8-16 氷の試練
本日もよろしくお願いします。
カプセルの中に浮かぶ女性に気づいた命子は、反射的に【龍眼】を使った。
ピカーッと命子の【龍眼】が女性を見つめる。
年の頃は20代半ば程度だろうか。
顔は母性を宿したとても美しいもので、桃色のふわふわな髪をしているにも拘わらず、それがよく似合っていた。
プロポーションが非常によく、ボディラインがはっきりとわかるコスプレチックな服を着ているため、エロかった。
命子はギリッと歯を食いしばり、相手の魔力に意識を集中する。
結果、どうやっても勝てないというのがわかった。彼女本人にも莫大な魔力を感じるが、エロいだけに思えるボディスーツに自分たちの装備を超える性能が垣間見えるのだ。
勝てないとわかり、命子の思考がどうやってこの場を切り抜けるかに変化していく。
そんな修羅っ娘の思考を知ってか知らずか、カプセルの中の女性はほのぼのとした口調で言った。
『イベントの趣旨が変わってしまいましたが、龍宮鬼ごっこのクリアおめでとうございまーす。ピュクピュクピューン!』
女性は謎の効果音を口で奏でる。カルチャーギャップである。
紫蓮ママを彷彿とさせるのんびりとした様子に、命子の警戒レベルがガクンと下がっていく。
しかし、下がった警戒心はすぐに急上昇する。
ポムポムポムと複数の弾む音がしてそちらを見れば、いつの間にか、手を打ち鳴らしている10体のバネ風船に囲まれていたのだ。
「ば、バネ風船っ! これは……っ、藤堂さんいくついける!?」
「いや、1だよ!」
「私は0.5!」
魔物との戦いは好きな命子だが、無理すぎる難易度のムリゲーはノーサンキューだ。どうやっても無理なのだから、それはもはやクソゲーである。
しかし、命子たちの悲鳴とは裏腹に、特に捕獲しようとしてくる素振りはない。
女性がのほほんと笑った。
『あらあらあら、バネ風船! あなたたちは素敵な名前をつけてもらったんですねぇ。良かったですねぇ?』
「(´・ω・`)」
「( ;∀;)」
「(/ω\)」
一体として気に入っていなかった。
命子は腕まくりしそうになるが、グッと堪える。
『この子たちは、本当はガディアスというのですよ。ガディアス5500モデルです。ふふふっ、でもバネ風船のほうが可愛いですね?』
女性の言葉に「ご大層な名前だぜ」と命子は思った。
「そういうあなたは誰なのでしょうか?」
『あらやだ、私ったら、これは失礼しました。私の名前はオトヒュミア。元神獣観測所・龍宮の所長さん……の幻影でーす!』
でーすと星が飛びそうなウィンクをして、女性は名乗った。周りでバネ風船たちがポムポムと拍手する。
「神獣観測所? 幻影?」
「オトヒュミア……乙姫さまや……」
「か、可愛い……」
教授と命子と藤堂の呟きが重なる。別々のことに注目した三人の呟きからオトヒュミアは命子のものを拾い上げた。
一方、命子と教授は藤堂の呟きを拾って半眼で藤堂を見ていた。
『うふふふっ。オトヒメですか』
自分の言葉に、凄まじく色っぽいオトヒュミアが笑うのでちょっと恥ずかしくなった命子は、指遊びしそうになるのをグッと堪えた。「なにクソなにクソ」と思考を巡らせて質問した。
浦島太郎の存在や異世界のことなどいろいろと聞きたいことはあるが、いま、一番気になっている質問が自然と口から出てくる。
「みんなは無事でしょうか?」
オトヒュミアは人差し指で下唇を触り、「んー」と考える。
『それはわかりませんね。他のみなさんが参加しているのは、冬呼びのお散歩猫さんの試練ですので。ですがまあ、神獣というのは往々にして魔法を極めた生物たちです。調整を誤ることはめったにありません』
その答えに、命子はホッとした。
やつらは自分たちと強さの格が違いすぎるため、調整を誤るんじゃないかという心配が命子の中にはあるのだ。
「その神獣というのはこの世界にいるっていう72体の超生物のことですか?」
続く命子の質問にオトヒュミアは頷く。
『呼び名は世界によって様々ですけどね。私たちの星のためにその身を捧げた、別世界の偉大な生物たちの魂のことです。お星さまにも私たちと同様にレベルがあります。私たちとは仕様が少し違うのですが、その最初の1レベルを上げるために、彼らの魂の手助けが必要になると考えられています』
命子は次元龍が言っていたことを思い出した。『お主のためにこの場を我が終焉の地としたのだ』と。いったいなんのことだかわからなかったが、ここではっきりした。つまりそれは、地球さんのレベルアップのことを指していたのだろう。
「私も質問してよろしいでしょうか?」
教授が尋ねる。
『簡単な質問なら構いませんよ。難しいあるいは答えの価値が高い質問はゴールのご褒美と引き換えに』
「ゴールにはご褒美があるんですか?」
『そうなんです! 形はどうあれ私の下へ来たことは確かなんですからね。なんとっ、攻略ポイントに応じて個別にご褒美があるのです!』
「おーっ!」
瞳を宝箱マークにして輝かせる命子に、オトヒュミアは笑う。
『ふふふっ。ですが、残念ながらその前にっ! まずは、猫さんの御用件のほうが先のようですね?』
「えっ?」
オトヒュミアの言葉に首を傾げた命子は、ハッとした。
気づけば、足元に霜が降りている。
霜は命子の視線の先で瞬く間に厚くなり、氷へと変わっていく。
『まあまあ! この様子だとちょっとこの部屋では手狭ですね。少し拡張しましょうか?』
オトヒュミアはそう言うと、指を素早く動かしながら手を横に振った。
すると、コーンと木琴を叩いたような神秘的な音とともに目の前の景色が一変する。
先ほどまで5メートルと離れていなかったオトヒュミアのカプセルが30メートルは離れ、周囲の壁も同様に遠くへ移動する。
その中央に取り残された命子たちの足元には黒いタイルが出現していた。先ほどまでと違う床だ。タイルに刻まれた基盤のような模様がぶわりと光って、遠く離れてしまったカプセルと壁になにかしらのエネルギーがバイパスされたようだった。
「魔導文明とはこれほどか……っ」
急激な景色の変化で三半規管を狂わされた教授が尻もちをつきながら、声を絞り出す。
「教授もいつか作れますか?」
「君も無茶言うね。【アイテムボックス】の延長線に思えるが、どちらにしても理屈はさっぱりわからん」
命子は軽口を叩きながら、教授に手を貸して立ち上がらせた。
ビキビキビキと拡張された部分にも霜が降り、氷へ変わっていく。
『あらあらウサギさん! もう降参しちゃうんですか?』
ウサギがオトヒュミアのカプセルの裏に逃げ込んだ。
なんら戦力にならないため、命子たちは気にしない。
氷の床がバキバキと音を立てて、像を作り始める。
「やっぱりボスは猫か。ルルとメリスがテンション上げそうだぜ」
そう、それは光り輝く真っ白な体をした氷の巨大猫であった。
「ライオンより大きな猫ってどうなんだよ」
藤堂が呆れて言うように、猫の体高は2.5メートルほどもあった。大きさだけであれば、この倍はあるボスと命子たちは何度も戦ってきたが、圧は三頭龍と同等かそれ以上はありそうだ。
「だけど、これなら……」
「ああ、ヤツらよりゃマシだな……」
命子と藤堂は意見を一致する。真・バネ風船10体やオトヒュミアよりも遥かに弱い。
『なぁああああごぉおおおおお!』
香箱座りをしていた氷の猫がおネムな目つきで鳴き声を上げる。
その声は衝撃となって氷の床と天井の氷柱を破壊していく。
「オォオオラァア!」
命子たちの前に飛び出した藤堂が、炎を灯した二刀のロングソードを十字に払い、衝撃波を切り裂く。
命子もまた教授の前に出て、天井から飛んでくる氷柱の残骸をサーベルや魔導書で叩き落とす。
藤堂の背後の空間を除いた全方位に、氷のつぶてが混じった衝撃波が駆け抜けていく。
それが終わった頃には、藤堂の体に無数の小さな傷ができていた。
「まあ、俺らよりも強いんだがな」
そう口にした藤堂だが、その顔には命子同様に、焦りの中にも隠しきれない喜色が混じっていた。
死闘による急激な成長には中毒性がある。
己の持てる全てを放出し、それでも足りなければその先の力をひねり出し、試練を乗り越え自分の命という莫大な報酬を得る。特にボスともなると全てのプロセスが派手になるため、快感は顕著になる。
死闘が怖いと思う人も多い一方で、これに魅入られる人は多かった。
「強化火弾!」
命子が強化火弾を放つ。
氷の猫は胸の下に仕舞った手を解放して、てしっと床を叩く。すると、床から氷の壁がそそり出て、強化火弾を防いでしまう。
「ふむ」
氷の壁が一瞬で溶ける様子から、決して無理な難易度ではないのだと命子は再確認する。これがムリゲーだと壁がそもそも壊せない。
この情報から、三人は各々の役割を理解する。
「えい、強化火弾!」
命子は再び構築された強化火弾を放つ。
氷の猫は、そこらの猫がやるように香箱座りの体勢からコロンと横に転がった。普通の猫と違うその重量により、床の氷がけたたましい音を立てて割れていく。
転がりながらシュタッと四足立ちした氷の猫に、藤堂が肉薄する。
「オラッ!」
攻撃は最大の防御と言うが、自分たちよりも巨大な敵と戦う新時代においては、この言葉はかなり重要視されている。突進攻撃をされただけでパーティが瓦解し得るからだ。
高速で繰り出される炎を宿した二本のロングソードを、氷の猫は、時に氷の壁で、時に爪で、時に回避でいなしていく。
しかし、それでいい。藤堂はあくまでヘイトを稼いでいるだけなのだから。
命子は魔導書を操作して、角度をつけて魔法を放ちまくる。
命子の強化火弾や土弾は、氷の猫にヒットする。しかし、溶かしたそばから周りの氷を吸収して破損部分を回復してしまう。
「核があるタイプなのかな?」
命子はキスミアの雪ダンジョンで戦った雪スライムを思い出す。雪弾を飛ばす雪スライムは、核を壊さなければ倒せない魔物だった。つまり、そういう魔物はいるのだ。
「ハッ!? 藤堂さん大きく回避!」
「っ!」
命子の叫びに、藤堂は瞬時にその場から飛びのく。
すると、今まで藤堂がいた場所に、床から氷柱が飛び出した。
「あ、あぶねぇ……っ!」
今の魔法は命子たちにとって、かなり衝撃だった。
ルルが『水芸』という離れた場所にいきなり水を出す技を使うため、こういう魔法は絶対に存在するとは思っていたが、ついに出てきた。それも一撃必殺レベルの魔法として。
命子はこの瞬間、かつて天狗から得た『C級以上はマナ進化が必須』という言葉の意味を悟った。一線を越えた魔物は、これを使うのだろう。
ゆえに、魔力視などの察知ができる者や、その代わりとなる高い防御力、回避力がある者でなければ話にならない。
「藤堂さん、今の技は床に光の道ができる!」
「助かる、了解した!」
マナ進化したばかりで不慣れだったが、藤堂も【龍眼】を常に使って戦い始める。
「土弾! 強化火弾!」
「アイ、フレイムランスだ!」
命子の攻撃に合わせて、教授がアイに命じる。
自衛官から借りた火の魔導書に乗っかったアイが、炎の槍を構築する。
『頑張れ! 頑張れ!』
「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」「٩( ‘ω’ )و」
そんな命子たちの戦いを、オトヒュミアとバネ風船たちが応援する。
「いてっ、ウサ公は畜生だから元気いっぱいだな! 冬眠すんなよ!」
真っ白な視界の中で、命子の子供みたいな声はささらの心を暖かくする。
ささらには、今のこの光景が昔の自分がいた世界に似ているように思えた。どうしていいのかわからずにおろおろして、ただ流れに身を任せて時を過ごすだけだった頃の自分の世界。けれど、そこに仲間たちの気配があるだけで、何も怖くなかった。
「ルルさん、いっぱい雪だるまが作れそうですわね!」
冬になったら雪だるまを作ろうと、お布団の中でした約束を思い出し、ささらが冗談を言う。
「ニャウ! シャーラにワタシとメリスの氷の芸術を見せてあげるデス!」
ルルの陽気な声で、ささらはさらに楽しくなる。
そんなささらの脳裏に、唐突に一つのフレーズが駆け抜けていく。
――冬の灰空は過去の己を映す鏡なり。
「え?」
空耳だろうか、と首を傾げるささら。
「ふにゃ? にゃぎ……っ!」
「ルルさん!?」
不意に、お喋りをしていたルルが悲鳴を上げる。
その瞬間、ぶわりと白かった視界に色が宿った。
そこにいたのは足を怪我して倒れたルルだけだった。
「ルルさん!」
「みゃー……攻撃されたデス……」
「早く回復薬を! え、そ、そんな……」
ささらは服の中に手を突っ込み、ホルダーから回復薬を取り出した。
しかし、その回復薬はケースごと凍ってしまっていた。
「シャーラ! うしろ!」
「っっ!」
ルルの注意喚起に、ささらは振り向きざまに盾を構えた。
ガキンッと盾に衝撃が走る。
盾の端から見えるのは紅色に怪しく光る刃。さらにその先で剣を振るう人物を見て、ささらは目を見開いた。
「ワタクシ……?」
攻撃を加えてきたのは、ささら自身だった。
「くっ、離れなさいですわ!」
ささらは盾の角度を変えると同時に、サーベルを抜いて、斬り払った。
その攻撃を偽物のささらはバックステップして回避する。
「あなたは……」
ささらは、己の姿をした何かを見つめる。
偽物のささらは、なにかを叫びたそうに口を引き結び、なにかを我慢するように目つきを鋭くしている。
「ふ、ふふ……一年前のワタクシですか……」
ささらはこの自分がいつの自分なのか気づいた。
それと同時に、これが自分の試練なのだということにも。
「本当は寂しいのに見栄っ張りで……酷い顔ですわね」
ささらは記憶にあるのとはだいぶ違う過去の自分の表情を見て、落胆した。いつもこんな顔をしていたのだろうかと。
ささらは命子から借りたサーベルを構えた。
過去のささらが、紅色に光るサーベルを構えたからだ。
お互いの体から、紫色のオーラがあふれ出す。
「あなたには負ける気がしませんわ」
ささらの言葉で、戦いの幕が切って落とされた。
偽物が一気に詰め寄り、剣を薙ぐ。
ガガガッと三つ重なった衝撃がささらの盾を襲った。
「フェザーソード!」
偽物が使ったのと同じ技でささらが対応すると、偽物もまた盾でその攻撃をガードしつつ背後へ飛んだ。
その隙を見逃さず、ささらはサーベルを払った。
「スラッシュソード!」
紫色のオーラを纏ったスラッシュソードが放たれる。
しかし、それに寸分違わぬ呼吸で、偽物がスラッシュソードを使う。
偽物のスラッシュソードは、ささらのスラッシュソードとまったく同じ軌道を描き、相殺してくる。
目を見開くささらの対面で、偽物が返す刀で再びスラッシュソードを放つ。
「く……っ!」
ささらには、偽物がやってのけたような器用な迎撃はできない。だから、高速の斬撃を盾で受け止める。
スラッシュソードは恐ろしい特性があった。普通の斬撃なら、剣を止めればその後の斬撃は無効にできる。しかし、スラッシュソードは斬撃の一部を盾で防いでも、防げなかった剣筋の部分が飛んでくるのだ。ただし、完全な技ではなくなるため、威力は落ちることになる。
その特性がささらの身に降りかかる。
盾で防げなかった部分が、【覚醒・防具性能アップ】が宿った防具を貫いて、ささらの肩を切り裂いた。
刃物で斬られるゾッとする痛みを体験するささらだが、それ以上に偽物の行動に肝を冷やした。
「なっ!?」
偽物が素早く横に移動し、横薙ぎの構えを取ったのだ。
ささらもまたその動きに合わせて、横に移動し盾を構えた。
スラッシュソードが放たれ、盾で防げなかった斬撃がささらの太ももを切り裂いた。
「る、ルルさんを狙いましたね? それでもワタクシですの!?」
ささらは激怒した。
しかし、そんな卑怯なことをしてくる以上、ささらはこの場から動けなくなった。
「スラッシュソード!」
仕方なしに、ささらはスラッシュソードを放つ。
それに対して、偽物は先ほどと同じようにスラッシュソードで的確に相殺する。
「まだですわ!」
ならばと連続で放つが、その全てを偽物はスラッシュソードで合わせてみせた。
そして、再び偽物はルルを狙った。
またささらの体の一部から血が流れる。
「しゃ、シャーラ、ワタシはいいからやっつけるデス!」
ルルが叫ぶ。
しかし、相手の攻撃を食らってこの程度で済んでいるのは、ささらの防御力が高いからだ。
ルルでは下手をすれば四肢が飛ぶ。
さらに、ささらは切り刻まれる。
綺麗な顔に大きな傷をつけられ、それでもいつもの力強い目つきで、友の前に立ち続ける。
「しゃ、シャーラ、逃げるデス! シャーラ!」
ルルが泣きながら叫んだ。
その様子を背後で感じ、ささらは小さく笑った。
「ふぅ……」
ささらの心はこんな状況だというのに落ち着いていた。
命子と出会ってから紡いだ、たくさんの人との友情がささらの脳裏に蘇る。
そんな仲間とともに積み重ねてきた修行の日々が、今、ささらの全身を駆け巡っていく。
「友を守れる力が欲しい」
全身からぶわりと紫色のオーラが燃え上がり、急速に凝縮されていく。
それを待っていたかのように、斬れた着物の桜の柄がしゃらんと花びらを散らし、着物を鮮やかに彩っていく。
偽物の手から再びスラッシュソードが放たれる。
ささらの盾が斬撃を受け止め、受け止めきれなかった斬撃がささらの体を――傷つけられない。
「友を守れる力が欲しい」
ささらはサーベルの柄をぎゅっと握りしめる。
刀身に纏っていたオーラが燃え上がり、次の瞬間、刃に沿って薄くコーティングされていく。
命子が、ルルが、紫蓮が、教えてくれた。
技とは合体できるものなのだと。
みんなにできて、一緒に頑張ってきた自分にできない道理はない。
これまでの冒険の全てが、右手に宿る。
ささらの目がギンと鋭さを増し、体をグンッと捻る。滴る鮮血が氷の床を赤く染めた。
ささらの攻撃の気配に、偽物は迎撃の構えを取る。
一瞬の静寂ののちに、本物と偽物がサーベルを振りぬいた。
「フェザースラッシュ!」
ささらのサーベルから、三条の剣閃が放たれた。
それは偽物のスラッシュソードを巻き込み、突き抜ける。
スラッシュソードとフェザーソードの合わせ技が、偽物の体に二つの斬撃を届かせる。
「く……はぁ……っ」
ささらはガクリと膝をついた。
その目の前で、偽物は二条の傷から亀裂が走り、体を崩壊させていく。
ささらは、膝を震わせて立ち上がると偽物に近づいた。
そして、その手を取った。
「過去もワタクシの一部ですわ。一緒に行きましょう」
その言葉に、偽物は鋭い目つきを本物と同じ穏やかなものに変え、笑い、砕け散った。
「あなたもありがとう」
ささらはルルに言う。
「気づいていたデスか?」
「もちろんですわ。本物のルルさんはもっと素敵ですもの」
「それでも守ってくれたデスか?」
「ええ。偽物とはいえ、ルルさんが斬られるのは見たくありませんわ。それがワタクシの姿をしている者の手だったらなおさらですわ」
「にゃふふふふっ、冬は温もりの季節。お前が育んだ絆に永遠の温もりがあらんことをにゃ」
偽物のルルはそう言うと、キラキラと輝いて消えていった。
その場には先ほどまで偽物のささらが使っていた、紅色の刀身を持つサーベルが残されていた。
それは色こそ違うが、かつて無限鳥居の桜の下で、命子とルルがささらに譲ってくれたサーベルと同じ形をしていた。
「おかえりなさい、ですわ」
ささらは鞘に収まったサーベルを抱きかかえると、嬉しくて涙を流した。
次の瞬間、ささらの体が脈動する。
「あ……っ」
偽物に斬られた傷口から血が噴き出すが、それを心配する余裕などなかった。もっと大きなものが体の中で爆発しそうな気配を感じ、ささらは自分の体を抱きしめる。
ささらは自分のマナ進化が始まったことを悟った。
マナの風が吹き荒れ、翡翠色の帯がささらの体を包み込んでいく。
卵型のマナの中で、ささらは極上の旋律に包まれた。
自分の生を心から祝福され、自分の歩んできた人生を、とてつもなく大きな存在たちが褒めてくれていると感じる。
ささらが瞼の裏側で夢見る光景は、頑張って手に入れたかけがえのない仲間たちを、その大きな存在たちに一生懸命紹介する自分の姿だった。
読んでくださりありがとうございます!
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。