7-11 階層フリーパス
本日もよろしくお願いします。
新たな修行を開始した命子たちは、魔力の流れを意識しながら道中を進む。
魔物が出てきたら順番に戦い、命子が記入した魔力の流れのイラストを見て、想像力を膨らませる。
実を言えば、魔力のイメージは世界中でも割と多くの人がやっていることだった。創作物語にそういう描写があるし、そもそも瞑想とか気功とかの概念が昔からあるので、この発想は容易に思いつくのだ。
けれど、そのイメージが合致するというのは稀なことだ。すぐに効果が現れるわけではないし、魔力が体内を通過する際に違和感を覚えるわけでもないので、違うイメージに変えてみることだってままある。
しかし、ここには正解なイメージ図があり、ささらたちは迷うことなくイメージを強くしていく。
中でも、命子は自分で見れるため、『小龍姫』のジョブスキルがどんなふうに自分を強化しているのか理解しながら修行することができた。
しかしまあ、一朝一夕でスキル化や覚醒すれば苦労はない。
誰もジョブスキルがスキル化することなく、また『見習い魔導書士』をマスターしている馬場の目が覚醒することもなく、本日予定していたキャンプ地へ到着する。
本日は7層でキャンプだ。
有事の際にいつでも逃げられるように推奨されているゲートのそばでの宿泊である。
このダンジョンは偶数の階層が水エリアであり、そこは強襲を仕掛けてくる魔物が出てくるため、奇数層がキャンプポイントに推奨されていた。
風見町で濃厚な一日を過ごしたため、命子たちにとっても今回のキャンプは久しぶりに感じた。
全員がてきぱきと動く中で、本日は命子と馬場がお料理当番だ。
すでに全員が【アイテムボックス】を使えるため、食料は多く持ち運べる。
さらに世の中ではダンジョン飯ブームも起きており、前にも増して保存食や非常食、カット野菜セットなどが充実するようになった。
ダンジョンごとにとれる食材が変化するため、各ダンジョンの攻略サイトには料理の紹介なども行われるようになっていた。そのダンジョンの近辺の特産品缶詰などを使った料理の紹介もされていて、地域の活性化にも繋がっている。
しかし、この鎌倉ダンジョンはまだ冒険者が入り始めたばかりだ。
最速の冒険者は、現在、命子たちと一緒にダンジョンに入っているいくつかのパーティーである。
だからダンジョン飯の活性化はまだ起こっておらず、これから到来する感じである。付近の商店も手ぐすねを引いて待っていた。
そんな中で頑張ったのが馬場である。
命子たちに褒められたい、ちやほやされたいという想いから、リュックの中に保冷剤とともにしらすやけんちん汁のセットを入れてきた。
「わぁ、馬場さん早い!」
「まあね、ねっ!」
テキパキと調理する馬場の姿を見て、命子が尊敬のまなざしを送る。
馬場は良い気持ちだった。
このダンジョンでは、突撃魚の切り身が取れるのだが、これは生食が可能だった。
それと釜揚げしらすがメインのおかずで、スープとしてけんちん汁、主食はレトルトのご飯だ。お刺身定食なわけである。
「おーっ!」
あっという間に料理が完成して命子はすげぇと思った。
そんな命子はしらすをジッと見つめて、ふと疑問に思った。
「しらすってなんの魚だろう……」
「しらすはきっとしらすって小さな魚なのよ。たぶん出世魚ね」
「へぇ、馬場さん物知り!」
気分が良い馬場は適当に言って、さらに尊敬を集めた。もはやボーナスタイム。
近くでテントを張っていたささらはそんな会話を耳にするが、空気が読めるのでしらすの正体を黙っておくことにした。
「「「「いただきまーす!」」」」
「めしあがれー!」
ウマウマする命子とルルと紫蓮を見て、馬場はニッコニコだ。
同じくニコニコするささらは、ふとしらすの入っていた袋が目に入った。
そこにはしらすについてのウンチクが書かれていた。『いろいろな魚の稚魚なんです』とある。ささらはそっと袋を折りたたみ、ごみ袋に入れておいた。
「命子ちゃん、つかぬことを聞くけど、残りのパーティメンバーはどうするの?」
馬場の質問に、命子はもぐもぐごっくんして答える。
「それが問題なんですよね。自分で言うのもなんですけど、私たちってトップランカーじゃないですか。そうそう肩を並べて戦える人っていないんじゃないかなって思うんです。もちろんそのうち、抜かされちゃうでしょうけど、そういう人ってたぶんもう固定パーティを組んでいると思うんですよ」
だから狙うとしたら一人か二人の冒険者になるわけだが、これを探すのは難しい。募集すれば一瞬で人は集まるだろうが、オーディションで友達を作るように思えて違う気がした。
「部長ちゃんは? 魔法使いとしては良い実力してるでしょ」
魔法が強い命子にはさすがに勝てないが、他のメンバーは近接メインのビルドをしてきたので、魔法の腕だけで言えば、最初からずっと『見習い水魔法使い』をやっていた部長のほうが上だった。というか、部長もまた今回のイベントで複数のジョブスキルをスキル化することに成功していた。
実を言うと、現時点で言えば部長もトップランカーの一角なのだ。
「メリスさんはどうですの? 彼女は今、F級ダンジョンの20層付近で活躍してますわよね?」
「マジで?」
キスミアに行って以来、ささらとメリスはルインで頻繁にお話ししていた。
「キスミアは冒険が盛んだからね。人口が少なかったからもうレベル教育も一巡終わっちゃったし、冒険者やレベル教育のインストラクターが日本より活躍し始めたのよ」
部長はトップランカーだといったが、あれは日本だけのことだ。実は一番ヤバい国はキスミアであり、強い冒険者がかなりいた。
ただ、キスミアにはE級ダンジョンが存在しないため、他国に行くか、難易度変化級ダンジョンである『魔鼠雪原』に行くしかなくなる。
さらに、キスミアの冬はえげつないため、武術的な修行が少々滞る可能性があった。おそらく、この国は武術と生産や芸術などをシーズンごとに入れ替えて修行する国になるのではないかと言われている。
もしくは、ダンジョン内での宿泊制限を延ばして、そこで修行を行うか。まあ、修行というのは生活の合間にするものであり、社会を動かす大人がダンジョンに長期間籠られても困るので難しいところであった。
「レベル教育が一巡したのは羨ましいね。いろいろと変わりそう」
「メリスもニッポンに来たいって言ってるデスけど、キスミアのイベントが終わらなければ動けないって言ってたデス」
「それな。イベントが終わらなきゃ地元から動けないって人は多いよね、きっと」
そんなお話を黙って聞いていた紫蓮は、この4人のままでもいいのにな……などと思っていた。メリスや部長なら可。もしくは馬場や滝沢。
まったく知らない子が来ると人間関係が複雑になって変なことになっちゃうかもしれない。それが紫蓮には怖かったし嫌だった。
「ペット枠を作る……」
なので、紫蓮はこう提案してみた。自分の弱気が混じった発言のため、ちょっと後ろめたさがあった。
「ペット枠ならもうあるよ。ほら、ここにいるじゃない」
「も、もう命子ちゃんたらぁ、へへへ。んふふふ」
命子は馬場を見つめた。
馬場は気安い冗談を言われる仲になったことに喜び、綺麗な瞳をしたロリからペットと言われたことにゾクゾクした。エロ本を買える世代の脳裏にいろいろな映像が駆け巡っていく。きっと首輪をつけられちゃうに違いない。ご飯が美味い!
それに対抗意識を燃やすのはルルだ。
「ワタシがペット枠デス! ねーっ、シャーラ、この前猫ごっこしたデスよねーっ?」
「シーッ! ルルさん、なに言ってるんですの!?」
「ニャン!? ガチ殴りデス!?」
顔を真っ赤にしてルルの頭をぶっ叩くささら。
その様子に、命子たちはそっと食事を再開し、エロ本が買える年齢の馬場は以下略。
キスミア少女はおままごとに猫役を作る。きっとその経験がルルに名演技をさせ、ささらを楽しませたに違いない。
命子の冗談から連鎖して、紫蓮のペット枠戦術はうやむやになった。しゅん。
「むっ、羊谷命子羊谷命子。我【火魔法】がスキル化した」
8層目で戦っていると、紫蓮が唐突にそう言った。
「マジでか。おめでとう!」
「うん。このまま他のジョブスキルもスキル化する」
魔法放出系のスキルは、魔法の威力を上げるスキルがなければかなり弱体化するので、このまま紫蓮は『見習い火魔法使い』を継続だ。
「やっぱり紫蓮ちゃんが一番早かったね」
「問題はこれが命子式修行法の成果なのか謎な点ね」
紫蓮は『見習い火魔法使い』を結構頻繁に使っていたうえに、ネチュマス戦でもたくさんの魔物を倒して経験を積んだので、いつスキル化してもおかしくなかった。なので、馬場の言うように命子式修行法の成果なのかわからなかった。
これがわかるのは、魔法にほぼ縁がないささらの【風魔法】がスキル化された時だろう。
他のメンバーだと別の要因が絡み合って、命子式修行法の立証にはあまり向かなかった。
少しずつ種類が増えていく魔物を倒しながら探索は続き、10層の手前に来る。
時刻は12時15分だ。
「昼の12時から12時30分って自衛隊の入れ替えの時間ですよね」
「そうね。ちょっと休憩しましょう」
イベントが終わって以降、G・F・E級の各ダンジョンの10層目には自衛隊が駐屯することになった。
命子は入れ替えの時間と言ったが、厳密にはまだそれは行われていない。これが行われるのは1週間ほど経ってからだ。しかし、この時間はすでに自衛隊の枠になっており、問題が起こっていないか定時連絡が行われる時間になっている。
この時間帯に命子たちが10層に行ってしまうと自衛隊がいる10層のDサーバーに入ってしまい、反対に定時連絡へ行った自衛官が戻ってみれば誰もいないDサーバーに行くことになり、都合が悪いのだ。
「時間調整がなかなか難しいね」
「というよりも命子ちゃんたちが例外ね。他の人は5層に宿泊するからもう少し遅い時間にここに来る想定なのよ」
「あー、なるほどそういう感じか」
地図が完成しているダンジョンなので、この場所に冒険者が到達する時間を計算するのは割と容易なことなのだ。
しばらくして10層に入ると、やはり水のエリアだ。
珍しく突入した瞬間に魔物に捕捉され、命子は戦闘に入る。これは普通のダンジョンだと珍しいことだが、水から敵が出てくる鎌倉ダンジョンではそこそこの頻度で起こることだった。
「ほっ、せいや! 火弾!」
突撃魚をぶっ殺し、水の中から出てきたヤドカリの魔物に対応する。
このヤドカリは背負っている貝によって守備力が変わり、中には紫蓮の強打すら防ぐ個体もいる。しかし、炎系の攻撃で絶対にダメージを負うという弱点があるため、火弾で攻めるのが推奨されている。
他のメンバーも転移したそばからすぐさま武器に手をかけるが、命子がヤドカリを火弾で焼き、丁度倒したところだった。
「水エリアはなかなか面白いね」
サーベルを納めながら、良い感じの奇襲だったと命子はニコニコだ。
「だから海はダメ」
「サメか」
「うん」
「外国でもビーチにダンジョンができたところが結構あるけど、その一つにサメのボスが出てくる所があるらしいわね」
「絶対行かなかろうね」
馬場の情報に、紫蓮が命子にお願いした。
別に海の中で戦うわけではないのだし、普通の魔物とあまり変わらないんじゃないかなと命子は思った。むしろ三頭龍のほうが見た目は怖い気もする。
「そういえば馬場さん、海にできたダンジョンってのはどうなってるの?」
「すんごい数が出現したわ。まあ海の広さから考えれば少ないって指摘も多いけど。これに対しては、今のところはどうにもなっていないわね。調査船で調べようにもダンジョン内の様子がどうなっているかわからないし、魔物が出てきたら一瞬で終わりだし。イルカとかシャチを何十頭もテイムして、カメラで撮影するのが現実的じゃないかしらね」
「なるほど。まあ魔物の一撃だと調査船は穴が空いちゃうでしょうしね」
「だから海はあかん」
「大丈夫、水中で息ができるアイテムが見つかるまでは行かないから」
「それ行く気」
実際、一番最初に海のダンジョンに入りたいとは命子も思わなかった。
進化をいっぱい重ねていようが、呼吸ができなければダンジョンでなくても普通に死ねる。陸上生物にとって海、水中はそういうところなのだから。
もちろん、何かしらの確証があれば一番に突っ込むのもやぶさかではない。
1時間ほど探索して、妖精店にたどり着いた。
今回の妖精店は、なんと水の壁にめり込んでいる。
「わぁーすっげぇ!」
そう喜ぶ命子は、このダンジョンの妖精店について意図的に調べてこなかった。
自衛隊が先行しているためここら辺の情報は調べればすぐに分かるのだが、地図も完成されちゃっているうえに、こういう楽しみまでネタバレしてしまっては面白くないと考えたのだ。
この作戦は見事に成功し、命子は非常に楽しめた。
さっそくみんなで入り口に入る。
中は普通に人が活動できるようになっているが、壁から水がちょろちょろと流れていたり、水路ができていたりする。壁自体は、平安貴族でも住んでそうな例の朱色や金色があしらわれた日本風の物。それが流れる水とマッチして、なかなかに洒落乙である。
さて、そんな命子たちを出迎えたのは、イルカだった。
「いらっしゃいキュイ!」
「キュイとな?」
「文句あんのかキュイ、叩き出すぞキュイ!」
「口悪いんだよなぁ、どこの店長も」
イルカと命子のやりとりに、紫蓮がガクブルした。
「さ、サメ……」
「違いますわよ、紫蓮さん。イルカさんですわ」
「似たようなもの」
仮に太平洋で遭難し、ボートの周りをイルカが無邪気にぐるぐる回ったとしても、紫蓮は泣く自信があった。海中に落ちている状態だったら、もうパニック必至だ。
ちなみに、今回の店長は誰も食指が動かなかった。
「むっ、お前はマナ進化しているキュイな?」
「うん。ついこないだね。なにかサービスしてくれるの?」
「キュイ。マナ進化している奴は、お前らの言うところの、えーと……G級とF級のダンジョンで好きな階層から始められるようになるキュイ」
「マジでか!?」
「浅層じゃ訓練にもならないからキュイな。ただし、当然マナ進化していないパーティメンバーを一緒に連れていくことはできないキュイ。ほら、というわけで妖精カードを出すキュイ」
「え? うん」
命子は手から妖精カードを出現させた。
そのカードに、イルカはポンとスタンプを押して命子に返した。
「進化を重ねてこのスタンプが二つになると、今度はE級とD級がフリーになるキュイ。だけど、これは難易度変化級には使えないから気を付けるキュイ」
「オッケー。それじゃあ他の子がマナ進化したら、またどこかの妖精店に行けばいいんだね?」
「キュイ。ちなみにメンバー全員がマナ進化したパーティーなら、各ダンジョンで裏ボスと戦えるキュイ。G級ダンジョンでも、D級のボス並みに強いから気を付けるキュイ」
「わぁ、そんなこともあんの?」
「キュイ」
こくりと頷くイルカに、風見ダンジョンでもまだまだ楽しめそうだと思って、命子は目をキラキラさせるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
うーむ、亀の歩みだぜ。
ブクマ、感想、評価、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




