7-17 妖怪当たらずジジイ
本日もよろしくお願いします。
世界同時に行われたイベント。
結果から言うと、このイベントは人と動物双方に死者を出す結果になった。
全エリアの参加者は推定250万人とされ、分母がさすがに多すぎたためだ。キスミア猫のように動物を含めると参加者はもっと増えることになる。
イベントの流れは、基本的にどこも同じだ。
準備する時間が12時間前後用意され、ザコの集団戦が起こる。
そして、イベントエリア内に出現する大量のボスを討伐するボス戦。
これが基本であり、次元龍のカットインみたいなイベントは起こらなかった。だから、D級相当のボスと戦うなんてことは起こらなかった。次元龍の鬼畜っぷりが知れるというものである。
しかし、イベントが終わった後に夢を見る人が続出した。
例えば、キスミア人やキスミア猫は強大な力を宿した存在からニャーと言われたそうな。
他にも、シュメリカでは原住民のシャーマンを祖父に持つ若者が雷を纏う怪鳥の夢を見たというし、オーストイリアでは見上げるほど巨大な亀の夢を見る者がいた。
また日本の砂丘ダンジョンだと、一定の練度を超えた者が次元龍の夢を見た例も報告された。
こういった夢を見た人は決まって以下の二つのどちらかに該当したという。
『現地に伝わる精霊を信仰をしている』あるいは『そもそも特殊な土地で長年過ごしている』、このどちらかだ。まあ、精霊信仰をしていても夢を見ない人もいたのだが。
大きな宗教が奉じる神は残念ながら夢に出てこなかった。これは地球さんを超える大きな存在だからだろうというのが専門家の考えだ。
風見町防衛戦に続く形で行われた今回のイベントで、世界はいよいよ大騒ぎになった。
次は自分たちの町にあるダンジョンなのではないか。
そんな疑問に、多くのスキル研究者が一つの答えを提示する。
『今回イベントがあった地域では、例外なく、風見町防衛戦の途中から一般ジョブの『ファーマー』に発生した【花魔法】というジョブスキルと同じものが発生している』
という点だ。
一定のマナが満ちた土地はこの変化が起こるのではないかというわけだ。
だが【花魔法】が発生しているエリアでもイベントが起こらなかった場所は数多くあり、予想ではまさにそういった場所が次のイベントなのではないかと特に警戒されるようになった。
こうして第二回のイベントが終わり、世界の慌ただしさは加速していく。
イベントが終わった次の日、命子たちはサーベル老師の下へ行った。
風見町には魔物が出るようになったが、相変わらず武器の携帯が認められておらず、国会では慎重に議論されている。その代わりに、連日に亘って多くの自衛官が風見町全域に展開していた。
防具だけは譲渡が簡略化され、平時の装備も可能だ。だから、命子たちの今日の服はダンジョン装備と、それに合った羽織を着て少しだけおとなしめの印象にしていた。
サーベル老師の住まいは、生け垣に囲まれた古い家だ。
しかし、味のある古さだと若者である命子たちに感じさせるほどに、しっかりと手入れがされていた。
割と朝早くから訪れているのだが、すでに先客がきているようで、開けっ放しの縁側から話し声が聞こえる。聞いたことのない言葉だと命子は思った。
「むっ、エギリス英語デス」
「う、うん。そうだね」
命子は英語なのに聞き取れなかった自分にビビった。
小さな池を挟んで中の様子を見てみれば、エギリス人らしき男性が三人でサーベル老師に何かを必死に話している。老師もまたエギリス語で対応していた。
「ローシに帰ってきてくださいって言ってるデス」
「えー、老師がなんだか凄い過去を持ってそうな件」
しばらくすると、エギリス人男性がすごすごと家から出てきた。
命子たちはシュババと隠れておいた。下手をするとダシに使われかねないと思ったのだ。
「ほれ、お主たち。出てこんか」
お客さんが帰り、隠れていた命子たちに向かって老師が言った。
「おはようございます、老師」
命子に続いてみんなで挨拶すると、ささらが申し訳なさそうに言う。
「お邪魔ではありませんでしたか?」
「いんや、話を切るにはちょうど良かったの。まあいい。用があるんじゃろう、上がりなさい」
命子たちは縁側からお邪魔した。
縁側からすぐの畳の部屋には大きな掛け軸が掛かっており、その下には刀が置かれていた。サーベルじゃないんだなと命子は思う。
「老師、さっきの人たちは? 外国の人みたいだったけど」
「昔の知り合いじゃよ。ちと先日の戦いで目立ちすぎてのう。居場所を見つけられてしもうた」
サーベル老師はこれまでも青空修行道場にインタビューに来た報道陣から上手いこと逃げていた。カメラにも極力映らないようにしていたのだが、風見町防衛戦でついにバレた。この原因は馬飼野だ。馬飼野が凄く目立ったため、そのあとの展開に関わった老師も連鎖的に凄く目立ってしまった。
まあ命子たちを弟子にした時点でいずれバレると思っていたので、老師は特に気にしないのだが。
過去のことを聞くのも悪いかなと思って、命子たちは本題に入ることにした。
「老師、実はもっと強くなりたいんです」
「お主らはわしの目から見ても十分に強いと思うが……昨日の戦いで何か学ぶことがあったのかの?」
「はい。私たちよりも小さな子が凄まじい強さを見せていました。それを見て、私たちだって負けていられないと思ったんです」
「ほう、そんな子がいたか。見逃したかのう? 名は?」
「ラクートのキャルメという子です」
「ふむ、どれちょっと見てみようかの」
老師は頷くと懐からスマホを取り出した。背面が和風柄の防護ケースに収まった渋いものだ。
それをシュッシュと動かしてあっという間に検索すると、ふすまを開けた先にある居間のテレビに連動させる。
「どうしようルル。老師が私よりもスマホを使いこなしてる」
「スマホは使いこなせているかどうかじゃないデス。ビジネスツールにでもしてない限り、楽しんでいるかどうかが一番重要デス。違うデスか?」
「目から鱗がザブザブ出てきた」
「おっとっとっとデス」
「拾って拾って」
「この鱗美味しいデス」
「なんたって採れたてパリパリですからな」
目からザブザブ出てきた鱗をルルと命子は真下で受け止めるふりをする。
そんなことをしている間に、老師は動画を見終えた。
「なるほどの。たしかにお主らに迫るものがある。あと数週間もすれば抜かすかもしれんの」
老師がお話を始めたので、命子たちはすぐに居住まいを正した。
「私もそう思います。そこで老師に教えを乞いに参りました」
「ふむ。しかし、わしがお主らに教えられることはもうほとんどないぞ?」
【術理系スキル】はそれ単体でもド素人をいっぱしの戦士に育て上げる性能を持っているが、これに師匠がつくとさらに性能が増した。
老師は町道場を持たないので青空修行道場で少しずつ技を教えてきたが、ささらと命子はそれらのことはすっかり吸収してしまった。これは他の師匠に弟子入りしているルルと紫蓮も同じだ。
とはいえ、老師もこれまでの経験を徐々に魔物を倒すための武術へとコンバートし始めているため、教えられることはゼロではない。まあ、少ないのは事実だった。
しかし、命子はサーベル老師がまだ教えてくれていない技があるのを知っている。命子はそれを教えてほしかった。
「もしかしたらこれは一子相伝とかかもしれないので怒られてしまうかもしれませんが……風見町防衛戦でウッドゴーレムに使っていた老師の技はなんだったのでしょうか?」
「あぁ、なるほどの。あれか……」
老師は、ふーむ、と顎鬚を撫でる。
「いい機会じゃの。少し昔話をしようか」
命子と紫蓮とルルは、強者の過去話キタコレ!と思ってキリリとした。ささらは真面目なので元から真剣なお面持ちだ。
「わしは夢をよく見る子供じゃった」
「夢ですか? 眠っている時の?」
「うむ。その夢は決まって、とてつもなく強い人間が一対一で戦う様子を遠くから観戦するものだった。時には剣と剣、時には槍と短剣、時には弓と拳、時には魔法が放たれることもあった……まるでマンガやアニメの世界のような戦いじゃったよ。アニメなどが溢れた今の時代のお主らならそういう夢も見るかもしれんが、わしは戦後間もない時代によくそういうものを見ていたのじゃ」
「……もしやそれは概念流れ?」
紫蓮の呟きに、老師はふぉっふぉと笑う。
「お主らがダンジョンから持ち帰った知識のおかげで、わしも長年の疑問の一つが解決したと思っておる」
天狗の話では星と星は会話するという。それは専ら自分の星の上で暮らす生物たちの話題らしいのだが、たまにこの会話を受信してしまう者が現れることがあるそうだ。それが概念流れだ。
老師はこれを受信する性質だったらしい。
「その者らは戦いを楽しみ、戦いの中で人を愛し、決着がつけば命は取らず、好敵手と子を成し、自分の子すらも後の好敵手として育て……なんとも殺伐としている連中だが、わしにはその姿がとても美しく思えたのじゃ」
老師はそう語ると、押し入れを開けて、中にある金庫のような物から額縁に入った絵画を取り出した。
「こういう戦いじゃな」
命子たちは渡されたその絵画を見た。
それは男とも女ともつかない綺麗な容姿の人物が二人、赤い荒野を舞台にして剣と斧で戦う姿が描かれた水彩画であった。命子たちはこの絵を一目見て、この二人が戦いを楽しんでいるのがすぐにわかった。
「おー、モネの戦う人だ」
「お主は適当言うでないわ。そりゃわしが描いた絵じゃ」
「マジで!? 老師凄いじゃん!」
「ちなみにそれは売れば200万の値がつくらしいの」
「おいおい、老師。私は騙されねえぞ!」
命子はあっはっはっと笑いつつも絵をそっと畳の上に置こうとして、それすらも畏れ多いので自分の座っている座布団の上に置いてから前に移動させた。前に押し出す姿はへへぇといった感じである。スーパーお金持ちになっている命子だが、金銭感覚は小市民のそれだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださるかしら。もしや、老師は森山嵐火先生ですの?」
「それは雅号じゃ。わしのことは今まで通りに呼んでくれ」
「わ、わかりましたわ」
「シャーラは知ってるデス?」
「はい。森山嵐火先生は世界を放浪した画家として知られている方ですわ。こういった神話のような戦いの絵をお描きになり、そのタッチは日本のバトルマンガにも影響を与えたと言われていますわね」
「マジかよ老師! 尊敬します! なっ、紫蓮ちゃん」
「うん! 我、尊敬する」
「ちなみに命子さん、本当にその絵は200万円はしますわ。それどころか、概念流れから生まれた絵ですし、今なら倍以上の額になるかもしれませんわ。あっ、いえ、でもそれは証明が難しい問題ですわね……」
「ふぇええええ!」
命子は座布団の上に置いた自分は正しかったと思うと同時に、ささらがお嬢さまっぽいことを言うので感心した。ですわは伊達じゃなかったのだ。
キャッキャする女子高生のテンションに、老師はふぉっふぉと笑うが、若干HPを削られる。
「わしは夢の中で戦う人々に憧れ、絵も描いた。だがの、それよりもずっと前から武の道へ入っておった。世界中を旅して武術を学んでいったのじゃ。絵はその旅路で出会った趣味のようなものじゃな」
命子たちは気を取り直して老師の昔話に耳を傾ける。
「半生を賭しても彼らの武術には遠く及ばんかった。地球さんがレベルアップしたことでその謎も解けた。土台がそもそも違いすぎたのじゃ。だがの、そんな中でも、魔法という土台がなくとも会得できたものがあった。わしが試行錯誤の末に辿り着いたその技術がこれじゃ」
「「「「っっっ」」」」
老師の言葉と同時に、命子たち四人は瞬時に飛び跳ねて臨戦態勢に入った。
しかし、老師はその場から一歩も動いていないし、先ほどと何かが変わった様子もない。
冷や汗をかく命子が口を開く。
「さ、殺気ですか?」
命子とささらは以前も老師から殺気を飛ばされた。無限鳥居から出た数日後のことだ。
今回のはそれよりも明確に回避しなければならないと思わされた。
しかし、老師はふぉっふぉっと笑い、否定する。
「いや、今のは殺気など使っていないの。どれ、ちょっと外に出ようか。おそらく命子嬢ちゃんならばこの技を見破れるだろう」
老師の家の庭は、小さな池の他に軽く模擬戦ができる程度の小さなスペースがあった。老師が武器を振るう場所だろう。
「命子嬢ちゃん。この木刀でわしの頭を攻撃してみるがいい」
「えぇ、私の攻撃がヒットすると老師死んじゃうけど」
命子はレベルアップして通常攻撃が人よりも強くなっている。これは普通の木刀で打っても同じだ。ささらや紫蓮などは【○○装備時物攻アップ】系を持っているためなおさらヤバい。甘噛み的なじゃれ合いで人殺しになるほど不安定な力ではないが、喧嘩や訓練で使えば安全の保障はできないものだった。
老師の実力は信頼しているが、万が一はあるので怖い。
「ふむ、それもそうじゃの。ちょっと待っておれ」
老師は一度家に入り、頭にハチガネを巻いて帰ってきた。
「さて、これで遠慮せずに打てるであろう。あー、この着物もダンジョン装備だから遠慮はいらん。来なさい」
「じゃあ遠慮なく行くよ」
命子は木刀を構えた。
ひとまず、なにが起こるのか【龍眼】を使わずに試した。ささらたちと同じ目線で知ることも大事だからだ。
「やぁ!」
命子は上段から問答無用で木刀を振り下ろす。
それは老師を信頼してのことだ。
しかし、木刀は老師の体の三十センチも横に振り下ろされる結果になった。
「なんで!?」
そう叫ぶ命子の後ろでも、ささらたちがざわついている。
ささらたちにはどうして命子が空振ったのかわからなかった。むしろ、人を殴るのが怖いからわざと外したのだと思うくらいだった。
「では少し動くぞ。当ててみぃ」
老師はそう言うと、散歩するように庭を歩く。
命子はたじろぐが、意を決して攻撃した。
しかし、その攻撃はやはり空振りする。
縦切りがダメならと横切りをしてみるが、それすらもなぜか服を掠める程度で当たらない。老師は緩やかに動いているだけなのに。
「では順番にやってみなさい」
ささらたちも順番に攻撃をしてみるが、やはり普通に庭木の花を見ている老師に当たりもしない。
「よ、妖怪当たらずジジイだ!」
命子はそう結論付けた。
「当たらずジジイは余計じゃが、東洋の怪と呼ばれていた時期もあったの」
「マジかよ、超カッコイイじゃん。尊敬します! なっ、紫蓮ちゃん」
「うん、尊敬する」
「お主らはどうにも変なところで尊敬するの」
老師は紫蓮から木刀を受け取り、右手に持って下げた。
「ささら嬢ちゃん、そこに立ってわしの攻撃を躱してみるのじゃ。命子嬢ちゃんは【龍眼】を使って見学しておれ」
老師の指示で、ささらが前に出て老師と対面した。
命子は【龍眼】を使い、老師を見つめる。
しばしの静寂の後に、ささらがサッと右に回避した。
そして、回避したささらの首元に木刀を突き付けた老師が立っていた。
「うっ、ま、参りましたわ」
ささらはそう言いながら木刀の先を嫌って一歩後ろに下がる。
「どうじゃ命子嬢ちゃん。わかったかの?」
「う、うーん。半分わかって半分わからなかったよ。つまり、この技術は全身のごく小さな動きで相手を錯覚に陥れる技なんじゃないですか?」
命子は自分の考えを言った。命子の【龍眼】は老師が変な動きをしていることをはっきりと疑問として捉えたのだ。
これが普通の人だと……いや、武術に長けた人ほど次の行動を推理する材料にしてしまい、結果的に変な場所に攻撃することになる。老師は、指先や重心の動き、呼吸、果ては衣擦れの音まで、全身のありとあらゆるものを使い、相手の動きを操る達人であった。
「その通りじゃ。して、もう半分わからなかったことはなんじゃ?」
「老師はなんのジョブなんですか?」
「わしは『見習い剣士』じゃよ。お主が疑問に思うのは、すでにマスターしておる『マイマー』が原因だろうな」
「ま、『マイマー』ってなんですか?」
「『マイマー』とは一般系ジョブじゃな。こういうのをする人じゃ」
老師はそう言うと、体を斜めに傾けた。その姿は、まるで台座に肘を置いて寄りかかって寛いでいるようだ。老師は続いて肘の下から何かを引き抜くと、引き抜いた分だけガクンと姿勢が下がる。
今度は、寄りかかっているのとは反対側から棚でも倒れてきたのか、体を斜めにしながらそれを必死に押さえる。台座と挟まっちゃう!
「パントマイムデス!」
「「「おーっ」」」
ルルの元気な声と命子たちの拍手が重なる。
老師はふぉっふぉっと笑い、演技をやめた。
「左様。どこの武術にも虚というフェイントの技法はある。しかし、それはあくまでごく僅かな隙を生じさせるもの。わしは西洋でパントマイムと出会い、剣術と組み合わせた。これに殺気を混ぜ込むことでこの武術は完成する。嬢ちゃんたち、行くぞ!」
老師が言い終わると同時に、命子たちはまたもやバッと構えた。
慌てて老師の動きを追うために右方向に視線を走らせるが、全員の予測を裏切って老師は左に立っていた。すでに木刀を横に薙ぐ構えをしているが、それはせずに木刀は下ろされる。
「よ、妖怪だぁ!」
命子は悲鳴を上げた。
若い子に驚いてもらって嬉しいのか、老師の笑い声が重なった。
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