7-16 ライバル心
本日もよろしくお願いします。
「命子ちゃーん。起きてぇー。朝ですよぉー?」
のんびりした声とともに、命子はゆさゆさされた。
しかし、命子の脳はそれを心地良い子守唄として認識し、更なる睡眠の深みに落ちていく。
「命子ちゃーん、命子ちゃーん。起きてぇー。あれぇー?」
その声に、命子ではなく紫蓮がむくりと起き上がる。
「母、母。母の起こし方は素人にはただの睡眠促進剤」
「はわー。命子ちゃんを起こしてたのに、紫蓮ちゃんが起きたー。不思議ー。あっ、光子ちゃん。おはよー、今日もピカピカねぇー?」
紫蓮ママは光子とキャッキャし始め、仮眠室に何をしに来たのか忘れた。不思議。
代わりに、紫蓮がみんなを起こし始める。
紫蓮はまず、一番頼りになる萌々子を起こす。
しっかり者の萌々子は子供らしくネムネムしながらも気合で起き、フライパンを叩いてお兄ちゃんを起こす妹のごとく、問答無用で命子、ルル、ささらを起こしていく。
あっという間に全員が起きた。
ダンジョンから帰った命子たちは、MRSの仮本社に泊まっていた。
もうすぐ完成するMRSの本社となる建物ができるまでの仮のもので、雑居ビルやプレハブ家屋を使っている。笹笠家はそういったものを用意するだけの土地を風見町に持っていた。
なぜ自分ちではないかと言えば、世界同時イベントのせいだ。
自分ちに帰っても親がいない。母親は全員がMRSに就職しており、転職が確定している父親たちも会社の身辺整理をしつつ、その手伝いを始めていた。
このイベントで、MRSは全力で情報収集する構えであった。良い額の臨時ボーナスが出るので、みんなのやる気は満々だ。
四人娘ブーストで世界一のダンジョン攻略サイトとなっているMRSの『冒険道』と『常闇の魔導工房』。しかし、昨今では冒険者が増えたことで当然のことだがダンジョン系のサイトは乱立し始めた。
娘たちのサポートという名目で作られたサイトだが、だからと言って頑張れば維持できそうな地位を他に譲るのはいかがなものか。それは連鎖的に従業員を薄給で働かせることに繋がるわけだし。
というわけで、このイベントはMRS的にも絶対に多くの情報を載せたいものなのだ。もちろん、他のダンジョン攻略サイトだって同じことを考えている。世はダンジョン系サイト戦国時代であった。
まあ親が不在程度のことなら別に構わなかったのだが、MRSにいれば世界中の情報が早く手に入るという点が大きかったので、ここにお邪魔していた。
仮眠室から出ると、ささらママを筆頭にして多くの人が忙しそうに働いていた。
その中には、みんなの両親や青空修行道場の人たちの姿もある。
窓の外を見てみれば、まだ暗い。
それもそのはず。まだAM3時なのだから。
「お母さま、お手伝いしますわ」
「シャーラママ。ワタシも手伝うデス!」
顔を洗ってしゃっきりしたささらとルルが申し出る。
その姿を見た命子はすっげぇと思った。
そんな命子を、紫蓮と萌々子が見つめる。
命子はにっこりと笑った。
「私は二人のお守りだからね。それが仕事なんだ」
「別に行ってきてもいいが」
「またまた。そんな寂しそうな顔されたら行けないよ」
「だから我は鉄壁のポーカーフェイスと言われる」
「お姉ちゃん。私、大人しくしてるよ?」
「ふふっ、大丈夫。二人は何も心配しなくていいんだよ。だからね、いい子だからお姉ちゃんの言うこと聞いて? 頼むよぅ……っ!」
命子は戦場への参加を全力で拒んだ。
パソコンを猛烈な速さで打ち込んでいる紫蓮パパの姿とか鬼気迫っている。あれをワンフィンガータイピストである命子がやったら、1000文字打ち込む間にイベントが終わっているはずだ。
命子パパも普段家で見せない仕事人の顔をしてどこかに電話しながら、パソコンをカタカタと操作している。
「三人とも、ちょっとこっちに来て!」
命子ママに呼ばれて、命子たちは給湯室に行った。
「このスティックを2本分ペットボトルに入れて、お水を注いでよく振ってちょうだい。全部できたら仕事場の前にあるテーブルに並べておいて。わかった?」
見れば、500ミリの空のペットボトルがずらりと並んでおり、その近くにはいろいろな種類の粉末ジュースがたくさん置いてあった。
「それならできます!」
命子は元気にお返事した。
あー忙しい忙しい、と命子ママがパタパタと次の仕事に行くのを見送り、命子は二人に向かって言った。
「じゃあ、お姉ちゃんの言うことを聞いてちゃんとやること! 仕事は遊びじゃないからね!」
というわけで、命子が粉末係、萌々子が水入れ係、紫蓮がシェイク係になる。
命子はピッと粉末ジュースのスティックを切り、ペットボトルの中に入れた。
途中で秘技スティック2本切りを編み出しつつせっせと働き、しばらくすると命子はペカッと豆電球した。
シェイクをしている紫蓮がペットボトルの液体の色を見て、首を傾げた。
「このジュース新しいやつ?」
「それはブドウとメロンジュースの粉を混ぜたやつだよ」
「ちょっとお姉ちゃん、そういうのはダメだよ! なにやってんのホント。仕事は遊びじゃないんだよ、真面目にやりなさい!」
「ひ、ひぅううう、だ、だけど美味しいかも……」
予想外に怒られて、命子は指遊びを始めてごちゃごちゃ言った。
これが社会に出るということなのか。命子は会社勤めが怖くなった。
命子たちが作ったジュースは仕事場にあるテーブルに補充された。
そこには他にもパンやらおにぎりが置かれており、各々が勝手に持っていっている。
「あなたたちはもういいから、世界の人たちの様子をしっかりと見てきなさい」
4時少し前になると、ささらママに言われたささらとルルが仕事を終える。
命子たちは別室に行き、イベントが始まるのを待った。
この部屋にはテレビが二つあり、片方はルルのことを考えてキスミアにした。
どこの番組も画面の下にはタイマーが設置されており、イベント開始まですでに10分を切っている。
今回のイベントは世界同時で行われるからか、『日の出とともに始まる』ということはない。その代わりに、エリア内の者はステータス画面に、見る人が理解できるカウントダウンタイマーが現れた。
人間の場合は普通のデジタル式のカウントダウンタイマーや開始時刻が光っている円盤時計、変わったものだとオイルタイマー職人に自分の作ったオイルタイマーが現れたなんてこともあった。
「もう一か所はどこのチャンネルを見るデス?」
「紫蓮ちゃん。どこが良さそう?」
命子は、ルルの質問をスマホで情報を集めていた紫蓮へ投げる。
先ほど作ったブドウ・メロンジュースは命子が責任を持って飲むことになっており、コップに注いで紫蓮とささらの前に置いておく。
ささらは命子にお礼を言って口をつけ、チラリとコップを見てから、そっとテーブルの上に置く。命子の狙い通り、ささらは文句を言ってこなかった。
「とりあえず、鳥取以外だとラクートが注目されてる。キャルメがいるみたい」
「キャルメっていうと、地球さんTVに出てた子だよね?」
「そう。新しい情報だと、一般人で一番ダンジョンの深いところに潜ってるらしい。E級の16層だって」
「マジか。何チャンネル?」
「BS3。あと我は騙されんぞ」
「な、なんのこと?」
「毒じゃないっていうなら、飲めるはず。さあ」
ずずいと命子へコップを押し出す紫蓮の横でささらは、えっ、ど、毒ですの!? とギョッとした。
「こうして犯人の羊谷命子は逮捕されたのだった。飲めばいいんでしょ、どうせ、私のお料理はそんなに美味しくないんだよ! なにさ!」
命子は紫蓮とささらのコップから、ブドウ・メロンジュースを一気に飲んだ。
たしかにあまり美味しくなかった。
というか、そもそもの話、メロンジュースと信じて疑わなかったのは抹茶だった。緑色のスティックだったから命子は勘違いしていた。
そんなアホなことをしつつ紫蓮の言葉に従ってチャンネルを合わせると、望遠で撮影された一人の少女の姿が映されていた。焚火の前でみんなに何かを話しているようだがその音声は聞こえない。代わりにニュースキャスターやコメンテーターの説明の声が流れていた。
一方、キスミアを放送しているチャンネルでは有名な冒険者や軍人の紹介がされている。
すでに紹介の順番は終わってしまったようだが、その紹介されたメンバーのパネルの中には、アリア、アリアママ、メリス、シーシアの姿もあった。
「猫耳つけとる……」
それを説明するのは、猫耳をつけた紳士だった。
どうやら大学の教授らしい。
「この人はキスミアでも有名人デス。元々はキスミア・セイス間トンネルを作る際に技術者としてキスミアに来たんデス。そのままキスミア人と結婚して、キスミアの民俗学者になったんデス。キスミアでの日本語学習の基礎を作った人でもあるデス」
「まあ、そうなんですのね」
ルルの説明を聞いたその場の4人は、でも猫耳はやりすぎじゃね? と思った。
だが、その知識量は凄く、ルルさえ知らないことを知っていた。
自分たちが旅行に行った土地だけあって、命子たちの意識がキスミアを映すテレビに集中し始める。
そんな中でイベントが始まった。
すると、ラクートを映すテレビからいきなり焦った声が流れ始めた。
見れば、団結式のようなものを終えたキャルメの背後から、ジャッカルのような魔物が飛び掛かったのだ。
しかし、これをキャルメはまったく慌てずに一瞬のうちに倒してしまう。しかもその四肢には、スキルが覚醒した証である紫のオーラまで宿っていた。
「わっ、凄い!」
萌々子がはしゃいだ声を上げた。
しかし、命子たちは声を上げない。
キャルメの体術に驚愕すると同時に、ドクンと心臓が熱くなる。
命子は、世の中は広いからいずれは抜かされる日が来るだろうとも思っていた。
世界最強になる欲はなかったし、とにかくダンジョンを楽しめればいいと思っていた。
ささらは、実のところダンジョンは別にどうでも良かった。
友達と切磋琢磨するツールがダンジョンだっただけで、仮にそれが別のものであったなら、それならそれで良かった。だから他の子たちが強くなりたいから自分も強くなりたいという考えだった。
ルルは、みんなと楽しめればそれで良かった。
無限鳥居で魂を震わせたような一生の思い出をたくさん得られればそれで良かった。
紫蓮は、夢にまで見た憧れのファンタジー世界を楽しみつくしたかった。
武術であれ、生産であれ、カッコ良くて素敵なことをたくさんしたかった。
もちろん、4人が4人とも、自分の体が超人じみた能力を宿すことに快感を覚えていたけれど、誰かと競い合うことではないと思っていた。
自衛隊や軍人では命子たちよりも強い人は今まで大勢いた。けれど、彼らとはあまりにも条件が違いすぎた。
しかし、今、同じ舞台の上に立つと言っていい自分たちに匹敵する力量を持つ者が現れて、命子たちは身体が熱くなった。
命子たちの心に、ここに来て初めてライバル心というものが芽生えたのだ。
命子の瞳が紫色に輝き、ささらたちの体から紫のオーラが立ち上がる。
それは内から溢れた修行魂の表れか。
「ふぇえええ、なんで!?」
萌々子がドン引きした。
その傍らで、光子もむむぅとピカピカした。
ノーマルなのは萌々子だけだった。
勝手に命子たちからライバル認定されたキャルメは、その事実を知らない。
遠く離れた地で使徒さまに見てもらいたくて頑張って戦うキャルメからすれば、困惑必至の認定である。
キャルメとキャルメ団の願いは、実のところ、別に凄く強くなりたいわけではなかった。
強くなれば自分たちの本当の願いが比較的簡単に成就するだろうと考えた結果、命を懸けて頑張ったにすぎない。
そしてそれは、このイベントが終わって一月ほど経って叶えられることになる。
『昔、僕たちを殴った大人たちだけど、今回だけは助けよう』
その言葉が示す通りに。
読んでくださりありがとうございます。
【おしらせ】前回も告知しましたが、ここからしばらくは週一投稿とさせていただきます。
楽しみにしていただいているのに、申し訳ありません。更新日は日曜日とさせていただきます。
【訂正】土魔法の土が残らないのではというご指摘を受けて、残る方に統一させていただきました。混乱させてしまった方は、申し訳ありません。それに伴い、該当箇所4-11の土の魔導書をゲットする件の文を数行変更します。




