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特別編 命子の特別な一日

サプライズです。

 風見町を襲った地球さんイベントから十数日が過ぎ。

 今日の命子は起きてから、少しそわそわしていた。


 朝の修行を終えてお風呂に入ってきた命子は、リビングのドアを開けた。


「ふー、さっぱりした」


「はい、それじゃあ早く食べちゃってね」


 いつもと同じ調子でお母さんにそう言われた命子は、あれぇと首を傾げた。朝にお庭で挨拶した萌々子とお父さんもお母さんと同じでいつもと変わらなかった。


 だがしかし、今日はまだ始まったばかりだ。多少バタバタするが朝の時間だってまだ残っている。きっとこれから話題に挙がるのだろう。命子はそう思ってその時をどっしりと待つことにした。


「はい、どうぞ」


「ありがとう。いただきまーす」


 やっぱり普通に朝ごはんを出してもらい、命子はパンをもむもむしながらチラリとカレンダーを見た。

 10月10日である本日に、しっかりと赤いペンで花丸が書かれている。


 するとリビングのドアが開き、萌々子がプンプンしながらやってきた。


「もうお姉ちゃん、髪が生乾きでしょ?」


「短いから大丈夫だよ。食べてる間に乾くって」


「男の子みたいなこと言わないでよ!」


 萌々子も朝の修行をしているので、朝のお風呂は時短のためにいつも一緒に入っているのだ。そのあとにお父さんが入るので、朝のお風呂タイムはかなりタイトな時間設定になっていた。


 命子は牛乳をゴキュゴキュと飲みながら、萌々子とお母さんの様子をチラリと盗み見る。

 二人の意識はすでに地球さんがレベルアップして以降の賑やかな朝のニュース番組に向いており、命子のことなんて気に留めてもいない。


 命子は怪訝に思いつつ、念のためにスマホで日付を確認する。やはり10月10日で間違いない。


 これはもしや……忘れてる?

 いやいやいや……えぇ?


 命子はヨーグルトにブルーベリージャムをぶち込み、ちびちびと食べながらお父さんを待った。


「ふー、さっぱりした。あれ、命子、今日はゆっくりだね?」


 いつもの命子はお父さんがお風呂に入っている間にご飯を済ませ、学校の準備を始めてしまう。今日は一縷の望みをかけてお父さんを待っていたのだ。


「あー、もうこんな時間か。準備しないと」


 命子はそう言うと、廊下に向けて歩き出した。けれど今日はなんか壁際を歩きたい気分だった。


「あっ!」


 なんてことでしょう。命子の肩にカレンダーが引っかかり、壁から落ちてしまったではありませんか。


「うっかりうっかり」


「もう気をつけてね?」


「うん。よいしょっと。えーっと今は10月だね」


 確認の言葉を言いながらカレンダーを壁に貼り直した命子は、普段見向きもしない置物をちょいちょいと触ったりして、少しばかりゆっくりとリビングをあとにした。


「嘘でしょ?」


 パタンと閉まるドアの音を聞きながら、命子は怯えた。


「こちとら女子高生さまやぞ? 可愛い盛りやぞ? えぇ?」


 命子は階段を上りながらぶつぶつと言う。念のためにもう一回、スマホを確認してみる。やはり10月10日だ。


 10月10日。

 それは羊谷命子の誕生日だった。

 赤ちゃんが生まれるまでの十月十日から『命子』と名付けられたわけである。


 非常に覚えやすい誕生日なのに……

 女子高生なのに……

 命子は家族のプレイに心底怯えた。




「おはよー」


「あーっ、命子ちゃん! おはよー」


 校門をくぐった命子は挨拶しながら、それとなくみんなの様子を盗み見る。

 つい先日二週間のお休みが終わって再び登校し始めた生徒たちは、みんな元気いっぱいだ。

 命子に挨拶をくれる子もいれば、とっととクラスに行く子もいる。それはいつも通りの風景だった。


「お、おかしいな……」


 小龍姫なんつって、自分はワールドワイドな存在になったのではないのか。

 いや、ワールドワイド云々はともかくとしても、これだけ友達がいれば一人くらいお祝いの言葉を言いそうなのに。


「……永世名誉部長さまやぞ?」


 命子はスマホを確認した。10月10日だ。

 修行部がルインに送ってくる情報を確認しても、『今日は命子ちゃんの誕生日!』の文字はない。修行に着ていけるオシャレタイツとウェアの情報だけだ。

 あまりに通常営業すぎる。それがまた……。


「ハッ、全てを察した!」


 命子は気づいてしまった。

 これはきっとサプライズだ。教室のドアを開けたらクラッカーが鳴るのだろう。


「はー、やれやれだぜ!」


 命子はやれやれしながら、脳内でサプライズに驚く自分をシミュレーションした。


『命子ちゃん誕生日おめでとー!』

 パンパン!

 ビクゥ! ぽ、ぽかーん……。


「命子ちゃんじゃーん! おはよーって、あれ。ぽかーんとしてどうしたの?」


「え、ああ、部長。おはようございます。いや、ちょっと予行練習をね。ふふっ」


 校門のそばで立ち止まってぽかーんとした顔の予行練習をしていた命子に、部長が声をかけてきた。そんな部長の存在によって命子は確信を得る。このままどういうわけか一年の教室までついてきて、驚かせようって腹つもりだろう。


 しかし、先が読めてしまうのもつまらないものだ。鈍感系主人公のあれはある意味で自己防衛とか、人生を楽しむ工夫なのかもしれない。上手い生き方だ。

 命子は、予測できちゃう自分にちょっぴり寂しさを覚えた。


「あれぇ? 部長一年生の教室に用ですか?」


「うん、ちょっとね」


「そうですか」


 下駄箱で靴を履き替えてからも一緒についてくる部長の姿に、予測系少女はわざとらしく尋ねつつ、可愛い動物でも見る目で微笑んだ。


 そして命子が教室が見える位置までくると、クラスメイトがこちらを見てから教室に慌てて駆け込んでいく姿が見えた。

 さらに、いつもは開いている教室のドアが今日に限って閉まっている。


 推理物語の主人公にでもなったつもりの命子は、細かなことにいちいち気づき、ドアを開けるまでもなく確信してしまった。


 しかし、みんな一生懸命準備をしてくれたのだろう。

 ここはできる女として忖度しなければなるまい。全てがわかっていても、時にはピエロにならなければならない。それがサプライズへの最上級の返礼なのだ。


『命子ちゃん、お誕生日おめでとー!』

 パンパン!

 ビクゥ! ぽ、ぽかーん……。


「よし」


 命子は自分が取るべき行動を再確認して、教室のドアを開けた。


「あっ、命子ちゃん。おはよー! 今日はちょっと寒いね?」


「あ、うん」


 あれ?

 あれれ?


 命子は指遊びを始めた。

 そんな命子をスルーして、先ほど教室に駆け込んだ少女が部長に話しかけた。


「お姉さま、わざわざすみません!」


「はははっ、いいんだよ。私が借りるんだからね」


 そんなやりとりをして少女は部長にラノベを貸していた。


「ありがとう、ヤマちゃん。それじゃあね。命子ちゃんも放課後ね」


 そう言って自分の教室へ行く部長の後ろ姿を見て、ヤマちゃんは言う。


「はぁ、部長マジカッコイイわー。一度でいいからキスしてもらいたいわー。絶対一生の思い出になるんだよなぁ」


 そんなことをうっとりと呟くヤマちゃんの顔を、命子は指遊びをしながらほけぇーっとして見つめた。ヤマちゃんは命子が変な顔で見てきていることに気づいて、ハッとした。


「ご、ごめん。命子ちゃんにはチューとかまだ早かったよね」


「早くねえし!? こちとら15歳やぞ!? ……ぅっ!」


 激しく心外とばかりにそう答えた命子は、今日で16歳を名乗っていいことに気づいた。しかし、ここで今日から16歳になると言うのは完全に負けだ。命子はでかかった言葉をグッと飲み込んだ。


 と、その時、命子の下に逆転の一手が訪れた。


「メーコ、おはようデース!」


「命子さん、おはようございますわ」


 ルルにむぎゅーっと抱き着かれた命子は、やっと来たかとにやりと笑った。

 命子は瞬時にシミュレーションする。


『命子さん、お誕生日おめでとうございますわ』

『えっ、命子ちゃん今日誕生日なの!?』

『え、あれ? 今日は……10月10日? ホントだ、すっかり忘れてた!』


 よし、これでいこう。

 命子はささらたちの言葉を待った。


「今日はちょっと寒いですわね?」


「えー? こんなの全然寒くないデスよ。でもそんなに寒いならこうすれば温かいデス!」


 ルルは命子をペイッとリリースすると、ささらを後ろからむぎゅーっと抱きしめた。

 もうルルさんはー、などと言って、二人は歩きにくそうにしつつもくっつきながら教室に入っていく。


「ねえ命子ちゃん、あの二人はもうチューとかしてるの?」


「え、い、いや。私に聞かれてもそれはわかんないかな」


 命子は困惑した。

 ささらとルルは命子の誕生日を知っている。そういう話をしたので確実だ。

 ……忘れられてる?

 命子の指遊びが加速する。




 命子は悩んでいた。


 誰一人として誕生日に触れてこない。

 小、中学校とそれなりに友達がいた命子だが、こんなことは初めてだった。それだけ10月10日という誕生日は覚えやすかった。

 それに対して驚天動地の高校デビューを果たした今の自分の誕生日がスルーされてしまっている事実。


「どうなってやがる……まさか夢オチ?」


 命子は夢オチを頼った。

 しかし、むにーっと頬をつねればちゃんと痛い。


「でも、そうか……考えてみればそうかもしれない」


 今のご時世、地球さんイベントで大変だ。

 個人の誕生日なんて祝っている暇はないのかもしれない。

 それなのに自分は、誕生日如きをスルーされた程度のことで狼狽えて、なんてみっともない。


「ケーキも無しか……っ!」


 しかし、そうなると今日はケーキもないのだろう。

 おのれぇ!


 そんなこんなで誰からもお祝いしてもらえないまま放課後になり、いつしか命子自身からも誕生日に対しての情熱が薄れてきていた。

 誕生日を祝ってもらえないこともある。自分の誕生日に淡白になるのが大人になるってことかもしれない。少し寂しいことだなと命子はしんみりした。


 そうして、今日も今日とて放課後は修行に行く。青空修行道場も再開されたので、魔物が出る町になったがひとまずは日常が戻ってきたのだ。まあ、その裏側で自衛隊が頑張ってくれているのだが。


 ジャージに着替えて制服をカバンに仕舞い、みんなでわらわらと青空修行道場へ向かう。


 河川敷のランニングコースに入った瞬間である。

 隣で普通にお喋りしていた部長が、本当になんの脈絡もなく叫んだ。


「さあ、パーリーの始まりよ!」


 新世界の現代っ子の中でも割と強い部長の素早さが命子を強襲する。

 一瞬にして腰から持ち上げられた命子は、ガシーンと複数人の女子から成るお神輿に乗せられる。

 気づけば命子の背中からリュックが消失しており、その代わりに両手にポンポンが握らされていた。

 あっという間に終わった段取り。


 さらに、他の生徒が別のお神輿を作り、吹奏楽部が演奏を始めるのと同時に命子神輿が出陣した。


 命子はゆっさゆっさされながら素でほけーっとした。

 修行という好きなことへ気持ちが切り替わった不意を突かれた形だ。


 しかし、それも数秒のこと。

 賑やかな音楽が鳴り始めたことで、命子の体が自然に動き始める。ここ最近のお神輿履歴で培われたポンポンを操る技術により、命子は華麗に舞う。

 左にわしゃわしゃ、右にわしゃわしゃ、頭上から円を描くようにわしゃわしゃ。


「むむっ、紫蓮ちゃん!」


「シュタッ。我も忘れてもらっては困る」


 ささらとルル、そして合流した紫蓮の手によって花びらが撒かれ、命子神輿の行く道を華やかに彩る。


「これがサプライズヂカラか! ふっふーい、やりおるわーっ!」


 命子は一生懸命わしゃわしゃしながら、よく訓練されている友人たちを称賛した。


 今日一日、徹底的に落とされた。

 家族にまで手回しがされ、何度も日付を確認したし、冒険者免許で自分の誕生日すら確認した。

 徹底的にしょんぼりさせられ、一周回って16歳の誕生日なんてそんなもの、なんて考えにも至った。


 しかし、それが全て計算のうちだったのだ。

 下げてから上げる。

 恐ろしいやり口だぜ!


 そうして命子神輿が到着した会場……青空修行道場の中心広場には小学生たちが集まっていた。

 他にも命子や仲間たちの両親を筆頭に、サーベル老師や馬飼野の兄ちゃん、青空修行道場を運営してくれる大人たちもたくさん来ている。


 賑やかな音楽がゆったりとした音楽に切り替わり、命子はお神輿から降ろされる。


「ほ、ほわわわ……っ!」


 初めてすぎる経験に次は何が始まるのだろうと命子はほわわと狼狽えた。

 そんな命子の前に、巨大な箱が台車に載せられて運ばれてきた。

 ささらたちの手によって箱が開かれると、そこには巨大なケーキが入っていた。


「ほわわわっ!」


 命子は顔を真っ赤にして興奮した。

 そして、気づく。こいつら、泣かせに来てやがる!


「「せーの」」


「「「命子お姉さま、お誕生日おめでとう!」」」


 萌々子とクララの合図ののちに、女子小学生ズがお祝いの言葉を贈ってくれる。

 そして、やはり彼女たちがクラッカーをパンパンと鳴らした。


 命子はビクゥっと体を揺らし、次いでほけーっとした。素だった。


「これはいつもお世話になっている命子お姉さまへ、みんなからの誕生日プレゼントです!」


 萌々子とクララが代表して、命子に一冊の本を渡した。

 それを開いてみると、青空修行道場の写真が埋まったアルバムだった。

 初期の女子小学生数名の時から始まり、ついこの間の風見町防衛戦まで載っている。


「ひ、ひぅぐぅ……っ!」


 命子はぐしぐしと目を擦った。

 わかっていても術中にはまった。こんなの泣かないでか。


 そんな命子の様子に、わぁーと拍手が巻き起こる。


 その後、命子によるケーキ入刀で切り分けられたケーキは女子小学生を中心に与えられ、命子自身もほっぺたにクリームをつけてケーキをもしゃついた。

 会費が徴収されているので、他の参加者も別に用意されていたミニケーキに舌鼓を打つ。


「ふぅ、やられたぜ……それで首謀者は誰?」


「女子小学生ズよ」


 部長がリークした。

 命子は近くでニコニコしながらケーキを食べる萌々子とクララを見た。


「そっか。クララちゃん、モモちゃん、ありがとうね」


 命子は二人に、そして女子小学生ズに一人一人お礼を言った。

 全員がテレテレしながら、それをごまかすように隣の子とキャッキャする。


「命子お姉さま、ささらお姉さまのお母さまがアルバムを作ってくれたんです。デザインはみんなで考えたんですよ」


「そっか、ささらママが。あとでお礼を言わないとね」


 命子はリュックに大切にしまったアルバムを思い出す。

 ただ写真が並んでいるのではなく、まるで卒業アルバムの想い出のページのようにとても考えられたアルバムだった。


「希望者には2000円で売られることになってるんですよ!」


「しっかりしてるぜ!」


 そう付け加えたクララに、命子は苦笑いした。

 青空修行道場の参加者は多い。きっとあのアルバムが欲しい人は凄く多いはずだ。それは大人も変わらず。

 それだけ、この半年のことはみんなの人生に大きな影響を与えていたのだ。


 こんなに素敵な誕生日を過ごさせてもらえて。

 あの時この河川敷でみんなに出会えて本当に良かったと、命子は青い空を見上げるのだった。


【告知】10月10日本日、【地球さんはレベルアップしました!】の書籍版が発売されます!

【イベント告知】それを記念して本日イベントがありますので、よかった見てください。詳しくは活動報告にて。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >「命子お姉さま、ささらお母さまが 細かいツッコミで申し訳ないのですが、ここは「さりさお母さま」or「ささらお姉さまのお母さま」の方がよいかと。
[一言] そうか~命子ちゃんは家の猫と同じ誕生日(拾った日)か~ お誕生日おめでとう!(家の猫へのプレゼントはチュール)
[良い点] 書籍版の感想になってしまいます。 主な違いは描き下ろしSSだけかと思ってたのですが、基本設定は同じだけど大幅改稿で新鮮に楽しめました。細かいことはネタバレになるので書きませんが、なろう版読…
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