7-13 山は動かない
本日もよろしくお願いします。
ちょっと短いです。
鎌倉ダンジョンから帰還した命子たちは、冒険者協会の素材取引所で諸々のやり取りを終えて、近くのご飯処に入った。
「もむっ!」
命子は生しらす丼をもぐもぐしつつ、眉をキリッとさせながら店内のテレビを見つめる。ダンジョンプロの眼差しをしているが、ほっぺに生しらすがくっついているのはご愛敬である。
隣に座る紫蓮は、自分のどんぶりから命子のどんぶりに生しらすをせっせと移動させている。
紫蓮は生しらすを食べてみて、ちょっと苦手だと気づいてしまったのだ。ダンジョンで馬場が持ってきたような釜揚げしらすは平気。
テレビでは、鳥取にある砂丘ダンジョン近辺での避難の様子が放送されており、L字のテロップで世界各地の避難進行情報が流れている。
テレビ局の方針としては、やはり国内で起こっているイベントが最優先といった感じだ。全国の視聴者の親戚縁者が一番いる確率が高いのが国内なのだから、当然と言えば当然である。
しかし、海外の情報はテロップだけではなく、BS放送やネット配信などで各テレビ局が分担して中継するようだった。
「みんな案外テキパキしてますね」
「やっぱりそうやってある程度の対応力がある地域から始まってるんじゃないかしら?」
口の中のものをごっくんした命子の呟きに馬場が答える。
風見町は確かに凄かったが、世界は広い。同水準程度の町はあるのだ。
そういった町のまとめ役の人は、次は自分たちだろうな、となんとなく予想していた。さらに、風見町は本当に突然のイベントとなったが、こういった町は時間があったので割と覚悟ができている一般人は多くなっていた。
その最たるところはキスミアである。
地球さんの告知でマナがどれほど満ちているか言及された唯一の国なので、これは当然であった。
「メリスたちはどう?」
命子は、スマホで動画を見ながらご飯を食べているルルとささらに問うた。
「キスミアはこの前フニャルーが顕現したデスから、みんなやる気が凄いデス。メリスも一匹の戦猫になってるデス」
腕組みをしたルルはうんうんと頷き、友の初陣を感慨深く思った。
「キスミアの方は、みなさん猫耳に猫しっぽをつけてますわ。他にもキスミア猫が飼い主と一緒に行動してますわね」
「相変わらずぶっとんだ国だぜ」
遠き思い出の地を想って、命子は愉快な気持ちになった。
そうして、ふとどんぶりを見ると、おやおや?
「し、紫蓮ちゃん。このどんぶり、生しらすが勝手に増えてる!」
「もしや日本昔話に出てくる生しらすのどんぶり? 実在したのか……」
「そ、それはどういう?」
「生しらすが無限に湧く」
「なんてしらすさんに厳しいアイテムなんだ……うまぁ!」
生しらすとご飯を口に含んだ命子は、ペカーッと顔を明るくした。
イベントは完全に他人事である。まあ実際に他人事なのだが。
命子とて首を突っ込めるなら突っ込みたいが、イベントエリア内に侵入ができない以上はどうにもならない。
外部から応援のメッセージを送るというのもありと言えばありだが、命子は……というよりも大人たちはあまり命子にそういう活動はしてほしくなかった。
人死が出る可能性が高いイベントで、下手に鼓舞をするのは戦死者の関係者からどう思われるか予想がつかない。だからこそ、風見町防衛戦ではささらママたちが率先して行動したのだ。
修行して備えろとメッセージを送ってこれらのイベントの役に立ったのだから、それで十分だというのが大人たちの考えだった。
しかし、そんな考えとは裏腹に、世界では命子が口にした言葉の一部が何度も引用されていた。まとめ役の演説はもちろん、小さいグループのリーダーや子供たちの面倒を見る年配者の口からも。プイッターに母国語で掲載されることもあった。
『みんな死んじゃあダメだよ。これからもっともっと世界は楽しくなる。だから生きなくちゃダメだよ。青空修行道場は、みんなで生き残るための道場なんだからね』
この言葉で、自分たちが『青空修行道場』という大きなコミュニティをなぜ作ったのか再認識させ、イベントに向けて準備を進めるのだった。
それを言った本人は、生しらす丼をもぐもぐしてペカーッとしているわけだが。
ご飯を食べ終え、命子たちは風見町へ帰還した。
現在、魔物が出る風見町は車の徐行が義務付けられており、夜間の不要な外出は控えられていた。これは電車も同じだ。風見町がある区間だけ、かなりゆっくりな運行になっている。
そして、町のあちこちには自衛隊と戦闘犬がおり、警備に当たっている。
「馬場さん、魔物はどうやって出てくるんでしょうか?」
世の中はイベントだが、風見町だって魔物が出てくるので未だにイベントのようなものだ。質問したささらは自分の生活圏内の変化について知りたかった。これは命子たちも同様だ。
「さっきメールを見た限りだと、紫の靄が湧き出て10分くらいすると具現化するみたいね。少し光が伴うから割と目立つらしいわ。あと動物は靄の時に音が聞こえるみたいね」
「へぇ、一家に一匹ワンちゃんの時代到来か」
命子たちはこの機会に、家のボディガード動物を飼おうかなと考えた。
自分はちょっと無理かもしれないが、両親のどちらかがテイマーになってもいい。
「どのくらいの頻度で出てくるんデスか?」
「日に30体くらいだって。G級が8割、F級が2割、E級が今のところ1体だけって感じらしいわ」
「E級も出てくるんだ。っていうか、30体って割と多いね」
「さすが命子ちゃん。これが多いって思える人はよくわかってるわ」
命子の発言に馬場が褒めた。褒められるのが好きな命子は、隣に座る紫蓮に『ほらなぁ』みたいな顔でドヤッた。
「我も多いって思ってた」
「いや、その顔は少ないって思ってた顔だね」
「ウソ。我はいつだってポーカーフェイス」
「生しらす食べられないくせにちゃんちゃらおかしいね!」
「違う。あれは日本神話に出てくる生しらすのどんぶりのせい。失われし四つ目の神器」
「それ見たことか! さっきはギリシャ神話でラグナロクを起こすきっかけって言ってたよ!?」
紫蓮は口を慌てて塞いだ。
しかし、そこでおやと思う。
「ラグナロクは北欧神話」
「っ!」
痛恨のミスを犯した命子が今度は口を手で押さえる番だった。
話があっちこっちに飛ぶ女子筆頭・羊谷命子の日常である。
話を戻すが、魔物が日に30体は多い。
なぜなら、殺人鬼が日に30体出てくるのと変わらないのだから。
なので、自衛隊はかなりの人員が風見町の警護から動けなかった。家の壁をぶっ壊して侵入することも起こりうるので、日中なら人も逃げることはできるが、夜間だとそれが難しく非常に厄介なのだ。
しかし、これが風見町の……ゆくゆくは世界のデフォルトになるのだから力をつけるしかない。もしくは力を全くつけずに、G級の魔物だけに狙われるようにセーブするしかない。G級の魔物ならレベル0の人だってダンジョン産の武具を装備すれば余裕で倒せるためだ。
そんな話をしていると、タカギ柱がある風見町の田舎方面に続く交差点に差し掛かった。
そちらには用がないので直進するが、命子はこの前のことを思い出して馬場に言った。
「馬場さん。精霊さんに私の角を持たせて、タカギ柱からキスミアへ物資とか送れないのかな?」
その物資を送るのはまあ日本なわけで、今の状態だとキスミアに物資を送る余裕はないのだが、命子はそこら辺のことは考えていない。単なる思い付きが口をついただけである。
「命子ちゃんがいいっていうなら上に言ってみるけど、角や精霊が消失する危険もあるわ」
命子の角は、本人から離れると自動的に頭に生えてくる。教授との実験によると、10メートルほど離れるか、10メートル以内でも壁に遮られたりすれば、これは起こる。
しかし例外があり、精霊が抱えている時だけはどんなに離れていてもこれが起こらなかった。
キスミアには精霊がたくさんいるため、角がパクられる心配があった。
別に盗んでいるつもりはないだろうが、みんなに群がられてずっと帰ってこない可能性はある。
さらに言えば、転移は謎だらけなので、他の要因で角が消えるかもしれないし、精霊自体が消失する危険もある。次もキスミアに出現するかもわからない。
いろいろと問題が多かった。
「メルシシルー、メーコ。だけど、キスミアはそんなやわじゃないデス。ワタシたちが頑張ったから、キスミアは冒険者だらけデスし、大丈夫デスよ」
「そっか……うん、そうだね。私たちができて他の町の人ができないってことはないもんね」
風見町ばかりが特別ということはないのだ。
というか、キスミアこそ有利だった。キスミアは首都がイベントエリアになっているのだが、ここには行政区もあり、まとめ役のアイルプ家や首相もいる。軍人数はあまり多くないが、冒険者が非常にたくさんいる。当然、装備の備蓄もたくさんある。
他のイベントエリアだって、何かしらの誇れるところはあるだろう。
命子は確かに世界を牽引したが、だからと言って命子が何かをしてあげなければイベントが失敗するなんてことはないのだ。
命子は地元に帰ってきて下手に時間ができたから何かしなくちゃという気持ちになったが、どっしり構えておけばいいのだ。それはそう、生しらす丼を食べていた時くらいに。
それに、自分たちのイベントが終わっているからといって、ふらつくのも如何なものか。
少なくとも二回目のイベントは見ておかなくてはと命子は思った。
読んでくださりありがとうございます。
たくさんのお祝いのコメントありがとうございました!