8-1 新たな仲間と大事件
本日もよろしくお願いします!
恥ずかしそうに、されどとても美味しそうにカニを食べるささらとささらママ。
いつもの凛とした姿をどうにかして維持しつつも、カニが大好きなので上機嫌な様子だ。
完全無欠の内陸国に住むキスミア人は海のカニというものにほとんど縁がないので、メリスもカニを食べたいと思ってささらにおねだりすると、メリスの手にポンと置かれたのはホカホカした大きなお饅頭だった。
メリスはしょんぼりしつつお饅頭を食べようとするが、どうやっても口に入らず顔にむぎゅーと押し付けてしまう。ホッカホカだ。
カニも食べられない、お饅頭も食べられない。メリスは顔の左半分をお饅頭で押しつぶされながら涙した。
「カニ美味ぁ!」
滝沢が無情にも歓喜の声を上げ、メリスは体をビクつかせる。
しかし、それが夢と現実を逆転させる合図だった。
「……」
ふわりと意識を浮上させてまずメリスを襲ったのは、顔の左半分へのふわふわした圧迫。ついで、お腹に重みを感じ、左半身はしっとり汗をかくほどにぬっくぬくしている。
「じ、尋常じゃないデスワよ……」
メリスは恐怖した。
そう、メリスは『オ』の字型に体を使うささらによって抱き着かれていたのである。
昨日の夕刻に風見町に到着したメリスは、その足で笹笠家に行った。
そこでメリスの歓迎会として、カニパーティを開いてくれたのだ。まあ『カニ』という食材は後付けだが、なんにせよパーティをしてくれた。
留学しにきたメリスは笹笠家から徒歩3分くらいの位置にある流家にホームステイすることになっていた。なので、パーティのあとは流家に帰って、ささらを交えてルルと三人でお泊り会をしたのだ。
そして、一夜明けてみたらこれだ。メリスの体にささらがさっそくエッチなことをしているのである!
みんなでベッドに入った際には、「うふふ、狭いですが楽しいですわ」なんて言ってニコニコしていたのに蓋を開けてみればこれである。
「んーっ! お主いったいにゃんデスワよ!?」
「んー……命子さんこのカニの足はワタクシの……」
メリスがジタバタすると、ささらは拘束を強めてくる。
「ね、寝たふりしたってわかってるデスワよ!?」
「んーっ!」
「みゃ、みゃー……っ」
腹部に回されたささらの足がグイッと曲がり、腰から太ももにかけてがっちりとロックする。
その力強さとぬくぬく加減にメリスは絶望した。
怖気づいてすっかり大人しくなったメリスは、ふとルルがいないことに気づく。
ルルはささらの手によってベッドから落とされて掛け布団にくるまって寝ているが、メリスからは見えなかった。
「みゃー……」
「チュンチュン」
メリスの泣き声とスズメさんの囀りが交差する朝の6時の出来事であった。
さて、奇妙な朝を迎えたメリスだが、風見女学園に留学してきた。
現在、風見女学園は諸外国から留学の申し出がかなり来ている。海外には姉妹校もあるので、基本的にはそこから迎え入れている形だ。絶対条件として、風見町は魔物が出る町になったため、魔物とある程度戦えること。防衛されているのでそんな機会はまず起こらないのだが、念のためだ。
ちなみに、留学したいというのは風見女学園だけの話ではなく、世界各国の学校で同じ現象が起こりそうな気配があった。地球さんのイベントは、準備が整っていそうな順番に行われているため、その地域にある学校は大抵活躍して華々しい実績を残す。なのでその放送を見た留学に興味がある学生には、高い好感度と信頼感を得やすいのである。命子たちや部長のような旗がいるとなおさらだ。
「キスミアから来たメリス・メモケットデスワよ! 皆の者、以後おみそれおきしろデスワよ!」
メリスのなにかが違う日本語の挨拶に、クラスメイトから拍手が送られる。
メリスはテレテレしながら、命子、ルルと順に見て、またテレテレする。
そして、満面な笑みを浮かべるささらと視線がぶつかり、ふ、フシャーと引け腰で威嚇した。
しかし、今のささらは命子たちと付き合うようになり、ツンデレという概念を覚えた。だからささらは、メリスさんは素直じゃないですわね、と生暖かい目でメリスを見つめる。
「みゃ、みゃー……」
まるで意に介さないささらの様子に負け猫の声を上げたメリスの左半身が、ジワリと今朝の温もりを思い出す。
メリスの様子に、命子は関係各所を順番に見ていき、最終的に秋晴れの空を遠い目で見つめた。
「秋空や 百合の花咲く 平安京……か」
「ど、どうしたの命子ちゃん? クソみたいな俳句詠んで」
「えっ!?」
命子は隣の子から暴言を吐かれてビビった。
メリスは割と日本語を喋れる。これでちょっとしか話せなかったら、またこのあとの展開は変わったかもしれない。しかし、ある程度話せるのでアネゴ先生は無情な判断を下す。
「それじゃあ、メモケットの席は笹笠の隣だな。ほら、あそこだ」
アネゴ先生は空いている席を指さした。ニコニコしたささらとセットでドン!
「笹笠、席をくっつけていいから、いろいろ教えてやってくれよ」
アネゴ先生の言葉に、ささらは嬉し気な顔でせっせと机を移動させる。そして再度席についたささらはやっぱりニコニコだ。
「みゃ、みゃー……」
メリスの明日はどっちだ!
「ここが家庭科室ですわ!」
「ニャウ」
「ここは図書室ですの!」
「ニャウ」
昼休みのこと。
ささらはメリスの手を引いて、ニッコニコしながら学校の案内をする。
命子とルルはそのあとからついていく。
「シャーラ楽しそうデス」
「う、うん」
半眼でぽつりと呟くルルに、命子は冷や汗を掻きながら頷いた。
「今日起きたら、ワタシだけベッドから落とされて床で寝てたデス」
「お、おう、そうなの?」
「ニャウ。いつもは暑いって言っても気づいたらくっついて寝てくるのにデス」
「いや、ほら。ささらは寝相がゴミクズだから……」
「メリスもなんだかんだ楽しそうデス」
「ニャウニャウ言ってるだけだけど」
「あれは嬉しい顔デス。メリスは嫌なら手を振りほどくタイプデス」
「なるほど」
「むーっ!」
「ふぇええええ!」
ルルが頬ぷくし、命子は慄いた。
「部長さん部長さん!」
ささらの案内で、メリスは修行部の部室にやってきた。
「あら、ささらちゃん。むむっ、メリスちゃんね!?」
「メリス・メモケットデスワよ。以後おみそれおきしろデスワよ」
「可愛いかよ!」
風見女学園の裏最高権力者へメリスはご挨拶し、部長のテンションが上がった。
「相変わらずアニメみたいな組織だぜ……」
命子はそちらをささらに任せ、部室を見回して苦笑いした。
空き教室をまるまる使わせてもらっている修行部の本部は、もはや高校生が持つ部室とは一線を画していた。
デスクトップのパソコンやノートパソコンを駆使して世界中に情報を配信し、黒板には『第七回魔法少女化計画』の会議のあとが。壁には幹部のスケジュールや、修行部所属の冒険者のダンジョン入場日の予定表、今月の売り上げの表などが貼られている。本棚には税理士さんに提出する帳簿などもある。そして、黒板の横には達筆で書かれた風見乙女の詩が額縁に入って飾られていた。
ちなみにここにはないが、修行部専用倉庫や武具庫には魔物素材やダンジョン産装備が厳重に保管されている。
そんな部の頂点に君臨する部長は、アニメなどでたまにいる凄い権力を持った生徒会長みたいになっていた。ちなみに風見女学園には本物の生徒会長がおり、ちょっと影が薄いが頑張っている。
「それじゃあここに署名してね」
「ニャウ」
さっそくメリスは修行部に入部し、他に冒険者であることも記入していく。
修行部は冒険者も多いので、免許のナンバーなどを書く欄があるのだ。
メリスの冒険者履歴はかなり華々しく、女子高生にしてすでにF級ダンジョンをクリアしている。しかも、世間的には難易度が高いと評価されている『雪ダンジョン』だ。
雪ダンジョンは魔物の攻撃力こそ他のF級と変わらないが、全ての階層で雪が積もっているうえに、魔物を召喚する魔物が出現するため、難しいのである。
「おー、期待のルーキー」
一方キラキラした目でそう言う部長は、臨時休校の間に風見ダンジョンをクリア間際まで進めており、仮に女子高生冒険者ランキングがあれば、かなり上位に名が挙がる。
そんな部長は期待の新人を前にして、ムラムラしてくる。
手がワキワキして、壁際に常備されているポンポンの位置をチラリと見る。
その様子にささらが敏感に反応して、慌ててバッテンを作った。
「ダメですわ! メリスさんには早すぎますわ!」
「怖くないわ。すぐ終わるから」
「だ、ダメですわ!」
お神輿のテンションについていけないささらは、常識人サイドのメリスに同じことはさせられないと庇った。無念。
そんな賑やかな一日の裏側で、大きな事件が起きようとしていた。
メリスが学校で紹介されている頃。
教授はタカギ柱の前で、ある実験を繰り返していた。
タカギ柱がピカリと光り、柱の中からウサギに乗った精霊が現れる。
「音井主任、成功ですね」
「うん。今回もあちらは問題なかったかい?」
「はい。キスミアの現象も変わりありませんね」
ウサギライダーになっている精霊は、飛行せずにウサギを操って教授の足元までやってくる。
「よーしよし、ご苦労だったね。アイ」
ウサギから分離した精霊のアイに、教授は魔力を与えて労わった。
アイはふむと頷く。教授の真似をしているのだ。
「ウサギに異常は見られません」
『見習いテイマー』をしている研究者がウサギの検査をして告げる。
アイは教授からニンジンを受け取り、検査を終えたウサギに食べさせた。これもまた教授の真似っ子だ。
ウサギは、今は泥水を啜って生き抜くとき、とニンジンをウマウマする。
そんなアイの背中には、一本の角が背負わされていた。
それは動物の角ではない。
命子の角でもない。
つい最近マナ進化を果たした藤堂の角だった。
藤堂はD級ダンジョンの攻略途中で命子と同様に『小龍人』にマナ進化した。始祖ではないため『姫』ではないが、まあ中身はほぼ同じものだ。
これはD級のボスを倒さなくてもマナ進化できる大きな発見だった。
とはいえ、藤堂は世界最強と言われている。その練度はとんでもなく高い。同じパーティメンバーもスキルが覚醒し始めているにもかかわらず、藤堂との強さの差はかなり開いていた。なので、万人が道中にマナ進化できるとは限らなかった。
一方で生産職だってマナ進化できるはずだし、マナ進化はD級のボスの討伐が絶対条件には含まれないのではという推測は元からあった。これが少し証明された形だ。
なにはともあれ、藤堂は小龍人にマナ進化し、教授に角を一本カツアゲされた。まあ休暇の一日だけ貸し出しているのだが。
そして、教授はアイに角を渡し、キスミアとの転移の実験を繰り返しているわけである。
実験の結果、アイ一体なら問題なく転移できるとわかった。しかも何度でも。
荷物を持って転移することも可能だった。
さらに、ウサギも一緒に転移できた。
そんな実験をしていると、アラームが鳴った。
「ふむ、6時間か」
角を借りて6時間が経過した。
小龍人系の角は、本人から離れると瞬時に光に還って、本人の下へ戻る特性があった。ただし、精霊が触れているとこの自動機能が失われた。少なくとも6時間精霊が所持していても戻らないらしい。
しかし、藤堂との実験で強く戻ることを念じれば、精霊が所持していても角は戻ってくるとすでに判明している。
「主任そろそろですね……」
「……」
「主任……残念ですが」
「うん」
教授はもうそろそろ角を返さなければならないのでしょんぼりした。
心の平穏を守るためにウサギをなでなでしながら、ウサギのケージへ向かう。
教授がタカギ柱の横を通過したその時である。
ゲシッ!
「はぅ……っ!」
ウサギが犬のような匂いを嗅ぎ取り、暴れた。
レベルアップして下剋上を狙っていたウサギのパワーはそこそこ強く、運動神経がゴミクズの教授は容易にバランスを崩して転倒した。
「えぇーっ、しゅ、主任!?」
「いてて……」
転倒した教授はタカギ柱の中に。
ウサギもシュタッとタカギ柱の中に。
そんな教授の頭の上には精霊のアイが。
アイはふむと教授の真似をして、お仕事だとばかりにその力を使う。
教授はアイやウサギとともに光に包まれた。
「「しゅ、しゅにーん!?」」
光が収まったあと、そこにはなにも残されていなかった。
ただタカギ柱が静かに佇むのみ。
慌てた研究員たちは、すぐさまキスミアに連絡を取るが。
教授はキスミアに現れなかった。
その日、教授は姿を消した。
【お知らせ】プイッター始めました。なう。




