8-18 魔冬の猫戦 前半
本日もよろしくお願いします!
【本日は二話更新です。これは一話目です】
「ふわわわわっ!」
マナ進化をして戻ってきたみんなの姿に、命子は興奮した。
みんながなんの種族になったのか凄く気になる。
特にルルなど変化が顕著だ。頭にネコ耳が生え、お尻にはしっぽが生えているのだから。
最敬礼が手でネコミミを作る文化の人なので、まあ最終的にはそうなるだろうと命子は思っていた。しかし、実際に見るとやはりテンションが上がった。
しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。
命子は太ももをグーで叩き、意識を戦闘に向けた。
馬場の鞭で動きを制限された氷の猫は、仲間たちの連撃で、元の姿がわからないくらいにボロボロになっていた。特に紫蓮が顔面を大きく破壊したのが原因だろう。
だが、氷の猫の自己回復力は高い。
命子が強化火弾を発射して、叫んだ。
「魔力が視える進化をした人は、床にも注意! 床に魔力の線が出たら、氷の柱が足元から飛び出してくるよ!」
その指示を聞いて、紫蓮、馬場、ルルが目をギンッと光らせる。その魔力視の練度は低い。マナ進化したばかりで修行が足りないのだ。
だが、0と1では大きく違う。1ならば怪しむことが可能になるからだ。
そんな三人の中で例外的に紫蓮の魔力視適性が高く、片目だけだが、すでに藤堂以上に世界の輝く姿を捉えていた。
命子の強化火弾が着弾し、氷の猫の体がどろりと溶ける。連撃の嵐で氷の体が破損し、その分、炎の通りが良くなったのか。
すると、氷の中から真っ白な球体が姿を現した。
氷の猫との戦いで初めて見る物だが、それが氷の猫を形作るための核であると命子はすぐに判断した。
チャンス! そう叫ぶのも惜しい命子は、スタンバイ状態にある土弾を射出しようとする。
しかし、土弾が発射されるよりも早く、白い核を中心に部屋全体に突風が吹き荒れる。
突風は螺旋状に雪をまき散らし、命子たちの体を駆け抜けていく。
「うぅうう!」
防御力が高い者はその場に留まり、低い者はわずかに後ずさりする。
螺旋を描く吹雪の中、命子は声を聞いた。
『さあ子猫たちよ。その魂を以て、魔冬の猛威を乗り越えよ!』
ぶわりと吹雪が終わる。
そこに現れたのは氷の猫ではなく、黄金の瞳を持つ巨大な白い猫だった。
大きさこそ先ほどと変わらないが、体に宿る力は明らかに命子たち三人で戦っていた時よりも大きい。
「やったるよ!」
命子の気合に呼応するように、ささら、紫蓮、馬場、藤堂、教授が構える。
「にゃー……宗教上の理由で戦いたくないデス!」
「わかるデスワよ!」
そう言いながらも、フニャルーが与えた試練なのでルルとメリスは武器を構える。
最終ラウンドが始まろうとしていた。
「滝沢ぁ! 中の状況は!?」
「最終決戦ですぅ!」
仲間の声に、入り口で戦う滝沢が答え、目の前にやってきた氷の魔物を斬り裂いた。
自衛官たちは廊下から動けなかった。
廊下はすさまじい数の氷の魔物に侵攻され、こちらもまた激戦となっていたのだ。
しかし、激戦はなにも今始まったわけではない。
最初はマナ進化が終わった少女が、廊下に出てすぐに一人で一体の氷のマネキンと戦っていた。
そのあとは仲間が増え、敵も増える中、氷に閉ざされた扉から仲間が帰ってくることを信じて、全員が帰ってくるまでその場で持久戦を続けるしかなかった。
その状況を変えたのが、ウサギだった。誰かがピンチだと、部屋から飛び出して訴えかけてきたのだ。そしてその誰かとは、この場にいない命子と教授と藤堂だった。
自衛官たちはこの場に残り、少女たちを先に行かせた。
マナ進化したことで手に入れた種族スキルと、解放された三次職の技を駆使して氷の魔物を屠るが、あとからあとからやってくる。
D級の魔物と遜色ない、下手をすればそれ以上に強い氷の魔物との連戦だ。中と外、どちらがきついか。
マナ進化を終えた自衛官たちの初めての死闘が続く。
「ガードフォース!」
ささらが叫ぶと、自身と、自身に繋がりが深いメンバーの体から赤いオーラが湧き立った。
「防御力アップですわ! かけ直しはもう期待しないでくださいですわ!」
新ジョブの新スキルなので、ささらが端的に連絡する。
このスキルは消費魔力を任意で決められ、その量が命の保険になるため、ささらはかなりの魔力を込めた。
巨大猫が飛び上がる。
空中でぐるりと身を翻すと天井に四肢をつけ、再度床に着地する。
「魔法が来るよ、気をつけて!」
四肢としっぽ、天井と床。計十本の魔力の線が迫りくる。
しかも今回は直線だけでなく、弧を描く線もある。
「火弾、土弾!」
「ジャマーライン!」
突進させまいと走り出すささらに迫る魔力の線を命子の火弾がかき消し、アイの作った炎のラインが、天井から他のメンバーを狙ったものをまとめて散らした。
それを見た仲間たちは、瞬時にこの戦闘で必要なことを理解した。
「風弾! 風弾!」
「火弾! 火弾!」
純粋な魔法は連射が利くため、馬場と紫蓮が素早く二発の魔法を発射する。
それでも天井の一本が相殺攻撃を抜け、教授の真上に到達する。
魔力の線が見えない教授は、敵の行動から推測してアイにジャマーラインを張らせていた。そのため、教授は頭上まで抜けてきた魔力の線に気づかない。
魔力の線は天井で円形に膨れ上がり、大小無数の氷柱に変わる。
ガガガガガッと氷柱の雨が床に落ちるが、それよりも早く教授は体をくの字にして強制的に移動させられていた。
「ボサッとしてんじゃないわよ!」
鞭で教授を引き寄せた馬場が、教授の体を受け止めて叱る。
「あ、あぅ……しょ、翔子。助かったよ」
軽い鞭打ちになった教授は、目を回す。
「しっかり掴まってなさいよ!」
「うん」
馬場は教授を素早くおんぶする。
最後衛の教授が狙われていた頃、前線でも戦いが始まっていた。
バージョンアップした巨大猫は、完全ではないが、走りながらでも氷柱の魔力をある程度放ってきた。
魔力の線はメンバーの下へ均等にやってくる。
「厄介な攻撃するね……っ!」
命子と馬場、ピンチを脱した教授はすぐさま魔力視ができないささらとメリスに向かう魔力の線を消していく。
生成された魔力の線が、ほかのメンバーに伸びる。
見えさえすればこれを回避することは、命子たちにとってそこまで難しくはない。全員が移動しながら氷柱や氷壁を回避していく。
そうこうしているうちに、巨大猫が後ろ足を踏ん張り、ささらの頭の上を抜けようとする。
「行かせない!」
その瞬間、紫蓮もまた氷壁を蹴って高くジャンプし、龍命雷を振るう。
黒い髪の先端が赤く輝き、それに連動するように龍命雷が炎を纏った。
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【付与術 武具強化】
一時的に、任意の武具に対して、最大出力を超える魔力コーティングが可能となる。
【付与術・派生 炎属性付与】
一時的に、任意の武具に対して炎属性を付与する。
※両方とも消費魔力は任意。消費魔力により継続時間が変化。
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ガキンッ!
巨大猫が空中で身を捻り、冷気を纏った爪で紫蓮の攻撃を防いだ。
紫蓮は真後ろに大きく弾かれ、巨大猫は真下に落ちる。
「むぅ、一筋縄じゃいかない」
紫蓮は新しいジョブで手に入れた必殺技が防がれてしゅんとしながらも、滑るようにして着地する。
命子は歯噛みしていた。
魔力の線が激しくなり攻撃に参加できない。
それに、土属性の練度が低くて【魔法合成】も使えない。もう一冊火の魔導書があれば、水撃砲のように火と火の【魔法合成】が可能になるが、今、火の魔導書を持っているのは教授だけ。教授のジャマーラインは今も仲間たちを守っているのでダメだ。
紫蓮が弾いた巨大猫がささらの前に着地する。それはすなわち氷柱の発動を意味している。
「強化火弾!」
戦場を回り込んだ命子は、巨大猫の足元に強化火弾を放つ。
床を舐めるように広がった炎が氷柱の魔力を一気に霧散させる。同時に巨大猫が炎を嫌って飛びのこうとするが、その一瞬の隙をささらが見逃さない。
「はぁあああ! ルミナスブレイド!」
燃える床を意に介さずに、ささらが間髪入れずに飛び込んだ。
種族スキル【触れ合う心】の効果が、親友である命子の攻撃をささらに通さない。
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【騎士剣技・天 ルミナスブレイド】
斬り上げ専用の技。斬り上げとともに光の柱が上空へ伸びる。
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ささらが愛剣を下段から斬り上げ、空に舞う。
巨大猫のわき腹が切り裂かれ、ジャンプするささらの動きに合わせて光の柱が発動する。
だが、それはささらが想定していたものではなかった。
光の柱は命子の魔力で作られた床の炎をともに連れていくようにして真上に伸び、巨大猫の腹を大きく延焼させた。
巨大猫の傷口から血液の代わりに大量の魔力が流れた。
『ニャーッ!』
痛みに怒った巨大猫が突風を放出した。
ささらが大きく吹っ飛ばされる中、突風が及ばない天井すれすれをメリスとルルが舞う。
「「ニンニーン!」」
空中でルルが二人に分裂した。
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【NINPO:分身の術】
分身を一体出現させる。分身のスペックは本人と変わらない。全ての行動に魔力が消費される。
消費魔力『分身維持・極小』『行動・小~大』『スキル行動・大』。『分身の被ダメージ・極小~極大』
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メリスと二人のルルが同時に天井を蹴り、一気に落下する。
巨大猫の背中に二刀の小太刀を突き立てるメリス。
その刀身には、メリスの属性ではない炎が宿っていた。
そのサイドでやはり炎を宿した忍者刀と小鎌を振りかぶった二人のルルが、縦回転しながら床に着地する。メリスと二人のルルは、瞬時に高速移動をしてその場から離脱した。
直後に巨大猫がグルンと横回転して攻撃を空ぶらせる。
「にゃー……シレンに炎にしてもらったのに、拙者の攻撃はダメダメデスワよ! 宗教上の理由デスワよ!?」
「違うデス! NINJA系は攻撃力スキルを強化しにくいのデス! ワタシも通った道デス!」
『付与術士』というジョブについた紫蓮。
『付与術士』で覚えた炎属性付与は、藤堂たちがやっている自力での属性付与ではなく、他者の武具にもかけられた。
これによりフニャルーと同じ属性を持つメリスとルルも炎の攻撃が可能になっていた。
しかし、NINJA系は元の攻撃力が弱く、ボスに大ダメージを与える役には向いていない。
「でも、できることはあるはずデス! これは子猫の試練なんデスから!」
「んー、ニャウ! 力を合わせるデスワよ! フニャルーが見てるデスワよ!」
二人は頷きあい、シュババッとその場から移動した。直後に氷柱が立つが、すでにその場に二人の姿はなかった。
ルルたちの攻撃が終わった直後、巨大猫は大きく背後に飛びのいた。
ささらがすかさず前進するが、巨大猫は空中で魔法を放つ。水弾と同じような放射系の氷柱だ。
「くっ!?」
初めて見る攻撃に、ささらは咄嗟に回避する。
それによってバランスを崩し、巨大猫との距離ができる。
「ラァッ!」
そんな巨大猫に藤堂が肉薄する。
回復薬を飲んだことで炎を纏うほどの魔力もなく、愛剣も一本が折れてしまったが、後ろで寝ているなんてできない。
藤堂の攻撃を巨大猫は転がるようにして回避する。
シュタッと身構えたことで、氷柱の魔力が放出される。
「もう見切ってるぜ!」
藤堂は紙一重で氷柱を躱し、ロングソードで斬りつける。
しかし、ここで巨大猫は炎を纏っていない藤堂の攻撃を無視した。
「くっ、そういうのが一番困るんだよ……!」
ボスは体力がある。それゆえに、捨て身の攻撃が可能だった。
『ニャァアアアアアアアアア!』
毛を逆立てた巨大猫から、氷の猫が使ったものを超える衝撃波が室内に轟く。
今まで出現していた氷柱や氷壁が砕け、細かい破片となって吹き飛んでいく。
藤堂に斬られても構わず、大きく力を溜める巨大猫の姿を見て、命子が叫んだ。
「全員、氷柱の後ろから逃げて!」
そう叫んだ命子だが、自分自身の位置取りが一番悪いことに焦って走り出す。
『ニャァアアアアアアアアア!』
その衝撃波で、氷柱どころか命子の体も吹き飛ばされる。
ころころ転がる命子の体に氷の破片が当たり、ささらに掛けてもらったガードフォースの光がどんどん失われていく。
氷が壊れる大音響が止み仲間たちがすぐさま立ち上がるが、命子は立ち上がれない。
戦闘が再開される中、かなりのダメージを受けた命子は、服の中の回復薬ポーチから中級回復薬を取り出して、服用した。
「うぅうう……中級回復薬のお世話になるのは二度目だな……」
命子の体が徐々に癒え始める。
相変わらず凄い効き目だなと内心で思っていると、ふいに命子は応援された。
『小龍姫さん、頑張れ頑張れ!』
「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」
ハッとして見てみれば、そこはオトヒュミアが入ったカプセルの真ん前だった。
「気楽ですね」
『そうでもないですよー。ハラハラしっぱなしです!』
「ははっ。じゃあ頑張ってきます」
『はい。ご褒美をもらう前に死んじゃったら損ですからね?』
未だにガクガクする足に活を入れて立ち上がる命子は、オトヒュミアの言葉を聞いてハタとした。
「……オトヒュミアさん。そのご褒美は今もらうことは可能ですか?」
『ええ、もちろんです。猫さんの試練とご褒美の件はなにも関係がありませんから!』
「じゃあ、強い武器をください。あいつに効く、強い魔導書を」
『あらあらあら、欲張りさんですね。でも、みなさんの攻略ポイントは実のところあまり高くありません。その中であなたが一番ポイントを持っていますね』
「マジか。あんなにバネ風船を退けたのに。あっ、そうか、そういうことですか……」
命子は、このイベントが『龍宮鬼ごっこ』だということを思い出した。つまり攻略上の最善手ではなかったのだろう。ほかにも多くの部屋があり、多くの生物たちがいた。あれらだってなにかしらの意味があったのかもしれない。それにバネ風船だってもっとスペックを上げられたはずだ。
全ては時期尚早のイベントだったということか。
『ふふふっ。攻略ポイントの基準は言えません』
オトヒュミアは投げキッスするように口元に手を置いた。これがオトヒュミアの文明での「シーッ」なのかもしれない。
『あなたに差し上げられる範囲の魔導書の中でオーダーに適うものだと、この二冊ですね』
オトヒュミアが手を振ると、命子の前に二冊の魔導書が現れた。
『火の魔導書と変化の魔導書です。変化の魔導書は中級ですね。どうぞ、両方とも差し上げます』
「わっ、ありがとうございます!」
命子は二つの魔導書を胸に抱えて、ぺこりと頭を下げた。
それからすぐに『魔導書士』にジョブチェンジして、未だスキル化に至っていない【魔導書解放 中級】をオンにする。
その途端、変化の魔導書がどういうものなのか頭の中に流れ込んできた。
「変化の魔導書は、今は意味がないの……?」
変化の魔導書でできることを知って困惑する命子。これなら火炎の魔導書みたいな強そうな魔導書が欲しかったと思った。
そんな命子に、オトヒュミアが言った。
『体は癒えましたか?』
「あ、はい。もう大丈夫です」
『ふふふっ。では、最後に二つヒントをあげましょう』
オトヒュミアはそう言うと、親指を立てた。
『魔導書の中級に、火の魔導書の上位互換は存在しません。中級の魔導書は、変化、強化、範囲化、分裂などそういったものです』
「えっ!?」
驚く命子に笑顔を向けて、オトヒュミアは人さし指を一本立てた。
『そして、もう一つ。あなたは魔導書を二つしか使っていませんね?』
「え、は、はい。それはだって……」
『あなた方は、サーベルを装備して使っているんですか?』
「それはどういう……? ……あっ!」
オトヒュミアの言葉に、命子はとんでもない思い違いをしていたことに気づいた。
『マナ進化をして魔力の操作がそれだけできるようになったのなら、すでにできるはずですよ』
命子は目を見開いて、変化の魔導書を見つめた。
『ふふっ、合成の魔導書は上級の魔導書です。素晴らしいマナ進化をしましたね。ではでは、頑張ってくださいね!』
「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」
「は、はい! 頑張ってきます!」
命子は、大きく頭を下げて謝意を表すと、キッと戦場に向き直った。
■本日は二話更新です。日を跨いで、00:10くらいに投稿します。