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8-6 教授の冒険 2 魔術入門

 本日もよろしくお願いします。

 アイと離れ離れになった教授がとった行動はシンプルだった。


「き、君。ちょっといいかな?」


 廊下に出た教授は、徘徊している謎のバネ風船に声をかけた。わからないなら聞けばいい。

 謎のバネ風船から視線を向けられた教授は、若干ビビッた。これで敵認識された場合は死ぬ可能性が非常に高いので、変わり者の教授だって怖かった。


 そして、ウサギも教授の足元に隠れてガクブルする。

 教授は知らないが、ウサギはこのバネ風船に捕らえられて、カプセルにぶち込まれていた。廊下で粗相をしたのが原因であった。


 教授の前まで移動した謎のバネ風船は、そのまま動かなくなる。それを見た教授は言葉を待っているのだろうと解釈した。


「契約している精霊と離れ離れになってしまったんだ。君はその精霊がどこにいるか知っているかい?」


 そう質問した教授に、謎のバネ風船はしばしふわふわと浮かんでいたかと思うと、頭の上に立体型のウィンドウを出現させた。

 そのウィンドウに、緑色の髪をした可愛らしい女の子が首を傾げる姿を描いた絵文字が出現した。どういうわけか、角度を変えても同じように見えるウィンドウである。


「これは普通に考えてわからないということだろうな。しかし、いよいよ君はバネ風船とは違うようだな……ロボットの類なのかな?」


 普通の魔物はコミュニケーションなど取れずに、条件さえ整っているなら会えばすぐにバトルである。それが一回の試みですぐにコミュニケーションが取れてしまった。


「それじゃあ、この施設から帰還するにはどうすればいいか教えてくれないかい?」


 次の質問に、人差し指と小指を立てた手の絵文字が出現する。


「それはどういう意味だい?」


 ジェスチャーは国によって変わる。特にハンドサインは手の構造上、似た仕草が散見することになるが、それが示す意味は文化によってさまざまで、時には相手に向ければ危険すら伴う。


 謎のバネ風船はその絵文字を出したあとに、背中を向けて移動し始めた。頭の上にはずっと人差し指と小指を立てた絵文字を残したまま。


「これはついてこいということだろうか。まあいい。ほら、お前も行くぞ」


 教授はウサギに語りかけて、歩き出した。

 ウサギは円らな瞳で教授の顔を見上げてから、ぴょんぴょんと後ろについていった。


「なあ君。ここはどういった施設なんだろうか」


 歩きながら教授は謎のバネ風船に尋ねた。

 すると、謎のバネ風船の上のアイコンが変化して、映像が流れ始める。


「ふーむ、仮想ウィンドウか。その技術も教えてほしいな……」


 そう呟く教授だが、すぐに映像に夢中になる。

 映像では、聞いたことのない言語でナレーションされており、出てくるテロップの文字もまたわからなかった。映像だけしかわからないが、教授は朧げながら理解する。


「ここは次元龍の死骸を観測していたのか」


 それだけではなく、おそらく世界各地にいる超常的な存在も観測していたのだろう。それに気づいたのは、キスミアのフニャルーがピックアップされていたからだ。

 他にも、オーストイリアのエアーズロックは巨大な亀、シュメリカの特に有名でもない森林部には雷を纏う巨大鳥など、合計で72体の生き物の魂が各地にあるらしい。

 そして、この観測所から東へ進んだ太平洋の底には、空を飛ぶクジラのような生物の死骸があるようで、先ほど教授が見たこの施設の見取り図の中に記載されていた巨石が、まさにそれだった。

 この施設では、特に次元龍とその空飛ぶクジラを観測していたらしい。ちなみに、大きさでいえば、次元龍は格が違う。


 正確な研究テーマはわからなかったが、おそらくは星と特殊な巨大生物の死骸の関連性を調べていたのではないかと教授は推測する。この施設の出どころの文明がマナに満たされているとすれば、このテーマはかなり価値のある研究となるだろうから。


 そして、その研究の一環で、動植物たちのマナ進化の過程も研究していたようだった。

 ウサギが入れられていたカプセルは、マナ進化を誘引させる効果があるらしい。しかし、非常に長い年月を必要とするような映像演出がされていたので、高い効果が望める物ではないのだろう。


「魔力を使わなければ魂にマナ因子は蓄積せず、マナ進化もしない。この施設は地球さんがレベルアップする以前から、外部要因でマナ因子を覚醒させる方法を研究していたということか?」


 そこで教授は天狗の言葉を思い出す。

『圧倒的な上位者は、下位者のマナ因子を強制的に覚醒させられる』

 つまり、この施設ではその秘密も解き明かそうとしていたのかもしれない。


 このカプセルの価値は別の面で計り知れなかった。

 映像から推測するに、中にいる生物を数千年は保管できるのではないかと思われる。

 今の世の中はカルマに怯える人が多いため、未来に希望を託したい人は大勢おり、コールドスリープの研究資金に莫大な金が集まっている。亜種ではあるが、それのほぼ完成形がここにあった。


 映像を見ているうちに、謎のバネ風船の案内は終わった。


「そこで待っていてくれるかい? もう少しお話がしたいんだ」


 教授が言うと、バネ風船は『はい』を意味する文字を頭の上に浮かべた。教授が確信している言葉の一つだ。


 その返答に安心した教授は、改めて案内された場所を見回す。

 そこは、1階の中央に位置した部屋で、最上階まで吹き抜けになっていた。遥か上の天井はレンズのようになっており、なぜか青々とした空が見えた。

 部屋の中央には魔法陣なのか幾何学模様が描かれており、その傍らにモノリスが一柱立っていた。


「ここから脱出できるのか」


 脱出口を確認できた教授は、ひとまず帰還を後回しにした。

 まだまだ知りたいことがあるのだ。バネ風船の下へ戻り、教授はあれこれ訊き始めた。


 バネ風船が教えてくれることは、全て映像によるものだ。

 だから、このバネ風船が持っていない映像は流れないし、答えられない。

 それでもいくつかの重要な情報が手に入った。


「じゃあ君は、お掃除用の魔法のロボットなのかい?」


「(‘ω’)ノ」


「その中のハイエンドか」


「(‘ω’)ノ」


 まずはこの謎のバネ風船について。

 このバネ風船は、異世界で作られたお掃除用魔導人形らしい。

 緑色の髪をした女性が出てくるCMが流れ、解読済みの数字の構成から最安値が19万だと知れた。単位と物価は不明だが、とにかく19万。そのシリーズの中でこのバネ風船は一番高い値段のもので、330万らしい。


 そして、その強さはお掃除用なのに教授が知っているバネ風船を遥かに凌駕している。


「君は、いったい何年前からここで働いているんだい?」


 その質問に、バネ風船はアイコンで答える。

 12015と表示される。


「そうか。働き者の君に敬意を表するよ」


 教授はそう言って、ポケットからリボンを取り出した。

 最近髪が伸び、どうにも邪魔になってきたので、時折まとめるために持ち歩いているのだ。


 そのリボンをバネ風船の腕の付け根に巻いてあげる。

 するとバネ風船のアイコンに、緑髪の少女のイラストが現れる。満面の笑みで喜んでいる様子だ。

 教授は小さく笑い、お話を続けた。


「君はなぜ私の言葉がわかるんだい?」


 この質問に対して流れた映像は、寝ている教授の頭にバネ風船が手を置いているものだった。それだけで言語を認識できる術が備わっているのだろう。


「魔導文明はそこまでのことができるのかい?」


「(‘ω’)ノ」


 それがどの程度歴史を刻めば到達できる領域かは不明だが、可能なのだとバネ風船はアイコンで答える。


「凄まじい文明だ。そこに至るにはどうすればいいのだろうか。私たちは火を用いたことでやがて文明を作るに至ったと言われている。しかし、この延長線上に魔導文明への扉はないだろう。君たちの文明はなにから始めたんだい?」


 教授のその質問に、バネ風船は考えるそぶりを一つも見せず、一つの答えをすぐに提示する。つまりこれは仮説などではなく、バネ風船を作った文明にとって確定している事実なのだろう。


 それは正三角形だった。


「ふむ……それはどういう意味だい?」


 教授の質問に、バネ風船は丸い手で正三角形を空中に描いた。

 なぞったラインは光を残していき、頂点で結ばれると同時に、中央にとても小さな炎が一瞬だけ出現した。その現象を終えると、光っていた正三角形は消失する。


「……」


 教授は、震える手で口元を覆って考える。

 最近、教授はやたらと図形を見てきた。


 魔導書に文章の他に記載された図形、キスミアの巫女家が500年前から作り続けてきた幾何学模様の数々、そしてアイのラクガキ。


「あれらは全て起動しうる魔法陣なのか?」


「(´・ω・)?」


「いや、こっちの話だよ。それでこの魔法陣はなぜ起動するんだい?」


 正三角形なんて有史以来、何度描かれてきたかわからないほど描かれてきたが、そこから火が出たなんてことは一度もない。それは地球さんがレベルアップしたあとでも同じだ。

 なにかしらの起動方法があるのだろう。


 教授の質問に、バネ風船は三角形のアイコンを出現させた。

 そして、各辺に数字が記載されていく。


「この数字は3と2だね……3、2、3……? 描くまでの秒数? いや、魔力を流しこむ量か?」


「(‘ω’)ノ」


 教授は夢中だった。

 夢中すぎて、一緒に来ている相棒が暇をしていることに気づかなかった。

 今は暇すぎて寝ているトラブルメーカーの起床まで、まだ少し時間を要する。




「ふむ……ふむぅ!」


 凄いことを教えてもらった教授は大興奮。

 あれから数時間、教授はバネ風船の補助を受けて、正三角形から種火を創造する方法を体得するに……は至れなかった。

 どうしても覚えられなかったのだが、やり方だけは理解した。


 バネ風船の説明では、魔法陣ごとに各辺に割り振る魔力が変わるらしく、それを経て魔法陣は起動する。教授はこれを『魔導回路』と名付けた。

 しかし、バネ風船は他にコップ一杯ほどの水を出現させる魔法陣しか教えてくれなかった。


「君、もしくは君をここに残した人、ああ、あるいは地球さんかもしれないな。誰かはわからないが、そこから先は自分たちで調べろと言うんだね?」


「(‘ω’)ノ」


 バネ風船は魔法陣についてこれ以上教えてくれなかったが、このヒントだけでも大変なものだった。


 教授は魔導回路を自動で起動させる方法もあると推測した。魔導書や、萌々子たちが起動してしまったキスミアの魔法陣、生産職が魔法の武器を作る際に魔石に刻まなければならない魔法陣、この施設で教授が使ったさまざまな品、それらの存在がその推測の素だ。

 そこから魔法陣の自動起動こそが、現代社会に魔法の力でエネルギー革命を起こす手段になるのではないかと考察する。


「スキル以外にも他に魔法を発動する方法はあるのかい?」


「(‘ω’)ノ(‘ω’)ノ(‘ω’)ノ(‘ω’)ノ」


「た、たくさんあるということかな?」


「(‘ω’)ノ」


 教授の好奇心が膨れ上がっていく。

 天狗は命子たちを指して、マナ進化しなければ魔力を上手く扱えないと言っていた。

 教授が最も簡単っぽい正三角形の魔法陣ですら起動できないのは、これが原因だろう。しかし、逆に言えば、マナ進化して、かつやり方さえ知っていれば、スキルに依存しない魔法の使い方ができるようになるということだった。しかも、バネ風船いわく、非常に多彩な方法があるらしい。


「魔法の技術……魔術か……」


「(‘ω’)ノ」


「やれやれ、研究するにはマナ進化をしなければならないな」


 教授は苦笑いするが、その目は爛々と輝いていた。

 今の教授はおんぶに抱っこだが、F級の20層まで進んでいた。G級のボスも一体倒している。おんぶに抱っこだが!


 頑張るぞ、と気合を入れる教授。

 その時である。


 中央にあるモノリスが唐突に真っ赤に輝いた。

 そして、先ほどまで眠っていたウサギが猛然とダッシュして、教授のふくらはぎの裏に隠れた。まるで盾にしているよう。


「お、おい、あれはまさかお前が?」


 教授の問いかけに、ウサギは目をウルウルさせながら鼻をひくひくさせる。


「お前は首輪が必要だな」


 ウサギは媚を売るように教授の足を両前足でガシッと掴んだ。教授を見上げるのを止めて、顔を足にくっつけて、プルプル震える。あざとい。

 そんな教授とウサギの足元に、モノリスから伸びた赤いラインが広がった。それに驚いたウサギは、教授の足からわしゃわしゃと体の上へ登っていく。


「き、君。これはどうなるんだ!?」


 ウサギを抱きかかえつつ、教授はバネ風船に尋ねた。

 すると、バネ風船のアイコンが映像に切り替わる。

 それは、海底にある施設の外観と、空中に浮かぶ同施設の外観だった。


「まさか空中に浮かぶのか? なんでまた!?」


 狼狽える教授に、バネ風船は冷静に映像で返答する。


 それによれば、そもそもが逆。

 本来空中にあるべき施設が、研究対象の都合で、海底にあるにすぎないらしい。


「空に浮かんだあとはどうなる?」


 質問を重ねる教授の周りで、吹き抜けであるこの部屋の壁が徐々に水色に変わっていく。施設の構造上、これらの壁の向こう側はまだ建物内なので、映像だろう。


 バネ風船のアイコンが変わる。

 その映像は、巻き戻しをするように施設が海の中に入っていく姿だった。

 そして、その画面の手前でカウントダウンが始まる。30万からカウントダウンが始まっており、およそ1秒で1ずつ減っている。


「およそ83時間後にまた沈没するということかい?」


「(◇ω#■ノ」


 教授の質問に答えるバネ風船のアイコンがバグった。

 教授はギョッとして、抱きかかえるウサギをササッと前方に突き出す。なんだかんだいつも優しい教授のまさかの裏切りに、ウサギは手の中でジタバタした。


 それと同時に、施設が海面上に出現したのを壁の景色が映し出す。

 白波を立てる大海、青い空、白い雲、そして三機のヘリコプター。

 だが、教授にそれらを観察している余裕はなかった。


 目の前のバネ風船のアイコンにノイズが走り、切り替わる。

 それは赤い髪をした少女がプンプンと怒り、周りに小さな石が浮かび上がっている状態を描いたアイコンだった。


「こ、攻撃するのかい? さっきまであんなに仲良しだったのに?」


「<(`^´)>」


「せっかく仲良くなった友人と戦わなければならないとは、まったく酷いシークレットイベントだね」


 教授はゆっくりと後ずさり、モノリスに近づく。

 そもそもこの場所には出口を求めてやってきた。このモノリスはシークレットイベントのキーであると同時に、出口の可能性は十分にある。

 教授はそれに賭けた。


 ゆっくりと移動してくるバネ風船。

 教授は両手に持つウサギを左右にゆっくりと移動させた。それに合わせて、バネ風船の視線が動く。

 教授がなにをしようとしているのか気づいたウサギのジタバタが極まる。


「もともとお前のせいだろうが。まったく。生きていたらまた会おう」


 教授はポイッと左にウサギを放逐した。

 バネ風船の視線がウサギに向かうのを見た教授は、すぐさま背後へ振り返ってダッシュした。


「はぅうう!」


 しかし、教授の運動神経は息をしていない。

 振り向きダッシュができずに足を絡めて転倒する。

 そんな教授の横をシュババッとウサギが駆け抜けていく。


「お、お前ってやつは!」


 ウサギはモノリスの陰に隠れる。

 どうやらそこが出口に繋がっているかもしれないという考えはないらしく、遮蔽物にしているだけだ。


 チラッとモノリスの端からウサギの顔が覗く。

 まるで怖い物見たさのような感じだ。


 囮の擦り付け合いに敗北した教授に、バネ風船が接近する。

 その瞬間。


「キャーッ!」


「にゃんデスワよー!?」


「みょるん!」


 少女たちの声とともに、超文明の施設を舞台にしたシークレットイベントが幕を開けた。


 素敵なレビューをいただきました!

 ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] うさぎのトラブルメーカーっぷりが半端ない 教授は生活力皆無なように興味のない事には全く労力割かなそうだし ダンジョンでレベル上げしておきながら運動神経が死んでるのも全く修行してないからなんだ…
[気になる点] バネ風船・・・風船・・・バルーン・・・バルン・・・ ハッ!お掃除用ロボってそういう・・・
[一言] バネ風船による、謎のハンドサイン(アイコン) こう言うのは異文化って感じで面白いですよね。 折角だしハンドサイン繋がりで、 小指と薬指、 中指と人差し指、 それぞれをくっ付けて相手に手のひ…
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