7-20 二人の少女
本日もよろしくお願いします。
■あとがきにてイベント告知あり!■
羽田空港に着陸した飛行機から銀髪の少女がボーディングブリッジを渡って降りてくる。
その表情は初めての海外で緊張と不安を隠しきれていない。
このあとのことがよくわからないので、とりあえず同じく入国する人の波に乗っていくことにする。
「メリス・メモケットさんですね?」
少女・メリスは入国審査を受ける。
「冒険者ニェスワよ!」
噛みつつメリスがパスポートのあとに提示したのは、冒険者免許。
世界に新しく冒険者という職業が現れ、夏が終わる頃、日本は外国人の入国審査で冒険者枠を作った。武器などを少なからず持ち込むため、特殊な審査がされるのである。
基本的に冒険者はプラスカルマしかいないので悪さをしようという者は少ないのだが、プラスカルマであることと日本の法律を把握していることはイコールしない。
例えば、かつて銃社会だったシュメリカは刀剣を腰に下げて出歩ける。魔物が出るようになったし、そもそも魔法を放てる人もいるため、これもまた一つのスタイルだろう。
しかし、日本は現在、武器を鍵付きケースに入れて持ち歩けという決まりなので、郷に入っては郷に従ってもらわなければならない。
メリスはそこら辺のことはしっかりしてきたので無事入国審査を終えた。
ここからは人の流れが一様ではなくなる。それぞれが目的を持って移動するためだ。
「おっきいデスワよ……」
メリスは自国のものとは違う大きな空港の様子を見て、呟いた。天井も高いし、人も多く、別の世界に来たようだった。
そんなふうにほけーっとするメリスの名を呼ぶ人の姿が。
「メリスさん!」
「にゃー、タキザワどーのー!」
メリスは待っていてくれた人の名前を嬉し気に呼んだ。
メリスと滝沢の接点は少ない。キスミアへ旅行に来たルルたちと同行した一人で、傷心の折にみんなからマッサージされて泣いちゃった人、くらいの認識だ。……割と濃い。
なにはともあれ、初めての土地で滝沢が迎えに来てくれたのは、序盤でレベル40のベテラン冒険者が仲間になるくらい心強かった。この存在を冒険の邪魔に思うプレイヤーもいることまで一緒だが、メリスは素直に喜ぶタイプだった。
『ようこそ日本へ。あっお荷物持ちますよ』
「メルシシルーデスワよ! あっ、タキザワどーの、ニッポン語で大丈夫デスワよ」
「わぁ、お勉強してきてくれたんですね?」
「ニャウ。ニッポン語道場に少し通ったデスワよ!」
滝沢は胸を張って言うメリスにニコリと微笑んだ。変な語尾使うなぁと思いながら。
かつてのメリスは、ルルと同じように語尾に『デス』を付けていた。しかし、ささらとの出会いによって、そこに『ワ』がくっつく進化を遂げていた。
「本日は16時まで観光を予定してますが、他の方も一緒でいいでしょうか?」
「フニィー……ニャウ。大丈夫デスワよ!」
メリスは言葉を理解してから、元気に答えた。
「それでは、移動しましょう」
案内されるまま滝沢についていくと、そこには大勢の少年少女がいた。
全員が天井を見上げたり、流れる人を見ていたり、綺麗な椅子に慣れずに身じろぎしたりしている。
どこかの民族衣装をモチーフにしたコスプレ風衣装を着ており、おそらくはダンジョン防具だろう。
そんな中の一人、綺麗な姿勢で立つターバンとマントを纏った褐色の少女がメリスをジッと見つめていた。
燃えるような赤い髪を持ち、幼い顔立ちの中に意志の強さと妙な色気を帯びた少女だ。
メリスもジッと見つめ返す。
「お主、強いデスワよ」
「君こそ」
メリスはゴクリと喉を鳴らし、少女もすっと目を細めて言った。
そして次の瞬間、お互いがギンッと殺気を放った。
付近の冒険者が一斉にバッとメリスたちへ視線を移動させる辺り、世界は楽しくなってきている。
「やりおるデスワよ」
「その練度、F級のボスを倒していますね?」
少女の予想は的中しており、メリスは地元のお姉さんやキスミア猫たちと一緒に、キスミアにある雪ダンジョンをクリアしていた。
「メリスさん。こちらはキャルメさんと仲間のみなさんです」
「キャルメ……砂嵐の妖精……よろしくデスワよ?」
メリスが右手を差し出すと、キャルメはその手を取らず、代わりににゃんのポーズをした。
ルルと違って常識人なメリスは激しく困惑した。しかし、猫の国から来た者にとって猫のポーズに応えないのは無礼千万。メリスもにゃんのポーズを取って応戦した。
「コッツンコ」
キャルメはそう言って、自分のにゃんハンドをメリスのにゃんハンドにコッツンコした。
謎の儀式が終わり、何事もなかったように平常に戻る。
「メリスさん。キャルメさんたちは日本に住むために来たんですよ」
「拙者と同じで留学デスワよ?」
「いえ。完全に帰化する感じですね」
「キカ」
『えーっと、ルルさんと同じような感じです』
「にゃっ!?」
帰化が難しすぎてよくわからなかったメリスに、滝沢はキスミア語で伝える。
意味を理解したメリスは驚いた。
キャルメは先日行われた地上戦のイベントにおいて、ラクートで英雄となった。
各国が送った支援・防衛部隊を凌駕するほどの強さを持った集団を統率するわずか14歳の英雄として、全世界でニュースになるほどだった。
それなのに他国に永住しちゃっていいのかしらと。
そんなメリスの様子から内心を見て取ったキャルメは流暢な日本語で言った。
「SYUGYOUSEIです。僕たちと他の人の差なんてそんなにありません。SYUGYOUSEIすれば、僕たちを英雄に祭り上げる必要なんてないんですから。それなのに僕たちを祭り上げるのは甘えですよ」
「にゃ、にゃん!」
メリスはコクンと頷いた。正直、日本語がむつかしすぎて半分くらいしかわからなかった。それと同時に自分もかなり勉強しているのにと、しゅんとさせられる。
「そ、それでは軽く観光しましょうか?」
滝沢はそう言ってみんなを立たせた。
他の担当官と目配せし、ちゃんとひとかたまりでついてくるように誘導し始める。
空港内を歩く一団は非常に目立った。
メリスも地球さんTVに映ったことがある有名人だし、キャルメは二つ名を持っている。キャルメ団もそれぞれが有名だ。
『カリーナ。こっちだよ』
『うん』
ラクートの言葉でそう言い、最年少のカリーナと手を繋ぐのは9歳のテッド。
歩き方や視線の動きからテッド君の練度を見て取るメリス。そんなメリスの視線に、カリーナはテッド君の腕に自分の腕を絡めた。そういうんじゃないとメリスは思った。
「みんな強いでしょう?」
キャルメがメリスに言った。
「ニャウ。全員強いデスワよ」
「キスミアの活躍も見ました。風見町もそうですが、僕はあれこそが正常な人の在り方だと思います。僕たちの強さは自分で言うのもなんですが、本来、まだ得るべきではなかったものだと思います。ある程度体ができた人……そう大人が強くなり、これから少しずつ成長していく子供たちに強さを分けていく。そういう取り組みの青空修行道場を作った命子さまこそ、本当の強さを持っていらっしゃる」
「にゃ、にゃん!」
メリスはむつかしい日本語で話されて、とりあえずコクンと頷いた。
「なんにせよ。僕たちはこの国に幸せになるために来ました。迎え入れてくれるといいなぁ」
「お主たちは幸せになれるデスワよ」
「ありがとうございます。メリスさん。さすがルルさまの親友です」
「ニャウ! にゅふふぅ。お主はルルのファンデスワよ?」
「いえ、すみませんが、僕が敬愛するのは命子さまです」
「メーコは人気者デスワなー」
「機会があればお会いしたいです。メリスさん、命子さまのことをお話ししてくれませんか?」
「ニャウ。いいデスワよ!」
そんなふうにお喋りしながら歩いていると、数人の男女が写真を撮っていいか尋ねてきた。
キャルメたちの担当官が断ろうとするが、キャルメはこれに応えた。
「シュギョウセイ!」
キャルメはにこぱと笑って、カタコトっぽく言った。
それを撮影した男女は嬉しそうに去っていく。
「撮影には笑ってこう言っておけば間違いないです」
「勉強になるデスワよ」
キャルメは、こんなふうに強かな一面も持っていた。
『カリーナ。手を放しちゃダメだよ』
『う、うん、お兄ちゃん!』
血の繋がりのないお兄ちゃんであるテッド君の腕に自分の腕を絡めるカリーナ。
同じように、年長者が下の子と手を繋ぐ。
一行の周りには数えきれないほどの人がいた。
萌え萌えな絵が飾られた巨大なビルが乱立し、その一階部分は華やかさの中にどこか大衆向けらしさが滲んだ店舗が並んでいる。
道路ではビュンビュンと車が通り過ぎ、その両側では信号待ちで並ぶ人がどんどん溜まっていっている。
秋葉原である。
「凄い町ですね」
「ニャウ。ルルはニッポンに来ると毎回来ていたデスワよ」
「ルルさまが……命子さまも来たことがあるのでしょうか?」
「メーコはこういうのが好きだからきっと来てたデスワよ」
そして命子は迷子になった経験があるわけだが。
地球さんがレベルアップしてから、元々ファンタジーに理解の深かった人が多かった秋葉原は、リアルがファンタジーになったとあって日本で首位の観光市場になっていた。
従来のサブカルチャーに加え、魔物のフィギュアやダンジョン用品専門店も出現し、さらには冒険者喫茶も現れた。
かつて電気街としてパソコンなどの部品を扱っていた系譜からか、生産職が使う道具を売っている店もある。ただ、魔物素材は取り扱いが複雑なのでまだ店売りされていない。
他にも防具の販売店も数店舗開いた。これらの店には魔狩人の黒衣やダンボールアーマーレベルの装備が売っており、非常に人気を博している。
客層にも変化があったものの、見た目からは判別がつかないのは以前と同じだ。
ただし、コスプレイヤーは爆発的に増えている。ダンジョン防具を着ている人もいれば、普通にコスプレの人もおり、非常に華やかであった。
「むむっ」
「ほう、強い方がかなりいますね」
そんな中で、メリスとキャルメは町を紛れる人を見て、しきりに小さく声を漏らす。
日本人、外国人問わず、レベル教育だけでは至れない強さを持つ人がちらほらと混じっているのだ。これは空港でも同じだったが、秋葉原はより多かった。
そんな彼らもまた、商品に夢中でもない限り、決まって一行に強者の眼差しで注目した。
そして、キャルメとメリス、そして滝沢を見て、はわわとする。滝沢もまたキスミア事件の地球さんTVにちょっと映っているため、密かにファンが多かった。
「小さな子や胸の谷間を出した女性の絵が多いですね」
「それが萌えの一つデスワよ」
「命子さまもこういうのが好きなんでしょうか?」
「メーコの趣味はわからないデスワよ」
「そうですか……はわっ、あ、あのあの。メリスさん、こ、これはどうですか?」
キャルメが指さしたのは、水着の女の子同士で抱き着きあっているフィギュアだった。
メリスはほわほわーんと命子を思い出す。
旅行中、命子は妹にチューしようとしたり、滝沢にマッサージしてあげたりしていた。
「ニャウ。それはたぶんメーコは好きデスワよ」
「ほ、本当ですか? そ、そうですか……」
キャルメはターバンで目元を隠して、もじもじした。
そんなキャルメの傍らでメリスは他のことを思い出す。ささらとルルとの洗いっこである。メリスはぶんぶんと頭を振るって、しゃきっとした。
そんなメリスの目にふと、店内にあるポスターが入った。あわあわのお風呂に美少女が三人で入浴しているシーンを描いたものだった。
「にゃ、にゃー」
これがニッポン。
本当にみんなでお風呂に入り、身体の前を洗いっこする国なのだ。
なお、ポスターに体の前を洗っている描写は一切ない。
恐れ戦くメリスや、異次元すぎる文化に困惑するキャルメ団。
キャルメ団はアニメとか見たことないのだ。
「ここを観光地に入れたの誰?」
キャルメ団の担当主任官がビキビキと青筋を立てて尋ねた。
メリスの担当である滝沢はそっと手を挙げた。
だってぇ、紫蓮さんがぁ……。
滝沢は言葉を飲み込み、今日も強く生きる。
そんなふうに数か所の観光を終えた一行は、観光バスで神奈川に移動する。
その車内。
「これからお主はどうするデスワよ?」
「僕たちは学校に通いたかったんです。僕たちの多くが文字すら書けないですからね。ですから日本に来たんです」
「学校に通うデスワよ?」
「はい。そのためにも強くなりました」
ラクートの子供たちへもたらされた支援プログラムにも、学ぶ機会はちゃんと提示されていた。
しかし、それはラクート国内に建設される学び舎で行われることだった。
だが、キャルメたちは命子と同じことを学びたかった。
そうすれば、地球儀を世界のために与える献身の心や、青空修行道場を作って子供たちを大切にする優しさ、龍に立ち向かって世界の人を奮い立たせた勇気を学べると思ったのだ。
だから、強くなり国外に行く切符を手に入れた。
誰にも文句を言わせず、相手国も迎えてくれるように。
……まあ、命子の件は全部過大評価なのだが。
地球儀は自分たちが持っているのが怖いだけだったし。
青空修行道場は町の人の暴走の果てに作られたものだし。
龍に立ち向かったのはそうしなければ死ぬからやけっぱちの心境が根底にある。
命子の土台を語るなら、それは冒険魂や中二心だ。これが命子の軌跡の全てだ。そしてそれは学校では学べないことだった。どちらかというと、ついさっき行った秋葉原に答えの半分はあった。
「命子さまと同じように、学びながら冒険をしたいんです」
「うむ。お主は立派な淑女デスワな!」
「ふふふっ、それはささらさまですね。ささらさまにも会いたいです。命子さまを龍の牙から守った騎士。きっと素晴らしい方に違いありません」
「シャーラは洗いっこが大好きなエッチな子デスワよ」
「そ、そうなんですか?」
「ニャウ」
メリスは確信を持って頷いた。
ささらがディスられつつ、バスは寮の前で止まった。
「どうやらここでお別れのようです」
「一緒に風見町へ行かないデスワよ?」
てっきりこのまま一緒に風見町へ行って命子と会うものだと思っていたメリスは、首を傾げた。
キャルメは少し困ったふうに笑って、答えた。
「命子さまは世界の宝です。どういう主義思想をしているかわからない僕たちがすぐに会える方ではありませんし、すぐに会えるようにするべきでもありません」
「ニャウ……」
むつかしい言葉でちょっとわからなかったメリスだが、言いたいことはなんとなくわかった。
だから、友達だからという理由で自分だけ簡単に会えることに後ろめたさを覚える。
まあ、命子は青空修行道場に行けば会えるのだが。
「メリスさん。僕たちは日本政府にちゃんとしている子だと認められたあとに、必ず命子さまにお礼を言いに行きます。ですから、その時までどうか僕たちのことを忘れないでくださいね」
「ニャウ。忘れないデスワよ。キャルメ、また会うデスワよ」
「はい!」
満面の笑顔で答えたキャルメは、にゃんのポーズを取った。
メリスは笑い、同じくにゃんとすると、その拳をくっつけた。
「それではまた会いましょう」
「ニャウ!」
こうして、メリスとキャルメはひとたび別れ、メリスは滝沢と一緒に風見町に入るのだった。
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