2-5 次なる冒険も唐突に
【注意】本日2話目です、ご注意ください。
本日は、これで終わりです。
林道を歩きながら、3人は山を登っていく。
朝の引き締まった空気と樹木の香りを全身で感じ、たまにはこういうのも良いな、と命子は思った。
少し傷んだコンクリートの道の際には春の花が零れ日の中で揺れている。休日にそんな光景を目にする自分がちょっとお姉さんになった気分だった。
ルルは健脚で、長い脚を動かしてすいすいと登っていく。
命子もレベルアップや修行の成果で、短い足をくるくる回して同じペースで登っていく。解せん。
この中で、ささらが一番体力がなかったが、そこまでハードな道ではないのでまだまだ余裕だ。
「ルルちゃんは日本語が上手だけど、日本に来て長いの?」
「フニィー、1年に1回くらいニッポンに来てマシた。あとはほとんどキスミアで暮らしてマシたね。ニッポン語はパパに教えてもらったり、ニッポンのアニメを見て覚えマシた」
「へぇー、やっぱりキスミアでもアニメはやってるんだ」
「ニャーウ! ニャルトの最終回は町から子供と一部の大人が消えマシた!」
「ふぇええ、マジかよ」
ニャルトは日本が誇る忍者漫画だ。
実に恐ろしきはNINJA人気である。
「それじゃあ、これから日本には長く居られるの?」
「ニャウ! パパのお仕事でこれからニッポンで暮らしマス」
「そうなんだね。じゃあいっぱい仲良くしてね?」
「ニャウ! 喜んぶ!」
命子は不完全な日本語を話す新しい友達に、早速萌えた。
ニパァッと笑うと、ルルもニパァッと笑い返した。
ルルもまた、キスミアでは見なかった日本産のロリッ娘に萌えていた。
お前が相手に萌えた時、相手もまたお前に萌えていると知れ。それはまるで深淵のよう。
「ところでニャウって、うんって意味?」
「ニャウ。キスミアの言葉で、『はい』や『うん』デース。パパが、うん、がダメダメで、ニャウが良いって教えてくれマシた」
「うん、パパの言う通り、そっちのほうが良いね」
ルルのパパは、萌えを知る者らしかった。
「ニャウ!」
そう返事をするルルに、命子もニャウと言って猫のポーズをした。
ルルももう一丁ニャーウと猫のポーズをお返しする。
そんな2人が、くるんとささらを同時に見る。
そんなノリにささらはたじろぎつつ、えいやとばかりに。
「にゃ、ニャウですわ!」
ニャンとポージング。
ロリッ娘とですわお嬢様と金髪碧眼美少女のにゃんの共演である。
林道に奇跡の光景が舞い降りていたが、残念ながらそれを目撃していたのは山のお友達だけであった。
心なしか木々のざわめきが強い。
そんなマイナスイオンを垂れ流す3人は、林道をてくてくと歩いていく。
しばらくすると、登山道に入る道が現れた。
すぐ隣に設置されていた山地図を見て、命子はこの道がどこに出るのか理解する。
「ここに入ると山の上に出て、こうやって行って、あっちのほうの山から下に降りられるみたい」
命子とて地元っ子なので大体の地理は分かっているし、この山の登山道が大体どんな感じなのかも知っている。初心者にも優しいコースという話だ。なお聞いただけで登ったことはない。女子たちは、山を舐めていた。
「ルー。それじゃあ行きまショウ!」
「うん、行ってみよう! その前に、ルルちゃん、ささら、驚かないでね?」
命子はリュックサックを下ろした。
最近はランニングする時もリュックを背負っているのだ。
その中には、500ミリのペットボトルと袋入りの飴、カロリーフレンド、ソーイングセット、手帳が常備されている。
ささらも真似て、リュックを背負っている。
中にはペットボトルやタオルが入っている。命子のような危機への備えはしていない。
ささらはともかくとして、命子はあの日以来、これらの物はできる限り持ち歩くことにしていた。
極論、コイツラがあれば命子は30日は生き残れる自信があった。もちろん【合成強化】をフル活用してのことだ。
さらに、魔導書を1冊だけ持ち歩くことにしている。
ダンジョンから魔物が出てくる可能性があるので、どこに行くにも1冊だけは持ち歩いているのだ。
命子はその魔導書を取り出した。
「マー! それはキンショデスね!?」
キンショ? 禁書!
どうやらアニメの影響で変な言葉を知っているらしい。
「ふっふっふ、ダンジョンで手に入れたんだ」
「ダンジョン! メーコはダンジョンから初めて戻ってきた子デスからね」
「知ってたの?」
「もちろんデース! キスミアのお友達から画像が送られてきマシた。お友達には『メーコならワタシの隣で寝てるよ』って自慢しておきマシた!」
何かが違う気がするが、実際に命子はついこの間、修行疲れで少しだけ学校で寝てしまった。
『の席』という言葉が抜けているが、概ね事実ではあった。やっぱり何かが違う気がするけれど。
命子はここで初めて自分がワールドワイドな女になっている事実を知ったのだった。日本では有名だと知っていたけれど、まさか海を越えるとは。
テンションが上がった命子は2人に言った。
「それでね、これをこうするの!」
命子は魔導書を装備した。
すると、命子の周りで魔導書がふわりと浮き始める。
「ニャモーテス! マホーショージョデース!」
恐らく感嘆の言葉を口にしたルルは、興奮気味に手をブンブンする。
170センチほどある金髪美人さんだが、所詮は15歳。まだまだ普通の少女であった。
一方、ささらも友人の初めて見せてくれたダンジョングッズに目をキラキラさせて、「すすす凄いですわ」などと興奮している。
ドヤりながらドウドウと2人を落ち着かせる命子。
もっと褒めても良いんだよ、という感情が透けて見える。
「ダンジョンができて世界は変わっちゃったからね。もしかしたら普通の山にもどこからか流れてきた魔物がいるかもしれない。だから、念のために装備しておきます。まあ、ダンジョンから魔物が出たっていう話はまだ聞かないし、ピンポイントでこの山に出てくるなんてことないだろうけどね」
「備えあれば憂いなしですわ」
ささらは興奮を引っ込めて、真剣な表情で頷いた。
「それじゃあ行こうか」
「ニャウ!」
「はいですわ!」
こうして、命子とささらとルルは、登山道に入っていった。
ここ風見山は、初心者向きのとても登りやすい山である。
平時ならば春の訪れを楽しむ登山客で賑わう山だったが、時世が悪いため人っ子一人いない。
むしろこんな時期に山に入る命子たちは中々にクレイジーであった。特にルルは一人で入ろうとしていたので、能天気すぎるかもしれない。
林道ではチラホラと咲いていた花の姿が、登山道に入るとそこかしこで見られるようになった。
そんなほのぼのとした道もあれば、プチ難所もある。2メートルほどの石を積み上げたような崖を3人は声を掛け合って登り、登り切ったところで手を繋いで笑い合う。
木々が途切れた場所では、春の優しい風の中で眼下の町並みを一望できる。まだ桜の季節なので、町に大きな花が咲いた様な桜の景色が楽しめた。
そんな小さな冒険が、学校でルイン交換をしたくらいでは得られない心の繋がりのようなものを、3人の間に芽生えさせていく。
いつしか命子もルルを呼び捨てで呼ぶようになった。ささらは相変わらず二人を『さん』付けだが、これは癖みたいなものだろう。
ルルはささらの名前が呼びにくいようで、『シャーラ』で定着してしまった。「やれやれですわ」などというささらだが、少し嬉しそうに唇をムニムニした。
「メーコは修行が趣味なんデスか?」
少し開けた場所で並んで座りながら休憩をしていると、ルルがそう問うてきた。
「うん。強くなりたいの」
「強く……なんでデスか? やっぱりダンジョンデスか?」
「うん。ダンジョンに入ってね、私、面白かったんだ。今の世界はスマホがあればなんでも調べられちゃうでしょ?」
「ニャウ」
「だけどダンジョンはまだどこにも情報がないの。まるで真っ白な紙に絵を描くみたいに、私が自分で色々考えて、発見して。そういうのがね、怖かったけれど楽しかったんだよ。だからね、強くなってダンジョンで冒険したいの」
そう語る命子を、ルルとささらは憧れのヒーローを見るようなキラキラした目で見つめた。
2人の眼差しが恥ずかしくて、命子はウニャーとルルの太ももに突撃した。
ルルはそれに応戦して2人でキャッキャしていると、仲間外れは嫌なのかささらも参戦した。3人でキャッキャキャッキャ。
再び歩き出し、しばらくすると山の中継地点に出た。
登山道の中にあるにしては結構広い場所で、町の景色を眺めながら休憩できるようにベンチなどもあった。
その山側の斜面には、お社に続くという少し急な階段が伸びていた。
その階段の先を見上げてみれば、ひょっこり桜の木が頭を覗かせている。
山桜という奴だろうか。
3人は顔を見合わせて、頷き合う。
先に登るルルのお尻を見て、命子ははわぁーってなった。
これが北欧系。引き締まっておる。
ただ貧相なだけの自分の小尻とは何かが違う。
その正体が何かしら、と考えた時、足の長さがお尻の美しさを引き立てているのだと気づく。
謎は全て解けた。がっくりである。
こうなると、ささらの階段登り時のお尻も気になる命子。
コヤツも自分と同じ日本人だ。何か弱点があるに違いない。
ふぅ、と命子は疲れたふりをしてささらに先へ行くように促し、自然な形で階下から眺めてみる。
太ももを上げるたびにジャージが引っ張られて、綺麗なお尻の形がこんにちは。
そこに弱点など皆無。
命子はしゅんとした。2人とも、同じ歳なのに良い身体過ぎる。
牛乳にも【合成強化】を使ってみようと名案を思い付いたところで、階段を登り切った。
「シペールル!」
「素晴らしいですわ!」
感嘆語のようなものをまた口にするルル。
それを図らずしも翻訳する形となって、ささらの口から紡がれる。
先に驚く2人に遅れて、命子もその光景に対面した。
そこにあったのは、命子の胸の高さほどまでしかない小さなお社。
桜の木が周りを囲んでおり、散り始めた花びらが地面を覆い、まるでピンクの絨毯のようになっている。
登山者の無事を祈願するために祀られているのか、山の中にあってなお、お社は綺麗にされていた。
恐らく、ダンジョンが出現する以前に、春の訪れとともに掃除がされたのだろう。
「山の神様を祀っているんだよ」
命子は知ったかした。
実際にはどういう由来かは知らない。
「そうなんですのね」
同じ日本人のささらは、命子の博識に感心した。騙されている。このロリは適当言ってるんだ。
「神様のお家デスね?」
「うん、こうやってね。手を合わせて、無事に帰れるように見守っていてください、ってお願いするんだよ」
「ルー。無事に帰れるように見守っててクーダサーイ!」
「無事に帰れますように、ですわ」
命子の真似をして、ルルとささらも並んで南無南無する。
命子の知ったかから始まったお祈りだが、決して悪いことではない。むしろ、とてもいいことであろう。
それから3人は顔を寄せ合って、スマホで桜の海にいる自分たちの姿を撮影する。ウィンシタ映えである。実に女子高生らしい。
ルルが早速キスミアのお友達にえいっとルインで画像を送るので、命子も友達に送ろうかと思ったがやめておいた。
今の命子は1回メールなどを送ろうものなら、10倍になって返答が送られてくる人気者。おいそれと画像を送ることはできなかった。返答のチェインが面倒臭いのだ。山を楽しむどころじゃなくなってしまう。
ささらも夢中で写真を撮っている。あとで誰かに送るのかもしれない。
スマホで撮影した物を送るタイミングは個性が出る。
即決で送る人もいれば、同じ撮影スポットでたくさん撮ってから厳選して送る人もいる。
ルルは前者で、ささらは後者なのかもしれない。命子は、まだスマホをよく分かっていない。
3人はウィンシタ映えスポットを探して、お社の後ろに行ってみた。そちらのほうが桜に囲まれている感が増すのだ。
ハラハラと舞い散る桜雪を髪につけ、3人の美少女が楽し気に笑い合って撮影し合う。
そして、その時は訪れた。
再び3人で自撮りしようと肩を並べ、立ち位置を調整したその瞬間。
唐突に、3人を中心に光の柱が立ち上がった。
周りの花びらがぶわりと渦巻き、そこに潜んでいた物が姿を顕にする。
ギョッとした命子は、すぐさまささらとルルの腰を抱きしめた。
キョトンとする2人はこの現象が何であるか今一分かっていない様子。
そう、桜の花びらの絨毯に紛れていたダンジョンへの入り口に、3人は足を踏み入れてしまったのだった。
光の柱が納まると、舞い上がった桜の花びらがまたハラハラと舞い落ちる。
後には、春の優しい陽だまりの中に佇む桜のお社の姿だけが残っていた。
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★キスミア語講座
・フニィ 『えっと』のような、言葉を考える時に使う女の子言葉。
・マー 『ほっほう!』『あーっ! それは!』のように、注目しているのをアピールする女の子言葉。アクセント全開で言う。
・ニャモーテス 『すっげぇ!』『超やばい!』みたいな女の子言葉。
・シペールル 非常に心を打たれた時に用いる感動語。男性も使う。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、ありがとうございます。
感想もとても励みになります。返信は仕事の都合上、17時以降になりますので、ご容赦ください。
また、指摘を受けて書き足したりしていますが、本筋には影響はありません。
書き足した場所については、活動報告に挙げておきます。
これについては、ちょっとまとめるのに、時間をください。