一撃はかなり警戒しており、ルルを仕留めることに固執しない。
天井にタンッと足をつけた巨大猫が、紫蓮を目掛けて強襲した。
「させませんわっ!」
「武具強化! 炎属性付与!」
紫蓮の前にささらが飛び出し、全力で大重量に対応する。その刹那、紫蓮はささらの防具にありったけの魔力を込めた【付与術】を付与する。
「で、す! わぁああっ!」
【付与術】の力を借りたささらは大重量の一撃を受け切り、さらに燃え上がる防具が反撃の炎を食らわせる。
この結果を支えたのは、紫蓮の援護やささらの地力だけではない。ささらに食いつこうとする巨大猫の首に鞭が巻きつき、噛みつきを阻害していたのだ。
鞭は滑車のように天井を経由して、馬場の手に握られていた。
「ぐぅうう……っ!」
氷柱に腕を回して体重を支える馬場の手から大量の血が流れ、肩が一瞬で脱臼する。
だが、馬場だってやられてばかりではない。鞭に風の魔力を纏わせ、巨大猫の首に継続ダメージを与える。
さらに巨大猫の足元には教授が放った薄い炎の絨毯が広がり、氷柱の出現を許さない。
しかし、巨大猫が仕込んだ攻撃は天井からの強襲だけではなかった。
天井に大小無数の氷柱が出現する。
「にゃーっ!」
その氷柱が落下するよりも早く、メリスが炎の小太刀で粉々にする。
ガガガガッと床に氷柱が刺さる中、ささらと紫蓮がいる場所だけには致死の雨は降り注がない。
「先輩!」
「た、きざわ……っ!」
馬場の真上に盾を構えたのは滝沢。
外で繰り広げられていた氷の魔物との戦いで、滝沢もまたボロボロだ。盾では受け止めきれない氷柱の雨が二人の腕や足に傷を作っていく。
だが、馬場は鞭を握る手だけは絶対に離さない。守るべき対象でありながら、期待せずにはいられない少女が立ち上がったからだ。
「みなさんといると、いつもクライマックスですぅ!」
「私もそう思うわ……っ! だけど、本当のクライマックスはもうすぐよ!」
「じゃあ死ぬ気でやりますぅ!」
「みゃー……っ!」
仲間たちを守り、着地したメリスの足には、氷柱が突き刺さっていた。
そんなメリスの下へ、魔力の線が走る。
「メリス!」
そんなメリスを突き飛ばしたルルに、床から生えた氷柱が突き刺さる。
分身のルルが紫の光になって消え、本物のルルがメリスの体を抱っこする。
分身の術はダメージを受けると、そのダメージ量に比例して大量の魔力を消費する。分身が即死レベルの攻撃を受けたので、ルルの魔力が大量になくなった。
「る、ルルゥ! た、助かったデスワよ!」
「子猫の試練は厳しいデスな!」
だけど、ルルは諦めない。
「もうちょっとデス! メーコが復活したデスから!」
「にゃ、ニャウ! あいつはやるやつデスワよ!」
ルルは負傷したメリスを抱きかかえ、魔力の線を回避しまくった。
「あ……っ!」
時を同じくして、教授の頭上にも氷柱が生成される。
教授は終わったと思った。
「っっ!」
アイが教授の頭上に移動して庇おうとするが、教授は逆にアイを掴んで胸に抱き、その場にしゃがみ込む。
ギギギギギンッ!
ガガガガガガッ!
二つの音が教授の耳に届く。
教授が恐る恐る目を開けると、氷柱の雨はまるで自分を避けるようにして、床に突き刺さっていた。
慌てて頭上を見ると、そこではバリアが消えるところだった。
教授はハッとしてオトヒュミアの周りにいるバネ風船を見た。
「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」「(*’ω’*)」「٩( ‘ω’ )و」
応援のアイコンを浮かび上がらせるその中の一体。リボンを腕に巻いたバネ風船だけが、一瞬だけ違うアイコンを出した。
「ははっ、君は最高の案内人だ」
そう言って笑う教授は、オトヒュミアたちの前に立つ命子を見て、最終フェーズに入ったことを予感した。
命子は精神を集中していた。
両翼には二冊の火の魔導書。そして、その小さな手の上で変化の魔導書が開かれていた。
命子たちは勘違いをしていた。
魔導書の装備とは、意志を以てパスを繋げること。それによって魔導書を浮かせることができる。
しかし、サーベルには装備の意志など必要ないのだ。手に持って振れば、ちゃんと使える。
同じことが魔導書にもできるのではないか。
魔導書を装備することと、【魔導書解放】はセットではないのではないか。
命子たちは勘違いをしていた。
……いや、違う。人類で初めて魔導書を手に入れ、人類で初めて魔導書を使った命子が、こういうふうにするといいんだよ、と世界を勘違いさせてしまった。
魔導書を装備するということは、魔導書の遠隔操作機能をオンにして、利便性を飛躍的に上げるだけの効果でしかなかったのだ。
だが、これは知っていても使える人はいないのではないかと命子は思う。
なんだかんだ魔力パスは偉大で、これがあるとないとでは魔導書への指示の容易さがまったく変わった。いや、これすらも、命子が世界に『魔導書の装備』という概念を教えてしまった弊害かもしれない。
そう、命子ですら、魔力パスに頼った魔法の起動に慣れてしまっており、難しかったのだ。
精神を集中した命子の【龍角】が、真っ赤に輝く。
「燃えろ」
片翼の火の魔導書から火弾が生成される。
「燃えろ、燃えろ!」
片翼の火の魔導書からも火弾が生成される。
「燃えろ!!」
【龍眼】が紫色の光を放ち、二つの魔導書がパスで繋がる様子を捉える。
【魔法合成】に成功した二つの火弾が、大火球となって命子の眼前に現れた。
だが、それだけでは終わらない。
「はぁあああああ!」
大火球を維持しながら、手に持つ変化の魔導書に魔法を使わせる。
命子の【龍角】が炎を纏う。
それと連動するように、変化の魔導書がぱらりとページをめくった。
それは次第に速さを増し、高速でページをめくり始める。
命子の足元でドンッと衝撃波が生まれ、髪や和風装備がはためく。
変化の魔導書から、ギンッ、ギンッ、ギンッといくつもの図形が浮かび上がり、大火球の中に注ぎ込まれていく。
全てのページをめくり終わると、変化の魔導書はパタンと閉じた。
「藤堂さん、ありがとう!」
「ははっ、やっちまえ……っ!」
大魔法を作っていた命子を何十本もの魔力の線から守っていた藤堂が、最後の力を振り絞って横に飛び、射線を空ける。
「行けっ、火炎龍ぅ!」
命子の叫びとともに、大火球が紅蓮に燃え盛る炎の龍となって飛んでいく。
100近くあった命子の魔力が一気に空になり、それどころかスキルを維持する魔力すらオフにしていく。
ガクリと膝をつく命子は、魔法の行方を見る。
ささらと紫蓮が大きくその場から離れる中、首を吊られた巨大猫は咄嗟の行動に移れない。
ならばと、命子に向かってきていた五本の魔力の線が、射線上で氷柱や氷壁に変わっていくが、その全てを瞬時に蒸発させて火炎龍は突き抜ける。
火炎龍が巨大猫の体を包む。
まるで逃がすことを許さないとばかりに体に巻きつき、巨大猫を一気に溶かしていく。
「どんな猫だってぽかぽか陽気には勝てないってね」
火炎龍は猛るように火柱になって天井を舐め、消えていった。
あとにはヒビが入った白い球体が残っており、床に落ちて粉々に砕け散った。
急速に戦いの気配が遠ざかり、命子たちはその場に倒れ、仰向けになってドッと息を吐くのだった。
読んでくださりありがとうございます!
本日二話目書きましたが、前日だったんですけどね!