7-10 水のトンネルと命子式修行術の始まり
本日もよろしくお願いします。
鉈を持ったお姉さんたちと別れ、命子たちは鎌倉ダンジョンの2層に足を踏み入れた。
「おー。ホントに海ダンジョンじゃん」
鎌倉ダンジョンの2層目は、壁と天井が水になっている。トンネル型の水族館みたいな造りだ。
しかし、水と自分たちを隔てるガラスは存在せず、ぶよんとした膜で仕切られており、水の中には入れない。足元は砂浜で、軽く移動を阻害してくる。
この階層もやはり迷路型で、こんな造りをしているため隣の通路が薄らと見えたりする。
そして、最大の特徴が壁と天井の水の中から魔物が出てくることがあるという点だ。強襲を仕掛けてくる場合もあるし、ただ落ちてくる場合もある。通路の幅は3メートルしかないので一見ムリゲーにも思えるが、水が透き通っているため魔物が来たら目視できるので、あまり強襲は成功しない。
ちなみに、鎌倉ダンジョンは偶数階がこのタイプの迷路になっている。
「我、ここちょっと苦手かも」
「紫蓮ちゃんはサメが苦手なんだっけ?」
「うん。人を食う奴は特に」
「だからそれって得意なヤツいねえんだよな」
紫蓮はどの虫が嫌いかという話題で、サメをぶち込んでくるくらいサメが苦手だ。まあ命子の言うように、得意な人が稀だと思うが。ちなみに、このダンジョンにはサメみたいな魔物は出てこない。
「ニンッ!」
ルルがニンッとした。
一瞬にして抜かれた小鎌が、水から飛び出して強襲を仕掛けてきた魚型の魔物の頬にぶっ刺さる。
ぐるんと回転したルルの動きに合わせて、そのまま魚は浜辺に叩きつけられ、それと同時に光に還っていく。
「これが突撃魚ですのね」
同じく鞘口から少しだけサーベルの刃を抜いていたささらが、刀身を戻しながら言う。
やはり同じように全員がそれぞれの武器から手を放す。場所の関係で攻撃をしたのはルルだったが、それが無かったとしても全員が斬り伏せられるだけの反応をしていた。
突撃魚は頭に角が生えたブリくらいの大きさの魚で、水面から飛んで襲い掛かってくる厄介な魔物だった。
「あっ、レアドロップ」
紫蓮が眠たげな目をキラキラさせて、突撃魚のドロップを見つめた。
倒したルルが回収して、紫蓮に見せてあげる。
それは突撃魚の頭についていた槍みたいな角だった。
「これは槍系の初級装備の素材になる。他にもボスレシピの素材にもなる。幸先が良い」
「良かったな紫蓮ちゃん!」
「うん。……あ、いや、これは我の持ち物じゃない。売るか取っておくかあとでみんなで決める」
貰えるのが確定しているノリで思わず答えてしまった紫蓮だが、ドロップはみんなのものだ。普通の女子高生ならこれを売ればかなり良いお小遣いになる。
命子たちはお金持ちなので売る必要はないのだが、それは紫蓮がドロップを全部貰っていいということには繋がらない。ここら辺はしっかりしなければならないと、紫蓮は考えていた。
命子たちもその理屈や遠慮の気持ちは理解できるので、いいよいいよとは言わない。あとで分配する際に、紫蓮に良い感じの割り当てをしてあげればいい。
「さてと、それじゃあ現在位……うそでしょっ!?」
地図を広げて現在位置確認のために視線を巡らせた命子だったが、慌てて水の壁に駆け寄ってぶよんと手をついた。
どうしたどうしたと命子の視線を追ってみると、向こう側の通路が薄らと見えていた。そして、そこにはやはり薄らと宝箱があるのが見えた。
「早く開けてあげないと!」
命子は仲間たちに訴えかける。風見町のイベントでは進化できたが、宝箱はなかったのだ!
ささらたちの耳には、なぜか「早く助けてあげないと!」みたいな正義感溢れたセリフに聞こえた。
「え、えーっと、そうしますと……」
ささらは自分用の地図を広げて、前後の通路の形から現在地の候補を探し始める。
命子も慌てて自分用の地図を広げると、【龍眼】を使って凄まじい集中力を発揮する。迫りくる何十個ものボールの軌道を一瞬で見切る命子の目が、地図上の現在地候補を凄まじい速さで挙げていく。
「くっ、多すぎる……っ!」
なんの変哲もない道からスタートしたため、候補は100カ所はあった。
命子たちは移動を開始し、曲がり角の個数や方向を参照して候補地をどんどん減らしていく。
そして、ついに現在地が判明した。
「邪魔だぁ!」
鬼気迫った咆哮を上げた命子は、突っ込んできた突撃魚をサーベルでぶっ刺し、ギュオンと身体を捻って刺さった状態のまま切り裂いた。
紫蓮は、アニメで同じシーンを見たことあるなとデジャビュした。大抵、人の命がかかっているクライマックスシーンだけど。
当の命子は、んーっと唸りながらその場で足踏みし、突撃魚がドロップになるのを待つ。
「メーコ、落ち着くデス! 宝箱さんは逃げないデスよ」
「そんなのわからないじゃない! 誕生から100時間経った宝箱は消えちゃうかもしれないよ!? 今が99時間99分かもしれないんだよ!?」
「その理屈でその時間だと消えてるが」
「し、紫蓮ちゃんはだまらっしゃい!」
命子がぴしゃりと言うと、紫蓮は口を真一文字にして、んっとした。
「命子さん。ダンジョンは危険なところですわ。F級でも強い攻撃を受ければ大怪我を負うことだってあるはずです。舐めてはいけませんわ」
「ひぅううう……っ!」
ついにはささらにまで窘められた命子は、もうどうしたらいいのかわからず指遊びを始めた。
「さあ、命子さん。いつも通り警戒しながらいきましょう」
「う、うん」
命子の代わりに突撃魚のドロップである切り身を拾ってくれたささらが、そう言って命子の背中を叩いて歩を促す。
命子も、立ち止まって考えている暇があるなら前に進もうと思った。
宝箱さんは、スタート地点から水中を隔てた隣の通路にあるわけだが、見えているからといって、そこに行くのが簡単とは限らない。今回はまさにそれで、少し回り込む必要があった。
水中から飛んでくる突撃魚を、それぞれが魔法や武器で仕留めていく。本来なら魔法だけで片付けたいのだが、魔物とエリアの特性上、武器を使用することもままあった。
そんなこんなで宝箱さんがある通路に辿り着いた命子は、仲間たちの冷静な歩調に合わせて歩くものの、気持ちが逸ってまた指遊びを始めた。
しかし、どんなに体感時間が長く感じようと、いずれはゴールが訪れる。
「命子ちゃん、GO!」
「わ、わんわん! ひゅーんひゅーん!」
おあずけ状態だった命子は、馬場の一声にダッと駆け出した。
5メートル近い距離を瞬時に詰め、砂浜の上にズザーッと座る。
その姿を眺めていた一同は、命子のお尻に犬のしっぽを幻視して思わず苦笑した。
久しぶりの宝箱さんはいつもの木箱。偉ぶらず、謙虚な佇まいだ。
命子は手をサスサスしてから、蓋に手をかけた。もはやその頭の中には、藤堂方式とか一切消え去っている。
「命子ちゃんはホントに宝箱好きねぇ」
「我も開けたことあるけど、楽しいのはわかる」
「ワタクシは開けたことありませんが、桜さんがくれた宝箱からこのサーベルを頂きましたわ」
「……むむっ。そういえば、ワタシも開けたことないデスね」
「っっっ!」
仲間たちの会話が命子の耳に届く。特に、ささらとルルの一言。
盛大に肩をビクつかせた命子だったが、今回は聞かなかったことにしてもらう。
およそ半年間、全世界で開けられた宝箱には罠が確認されていないという実績があったのだ。やはりこの宝箱にも罠はなく……ご開帳。
「ひゃっふーい! やったぜ!!」
命子はアイテム製作のレシピを手に入れ大喜びである。
ペカーッと頭上にレシピを掲げて喜ぶ命子。
こんな風に、ダンジョンの宝箱からレシピが見つかることがたまにあった。命子たちが、どノーマルの宝箱から手に入れたのは今回が初めてだ。唯一、桜さんがくれた宝箱には『絆の指輪』のレシピが入っていたが。
「紫蓮ちゃん、これなんて書いてあるの?」
「魔力で動くおもちゃの風車の作り方」
「マジで? それ国が集めてるレシピなのよね」
「そうなんですか?」
「ええ」
この中で馬場だけがこのアイテムの存在を知っていた。
この風車は、握っていると魔力をごく少量ずつ消費してくるくる回るおもちゃだった。特に風魔法が使えるとか催眠効果などはなく、本当にただ回るだけのおもちゃだ。
しかし、これは一点だけとても有用な効果があった。
そう、魔力を消費するため、10歳以下のスキル発現前の児童が魔力を鍛えられるのである。
レベル0の者でも体力と同様に魔力は鍛えることができる。それは児童にも当てはまるのだ。ただし、魔力量の最大値はレベルが大きな要因になっているため、レベル0ではそう高い数値にすることは無理だったが。
そういうアイテムなので、これを各都道府県のスキル公開所に配置したいと、国は考えているのだ。
ちなみに、こういった魔力を鍛えるためのおもちゃは、いろいろなものが各地で見つかっている。
「はぁ、満足満足! またね、宝箱さん!」
命子はそう言って、宝箱さんとバイバイした。
海底っぽい見た目のダンジョンの中で、宝箱さんは役目を終えて静かにたたずむのだった。とりあえず、命子はその切ない光景をウィンシタ映えしておいた。
奇数階の3層はまた屋敷風の構造に変わった。キリが良いところでお昼休憩を取り、それが終わると命子はみんなに宣言した。
「これより、命子式修行法を開始します」
「「「「おー!」」」」
【龍眼】を得たことで、命子は魔力が視えるようになった。
これを利用して、良い感じの修行をしようという試みである。
「さて。この中で特に気になったのはルルだね。ルルは攻撃に属性を付加できてるけど、魔法は普通の状態で放ってるね」
「ふむふむ、わからんデス」
「氷魔法に覚醒した氷属性がなんにも上乗せされてないってこと。言うなれば、ささらが普通に剣を振ってるのと一緒だね」
【片手剣装備時物攻アップ 中】を覚醒させたささらだが、常時これを覚醒状態で使っているわけではない。F級の魔物だとオーバーキルだし、その一撃でバカにできない魔力が消費されるからだ。
ルルは氷属性が覚醒しているはずだが、これは武器にしか付与できていなかった。魔法は普通に撃っているのだ。
「たぶん、たとえ同属性でも魔法使い系のパッシブスキルを覚醒していなければ、上乗せできないんじゃないかなって思うね。なんというか、ベースになっている氷の魔法が上乗せできる状態になっていないように思えるの。例えばささらがスラッシュソードを強くできるのは、スラッシュソードを放出する魔力の門が覚醒しているからなんだよ」
命子は様々な人の魔力を見てきたが、誰がどんなスキルを持っているのか見るだけで大体分かった。似ている魔力の見え方もあるため、『足系のスキルをもってる』みたいなあやふやなこともあるが、大別することはできた。
そんな中で、アクティブスキルを持っている人は必ず魔力の放出口が存在した。命子は中二病なので、これを門と喩えた。
逆にパッシブ系のスキルだと内功というか内側で魔力を運用している。ジョブに就くとパッシブスキルの影響で魔力量がガクンと減るが、つまりは魔力が常に内功状態になるからだろう。
ルルが魔法を強化状態で放っていない理屈は、ほぼ間違いないと命子は思っている。
何よりも、【龍眼】を持ち、魔力のラインを操作できる命子自身が、武器に水属性などを付与できないのが良い証拠だ。命子は『冒険者』の選択術理枠で【剣の術理】を練習したが、まだスキル化されていないのである。
一方で、『魔導書士系』のパッシブスキルは覚醒しているため、命子の水弾と火弾は通常と強化バージョンを使い分けることができた。
「じゃあ、どうするデス?」
「まあ魔法使いをマスターするしかないんじゃないかな」
「それが簡単にできれば苦労しないデス!」
「ちげぇねえ! まあとにかく、ひとまずこれをみんなに渡しておくよ」
命子はみんなに紙を渡していった。
それは人体が描かれた例の魔力スケッチだった。
「とりあえず、それを見てみんなで魔力を意識しながら使っていこう。もしかしたら、早くスキルが習熟するかもしれないし」
「ニャウ。わかったデス」
「ポイントは、魔力のマナ因子化を意識すること。魔力を使用するのが魂の栄養になるらしいから、どんなふうに魔力を使ったのか、そのイラストで想像してみてね」
命子の言葉に、ささらたちは配られたイラストを見て頷いた。
イラストには丸文字で『ぶわってなってる』とか『ギュンッて魔力が移動する』とか注釈が入っていた。また魔力は分かりやすいようにカラーだ。非常に貴重な資料だが、威厳は皆無。
馬場は、大好きなことに真剣な命子たちにとても感心した。
自分が高校生の頃なんて、5時間かけて捻りだした空の青さの美しさについて詠ったポエムを、さもふと思いついたような調子でプイートしていたものだ。当時のフォロワー数23人。ポエムの評価は5『良きかな』だった。あの頃は、どんな人が評価してくれたんだろう…とスマホの向こう側に思いを馳せたものである。
「ふっ、そんな私が偉くなったものね」
馬場は現在のおのれのフォロワー数を思い出し、小さく笑ってカッコつけた。
真面目に修行会議していた命子たちはそんな馬場を、なに唐突にわけわからん独り言を言ってんだ? といったキョトン顔で見つめるのだった。
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