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8-7 友のピンチ

 本日もよろしくお願いします!

 悲鳴とともにピンチのところに現れたのは、ささらとメリスだった。その足元にいる緑色の魔物カーバンクルは一声鳴くと、休憩するように丸くなる。


「なぜ二人が……っ!?」


 援軍は本来なら嬉しいところだが、来ちゃいけない子たちが来てしまったことに教授は焦る。


 ささらとメリスはヘリコプターの中で着座していたので、転移した瞬間に椅子がなくなり、そのまま尻もちをつく。目を白黒させた二人だが、すぐに立ち上がって周囲の状況を確認する。


 この部屋は円柱形でとても天井が高い。そして、壁は360度が空と海の映像となっているため、ささらとメリスはここが室内だとパッと認識できなかった。

 周囲の確認よりも先に、転んでいる教授とそれに迫っているバネ風船を目で捉えたことで、脳内の優先順位が一気に救助へと傾く。


 カーバンクルを近くに置いていたので念のために武器を装着していた二人。

 メリスは教授の下へ駆け出しながら武器を抜き、ささらは『見習い風魔法使い』なので、初手で風弾を放とうと手を前に突き出した。


「攻撃するな!」


 早すぎる二人の行動に、ちょっとのろまなところがある教授は出遅れて叫ぶ。しかし、その声に重なるタイミングでささらの手から風弾が放たれた。


「風弾!」


 高速で射出された風弾。鎌倉ダンジョンで何度も放っているだけあり、ささらにはバネ風船にヒットするビジョンが視えた。だが、実際にはそうはならなかった。


 バネ風船の前にハニカム状のバリアが出現し、風弾が霧散する。攻撃を受けたことにより、バネ風船の視線がささらに向かった。


「大丈夫デスワよ!?」


 ささらが攻撃している間に、メリスが転んでいる教授のそばに行き、庇うようにして武器を構える。そんなメリスに教授が叫ぶようにして言った。


「私のことはいい! ささら君と一緒に逃げろ! あれはただのバネ風船じゃ――」


 教授とメリスの前で、バネ風船がバリアによって風弾を防ぐ。

 そして、バネ風船の視線がささらに向いた瞬間、教授の動体視力では追えないスピードでバネ風船が動いた。教授はメリスが向いたほうを追うことでしかバネ風船の行き先を知るすべがなかった。


 ギャリンッ!


「っっ!?」


 凄まじい速さで接近してきたバネ風船が繰り出した攻撃を、ささらはすんでのところで丸盾を滑り込ませて防いだ。

 重い! インパクトの瞬間に脊髄反射でそう判断したささらは咄嗟に後方へ飛んだ。


「くぅ……っ! このぉ!」


 ささらの体が床と水平に5メートルほど吹き飛ばされる。

 相手がバネ風船だったのでスキルを覚醒させて使っていなかったささらの体から、ようやく紫色のオーラがあふれ出す。


 着地と同時に、ささらは先ほど風弾を放った右手でサーベルを抜刀し、そのまま斬撃を放った。

 後方へ滑りながら繰り出した一閃に、猛スピードで追撃してきたバネ風船が回避行動を取る。


 空気を切り裂く剣筋に残った紫色の光。それは修行の際に何度も見ているのでささらにとって見慣れた光景だ。しかし、こと戦闘中では初めてだった。戦闘では紫の斬撃と魔物が光に還る光景はセットだったのだ。

 必殺クラスの一撃が回避され、あまつさえ相手は攻撃モーションに入っている。


 紫のオーラを纏って防御力が上がった丸盾でバネ風船のパンチをいなし、ささらは即座に剣を振るう。だが、その剣が狙うのはバネ風船のボディではない。攻撃をいなされたバネ風船は、その力を利用してくるりと回転すると、もう片方の手で裏拳を放ってきたのだ。ささらはその攻撃を剣で弾くのに精いっぱいだった。

 そして、パリィしたそばから次の攻撃が飛んできて、丸盾でガードすることになる。


「つ、強い……っ!」


 ささらは一瞬も気を抜けない防戦を続ける。


 この世界の誰もが知らない真のバネ風船の戦い方は、不規則に動くバネの腕を巧みに使った変幻自在のパンチの連打だった。しかもその手は刃で弾いても傷つかないほど強靭。ならば細いバネ部分を弾くべきかと言えば、それは悪手。バネ部分を叩くと攻撃はさらに変則的になり、手に負えなくなる。

 真のバネ風船は、覚醒させた【イメージトレーニング】で訓練していなければ、とっくに負けているほど強かった。


 メリスは立ち上がった教授の膝の裏をすくい上げ、一瞬でお姫様抱っこするとカーバンクルの下へ連れていく。


「シャーラ、隙を見てこっち来るデスワよ!」


 それに対する返事はない。全神経を集中するささらにその余裕はなかった。


「お主、また転移できるデスワよ!?」


 メリスはカーバンクルに問う。

 その問いに対して、カーバンクルは少し疲れた様子だ。


「まさか無理デスワよ!?」


「いや、メリス君。こっちが本命だ」


 教授はモノリスを触れる。

 すると、仮想ウィンドウが出現した。

 そこには、さきほどバネ風船が見せてくれたこの施設の再沈没までのカウントダウンが大きく表示されている。


 そして、その下に読めない文章と、『はい』『いいえ』の選択肢があった。

 なによりもその読めない文章の中に、先ほどカプセルからウサギを救出する際に見たいくつかの単語が含まれている。


「よしっ! ささら君、脱出するぞ、早く来たまえ!」


 教授の呼びかけに、しかし、ささらはその場から動けない。


「っ!」


 逃走の時間を稼ぐために、メリスが二者の戦闘に加勢する。

 バネ風船を背後から強襲したメリスの一撃は『見習いNINJA』の経験から音もなく鋭いものだ。


 だが、その攻撃に対してバネ風船はバリアを展開して弾いた。

 背後でバリアを展開し、前面ではささらに猛攻を加え、隙あらばメリスに対して攻撃を加える。


 二対一にもかかわらず、二人はあっという間に防戦一方になり、逃亡する時間を作り出すどころではなくなってしまった。

 そして、その戦闘の拮抗を崩す出来事が訪れた。


 バキンッ!


 何十回もパリィし続けたささらのサーベルが折れたのだ。


「ぁ……っ!」


 ささらの脳裏に、あの無限鳥居の冒険で、命子とルルが桜の木の下で自分にこの武器を譲ってくれた時の光景が蘇る。

 視界が暗くなるほど悲しい気持ちが押し寄せてくるが、ささらは歯を食いしばってバネ風船に意識を集中する。


「ぐぅ……風弾っ!」


 左手の攻撃を盾で捌き、すぐさま飛んできた右手の攻撃をサーベルの代わりに風弾で弾く。

 しかし、ささらの魔法技術は剣ほど器用ではない。その一撃を最後にささらに大きな隙が生まれた。


 ささらの肩にバネ風船の手が接触する。

 それは繰り出され続けた猛攻からは想像もつかないほど静かな一撃。

 しかし、その反面、触られた肩から全身に掛けて悪寒が駆け抜けていく。それは悪寒だけに留まらず、全身から血が流れ落ちたような脱力感とともに、ささらに膝をつかせる。


「メリスさん逃げて……っ」


 そう口にしながら倒れこんだささらは、すぐ近くに転がるサーベルの柄を手にして、そのまま意識が暗転した。


「こ、こいつ!」


 教授がバネ風船に白衣を被せて視界を覆う。


「ささら君を連れて逃げ……っ!?」


 ここが自分の墓場と覚悟を決めた教授の行動だったが、それは一瞬で無意味なものとなる。

 バネ風船の手がピカリと光ると、白衣が光の粒になって消えたのだ。

 あっという間に視界を確保したバネ風船は教授の腹部をトンと叩く。


「あ……」


 教授は糸が切れた人形のようにその場に倒れ、意識を失った。


「う、うぅ! ニャーッ!」


 メリスが両手の小太刀を振るい続けるが、その全てをバネ風船は手で捌いていく。


「にゃふしゅ!」


 入った!

 辛うじて見つけた隙に小太刀が叩きこまれる。


 しかし、その一撃はバネ風船の体を透過した。

 霞となって消えたその体の代わりに、メリスの側面にバネ風船が現れる。

 ルルが使うのでメリスはこれを知っている。残像だ。

 がら空きになったメリスのわき腹にバネ風船の手がトンッと当たる。


「ふにゃ……」


 メリスは足に力が入らなくなり、その場に倒れる。


「る、ルル……シャーラ……」


 せっかくまた一緒の時間を過ごせるのに。

 そんな思いを抱きながら、メリスの意識が闇に堕ちていった。


 倒れ伏す三人を見下ろしながら、バネ風船が両方の丸い手をポンと叩いた。

 すると、ささら、メリス、教授の体の下にそれぞれ魔法陣が展開する。魔法陣は床から剥離し、三人の体を包むようにして球体に変わった。


 魔法陣を構成するラインが光り輝き、やがてその輝きが失われると、その場には何も残っていなかった。


「みょるん……」


 カーバンクルがしゅんとしながら、バネ風船のそばへやってきた。


「<(`^´)>」


「みょ、みょるん……」


「(´-ω-`)」


 二者はそんなやりとりをすると、バネ風船はカーバンクルにもささらたちと同じ処理を加えて、その場から消した。


 全てを終えて静かにその場に浮かぶバネ風船は、床に転がっている折れたサーベルの刀身に目を向ける。サーベルに向けて丸い手をピカリと光らせたバネ風船だったが、その光はすぐに消え、普通に刀身を拾い上げた。

 刀身を片手に持ったバネ風船は、その場からゆっくりと移動して部屋から出ていくのだった。


 すっかり静かになった部屋の中で、ただ一匹、ウサギはガクブルしながら震え続けていた。




 時間を少し遡り、ささらとメリスが消失したヘリコプターの中。


「ニャーッ! う、運転手殿、早く突撃するデス!」


「ちょ、ちょっとルルちゃん、落ち着きなさい!」


 ドタバタと暴れるルルを羽交い絞めにする馬場だが、自身もまた混乱していた。

 同乗している空自の隊長さんも本部に緊急連絡を入れるなどしてかなり騒がしい。


 命子はいち早く空中に浮かぶ建物に飛び込んだであろうささらとメリスを心配すると同時に羨ましがり、目をキラキラさせてその外観を眺める。心配と好奇心の板挟み、それがいまの命子である。


 施設は上から見ればCの字を書いたような造りで、縦横ともに長い。Cの内側は鏡のようにキラキラとしているのが特徴的だ。窓のようなものがないので何階建てなのかは命子たちにはわからなかった。

 一層部分には本来あってもおかしくない庭などは無く、本当にただCの字型をした建物だけが浮いているだけだ。


「入り口がない」


 紫蓮が冷静に分析して告げる。

 その呟きを聞いた隊長がハッとして、「入り口は目視できず!」と報告に付け加える。隊長もまた混乱の極みにあった。海から浮上した巨大建造物を前にしているので無理もなかろう。


「紫蓮ちゃん、たぶん光の橋からじゃなければ入れないんだよ。光の橋が屋上の一点でこうやって吸い込まれていってる。こうやって!」


 命子は、こうやって! と手でVの字を描いて説明した。

 命子たちは知らないが、そのVの字の下で絶賛ささらがバネ風船と戦っていた。


「本部から命令! これより本機は帰投します!」


「にゃ、にゃんでデス!?」


「なんでさ!」


 隊長の言葉に、ルルと命子の悲鳴が重なる。

 しかし、問答無用でヘリは進路を変えて静岡に向けて飛び始めた。


 その背後では、残りの二機が施設の屋上に降り立つ姿があった。

 だが、後にその調査隊は特に成果を上げられずに帰還することになる。唯一、命子が言っていた場所に黒く輝く円形の床があったが、それがなにを意味しているのかはわからなかった。


「「「っっっ!?」」」


 帰還するヘリコプターの中で、命子とルルと紫蓮が同時に体を跳ねさせる。そして、一斉に自分の指に嵌った指輪を見た。


 それは絆の指輪。

 特殊な効果が蓄積されていく特性を持っているが、最初から備わっている機能がそれを知らせてきた。


『絆の指輪:仲間のSOS信号をキャッチし、引き寄せ合う』


 この効果で今まさにささらの身に危険が迫っていることに三人は気づいた。

 今までこの効果が発動したことがなかったので、どれほどの危機なのか三人にはわからない。だから、命子の心の天秤も一気に心配に傾き、慌て出した。

 当然、ルルの心配も大変なものだ。


「シャーラとメリスが大変デス!」


「馬場さん引き返して!」


「ど、どうしたの急に!?」


「絆の指輪がささらたちのピンチを教えてくれたんです!」


 命子の言葉に、馬場は目を丸くして驚くが、やはり答えはノーだった。


「なっ……ダ、ダメッたらダメよ!」


「馬場さん!」「ババ殿!」


 命子とルルに詰め寄られる馬場は、心を鬼にしてそれを拒否する。


「ひ、羊谷命子! ささらさんのSOS信号の位置がいきなり変わった」


「えっ? ほ、ホントだ……」


 絆の指輪は相手がどこでピンチになっているのか、持っている者に方角や距離を教えてくれる。それによれば、最初、ささらは建物の一番下の真ん中にいた。それがいきなり50メートルほど離れた別の場所でSOSを打ち始める。


「カーバンクルがまた転移したってことかな?」


「でも危機は去っていない」


 紫蓮が言うように、SOSは未だ続いている。50メートルという距離を移動すれば大抵の危機は一時的に回避できるはずだが、ささらの指輪は助けを呼び続けている。


 ささらの位置はそれっきり動かなくなった。


「ババ殿お願いしますデス」


 ルルが涙を浮かべてお願いした。

 しかし、馬場の答えは変わらない。


「ダメよ」


 そう告げた馬場の足は震え、握りしめた手から血が流れる。


 馬場とて同じ時間をたくさん過ごしたささらが心配だ。

 しかし、ささらは強い。おそらく今の自衛隊でささらに勝てるのはほんの数名だろう。そんな手練れのささらが、あの中に入ってほんの数分でいきなりピンチになるのだ。

 そんな場所に命子たちを入れられるわけがなかった。


 ヘリコプターが駿河湾に近づき、入れ替わるようにして何機ものヘリコプターが命子たちの来たほうへ飛んでいく。同じく海でもたくさんの船が沖に向けて進み始めていた。


 シンと静まるヘリコプターの中で、命子はしょんぼりするルルを抱きしめながら、窓の外を見つめる。


 先ほど感情に任せて引き返してほしいとお願いした命子だが、普通に入れるのか疑問視し始めた。

 いや、普通に入れるのなら入れ替わりで向かってくれたヘリコプターの部隊がささらたちを救助してくれるだろうし、それならそれでいいのだ。

 しかし、この空に走る光の橋が、どうにも普通の方法では中に入れないのではないかと訴えかけてくる。


 命子は頭の上にいるアイをそっと胸元に突っ込んだ。馬場も隊長も、他のことに気を取られて、その行動を見過ごした。


「馬場さん。せめてこのまま三保の松原に行ってください。あの建物の内部に行くためのヒントが三保の松原にあるはずです。私の目ならそれを見つけられるかもしれません」


「……」


「ささらがピンチなんですから、一刻も早くそれを発見して、自衛隊の人たちを突入させたいんです」


「……約束してね。絶対に先走らないこと」


「わかりました」


 命子たちは、再び三保の松原に降り立った。




 三保の松原一帯は命子の発言で封鎖されていた。

 具体的にどこからどこまでがその対象とすべきか自衛隊にはわからなかったので、かなり範囲が広い。

 やってきた命子たちを見つけた自衛官が敬礼をするのは勲章の効果か。


 砂浜に降り立った命子は、空からこの地に続いている光の橋を見つめる。光の橋の根元には、大量の松が光っていた。


「近づきますよ」


 命子はそう言って、松林に近づいた。


 松林はそう密度が高いものではなく、遊歩道もあって普段は観光客で賑わう地だ。今は封鎖されているため、いるのは自衛隊だけである。

 時は十一月になっているため、日の傾きを視野に入れ始める時間帯。海から吹く風が冷たかった。


 命子はすぐに気づく。大地のマナラインが非常にはっきり見えるのだ。それは松林に接近すると濃くなっていく。

 命子はこういう特徴の土地を知っていた。タカギ柱だ。あそこは、タカギ柱に近づくほどマナラインがはっきり見え、少し離れると薄くなって気合を入れないと見えなくなる。


 だが、タカギ柱自体はマナラインと違って、【龍眼】を持っていなくても見えるものだ。この松林にそんなものは存在しない。


「アイ、アイ。教授の所に転移できそう?」


 こそこそと言った命子の質問に、服の中でアイは首を振る。


「命子ちゃん、なにか見える?」


「はわっ、い、いえ。松林が光っている程度しか。もう少し近づきます」


 馬場の質問に、アイを隠し持っている命子は少しビクついた。

 命子は、タカギ柱に似ているとは言わなかった。そもそもの始まりはタカギ柱を使用した転移実験だったため、言えば命子はこの調査から弾かれると思ったのだ。なにせ、自衛隊には命子ほど扱いに慣れていないが、同じ【龍眼】を持つ藤堂がいるのだから。


 そう言って歩き出す命子のすぐそばに、ルルと紫蓮がついていく。さらに馬場もまたすぐ近くを歩いた。


 馬場は命子を全く信用してなかった。

 この子は何か発見すれば絶対に助けに行く、そう考えているのだ。そして、その考えは当たっていた。


「「「っっっ!」」」


 命子たち三人は、松林の中で同時に左手を震わせた。唐突に、絆の指輪がささらとは別の反応を捉えたのだ。

 一つは依然として海の彼方の施設へと向かい、もう一つはなんの特徴もない一本の松に向かっていた。そして、命子の【龍眼】もまたその松の木の異様さを目視していた。


【龍眼】は人なら人の魔力を見られるし、動物ならやはり動物の魔力が視認できる。そして、木もまた魔力を持っているのを命子は知っていた。

 ただ、木や石は同時にマナも宿していた。マナは人を含めて動物には宿らない。体の中に入ると魔力に変化してしまうのだ。魔力とマナを同時に纏うのは自然物の証明とも言えた。


 普通の木や石が宿す魔力やマナを命子は知っている。その魔力の使い方は動物のように複雑ではなく、面白みに欠けるものだった。


 しかし、絆の指輪が示したその松の魔力とマナは異様だった。

 凄まじく細かな文字や記号が松全体にびっしりと刻まれており、それが魔力を示す紫と、マナを示す翡翠色に輝いている。もはやそれは芸術の域に達していると思えるほどに美しいものだった。


「にゃ……んにぃ!」


「ふ、ふーむ……っ!」


 騒ごうとしたルルのお尻をすかさず紫蓮がつねった。

 それと同時に、命子が気持ち大きな声で唸って考えごとをするふりをした。


「ルルちゃん……」


 馬場は、お尻をつねられて変な声を出したルルに、友達がピンチになって情緒が不安定なのだと勘違いする。

 そうやってルルを気遣う馬場を見て、命子はシメたとその松に近づく。


「「「なっ!?」」」


 その瞬間、驚きを重ねたのは、同行している研究者や自衛官だった。

 彼らには、そこに松があると今の今までわからなかった。命子が近づいたことで、いきなり出現したように見えたのだ。あるいはそうやって認識できなくなるのもこの松の特性なのかもしれない。


「やべぇバレた!? し、紫蓮ちゃん、ルル! アイ、転移できるなら行くぞ!」


「合点承知!」


「行くデス!」


 命子が謎の松の木にタッチすると同時に、紫蓮とルルがそばに寄る。


 さらに、アイが服の中から飛び出て、命子の角にピトッとくっついた。

 しかし、転移は発動しない。なぜかと言えば簡単な話だ。命子は【精霊魔法】をもっていないので、精霊に対して思い通りに魔法を使わせる術がないのである。だから、精霊の気まぐれで魔法を使うのを期待するしかない。


 そして、その気まぐれは別の形で起こった。

 命子たちの周りに水の壁がそそり立ったのだ。


「め、命子ちゃん!」


 水の壁の外で馬場が叫ぶ。

 命子は凄く後ろめたい気持ちになったが、仲間を一刻も早く助けに行きたいのだ。


 松の木にタッチした命子の眼前に、仮想ウィンドウが出現する。

 そこにはこう書かれていた。


『神獣観測所・龍宮へ行きますか? はい いいえ』


「龍宮! あれは龍宮城かよ!」


 命子の冒険心にメラリと火がつく。


「馬場さん! ごめんよ、ささらたちを助けに行ってくる!」


 命子はそう言って、『はい』をプッシュした。


 その瞬間、命子の体がふわりと宙に浮かんだ。

 見れば、ルルと紫蓮の体も宙に浮いている。

 ……それどころか、馬場も浮いている。


「範囲広いんだよな」


 命子はプンプンしている馬場の顔を見て、ビビッた。

 そして、ガクブルする命子と仲間たちの体がシュンとその場から消失した。


 読んでくださりありがとうございます。


 なんと今日で200話目です。

 長らくお付き合いいただき大変感謝しております。

 まだまだ続きますので、どうぞよろしくお願いしたします!

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― 新着の感想 ―
囲った水の壁の意味とはw
[良い点] 大人から逃げようとしたらついてきてしまった(笑) [気になる点] 何故日本語で普通に読めるのか……?マナ進化したから??
[気になる点] 大人たちの方が力も経験もある今までとは世界が変わってるし 実際大人たちよりも、自分たちの方が解決出来そうなわけで 仲間のピンチに引き離されるとか、主人公たちはむしろもっと怒っていいくら…
感想一覧
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