1-1 世界が変わって0秒でダンジョン
本日2話目です。
よろしくお願いします。
自分だけがここに落とされたのか、はたまた地球全土がこんな有様になってしまったのか。
どちらにせよ、ここはダンジョンであろう。
前情報もなくいきなりそんな場所に落とされた命子は、プルプルした。
ダンジョンの構造は、床も壁も天井も、石作り。
特に光源らしき物もないのに辺りの様子がはっきりとわかる不思議な空間だった。
ただ、影が下に落ちているので天井を基準にして光が差している感じなのだろうか。
もちろん、そんな細かいことを混乱する命子が気づくはずもないのだが。
命子は、ハッとして背後を振り返り、背中側も廊下であったことに気づく。
今のところ、敵の姿はない。
まっすぐに伸びた通路は痛いほどの静寂に包まれており、それが重圧に変わって命子から汗を噴き出させる。
命子はすぐにスマホを取り出して検索を掛けた。
しかし、圏外。
「どうしようどうしよう……しょ、しょうだ!」
命子は現状を打破できるかもしれないヒントを思い出し、むむむっと念じた。
すると、命子の眼前にこんなものが浮かび上がった。
地球さんが言っていたステータスだ。
――――――
羊谷命子
15歳
ジョブ なし
カルマ +1286
レベル 0
魔力量 20
・スキル
【合成強化】
・称号
【地球さんを祝福した者】
――――――
「多分弱い……っ!」
命子は愕然とした。
魔力という項目がワクテカではあるが、レベルは0。
スキルというファンタジーな能力は非常に嬉しいけれど、これはきっと生産系能力に思える。
単騎でダンジョンにいる現状で、果たして役に立つのか。
「っていうか、スキルってどうすれば……んにぇっ!?」
使えるの、と自問しようとした命子の身体を、ピシャゴーンと何か凄いのが駆け巡った。
その衝撃は命子にフレーメン反応をする猫みたいな顔をさせる。しかし、そんな猫ちゃんの脳内では今まさに凄いことが起こっていた。
しばらくして、ハッと我に返る。
ピシャゴーンにより、【合成強化】の使い方が分かったのだ。
それによれば、【合成強化】は予想通りに生産系のスキルであった。
しかし、上手いこと使えば、現状を切り抜けられる可能性は十分にある。
さらに、ピシャゴーンの余波は他の項目にも波及した。
というか、ステータスウインドウの使い方をちゃんと理解できた。
称号【地球さんを祝福した者】の詳細を見たいと念じる。
すると、それに呼応して詳細が分かるようになった。
―――――
【地球さんを祝福した者】
祝福してくれてありがとう!
祝福してくれたみんなには、魔力量を+10します!
―――――
「+10は大きいのか小さいのか。なんにしても、あの時、拍手しておいて良かった」
命子は、祝福ムードを自分に伝えてくれた動物たちに感謝した。
そう言えば、動物連中はみんな祝福していたなと思い出す。世界の動物たちは、もしかしたら人間よりも一歩リードしたかもしれない。
そんな命子の推測通り、実際にあの瞬間、地球さんを祝福した人間はごく少数だった。
もちろん、世界規模で見れば相応にいたのだが。
そのほとんどが、一人でいる人間だった。灰色の世界を楽しくしてくれるかもしれない地球さんの成長に拍手喝采したのだ。あるいは心が清い人間。
「さ、さてと、それじゃあどうしようか?」
命子は考える。
場所は間違いなくダンジョンだろう。
この場にいて、すぐに助けはくるのだろうか?
助けよりも先に、魔物と遭遇しないだろうか?
魔物の強さは?
何もかもが分からない。
ネットで調べれば大抵のことは分かってしまう現代社会を生きる命子には、道しるべが全くないこの状況はあまりに刺激が強かった。
結局、命子は移動することにした。
何よりもこの場所が嫌だった。
50メートルほどの通路で、両端には曲がり角がある。
命子はそのど真ん中にいた。
この立地が良いか悪いか判別に困るけど、なんにしても非常に怖い場所ではあった。
そんなわけで、命子は片側へ向かうことにした。
ここで命子の装備について説明しよう。
まずは清潔感溢れる白のパーカー。
下半身はデニムのショートパンツに、左右で色の違うストライプのハイソックス。
靴はスニーカーだ。
アクセサリーはお気に入りのポシェット。
そんな装備を身に纏っている羊谷命子ちゃん15歳。
身長145センチに満たず、筋力もお察し。ついでに胸もお察し。
初期装備は、紙。
初期ステータスも恐らく、ゴm、紙。
先が思いやられるダンジョン行が幕を開けた。
まず、命子がしたのは、ポシェットから物を取り出すことだった。
女の子のポシェットはなんでも入っているのである!
というわけで、ミニソーイングセットからハサミを取り出す。
こういう物を常備しておくのが女子力アップの基本なのである。
小さなハサミだが、ロリっ娘な命子が素手ゴロで戦うよりかはマシだろう。
上手いこと喉に入れば重傷を与えられるはずだし。
ロリっ娘とは思えない野性味ある思考のもとで、命子は小さなハサミを装備した。
逆手に持ってズドン!
逆手に持ってズドン!
予行演習しておく。やる気は満々。
ついで、スマホでダンジョン内の写真を撮影する。
これは余裕があれば続ける程度に考えておく。ウィンシタ映えを狙って死にましたでは、笑えない。
準備中も通路の前後へ油断なく視線を巡らした。
ダンジョンは油断した者から先に死んでいくのだ。
すでに命子は一端のダンジョントラベラーみたいな思考になっていた。まだ1メートルも移動していないのに。
ポシェットの中には、他に手帳、ティッシュ、ハンカチ、袋入りの飴、ペットボトルのお茶、が入っている。特に飲食物は慎重に消費しなくては。
準備を終え、命子は歩き出す。
なんとなく、最初に向いていたほうへ向かった。
曲がり角へそろりそろりと近づき、コソッと曲がった先を覗いてみる。
曲がった先は20メートルくらい直線が続くが、何もいない。
「地図も描いておこうかな?」
命子はポシェットから手帳を取り出した。
手帳は女子力加算値がそこそこ高いらしいので持っていたけれど、あまりお世話になったことはない。
そんな手帳のメモページに、棒線の地図を描いていく。
方眼紙になっているので自分なりにルールを決めた。
スタート地点にはそれと分かるように、印を。
そうして地図を描くと、手帳を仕舞う。
面倒だけど、もしかしたらこの先地図が役立つかもしれないし、余裕があるうちは描いておいたほうが良いだろう。
こんな風にして、命子はダンジョンを進んだ。
初めてのエンカウントは、次の角を曲がった先だった。
「っっっ!」
先ほどと同じようにそっと覗き込んだ先に得体のしれない生物がいた。
それも割と近くに。
命子は、息を飲んでサッと顔を引っ込める。
角の壁に背を預け、敵に聞こえないように小さく息を整える。
余裕があればスマホで撮影するとは言ったが、そんなことは綺麗さっぱり忘れて、ただただ胸の鼓動を抑える。
そうして落ち着いた命子は、また顔をそっと出した。
敵との距離は、3メートルほど。
敵の姿は、風船にバネの腕をつけたような奴だった。バネの先端には球体がくっついている。
その場にふわふわと浮いており、命子には気づいてない様子。
いけるか?
命子はゴクリと唾を飲み込んだ。
そもそも敵ではない可能性もあるけれど、可愛いだとか博愛だとか、そんな余裕は命子にはなかった。
地球さんの言っていた通り、ダンジョンが現れ、ステータスが見えるようになった。ということは、ダンジョンに入るなら死を覚悟するように忠告した言葉もまた本当なのだろう。
ならば、アレは自分を殺しに来る可能性が非常に高い生物だと認識するほかない。
スタート地点を反対方向へ行ってみるのも手ではあるけど、そっちにも敵がいる可能性は十分にある。
それならば。
敵は一体。
曲がり角からすぐ。
命子には気づいていない。
現状でこのシチュエーションは最高だと思う。
それに、パッと見た感じ、そんなに強そうでもない。
最初に出会う敵だし、ムリゲーすぎるスペックではないはずだ。
ならばやるっきゃねぇ!
命子は覚悟を決めた。
命子はギュッと唇を噛み、震えを強引に押し込める。
そうして、小さなハサミを握りしめて、角を飛び出した。
命子はためらいなく、小さなハサミを風船の頭上から下へ突き立てた。
予行演習の時とは違い、攻撃と同時にハサミを握った手をハサミの柄が押し込んでくる。
ハサミの柄に潰されて指や手の平に痛みが走るけれど、それに構っている余裕はない。
命子の強襲を受けた風船は、一撃で地面に落下した。
途端、バネの腕がビタンビタンと暴れ始めるけれど、片方の腕を足で踏んづけ、命子はがむしゃらにハサミを突き立てまくった。
途中で残ったほうの腕が命子のふくらはぎに当たり、鈍い痛みが走った。
涙が出てくるほど痛い。
マウントを取った状況で受けた攻撃ですらこのダメージなのだから、解放してしまえば命子は殺されてしまうだろう。
そう理解した命子は、歯を食いしばって風船にハサミを振り下ろしまくった。
何度ハサミを振り下ろしたか。
1桁では足りず、2桁に至り、それでも倒せず夢中でハサミを振り下ろし続ける。
一撃振り下ろすごとに手に伝わるのは、まるで角ばったペットボトルを凹ませるような酷く無機質な感触だった。
そのくせ、バネの腕を動かして抵抗する様は、生き物のようでもある。
果たして本当に、この殺生は正しいのか疑問を抱き始めた頃。
バネ風船は、活動を停止した。
バネの腕が地面に落ち、数拍の間を置いて、光の粒となって消えていく。
後に残ったのは、バネと小さな赤い石だった。
「うっくぅ、ぐぅ、ひぅうっく……っ」
命子は、泣いた。
本当に敵だったのだろうか。
もしかしたら、とても残酷なことをしてしまったのではないだろうか。
そんな気持ちが胸中に溢れて、今更ながら怖くなった。
ダンジョンという未知の空間。
誰も検証しておらず、何が敵かも分からない。
そんな場所に迷い込んだ命子は、全て自分の判断でやっていくしかないのであった。
本日、またしばらくしたら投稿します。
読んでくださりありがとうございます。