お正月特典 お正月ごっこ
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「ふみゅ……」
正月でも早起きしたしっかり者の萌々子が、布団の中でまるまる命子をゆさゆさして起こす。
すると、命子の口から可愛い声が出た。もう今年には高校生になるのにちっちゃな子みたいな声を上げる姉の寝姿を見て、萌々子は『私はこうはならないぞ』と今年の抱負を一つ決めた。
「お姉ちゃん、お雑煮できてるよ」
「うん……もうちょっと……」
「お年玉貰えないよ」
「ハッ! そいつはいかん!」
命子はカッと目を開けて飛び起きた。
そうして萌々子を見ると、命子はベッドの上で三つ指をついた。
「萌々子、今年もよろしくお願いします」
「うん。今年もよろしくお願いします」
萌々子も新年の挨拶を返すと、「じゃあ早く来てね」と部屋を出ていった。
「まったく私に似てしっかりしてんなぁ」
命子は妹がすくすくと成長している実感をした。
これは私の教育が良かったんだな、などと思いながら、命子はカーテンを開けて、窓の外を見る。雪が降ってないことにちょっと残念に思うが、正月らしいピリリとした空気が通りに漂っているのがガラス越しにでもわかった。
「今年から高校生か。どんな一年になるかな。楽しい一年だと良いな」
激動の一年になるとは知らず、命子はあどけなさが残りまくる笑顔で新年を始めた。
時は流れ、夏休みも終わりに近づくある日のこと。
「メーコメーコ。ニッポンのお正月ってどんなことするデス?」
青空修行道場でルルが唐突にそんな質問をしてきた。
「え、難しいこと訊いてくるね。逆にキスミアの正月はどんななの?」
「キスミアの冬のイベントは、全部家の中で家族や恋人と慎ましやかにやるデス」
キスミアは冬がえげつないため、新年やクリスマスなどは全て室内でのイベントだった。決して夜にお外で酒を飲んで乱痴気騒ぎをすることはない。死んでしまう。
ちなみに、キスミアはペロニャ暦から太陽暦に変更された際に、世界に合わせてイベントの日付や形を変えたものがいくつかあり、新年はその一つだった。
「猫初めって言って、猫じゃらしの茎を干した物で猫の置物を作るデス。昨年作った置物は家の前に作った小さな雪の祠の中で燃やすデス」
「キスミアは徹底してんだよなぁ」
命子はキスミアの猫狂いっぷりに感心した。
「これがワタシが今年作ったやつデス」
そう言って、ルルがスマホを見せてくれた。
「うっま!」
そこに映っていたのは、香箱座りしている猫の草編みの置物だった。かなり上手い。学校などでもこういう伝統文化を習うらしく、ルルはミニ水車などを作れたり意外な特技があったりする。
一緒に見ている紫蓮も、むむっと職人の目だ。
なんか凄く新年っぽいことをしているルルに、命子は負けた気分になった。
今年のお正月とか、激動の時代が到来する匂いなんて何も感じずに、例年通り炬燵でゴロゴロしたり、お雑煮うまぁしたり、お年玉貰ってウハウハしたりしていた。
「に、日本のお正月と言えば、やっぱりあれだよね、あれ。うーんと、書初めだね」
命子は見栄を張った。
それを聞いていた小学生たちが、お姉さま凄いみたいな空気を出す中、萌々子がじぃーっと姉を見つめる。
毎年書初めをしているのは、萌々子である。今年の命子は炬燵で麻里カーしながら体を左右に傾ける作業に勤しんでいた。
「カキゾメ……なんデス?」
「筆で字や絵を書くことですわ。でも、命子さんはさすがですわね」
「う、うん。ま、まあね!」
命子は後ろめたさを感じて指遊びを始めた。萌々子をチラッと見ると、半笑いでへぇっと頷かれる。
「お習字デスね。画像とか撮ってるデス?」
「う、ううん。スマホは入学祝いに買ってもらったからその時はまだ持ってなかったんだ」
命子はちゃんとした理由を言って危機回避した。
このままではヤバいと思った命子は話の矛先を変えることにした。
「し、紫蓮ちゃんとささらはどんなことしてるの?」
「我はいつも年末に消しゴムハンコ作る。今年の年始めはイラスト描いた」
「消しゴムハンコ! 紫蓮ちゃんっぽい」
「父の会社の年賀状に捺す用と、母の年賀状に捺す用。これ」
そう言って、紫蓮はみんなにスマホを見せた。
物凄く強そうな干支とともに謹賀新年と彫られたハンコと、メルヘンチックな干支とともに謹賀新年と彫られたハンコの2パターンがある。前者は紫蓮パパで、後者は紫蓮ママ用らしい。
「う、うめぇっ!」「凄いですわ!」
インクがのったハンコの山の部分がまた味があり、それを紙に捺した画像は、普通に商品になるレベルの出来だ。
命子とささらが揃って驚き、スマホは小学生にも回され、工作が好きな子たちが紫蓮に尊敬の眼差しを向ける。
そんな中で、ルルだけがフシャーッと唸る。ネズミのハンコだったのだ。
「ワタクシは、母とお料理を作るくらいでしょうか。ほかは特になにか作ることはありませんわね。あっ、ですが、家族と一緒に初詣と親戚に挨拶回りへ行きますわ」
「ささらもささらっぽい。振袖?」
「はい。我が家では着衣始めをしますから」
「凄くささらっぽい! っていうか着衣始めとか初めて聞いた」
写真見せるデス、とルルに言われて、ささらはちょっと照れながらスマホを見せた。
着物に羽織姿のささらとささらママが映っている。写真が苦手なささらなので、どこか不自然にツンとしている。
「にゃー、ワタシも着たいデス!」
「「「わぁー」」」
ルルと小学生たちが、キラキラした目でささらを褒める。
ルル、命子、紫蓮、ささらがそれぞれ小学生たちから尊敬の目で見られる。この中に一人だけ人の正月の行動をパクって評価された奴がいる。
「なになに、なんのお話してるの?」
そう言って陽気にやってきたのは、オオバコ幼女を抱っこした修行部部長である。
「ブチョー殿はお正月になにかするデス?」
「え、正月? 気が早いわね。私はゲームしたり、ゴロゴロしたり、バイトしたり、遊びに来た親戚の子と凧揚げしたり忙しく過ごすわね」
飾らないその発表に、部長は小学生たちから多くの共感を得る。
命子は、自分も本当はそうしたかったんだ、といつの間にか見栄を張ってしまった自分の浅はかさを悔やんだ。
「でも来年はどうだろう。冒険者協会が休みじゃなければ、ダンジョンに入りたいわね」
「わかるぅ!」
部長の言葉に、命子は手をブンブンして共感した。
そう、今までの命子の正月はこれと言ってやることがなかった。長期休暇を貪り、終わりへのカウントダウンに炬燵の中で涙するばかりの正月だった。これで修行せいとか言ったのだから大したものである。
しかし、そんな命子にも正月にはこうして過ごしたいということができた。
そう――
「ダンジョン初め!」
新時代のお正月はとても忙しそうだと命子は、半年前からワクワクし、周囲を苦笑いさせるのだった。
「よーし、ルル、予行練習だ!」
テンションが上がってしまった命子はルルに向き直ると、その場で膝をついて正座すると、キリッとルルを見上げた。
むむっ、としたルルは、自分もその場に正座する。周りでも、ささらと紫蓮、女子小学生や部長が同じように正座し始めた。全員がこの青空修行道場で武術を習っているだけあり、非常に美しい姿勢である。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
命子はそう言うと、三つ指をついて、頭を下げた。
その言葉に続くようにして、参加している全員が唱和する。
「「「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」」
日差しが照りつける八月の終わりに、女の子たちのめでたい言葉が青い空に溶けていった。
「うむっ、これぞ、天地創造なり!」
命子の宣言に、その場の全員の頭に疑問符が浮かび上がった。
そして、季節外れのこの遊びを見ている周囲の人たちはもっと意味不明に思っていた。
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