8-15 施設攻略
本日もよろしくお願いします。
休憩を終えて探索を再開した一行は、ゲートフロアに入った。
魔力20点の消費は痛いが、全ての階と繋がるゲートフロアへの入場は必須だった。他の部隊がこの緊急事態になぜ1階に行かずに2階に行ったのか、それを確かめるためだ。
「これは……」
誰がそう呟いたか、様変わりしたゲートフロアの様子に命子たちは驚愕した。
今までのゲートフロアは、多少の段差はあるものの、基本的に平面構造の広いフロアだった。そこに各階行きのゲートが設置されており、どのゲートへも好きに移動できた。
それが今では、ガラスのように透明感のある氷の壁で仕切られたものになっていた。しかも氷の階段と橋を使った立体構造だ。
命子たちが入った8階からはすぐに階段を上ることになり、2階部分から4階ゲートへのみ行けるルートが出来上がっていた。多くの通路が、二人並べばパーソナルスペースの侵害でそわそわするような道幅だ。
「一方通行」
「ゲームだと一番面倒くさいタイプのダンジョンだね」
紫蓮と命子が話すように、今出てきた8階ゲートの青い方は氷で閉ざされていた。
入り口である青いゲートに入ると出口である赤いゲートから出る、というこの施設の移動システムが利用されてしまっている。
一行は階段を上り、2階の橋を渡る。2階の橋も左右に壁があり、飛び降りる等のショートカットはできそうになかった。
「崩れたりしませんよね?」
「大丈夫ですよ、滝沢さん。わざわざこんな大掛かりなものを作って壊れたらアホすぎます」
命子はメタ的なことを言った。しかし、実際問題、この立体構造はこの施設の複雑化のキモなので、壊れたら困るだろう。
「命子君。目がいいところでちょっとここの全てのルートを見て教えてくれないかい?」
「え、はい。わかりました」
「あと、各ゲートが氷で閉ざされているかも確認してほしい」
教授のお願いを受けて、命子はフロア全体のルートを地図に書いていく。壁や床が透き通った氷のため、構造を把握する分には問題がなかった。
「う、うーむ、ちょっとあそこが見えないな……藤堂さん、お馬さんになってくれますか?」
「せめて持ち上げさせてくれない?」
藤堂がお馬さんしても、命子の身長は低いのでそこまで効果は上げられない。それなら藤堂に腰でも掴んで持ち上げてもらったほうが、遥かに高い位置から見下ろせる。
しかし、女子のウエストを持つとはなんたる無礼。
「命子ちゃんの腰を掴むなんてダメダメ。私にもっといい案があります!」
馬場が名乗りを上げて、作戦が展開された。
命子をおんぶして、【鞭技】マジックフックで天井付近まで上がるのだ。
馬場は秘書風の防具である。下はタイトスカートで、本日は黒いストッキングを履いている。命子はスリットが深い袴である。
必然的に男性自衛官たちは全員が、列の前後で奇襲の警戒に入った。
「シマ」
「だ、ダメですよ。有鴨さん」
眠たげな目で二人を見上げる紫蓮が言い、滝沢が注意した。ポイントは顔を赤らめていない点。紫蓮には興味が薄いほうだった。
「運動するからね。あまり華美なものは向いていない」
「でも最近は女性冒険者用に、運動性の優れた可愛いのも出てるデス」
「そうなのかい? それは知らなかったね」
女子高生の知識を、教授が大真面目に吸収する。
天井の高さは四メートルほどなので確実に聞こえる声量だったが、真剣な顔で何かに集中している馬場は聞こえていない。五感を駆使して、命子の地図製作を補佐している。立派な任務なのである!
「馬場さん、オッケーです」
「ホント? 見逃しはない?」
「そう言われると不安になりますね。ちょっと見直してみます」
透明とはいえ氷の壁。光の屈折に惑わされて間違えているかもしれない。ぽっくり含めた150センチの視点だけでなく、この状況からの再確認は確かに有用と言えた。結果、見間違いはなかった。
「馬場さん、オッケーです」
「……」
「馬場さん?」
「ハッ、ごめんなさい」
馬場は鞭を伸ばして下りた。
「ですわ!」
「強化火弾!」
「にゃふしゅしゅしゅ!」
ゲートフロアから移動した一行は、その後も戦闘を繰り返す。
氷の魔物は非常に強く、毎回全力で当たらなければ倒せない。さらにゲームでいうエンカウント率はガクンと落ちたが、たまに出てくるバネ風船もひたすら強い。
死闘というのはレベル以外の経験値がかなり高いため、一行はいくつかのジョブスキルのスキル化に成功し、武術練度もどんどん上がっていく。レベルについては魔物の強さで決まるため死闘であるかどうかはあまり関係がない。
「全然楽にならないですわね」
ささらが言う。体を張って攻撃を受ける役割をしているため、実感としてわかるのだろう。
「やっぱり、私たちの実力が見抜かれているんだよ」
「ふむ。次元龍も絶妙な強さのボスを出現させてきた。彼らはそういう調整ができる存在なのだろうね」
命子の意見に、教授も同意する。
そんな教授に藤堂が話しかけた。教授はこの中だとあまり強くないが、実は頼りにされていた。
「音井さん。次はどちらに進むべきでしょうか?」
「東か西の階段のどちらかです。どちらかが3階に続いているはずです。もし続いていないのなら、2階から迂回する必要があります。3階からゲートに入ると、9階と5階へ行けますので、9階のほうへ。5階へ行ってはいけません」
「了解しました」
すらすらと答える教授の姿に、少女たちから尊敬の眼差しが送られる。
「音井主任は人気者ですね」
「別に人気じゃないし」
「えぇ、人気ですよ?」
滝沢の言葉に、馬場が親指の爪を噛んで嫉妬する。
さっきの様子を一部始終見ていた滝沢は、ああいうのを止めればいいんじゃないかなと思った。
「教授、なんでわかるんですか?」
「君が先ほどゲートフロアの構造を全て看破してくれたからね。あれが分かればそう難しいことじゃない」
「えー、難しいよ」
「この施設の移動手段は三通りしかない。ゴールに王手をかけるのは恐らく10階のゲートであり、すると10階には東か西どちらかの階段から行かなくてはならない」
「ふんふん、たしかにそうですね」
「我々は6階から始めて、東階段で5階へ。そこで他に7階にも行けるのを見た。5階では西階段から8階へ。東西の階段はともに5階から下の階には行けなかった。それを踏まえたうえでのゲートフロアの地図。これだけわかればルートは推理できる」
「すげぇー、紫蓮ちゃん聞いた?」
「かっこいい」
「いや、紙に書いてみれば、存外簡単にわかるものだ」
おぶさって移動している女の好感度がどんどん上がっていく。
ちなみに、ゴールが10階ゲートというのは、10階ゲートから1階ゲートまで直通の氷の道ができていたのだ。
「もっとも、ゲートフロアで見たような複雑な造りがどこかの廊下や階段で作られていたとしたらまた話が変わってくるがね。まあその時はその時だ」
それからのルートは、教授の推測通りになっていく。
まずは西階段からと決め9階に入ると、そこには廊下の途中に氷の壁が張られていた。
「戻って東から行くしかないか」
藤堂の言葉に引き返そうとする一行。そんな中でウサギが命子にタックルした。
「やろうってのか!」
ウサギは命子の足にひっつき、前足で氷の壁のほうを指さした。
「おっ、なにか発見したのか? 偉いぞ」
ウサギはぴょんとジャンプすると、氷の壁の近くに行き、床をてしてしと叩いた。
「むむっ、足跡だ。馬場さん、足跡があります!」
「羊谷命子、こっちにもある」
「なんですって?」
霜が張られた床に見覚えのある足跡が残っていた。
ここの霜はかなり再生が早いため、残っているのは2つだけ。戦闘の際に踏み込みでもしたのか深くえぐれた足跡だった。
「これは別部隊の足跡に間違いないね。彼らは2階から始めているので、3階ゲートからの道順を間違えていなければ我々よりも先行できるのは道理だ」
教授が言う。
「じゃあ教授、その人たちが通過したあとに氷で封鎖されたってことですか?」
そう、足跡は氷の壁の向こう側に向かっているのだ。
「そういうことだと思う。なんにせよ、こっちが通れない以上は東階段を使うしか道はない」
教授がそう締めくくったところで、氷の魔物たちが現れた。
東階段でしばし休憩を取り、命子たちは10階を訪れた。
「廊下の雰囲気が変わってない?」
「そうでしょうか?」
「変わってないように思うデス」
階段から出てすぐに出た命子の言葉に、ささらとルルが首を傾げた。周りを見ても、命子の言葉にみんな首を傾げている。その中でただ一人、藤堂だけは難しい顔をした。
「いや、俺も命子ちゃんと同じ感想を持った」
二人は頷きあい、【龍眼】を使う。
すると、部屋がある場所の全てが緑色のオーラを発していた。
「「マジか」」
命子と藤堂は思わず声を揃えていた。
今まで扉からマナの光が放出されていることなんてなかったのだ。
「とりあえず、一つだけ調べよう。廊下の途中でいきなり全部のドアが開くのは避けたい」
藤堂の指揮で、一行は10階に踏み入った。
さっそく自衛隊が陣形を組んで、一番手前の扉を開く。これは休憩できそうな部屋と誰かがバネ風船に捕らえられていないかをチェックするため、すでに何度も見ている陣形だ。その陣形の周りでは、命子たちが廊下からの敵に備えている。
「3、2、1」
ドアを開ける自衛官が、カウントダウンしてドアにタッチし、すぐに横の壁に避難する。
ドアの正面では盾職の自衛官が盾をグッと構え、突撃してきた氷の魔物をぶった切れる場所で、攻撃職の藤堂や他の自衛官が力を溜める。
「ん? おい、開いてないぞ?」
ドアが開いていない。
今までこんな凡ミスをしなかったのに、余計なことを言って緊張させただろうかと藤堂は思った。しかし、もう一度やっても同じだった。
「開かないのか?」
「はい、どうやらそのようです」
「み、みなさん、階段が閉ざされていますわ」
ささらが言った。その視線の先にはつい今しがた通ってきた階段に続く扉が氷で閉ざされている光景があった。
「罠に嵌まったということかよ……」
藤堂はげんなりした。
そんな時である。唐突に廊下の奥から突風が吹き始め、それに混じる雪で視界が白くなり始めた。
「さ、さむっ!」
命子が久しぶりに感じた寒さに思わず声を漏らす。ダンジョン装備は、ある程度の温度調節が働いているのだ。
「これは……フニャルーの吐息デス?」
「ニャウ、そっくりデスワよ! 早く避難するデスワよ!」
キスミア盆地では冬になると、フニャルーから吹く風雪で広範囲がホワイトアウトすることがあった。ルルとメリスは、その危なさもよく理解していた。
「円陣! 命子ちゃんたちを囲んで移動するぞ!」
「「「了解!」」」
藤堂は部下たちに即座に陣形を組ませて、移動することを決断する。
視界はあっという間に1メートル先も見えないほど白くなり、命子は顔にかかる雪を払いながらみんなと一緒に歩いていく。
「みんなちゃんといる!?」
「我、いるよ!」
「ワタクシも大丈夫ですわ!」
「ニャウ、ワタシもいるデス!」
「大丈夫デスワよ!」
命子の言葉に、仲間たちから声が返ってくる。
「凄い雪だね!」
命子は一生懸命みんなに声をかける。
「ここで襲われたら終わり」
「紫蓮さん、怖いこと言わないでくださいませ!」
「ぶぶぅ!」
「いてっ、ウサ公は畜生だから元気いっぱいだな! 冬眠すんなよ!」
ウサギが声を上げ足にタックルしてくるが、命子は視界が悪いので仕方がないと思う。しかし、それは偶然ではなかった。
「羊谷命子、大体のウサギは冬眠しない」
「マジで!?」
「ニャウ。キスミアでもウサギは冬眠しないデスワよ」
「ぶぶぅ! ぶぶぅ! っっ、ぶぶぅ!」
「痛い! ウサ公てめぇ、冗談じゃ済まされないよ!?」
「メーコ、どうしたデスワよ!?」
「さっきからウサギにタックルされるの! 痛い、またやった! お父さんにも脛蹴りされたことないのに!」
「ぶぶぅ!」
風と雪に逆らいながら歩く命子の足にウサギがタックルしまくってくる。
その行動に、命子は次第に嫌な予感を覚え始めた。
「み、みんないる!? ……みんな!?」
「どうした命子ちゃん!?」
焦りを滲ませながら声をかけるが、声が返ってきたのは前を行く藤堂からだった。
「みんなが……め、メリス、みんなは近くにいる!?」
最後まで喋っていたメリスに向かって叫ぶが、声が返ってこない。
「翔子、いるか!?」
教授も咄嗟に親友である馬場の名前を叫ぶ。
「ぜ、全隊、止まれ! 円陣をさらに狭めて命子ちゃんたちの防備を固めろ!」
藤堂はそう指示を出した。しかし、部下たちからの返答もない。
その時、ビュオンッとひとしきり強い風が吹く。
命子と藤堂は顔面を腕で隠して耐え、教授は風圧に押されてぺたんと尻もちをつく。
風が三人の体を吹き抜けると、命子たちの視界は何事もなかったかのように色を取り戻した。横殴りの風雪だったのにも拘らず、その場には先ほどまでと同様に霜しか降りていない。まるで今の現象が幻であったかのようだった。
「み、みんな?」
そこにいたのは、命子、教授とアイ、藤堂、ウサギだけだった。
その代わりに、これまで歩いてきた道にあった12個の扉が氷で閉ざされていた。
それは、ささら、ルル、紫蓮、メリス、馬場、滝沢、高山隊長、教授のお馬さん役だった南条さん、そして4人の精鋭自衛官の数と一致する。
「落ち着け、命子君!」
おろおろする命子に、教授が言う。
「おそらく、子猫への最後の試練が始まったのだろう」
「子猫の最後の試練……ハッ、そうか、いなくなったのは、マナ進化まであと少しの人たちなんだ」
「それもそうだが、おそらくメリス君と高山隊長と南条君は、スキル覚醒の試練だろう」
「……」
その推測に、命子は仲間の心配をすると同時に、羨ましいとも思った。なんなら自分もなにか試練をくれればいいのにと。マナ進化しても、スキル覚醒は普通にするからだ。
「まあそんな心配は……いや、君、そこまで心配してないね?」
「え、いや、当然してますよ。でも、みんな私よりも強い部分がたくさんありますからね。ちゃんと帰ってくるって信じています。メリスだって、新しい世界を駆け抜ける女の子です。負けやしません」
「ふっ、そうか」
教授は命子の答えを聞いて笑うと、自分も親友の無事を信じようと思った。
「となると問題は我々だ」
氷の魔物が出てこなかったのはこの演出のためだろう。これから先も同じとは限らない。
しかし、命子たちのいる場所の前には、道を塞ぐように氷の壁が出来上がっていた。これは一見すると、この場に留まってみんなの帰りを待つように促しているようにも思える。
魔物が出てくるようになった場合、この場所で戦いまくって待てということだろうか。
しかし、その予想を裏切って、来た道のほうから物凄く嫌な音が聞こえてくる。
「は? な、なんだあれは!?」
藤堂が廊下の先を見て目を広げた。
廊下の先から、氷でできた巨大な歯車が回転しながら迫ってくるのだ。
「も、モンディ・ジョーンズや!」
「命子君、嬉しそうに言っている場合じゃないぞ! あれもたぶん破壊不可能だろう!」
キスミアは水車造りが得意なため、歯車作りにもまたかなり高度な技術を持っている。この試練のプロデューサーがフニャルーなので、その関係で歯車なのだろう。
「これは拙い、退避するぞ!」
「し、しかし、どこに!?」
藤堂と教授が慌てる。
その瞬間、命子は気づく。
「あ、あの扉、マナが出てない! たぶん入れます!」
命子はそう言って駆けだすと、道を塞ぐ氷の壁の一つ手前にある扉にタッチした。
すると扉がカシャンと開いた。
「嫌な選択肢だぜ。命子ちゃん、俺が先頭で入る!」
藤堂は抜剣しながら扉を潜って即座に構える。
「教授早く!」
「あ、ああ! ひゃう!」
扉の前で急かす命子の前で、霜に滑って教授が転んだ。
「萌えるわぁ!」
命子はつい心の声を口にしてしまいながら教授に駆け寄ると、すぐさまお姫さまだっこをして抱え上げる。
「め、迷惑をかけるね」
「教授と私の仲ですからね!」
「ぶうぶう!」
ウサギが扉の前でジャンプして急かす。ガガガガガッと歯車が音を当てながら迫ってきている。
新世界でパワーアップした命子は、教授を抱えながら軽々と走って扉の中に飛び込んだ。
そのほんの三秒ほどのちに扉の向こうで氷の歯車が止まり、その光景を縁取っていた扉がカシャンと閉じた。
ふぅっと息を吐く命子と教授。
そんな中で、藤堂だけは息を呑んでいた。
藤堂が息を呑む原因が、くすくすと笑う。
『あらあらあら、うふふふっ。冬呼びのお散歩猫さんはやんちゃですね』
この部屋に逃げ込んだ誰のものでもないその声に、命子と教授はギョッとして顔を上げた。
そこには、桃色の髪の美女が、カプセルの中に浮かんで笑っていた。
読んでくださりありがとうございます。
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誤字報告も助かっています、ありがとうございます。