7-14 砂嵐の妖精
本日もよろしくお願いします。
世界がファンタジー化した地球さんのレベルアップ以降で、一番大きな事件はなんであったか人に問うたら、意見は二分する。
1つは三人娘の龍討伐とその顛末。
食う、寝る、学ぶ、働く、遊ぶ――そんな日常的な営みの中に、『修行』という斜め上のものがぶち込まれた人類史に残るターニングポイントがあそこであった。
そして、それに並ぶほどの出来事があった。
シスターガル事件である。
龍滅の三娘が21世紀最大の光と喩えられる一方で、シスターガル事件は人類史上最大の闇と言われている。
犯罪結社シスターガル。
その名前を一般人で知っている者は皆無であった。世の中から足を踏み外した者だって知らないやつは多いし、耳目で飯を食う新聞記者もこの半年で初めて名前を聞いた者は多かった。
しかし、多くの者は『HAMUPOKO(以下、ハムポコ)』なら知っている。
ネットでお買い物ができることで有名なハムポコは、日本でも多くの人が使ったことのある電子商取引サイトである。
「ハムハムポコポコ、なんでも売ってるポコ~♪ ハムポコ!」という可愛らしいマスコットが登場するCMが有名で、ハムポコで売っていない物はないと謳い、実際になんでも売っている便利なサイトだ。
……そして、蓋を開けてみれば、人すらも売っていた。
もちろん、ネット上で売っているわけではなく、多くの国の闇市場で一般人からすると何かの映画の宣伝かと思える規模の人身売買が普通に行われていたのだ。
それを取り仕切っているのが光と闇の顔を持つハムポコ……その最深部にいる1500年続く犯罪結社シスターガルだった。
結果から言うと、この犯罪結社は地球さんのレベルアップで綺麗さっぱり壊滅した。
総帥が指を鳴らせば万単位で人が悲しみに泣くと言われるほどの深淵が、それはもういとも簡単にズタボロになった。
そうなった原因は、カルマシステムの特性にある。
地球さんがレベルアップする以前の罪業だけで地獄の業火に焼かれる事例は、実のところ、どんな凶悪な犯罪を起こしていようともただの一件も起こっていない。しかし、ヤバいレベルの犯罪者がその後に外道を犯せば黒い炭になる。
そして、命令で行われた外道な行為は、中間管理職の勝手な指示でもない限り命令系統の最奥にまで波及するという特性があった。例えば、末端が人を誘拐すれば、それを指示したより上位の者にも波及するわけだ。
地球さんがレベルアップした告知は、最初、誰もが悪戯だと思っていた。まあ、あの内容が告知されていた時点で本気にするほうがどうかしている。
当然、犯罪者は本当のことだと思わずに、現在進行形の犯罪をそのまま続けてしまった。その結果、上層部が停止命令を出す暇などなく、1500年続いたシスターガルは地球さんのレベルアップから1時間も経たないうちに壊滅したのだった。
しかし、シスターガルの名が明るみに出るのは少しだけ時間がかかった。
あまりにも闇が深すぎて、構成員は自分たちの上役が誰なのかも知らず、その全員が地球さんのレベルアップの直後に黒い炭になっていると知ることができずにいたのだ。
シスターガルの闇市場に関わった有名人が競い合うように懺悔会見を行なったことや、黒い炭になった者の上に現れるカルマログの解析、なにより解放された被害者の話によって、初めて世界の深淵のことが世間に知れ渡ることになる。
人類史上最大の闇シスターガルの壊滅とともに、長い内戦をしていた国ラクートの戦いは終結することになる。裏で糸を引いていたのがシスターガルだったからだ。
そして、地球さんのレベルアップのタイミングは、ラクートの英雄となる少女たちがシスターガルの闇市場に運ばれていく最中であった。
日本時間4時――ラクート時間0時。
「ついにこの時が来た」
ダンジョン産のターバンとマントを羽織る少女は語る。
焚火を挟んでそれを聞く仲間たちは各々がくつろぎの姿勢で、されど真剣な目で耳を傾ける。
語る少女の背は低い。あまり良いものを食べてこなかったため、14歳になるのに130センチほどだ。
「あの日、僕たちは地球さまに救われた」
少女たちを乗せていたトラックは運転手の死亡とともに停車し、少女たちは解放された。
それから少女たちの暮らしやラクートの情勢は一気に好転することになる。
「そして、命子さまが何をすればいいのかわからなかった僕たちに道を示してくれた」
少女たちはお腹いっぱい食べられるようになったが、どうすれば良いのかわからなかった。
むしろ全力で好転しすぎたため、ぶっちゃけ他国の大人たちに不信感があった。本気を出せばもっと早くにこうなったんじゃないかと。
実際には世界の闇がそんなことを許さなかったため、善人がどれだけ本気を出しても残念ながらそうはならなかったと少女たちもわかっているけれど、どうしても悲しい記憶が多かった。
だから、援助してもらえるのはありがたいけれど、少女たちの目には与えられた将来のプランがどれも真に魅力的には映らなかった。地球さまに従いたかった。
そんな時に世界へ配信されたのが、地球さまの使徒さまからのメッセージ。
少女たちはすぐにその道を選んだ。
「思えば無茶をしたね」
使徒さまのメッセージを受信した少女たちだが、1つだけ守らなかったことがある。指導してくれる人を連れずにダンジョンに入ったのだ。
封鎖されたG級ダンジョンにみんなで作戦を立てて忍び込み、少女たちはその後一回も外に出ることなくG級ダンジョンをクリアする。
龍滅の三娘の冒険を動画で見ていたため、それに倣ってダンジョン内で死に物狂いで修行し、二か月かけてG級ダンジョンを攻略した。命子たちが風見ダンジョンを全クリするよりもわずかに早い時期のことだ。
この冒険は地球さんTVにもアップされ、世界中の人が知ることになる。
最年少者は8歳。初期スキルが与えられない年齢のため、ジョブに就き無理やりスキルを覚えたのだ。これは世界記録だがシスターガルのせいで戸籍もあやふやだし、興味がないので申請していないため公式にはなっていない。
その後、少女たちは正式に冒険者となり、F級もクリアする。
ラクートの冒険者協会のルールは日本よりも緩く、E級の攻略まで許可されていた。現在の少女たちの到達階層はE級の16層目。ラクートの他の大人たちは、ようやくG級の20層くらいだった。大人たちには妖精店が魅力的すぎたため、10層でかなり滞在する人が多かった。
自分たちの冒険を少女と仲間たちは焚火の光の中に思い出す。
「僕たちは凄く強くなった。でも、強い大人たちはかつて力の使い方を間違えた。僕たちはそうなっちゃいけない。人と人が殺し合う時代はもう終わったんだって使徒さまは言っていたからね。悲しいことはもう終わりなんだ。だから、昔、僕たちを殴った大人たちだけど、今回だけは助けよう」
少女の言葉に、数人の仲間たちが唇を噛んで俯く。
多くの悲しい記憶を乗せた涙を一滴だけ流してから上げた顔は、自分たちで終わりにするという意志の籠ったものだった。
仲間たちが頷く姿を見た少女はにこぱっと笑った。
その笑顔を合図にするように全員が立ち上がった。
各々が武器を持ち、眼前に真っすぐ立てる。
「「「SYUGYOUSEI!」」」
それは、もはや合言葉。
少女はにやりと笑うと、たった今出現して背後に迫ってきていたE級のジャッカルのような魔物をナックルガードでぶん殴った。
ぐらつく魔物をブーツで蹴り上げて空中に浮かすと、無防備な足を掴み、地面に叩きつける。
少女の軽い身体はその反動で釣瓶のように宙へ舞うが、それすらも利用し、身体を捻って魔物の足をねじり折る。
すかさず魔導書から水弾が射出されて魔物の腹を穿つと、それからわずかに遅れて落下した少女は魔物の喉をカカトで踏みつぶした。
マントが背に落ち、足元で魔物が光に還る。
その上に立つのは、四肢に紫のオーラを纏った少女。
人呼んで、砂嵐の妖精キャルメ。
遠くのプレハブからその光景を見ていた大人たちがどよめき、各国のテレビクルーが興奮を以てして世界に配信していくが、少女は気にしない。
「さあ、みんな。使徒さまに僕たちの修行の成果を見てもらおう! キャルメ団、出撃!」
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【砂嵐の】世界同時イベント・ラクートスレ PART3【妖精】
142、砂の中の名無し
ラクートは夜からスタートか。見にくいし他の場所見るかな。
143、砂の中の名無し
わざわざ言う必要なし。その程度なら他所へ行け( `ー´)ノ
144、砂の中の名無し
こちとらキャルメちゃん見に来てんだよ!
145、砂の中の名無し
ラクートって自衛隊派遣されてるんだよね?
146、砂の中の名無し
まあまだ安定しきってないからな。たしか2500人って話だったはず。で、イベントエリアには800名いるみたいだな。他に国連の軍隊が計5000人いるらしい。
147、砂の中の名無し
いいよなぁラクートの人たち綺麗なプレハブ貰えて。俺も欲しいんだが。
148、砂の中の名無し
お前みたいなクズがたまに湧くがなんなん? 働いて買えや。
149、砂の中の名無し
シスターガルに関わったやつらは一生かけて被害者に償わんとならんからな。金をどんどん吐き出して当然。
150、砂の中の名無し
日本にも闇市場があったとか、マジでビビったよな。
151、砂の中の名無し
シスターガルは専用スレ行け。
152、砂の中の名無し
ラクートスレなんだしちょっとくらい良いじゃん、いけずぅ(*´з`)
153、砂の中の名無し
シスターガルの話題はなげぇし白熱する奴が出んだよ(o゜∀゜)=○)´3`)∴
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299、砂の中の名無し
キャルメちゃんたち焚火の周りで何を話してるんだろう。
300、砂の中の名無し
決戦前だからな。思い出話ちゃうか?
301、砂の中の名無し
そりゃあんな修羅修羅した冒険してたら感慨深いわな。
302、砂の中の名無し
おや、立った。
303、砂の中の名無し
からのSYUGYOUSEI。
304、砂の中の名無し
命子ちゃんの影響力がえげつなくて、オジサン、ドキがムネムネしてる。
305、砂の中の名無し
っていうかキャルメちゃん後ろ後ろ!
306、砂の中の名無し
えぇええええ、キャルメちゃんTueeeeee!?
307、砂の中の名無し
っていうかスキルが覚醒してるじゃん!
308、砂の中の名無し
この時期にスキルが覚醒してるってことは、命子ちゃんと同じ天才か?
309、砂の中の名無し
もしくは、地球さんTVで天狗が言ってたスキルの覚醒のさせ方をちゃんと理解したかだな。
310、砂の中の名無し
どちらにしても地球さんTVのキャルメ回のファンな俺、号泣が確定。
311、砂の中の名無し
なにあのスーパーコンボwww
312、砂の中の名無し
キャルメ天昇落とし A←B・敵滞空中に↑A・掴み中↓Y
キャルメ天昇煉獄落とし キャルメ天昇落とし中↓XXY
313、砂の中の名無し
ガチで格ゲーに出てきそう。完全に持ちキャラですわ。
314、砂の中の名無し
どうしよう、俺の中の命子ちゃん一般人最強説が揺らいできた。
315、砂の中の名無し
世界は広いからなぁ。っていうか、日本人冒険者が強い説も怪しくなってきたぞ。
316、砂の中の名無し
ダンジョンの探索日数制限制が悪い感じか?
317、砂の中の名無し
いや、探索日数の延長はメリットもあるけどデメリットも大きいからな。キャルメ団みたいに2か月もダンジョンに入ってたら、死んでるのに気づくのが困難になるわけだし。
318、砂の中の名無し
一先ず今の日数制限で始めたのは評価されるべきだろう。あとは調整だよ。
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500、砂の中の名無し
つ、つぇええ……(;゜Д゜)
501、砂の中の名無し
え、キャルメ団ってこんなに強くなったの?
502、砂の中の名無し
数か月見なければ激変する世界になっちまったな……
503、砂の中の名無し
あの魔法使いのテッド君って9歳だよね?
504、砂の中の名無し
テッド君9歳。【見習い魔導書士】【見習い水魔法使い】マスター。現在【水魔法使い】らしい。
505、砂の中の名無し
魔法連打型ショタとか恐ろしすぎんだろ。俺が9歳の頃とかウ〇コを棒に刺して女子を追いかけまわしてたぞ。
506、砂の中の名無し
幼少期のお前の頭がどうかしているのはともかく、ヤバいのは激しく同意する。
507、砂の中の名無し
最初は9歳児を戦わせるとか正気を疑ったけど、うん、下手な自衛官より強いわ。
508、砂の中の名無し
強いのもあるけど、戦闘フィールドが魔法使い向きだな。町の外の荒野から魔物が押し寄せてくる感じになってるから、テッド君の活躍が際立ってる。
509、砂の中の名無し
くっ、テッド君のイケメンぷりが憎い。戦いながらカリーナちゃんの面倒見てて偉い。
510、砂の中の名無し
まるでインタビュー番組を見てて幼稚園生がチューしている姿に憎悪を燃やす俺みたいなやつだな。
511、砂の中の名無し
お前らが哀れすぎて草も生えない。
512、砂の中の名無し
うーむ、それにしても殲滅速度がすげえな。200体規模の波で一体も後ろに行かせないじゃん。
513、砂の中の名無し
多国籍軍が左右からフォローしていると見せかけて、これって手が出せないだけだろ。
514、砂の中の名無し
それな、俺もそう思う。
515、砂の中の名無し
ここに派遣されている奴は、基本的にそこまで強くないと思うぞ。だって自国の防衛が最優先なわけだし、藤堂二等陸尉みたいなバケモンはどこの国も国内にいるはずだよ。
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キャルメ団が暮らすラクートのダンジョン街は、G級ダンジョンから1キロほど離れた場所にある。多くのプレハブが建つ町の周りは荒野が広がっている。
この荒野から魔物が湧くと予想され、防衛は町を囲うようにして行われた。また、町中に出てきてもいいように内部でも怪しい場所周辺に部隊が配置されている。
キャルメ団の配置は、町を背にして、荒野から来る魔物へ向けたものだった。
一般人なので元々前衛よりやや後方を守っていたのだが、前衛の軍隊が押され、魔物がなだれ込んできた。
それをフォローしたのがキャルメ団である。
それからは、他の軍隊が手が出せない程の獅子奮迅の働きを見せる。
100体来ようが300体来ようが、キャルメ団とぶつかった魔物の群れはことごとく倒されていく。
その先頭に立つのはリーダーのキャルメ。
ターバンを巻き、マントを羽織り、その姿は一見すれば男の子のそれだ。
後衛部隊の魔法が魔物を間引き、生き残った魔物が突撃してくる。
キャルメ率いる前衛部隊は、巧みな連携で魔物を次々と倒していく。
突出してくるのはE級の魔物。
すでにE級ダンジョンで修行を始めているキャルメたちにとって、E級の魔物との戦い方は分かっていた。
「短勁!」
キャルメが魔物の頭を殴る。
『拳闘士』の必殺スキル【体技】に、短勁というものがある。
いわゆる発勁だが、これを喰らった者はダメージとともに硬直状態になる。もちろんレジストする魔物もいるが、今回の魔物は入った。
キャルメは飛び上がって魔物の頭を持つと、そのまま体を捻って魔物の背後へと飛び降りる。
飛び降りた先に魔物がいるのは知っていたので、魔導書から水弾を射出。魔物が振り上げていた爪が水弾で弾かれ、生じた隙にキャルメのカカト落としが炸裂する。
紫のオーラを適宜使ってスキルの攻撃力を上げ、キャルメは魔物に深いダメージを与える。
とどめは他の者に任せ、魔物の中に飛び込んでひたすら弱体化させていく。
そうしてE級を殲滅し終わると、今度は遅れてやってきたG級から足の遅いE級の魔物の群れ。
キャルメ団の周りに魔物が倒されて生まれる光の海が現れる。
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【キャルメ団】世界同時イベント・ラクートスレ PART5【ヤババ】
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101、砂の中の名無し
キャルメ団の独擅場で草。
102、砂の中の名無し
我々は一般人目線になりがちだが、今回のは否定できん。
103、砂の中の名無し
これは冒険者最強スレが荒れそうだな。
104、砂の中の名無し
まあ役割ってのはあるけどな。命子ちゃんは遠距離タイプだし。
105、砂の中の名無し
まだささらちゃんとルルちゃんのほうが強いんじゃないか?
106、砂の中の名無し
でも時間の問題だと思うぜ。あの子たち生徒だし。
107、砂の中の名無し
それはある。
108、砂の中の名無し
いや、偉そうに評論しているお前らはどうなんだよ。
109、砂の中の名無し
俺たちだってお仕事しながら頑張ってるんだよ!(´Д⊂ヽ
110、砂の中の名無し
お前ら、隙を見てキスミアも見てみ。あそこの一般人が強すぎるから。
111、砂の中の名無し
一般人なの? 冒険者じゃなくて?
112、砂の中の名無し
普通の一般人。たぶん、ほとんどが猫テイマー。
113、砂の中の名無し
それは猫が強いのでは?
114、砂の中の名無し
そうとも言う。だけど、軍人から一般人まで全員が強いな。
115、砂の中の名無し
うーむ、鳥取も見たいし、キスミアも見たいし、もうちょっとどうにかならんものか。
116、砂の中の名無し
まあ、俺らの都合でイベントが1か所ずつ起こるんだったら、全てが終わるのに何年かかるかわからんわな。
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読んでくださりありがとうございます。
ブクマ評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




