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8-12 冬呼びのお散歩猫

 本日もよろしくお願いいたします。

 ささらを救出した命子たちは、探索を再開する。

 自衛隊がガンガン戦っている中、室内を確認するのは命子たちの仕事だ。


「また個室ですわ!」


 室内を確認して、ささらが言う。

 命子はすぐに冒険手帳の地図に『個室』と記入して、ルルがその部屋の外にカラースプレーで目印を書き込む。


「奇妙な造りの施設だね。研究室とプライベートルームらしき場所が、同じ区画にごちゃ混ぜになっている」


 そう言う教授も自分の足で歩きつつ、地図を作成している。命子が捕まったら地図がなくなるからバックアップのためだ。


「私は部屋のプレートがないのが気になります。これじゃあ働いている人は不便で仕方ないと思います」


「うん、命子君の言うとおりだ。どうにも変な印象を受ける施設だね」


「我たちが発見していないスイッチがあるのかも。それを入れたら、看板が出てくるかもしれない」


 そう言った紫蓮は、自衛官の武器を【武器お手入れ】で直している。


「なるほど。今は予備電力みたいなもので動いているというわけか。あり得なくはないね」


 そう話している命子たちの前で、また一つ部屋が開く。

 部屋を開けるのはルルの仕事だ。そして、すぐに壁にぺたりと張り付く。部屋の中を確認するのは防御力が非常に高いささらの役目だ。


「ここはカプセル室ですわ!」


「それじゃあ行ってみましょう」


「はい、滝沢さん」


 そうしてカプセルの部屋を発見すると、同じく盾を持っている滝沢とともにささらが先頭になって室内の探索を始める。

 部屋の外では藤堂たちが防衛にあたる。


「あの子たちがいなかったら、まともに探索できなかったんじゃないですかね?」


 戦闘が小康状態なので、自衛官が藤堂に言う。


「ああ、浅野さんと木口君の班は撤退を考えているかもしれないな」


 藤堂は2階と3階の探索班のことを考えて、難しい顔をした。


 防御に2人、攻撃に2人は確実に取られ、残り2人でチェックしなければならない。さらに鬼が来る頻度も高いため、ローテーションしても休憩がほぼできない。

 そして、一回の戦闘で魔力が10分の1くらい減る。扉を開けるのにも魔力が1点必要で、【武器お手入れ】にも魔力を使う。階層移動のゲートを使う際には一つ潜るごとに20点も必要なので、最悪40点だけは絶対に残しておかなければモノリスの部屋まで帰れなくなる。


 だから、藤堂の班では、紫蓮が全員の武器の修復を買って出ていた。【武器お手入れ】は武器の消耗度で魔石の数と必要魔力が決まるため、紫蓮の仕事はかなり助かっていた。

 おそらく、他の班は魔力が常に減っていくような探索状態になっているだろう。


「来ました!」


 そして、また戦闘が始まる。




 カプセル室に入った命子たちは、そこで先ほどはぐれてしまった高山隊長を発見した。

 命子が高山隊長のマナ進化までの時間をチェックして、いざ解放画面を操作していると、教授が言った。


「このオプションは、別の部屋を経由しない設定もできるのかい?」


 カプセルから解放するための操作画面には、いろいろなオプション項目があった。体を乾かしたり、栄養剤を投与したりといったものだ。


「じかにここに転移させるってことですか? それは……項目にないですね」


「ふーむ、できないってことはたぶんないと思うんだが……高度な操作が必要なのか?」


「そうなると、ワンフィンガータイピストの私じゃ無理ですね」


 パソコンを両手の人差し指を駆使してペチペチする命子である。プログラムを弄るとか絶対に無理だった。


「この場に転送したい理由があるんですか?」


「この液体が欲しいのさ」


「じゃあ乾かさずに出してみましょうか?」


「ふむ、そんな設定もできるのか。それじゃあ頼むよ」


 というわけで、しばらくすると服が少ししっとり湿った高山隊長が転送されてきた。

 教授はスカートのすそを少しだけ持ち上げて、太ももにつけたケースから試験管を取り出した。

 それを目ざとく見ていた命子と紫蓮が、目を輝かせる。


「教授、かっけぇ!」


「ふふっ、研究者なら誰しも体のどこかに試験管を忍ばせておくものさ」


「ふわぁ、漫画は嘘を言ってなかったのか」


 命子は研究者の知られざる生態を聞いて、テンションを上げた。ささらをよく騙すくせに、自分の時は騙される命子であった。

 命子は、今度作ってね、と紫蓮にお願いする。


 その間に、教授は高山隊長の服についた液体を採取する。

 ただ、自分の時は、この液体が意志を持った水銀のように、一気に体中から流れ落ちた。体に残って服を濡らしていた液体は、本体から不要と思われた残骸の可能性もあるため、喜んでばかりではない。


「ありがとうございます……」


 少し疲弊した様子の高山隊長がお礼を言う。


「かなり粘っていましたね?」


 馬場が問うた。実際に高山隊長は、命子たちとはぐれて10分は単独行動を取っていた。

 ゲート前の見取り図を知らない高山隊長からすると、なんでその事実を知っているのかという話だが、知る何かがあったのだろうと察して説明を始めた。


 それによれば、高山隊長は戦わずに逃げたらしい。


「マジですか。逃げられるものなんですか?」


「私はどちらかというと魔法タイプでも敏捷性が高いですからね。あとは、上手いこと部屋に逃げ込めたのも大きいです」


「鬼ごっことしての本来の姿ってわけですか」


「あとはどうやら、鬼はドアに入る際にルールがあるようです。私が開いた状態の入り口には入ってきませんでした。必ず一度閉じて、自分で開けないと入らないようです」


 当然そんな馬鹿なことはあり得ないので、あくまでルールとして設けられているだけだろう。こういうハンデがなければ、逃げ側が不利すぎるためにどうやっても逃げられない。

 高山隊長はこれを発見したことで、10分間上手いこと逃げられたようである。紫蓮が予想したような『部屋に入ってこない』ということはないようだが、扉を閉めて開ける間にカプセルの陰などに隠れて、やり過ごしていたらしい。

 最終的に、隠れ場所のない個室を引いてしまい捕まったようだ。


 命子はふむふむと頷く。

 しかし、命子たちはこれができない理由がある。パーティを組んでいるので、部屋に入る際にどうしても手間が掛かるのだ。さらに部屋に入れたとしても、大所帯では隠れる場所もないため、結局バトルになる。


「大所帯向きのイベントじゃないのかもしれないですね」


「いや、そうとも言い切れない。攻略法がいくつかあるのではないかな? 実際に我々は上手いこと回っているからね」


「そうかもしれません」


 高山隊長を救出し、探索を続ける。


「藤堂さん、魔力が少なくなってきたでしょ、そろそろ交代しましょう」


「むっ……うーん……」


 目を光らせて魔力をチェックする命子にそう言われ、藤堂は考える。そして、頷いた。


「わかった。手伝ってくれ」


「わかりました!」


 元気にお返事した命子だが、内心では嬉しくて踊っていた。


 藤堂や滝沢たち自衛隊チームは、攻め2人・守り2人・待機2人を三交代のローテーションで行なっていた。命子たち4人と教授、馬場、高山隊長が入ることで休憩時間がかなり延びるため、魔力の温存ができ、継続探索時間が増えることに繋がる。


 すぐにやってきたおかわりのバネ風船に、さっそくささらが防御役に回って対応する。


「今度こそ負けませんわよ!」


 盾と剣を凄まじい速度で操り、ささらがバネ風船の猛攻を凌いでいく。


「む……っ」


 そう驚きの声を漏らしたのは誰だったか。

 ささらの動きは、仲間である命子たちの目から見ても、いつもよりも格段に良かった。


 ささら自身もまるで羽が生えたように体が軽いことに気づいていた。

 攻撃役の命子と紫蓮の連携でバネ風船を撤退させると、すぐに命子たちはささらに質問した。


「どした、復活して強くなったか?」


「復活系キャラのお約束」


 命子のセリフに紫蓮がすかさず合いの手を入れ、ささらを困惑させる。


「えっと、なんでしょう。たぶん、カプセルに入っていた液体のおかげで、呼吸が凄く楽になったからだと思いますわ。空気を吸って、ですわってやると全身に血が巡る感じなんですの」


『空気を吸って、ですわ』ってなんだろうと命子は思いつつも、可愛いからこのまま訂正しないでおこうと思った。


「ささらって呼吸器系が弱いとかあったっけ?」


「いえ、ありませんわ」


 首を傾げる命子にささらが答えると、補足するように教授が言った。


「生きていれば多少は呼吸器にダメージが蓄積されるものさ。排ガス、微生物の死骸、花粉に土煙。いろいろ吸い込むからね。それらを回復する機能が肺には備わっているが、綺麗なまま大人になれる者はいないさ」


「銀座のママみたいなこと言いますね」


 実際に、アラサーな教授も今それをささら以上に実感していた。

 カプセルに入ってから、肺だけでなく、耳鼻口腔、目、肌と、液体が物理的に触れていた場所の調子がとてもいいのだ。


「あの、私は虫歯が一本なくなりました」


 遠慮気味に先ほど助けられた高山隊長が言った。

 液体を吐き出した際に、一緒に銀歯と詰め物も出てきたらしい。

 おーっ、と命子たちが目を丸くする。


「ヤバい薬ですね。ささら聖水と命名しましょう」


「やめてくださいませ」


「じゃあ高山ウォーター」


「重すぎます」


 無難なところでエリクサーと命名した。


 命子たちがバトルに参加してしばらく探索していると、カプセル室を探索していた自衛官が、仲間を救出して帰ってきた。


「面目ありません……」


 3階を探索していた精鋭部隊の隊員であった。盾職の彼はミスをして転送されてしまったらしい。おそらく、3階探索部隊はこのまま撤退するはずだと情報が入った。


「戦うとなると、やはり6人パーティではきついんだろうな」


 魔力が半分以上減った藤堂たちは、命子たちが入ったことで休憩が増えたが、それでも魔力が徐々に回復していく余裕はなかった。交代を一巡した際の使用魔力はちょっとずつマイナス収支になっている。


 この盾自衛官も命子班に組み込まれて戦闘のローテーションに入ったのだが、ささらと同様に、彼もミスした人物とは思えないほどの活躍を見せた。


「あれ、これってマジで捕まり得?」


 みんなの声を代弁するようにそう言った命子は、教授を見る。


「いや、私も肺が新品同様になる経験などしたことがないから、いつまでこのコンディションなのかはわからないよ。不都合もあるかもしれないから、わざと捕まるのはオススメしない」


 とはいえ、エリクサーと名付けた液体を教授はめっちゃ欲しいので、どうにかして原液を手に入れられないかと先ほどからずっと考えていたりする。




 この建物はCの字で、中央に階層移動のゲートがある。

 命子たちはゲートを挟んで片側を探索し終わり、反対側の探索を始めた。


 その際に、ゲート付近にある施設見取り図を出現させてみると、ゲートフロアに多くの人が集まっている様子がわかった。どうやら、2階と3階は探索を失敗したようで、ゲートフロアまで撤退しているようだった。GF確保班を手伝いつつ、魔力回復を待っているのだろう。


 見取り図を見て黙ってしまう命子たちの様子に、藤堂たち自衛官は気まずく思った。

 実際には命子たちは全くもって他意などなく、別のことを考えていたのだが。命子など、アリンコの巣の様子みたいでなんだか可愛い、くらいにしか思っていない。紫蓮は悪の秘密基地のマップみたいと思っている。

 それにあくまで6人パーティで探索するという作戦がマズかっただけなので、自分たちのおかげとは命子たちも思いはしない。


 ここで3階探索班の自衛官がゲートフロアにいる仲間の下へ合流するため分かれる。


 命子班はこのまま探索を続ける。

 特に誰も発見できないまま、端に到着してしまいそうなところまで来ると、不意にアイが騒ぎだした。


「むっ、どうしたんだい?」


 教授が問うと、アイは天井を指さす。


「この真上の階に何かあるのかい?」


「っっ!」


「ふむ、6階か。それはもしかしてメリス君かな?」


「っっ!」


 教授の問いに、アイがふむと頷いた。

 そんなアイの顎を教授はこしょこしょと撫でてあげる。


「だそうだ、メリス君は丁度この上に居るようだね」


「ホントデス!?」


「すぐに行きましょう!」


 教授の推測に、ルルとささらが嬉しそうに声を上げる。


「教授の時もアイが案内してくれましたし、精霊はそういうのがわかるんですかね?」


「おそらくはある程度知っている人だけだろうね」


「凄いな、アイは」と命子やルルたちがちやほやする光景を、ウサギがジッと見つめる。そんなウサギの頭を紫蓮がなでなでした。


 それから5階の残りの部分を調べる。メリスは大事だが、他の隊員も探さなければならないため、中途半端に未探索箇所を残しておくわけにはいかない。

 残りの部屋を調べ終わり、ゲートフロアへ移動しようとする一行。すると、命子の足にウサギがゲシゲシとタックルしてきた。


「なんだこいつ! 私に攻撃してレベルアップしようってか!? こっちは杵ウサギを散々ぶっ殺して回ったウサギハンターやぞ!?」


「ぶぶぅっ!」


 腕まくりでキレ芸している命子を放置して、ウサギはぴょんぴょんと跳ねて行き止まりの壁に移動すると、その壁に両前足をついた。

 すると、その壁が開き、つづら折りの上下階段が現れたではないか。


「な、なにぃ!?」


 Cの字の施設は、内巻き側の壁がガラス張りで、外巻き側の壁に部屋が並んでいる。両端は壁になっていたのだが、誰も調べていなかった。


「そうか、お前は私に発見されるまでにここを発見して移動していたんだな?」


 教授の質問に、ウサギは腕をわしわし上下させた。


「なんにしてもゲートを潜らなくていいのはでかいな」


 命子の魔力量はこの施設内の誰よりも高いのだが、それでも400点になっていない。なので、使用する度に20点減るのはぶっちゃけ痛すぎた。


「よく発見したな、偉いぞ」


 教授に頭を撫でられて、ウサギはピョンピョン跳ねた。


 一行はすぐに6階に移動する。

 すると、廊下の緩やかなカーブの先から猛スピードでバネ風船が接近してきた。


「よし、ここは俺たちがやる。命子ちゃんたちは救出を頼む!」


 藤堂が言う。メリスの救出が目前なので、ローテーションは違うが良いところを譲った形だ。

 命子たちはその気持ちをありがたく受け取り、戦闘が始まってバネ風船がくぎ付けになると同時に、アイの導きを受けてメリスがいるであろう部屋へダッシュした。


 そこはささらを助けた時と同じような扇型にカプセルが並ぶ部屋だった。


「メリスさん!」「メリス!」


 そのカプセルの中の一つにメリスを発見し、ささらとルルが同時に叫ぶ。


「ほら、メーコ、早くするデス!」


「は、はい、女将!」


 ルルに急かされた命子は、すぐにタッチパネルの操作を開始した。何度も操作しているので、もう慣れたものだ。

 マナ進化のチェックをすると、そこでハタとして手が止まる。今までデフォルトで設定されていたものが違う設定になっていたのだ。


「どしたデス?」


「うん、マナ進化が、『冬呼びのお散歩猫』っていう設定になってるの」


「もしかして、フニャルーデス!?」


「たぶんそうなんじゃないかな。え、でもマナ進化の設定ってそういう感じなのかな?」


 命子的にはエルフとか獣人とか、そういうカテゴリーで設定できるものだと思っていた。もしくは、攻撃特化や生産特化といった方向性の指定でもいい。

 ちなみに、気になるマナ進化までの時間は約2年だった。これは高山隊長と同じだ。


「命子君、この施設は72体の超生物を調査していたとさっき言ったが、このカプセルで指定できる特殊設定は、この72体からマナ因子を引っ張ってくるのではないかな? 12000年前の地球にはマナ進化を促すマナが多くあったとは思えないからね」


「なるほど、そうかもしれませんね。とりあえずメリスを起こしましょう」


 命子はいつも通りに解放ボタンをペッと押した。


 本来ならこれでメリスが別室に行くはずなのだが……その瞬間。


 バキンッ!


 メリスが入っているカプセルが一瞬にして氷で覆われてしまったではないか。

 ポカーンとした命子は、間違えたと考えて、すぐにタッチパネルを見る。そこにはエラーと表示されており、操作できなくなっていた。


「め、めめめめメリスゥウウウ!」


「め、命子さん!? これはどうなってるんですの!? メリスさんは大丈夫ですの!?」


「あーわわわわ、わ、わかんない! でもでも、いつも通りやったよ。ほ、ホント、ホントなの。ここをね、ここをペッて、ペッて押せば転送されるはずだったの。ホントだよよよ?」


 ささらに肩を掴まれてガクガクされる命子は、顔を真っ青にして高速で指遊びしつつ、早口で弁解する。


「見て!」


 鋭い紫蓮の叫びに、その指が指すほうを見てみれば、少し離れた場所にあるなんら関係のないカプセルも一つ氷に覆われていた。


「あそこには猫っぽいのがいたはずだわ!」


 馬場が言った。危険がないか注意するのが馬場の仕事なので、確認がてら、可愛いとチラッと思って記憶にとどめていたのだ。


 状況はさらに動く。

 二つの氷のカプセルから冷気が漏れ、室内に一気に霜が降りたのだ。


「な、なんだこれは!?」


「海を見てください!」


「え、えー……っ?」


 戦闘を終えて部屋の外で待機していた藤堂たちがガヤガヤする。

 藤堂たちの足元にも霜が降り、さらに外の様子を見られる彼らの目に、曇天の海上にしんしんと降る雪が映った。そして、眼下の太平洋でこの施設のために集まってきていた海自の船団の周りに、数えきれないほどの数のクジラが集結し始めていた。


「「「っっ!」」」


 メリスが入った氷のカプセルがバキンと砕けた。

 中から粉雪がぶわりと舞って、命子たちの視界を覆った。


「にゃ、にゃー、メリスゥウウ!」


 駆け寄ろうとするルルをささらが羽交い絞めにして止める。ささらもメリスは心配だったが、さすがに行かせられない。


 しばらくして粉雪が晴れていくと、そこにはメリスが立っていた。

 しかし、誰も近寄れず、その雰囲気に気圧される。


 メリスの青い瞳が、金色に輝いているのだ。

 メリスは開けっ放しの扉の外を見て、その大きな口を愉快そうに上げて、言った。


「ケルシェ・フフ・サキュナ、ニャッフッフッ」


 メリスはそう言うと、ペロリと舌で唇を舐めた。

 メリスの声だが、なにかが違う。さらに、もともとスポーティーで大人びた印象のあるキスミア人の少女に、肉食獣が放つ危険な色香のようなものが宿っていた。


 そして、超然とした瞳をルルに向けた。


 ゴォオオオッ!


 その瞳を見た一行は、メリスの背景に螺旋を描くような猛烈な吹雪の景色を幻視して、後ずさった。


「ルア・シーツー・キャム・ギレ・フェモア・クトシェニカ」


「「「っっ!?」」」


「???」


 全員が驚愕してゴクリと喉を鳴らす中、ルルだけはブルリと体を震わせて髪の毛を少し逆立てた。

 一方、勢いで喉を鳴らした命子は戸惑っていた。眉毛だけはキリリとさせているが、なにを言っているのかまるでわかっていなかった。理解できたのかなと、みんなの顔をチラッチラッと盗み見ている。とくに年下の紫蓮。


 命子だけがついていけない中で、メリスはそう言うと大きな口をニヤリとさせて、ニャーッと笑った。

 そして、ハッとしたように青い目をパチパチとさせ、バランスを崩して尻もちをついた。


「ふにゃ……ここはどこデスワよ?」


「め、メリス、無事デスか!?」


「る、ルル!?」


 いつもの青い瞳に戻ったメリスをルルが抱きしめる。


「ルルさん、メリスさん。すぐに構えてくださいですわ」


 二人の隣で、ささらが油断なく構える。

 ルルはハッとして同じように構え、メリスも何かあるのだろうと心の準備をする。


 そして、同じように構える命子は、隣にいる紫蓮に聞いた。


「ねえねえ、さっきのアレ、なんて言ったの?」


 紫蓮は眠たげな目でチラッと命子を見る。


「なんだよその目は。バカにしてんのか眠たいのかはっきりしてよ!」


「さらりとディスってくる。最初のは『お魚がいっぱい、ニャッフッフ』って言ってた」


「魚がいっぱい?」


「それはよくわからない」


 命子たちは太平洋の様子を見ていないので、この件はよくわからなかった。


「ルルに言ったのは?」


「あれは『妹のテストを始めるよ』って言ってた」


「い、妹のテスト……姉である私のアイデンティティを殺すためのテストってこと?」


 命子は恐怖した。


「シレン、違うデス。『キャム』は妹のほかに子猫って意味があるデス。あと、テストじゃなく、『フェモア』がついてるからもっと厳しい表現になるデス! つまり『子猫の試練』が始まるデス!」


 命子は中途半端な翻訳をした紫蓮の肩をポンと叩いてから、構えた。

 「こいつぁ面白くなってきたぜ!」と、内心で思いながら。

 今年の更新はこの回で終わりになります。

 本年もお付き合いいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。


 また二巻の発売が決定しました!

 詳しくは活動報告を更新しておきましたので、カバーイラストなどもありますので是非読んでみてください。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] んー?つまり、クジラさんはフニャルーの妹???
[良い点] ウサギの存在感よ。 [一言] 仔猫……というとフニャルー関係でしょうか。 そうするとメリスかルルか、いや百合的な解釈でささらもネコかも知れない(意味深)
[良い点] クジラ来た理由は 近くの化石関係かな [気になる点] いろいろ同時進行して僧
感想一覧
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